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魔法は得意ですけど、メイドさんとして頑張ります!  作者: ぺこ菜ほのめ子
第二章 にちじょう
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9. メイドさんとお客様 -後編-

 都和(とわ)・クロキエグミリアさん。

 それが突如お屋敷に襲来した巫女さんのお名前でした。

 いえ――襲来したなんて言ってはいけませんね。

 彼女は、いわばお客様なのです。

 ここに勤めて、初めて応対させていただくお客様なのです。

 瑠璃さんからは、お客様の応対方法をまた教えてもらっていなかったので、自分の中で考え得る限り最大限の配慮をして、粗相のないようにまず彼女を待合室へと案内しました。


「玲櫻を呼んでくださいますか?」


 玲櫻――ご主人様のお名前です。

 呼び捨てにしていらっしゃいます。

 彼女はご主人様のご友人のようで、わたしは急いで執務室に向かいお客様が来館した旨を報告しました。


「都和が来たの?」


 ご主人様は驚いて、開いていた本を閉じると、やや駆け足で階下の待合室へと向かったのでした。

 わたしもそれに遅れまいと、小走りでついていきます。


「都和!」


 待合室の扉を開き、都和さんの元に駆け出すご主人様。


「ごきげんよう、玲櫻。元気そうですわね」


 対する都和さんは、おだやかな微笑みで、そんなご主人様を迎えたのでした。


「まったく……あんたはいい加減、事前にやってくる連絡を寄越せばいいものを……」


「うふふっ。偶然ここを通りかかって、玲櫻や瑠璃の顔を見られればと思って寄っただけですわ」


「タイミングが悪かったわね。瑠璃はいま、街に買い出し中よ。

 ……瑠璃もあんたが来ると分かっていたら、買い出しなんて後回しにしたものを……」


「大丈夫ですわ、それまで待っててあげますもの。

 それはそうと、玲櫻。こちらの方は――」


 やんわりとした笑みを浮かべ、わたしに目配せします。


「七菜、自己紹介をなさい」


 ご主人様が命令します。


「わたし、七菜・レナルミカっていいます。つい先日から、このお屋敷でメイドとして、ご主人様にお仕えしています。ふつつかものですが、よろしくお願いいたします!」


 ドレスの裾をつまみ上げて、わたしは都和さんに向かって礼をしました。


「それでは、わたくしも。都和・クロキエグミリア。街外れの神社で巫女をしている者よ。よろしくおねがいいたしますわ」


 巫女さん。それは一目見れば誰だって分かります。

 でもわたしのメイドと同じで、それはとても珍しい職業でした。

 神社という神様がお住まいになるというお社で、儀式や季節のお祭りを司っているのです。

 ――魔法を使えるのは、神社におわします神様のおかげ。

 ――神社は、異世界と繋がっている。

 真偽のほどは定かではありませんが、そんな噂も立っています。

 単なる形式的な儀式やお祭りを行っているだけなのか、それ以上の存在なのか――。

 それは誰にも分かりません。

 とにかく、不思議な存在なのでした。


「都和は畳部屋が落ち着くのよね」


「そうですわね。い草の暖かい香りが好きですもの」


「七菜、わたしたちを禅部屋に案内して頂戴」


「かしこまりました。ご主人様!」


 禅部屋は、お屋敷の二階にある、唯一の和室でした。

 畳・障子・縁側のある、かなり異質な空間です。

 時折掃除はいたしますけど、こうして実際に誰かが使うというのは、わたしが知る限り今日が初めてでした。


 都和さんは座布団の上に正座し、ご主人様は座布団にお尻をついて脚を伸ばしました。


「七菜、お菓子とお茶の準備を――いいえ、何でもないわ」


 わたしがキッチンに出入り禁止ということを一瞬お忘れになっていたようです。

 そしてこれは、お客様の前とはいえ、有効なようでした。


「ごめんなさい、都和。瑠璃が戻るまで、お茶もお菓子も出せないわ」


「あら、それはどうしてですの? すぐ側に可愛らしいメイドさんがいらっしゃるのに。

 玲櫻がお湯すら沸かせないのは知っていますが――」


「その子もよ。お茶汲みすらできないの」


「まぁ!」


 目を見開いて、都和さんは素っ頓狂な声を上げました。


「うふふ……七菜は呪われているのよ。コンロの火をつければ爆発し、オーブンを使えば爆発する。そうよね?」


「ち、違いますっ、呪われてなんていませんからっ! それはただ以前やらかして、キッチンに出入り禁止になっただけで!」


「ふふっ、でも『やらかした』のは事実なんですのね」


 都和さんはクスクスと笑い声を漏らします。


「でもでしたら仕方ありませんわね。瑠璃が来るまで、しばらく待つとして……。

 そうですわね、七菜さん、少しわたくしとお話ししませんか?」


「わ、わたしとですか?」


「ええ。イヤでしたら、無理にとは言いませんが……」


「い、いいえっ、そんなことありません。むしろわたしなんかでよろしければ!」


 わたしも座布団の上に失礼させていただいて、都和さんと向かい合います。

 出身地のこと、働いてどれくらいになるか、ここのお屋敷の雰囲気はどうか、ご主人様はどうか、瑠璃さんはどうか、一番大変なお仕事は何か――まるで面接です……。

 でも、瑠璃さんとご主人様を除けば、こうやってわたしと直接お話してくれる相手はここに来て初めてで、わたしはとても嬉しくなっていました。


「ところで、都和さんとご主人様は、どういうご関係なんでしょうか?」


 気になって尋ねてみました。

 友人とは聞いていましたが、それはちょっとはぐらかされているというか、あまり釈然としない関係でした。

 歳が離れているように見えるからでしょうか?

