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エレオスブルグの診療所  作者: 天照
八方美人×八芒星@魔法使い
9/36

カルテ7:朝陽が射す扉

――砂浜に座り、二人で半分昇った朝日を見ながらマギアスは嬉しさの陰にある不安となる疑問を吐き出す。


「・・それにしても何で私なんかに優しくしてくれるんですか?確かにデアサブマの患者ですけどココまでする義理は在るのでしょうか?」

「義理というのは道理という事ですね!だとしたら在りまクリスピーチキンです!」

「・・・・・いや、ツッコまないですよ?」

「えぇっ?その殻破りましょうよ?※クリスピーしちゃおうよぉ!!」  

※サクサクしちゃおうよの意

「・・で、何で此処まで親身に接してくれるのですか?」


そこは上手くクリスピーしていた。


「そんな大した事をしたつもりは無いんだけどね・・元々、私の出身はジパングっていう島国なんだ。んで、エレオスブルグの隣国に父親が出張で来ていたの・・」


遠い目をして水平線を見つめる杏里の視界をマギアスは追いかける。


「その頃、私はまだ小さくて単純にお父さんがいっぱいお土産を買ってきてくれることを楽しみにして帰って来るのを待っていたんだけど、帰国予定日の数日前に急に電話がかかって来たんだ」


『えっ!!?はい、わかりました・・そこに行けばよいんですね!?』


「電話に出たお母さんが物凄い慌てながら私の手を引いて汽車に乗ったの。そのままずっと揺られて知らない街に辿り着いたんだけど、丁度反乱デモが激化されていて本当さっきの紛争みたいな光景でさ・・花屋さんの綺麗な花束が倒れて踏みつぶされてるし、家とかも色々燃やされて熱いし・・幼心に怖かったよ」

「・・・そこがお父様の居らっしゃるエレオスブルグの隣国だったんですね・・」

「うん。丁度エレオスブルグと領土権を巡って紛争が続いてて・・お父さんは考古学者で研究に来ていただけだったのに発掘現場でテロに遭って重傷だったんだ」


この海が続く先の国でそんな事が起きていたなんて漠然としたイメージの中でしか無かったマギアスにとって衝撃的な告白だった。


「・・それで杏里さんのお父様は?」

「うん、それが近くの病院に搬送しようとしたんだけど、どこも手一杯で入れてくんないの。不幸中の