 それに都和さんは巫女をしていますが、それはご主人様の小説家とあまり関係がないように思えますし。

 尋ねると、都和さんとご主人様は顔を見合わせて、お互いに含み笑いをして、


「わたくしは、ほんの数ヶ月前までここでメイドとして働いていたんですよ」


「えええええっっ!?」


 衝撃的な告白に、わたしはつい大声で驚いてしまいました。


「七菜、こんなところにいたのか! 戻ってきたら、どこにも見当たらなかったから探したんだ――」


 そんな現場に瑠璃さんが戻ってきて、都和さんと目が合いました。


「都和お姉様!?」


 そして都和さんのことを、そう呼んだのです。


    *


 つまりはこういうことでした。

 わたしがここで働くちょっと前、都和さんはこのお屋敷で、瑠璃さんの先輩として働いていたのでした。

 メイドとしての業務経験がない瑠璃さんを、いまのパーフェクトな状態にまで育て上げたのはまさしく都和さんで、それで瑠璃さんは彼女を「都和お姉様」と呼んでいるのでした。

 そして彼女本来の「巫女としての仕事」に専念をするために、メイドのお仕事は辞めてしまったのだとか。


「瑠璃。どうですか、最近しっかりとやっていますか?」


 瑠璃さんの汲んだお茶を味わいながら、尋ねます。


「もちろんです。都和お姉様に教わったこと、しっかりと実践していますから」


「ええ、いまは瑠璃がお屋敷のことをこなしてくれているから、あなたはもういなくても全然平気よ」


「うふふっ、そうですか。嬉しいようで、悲しいような」


「それに――」


 瑠璃さんは、わたしを横目で見て、

「今度はわたしがこの子に、いろいろな事を教えてあげる立場です」


「瑠璃さん……」


 わたしはその言葉を聞いて、全身が熱くなるのが分かりました。


「そうね。瑠璃には、七菜を一人前のメイドに育成する義務があるわ。

 でも忘れてはいけないのは、『教える』というのは、決して一方向にならないということよ。瑠璃、あなたは仕事の中で七菜に教わるようなことが出てくるはずよ。変に先輩としてのプライドを誇示して、その学ぶチャンスを逃しちゃダメよ?」


「七菜から、学ぶ――」


「そう」


「……分かりました。肝に銘じておきます」


「『分かりました』。ふふっ、今そう言ったわね?」


「はい、申しましたが……?」


「『分かる』とは、頭で知識として知ることではなく、体で覚えて実際にできるようになることよ。

 だから、瑠璃、七菜を見習って、もう少し笑いなさい」


 ご主人様の命令を聞いて、わたしは微笑みました。


「それに今日は都和も来てくれたのよ。先輩の都和も、後輩の七菜も、二人とも笑顔が素敵なのに、なぜ間に挟まれたあなたは表情が硬いのか理解に苦しむわ!」


「そ、それはっ……」


「業務命令。一日一回『天使の微笑み』! 分かったわね!?」


 ……そうして、またまた瑠璃さんは最高の笑顔を見せて、顔を真っ赤にして、部屋を飛び出していくのでした。

 可愛いのですから、自信を持てばいいのに……と思ってしまいます。


 都和さんがお帰りなられるとき、わたしたち三人は玄関先までお見送りをします。


 「七菜さん、瑠璃と玲櫻をよろしくお願いしますわね」


 不意に耳元でささやかれました。

 よろしく、と言われましても、むしろわたしがよろしくお願いされる立場なんですけど……。

 だからわたしは何も言わずに、石段を下る都和さんを見守りました。


「瑠璃。そういえば、今日の夕食は何かしら?」


「今日は、鮭が安かったので、クリームチーズ煮にでもしようかと」


「あら、いいわね。ではそれでお願いするわ」


「かしこまりました」


 ご主人様は、執務室へと戻っていきます。


「七菜、いつも通り、食堂の方の準備を頼む」


「待ってください。まだ洗濯物の取り込みがまだでして……」


「そうか。都和お姉様が来ていて、すっかり失念していた。なら、洗濯物を取り込んで、その後に食堂の準備を頼む」


 瑠璃さんはキッチンへと向かいます。

 一人、玄関先にぽつんと残されたわたし。

 お客様を迎えるというちょっとした非日常はもう終わり。

 わたしも目を覚まして、しっかりと普段のお仕事に戻らないといけませんね!

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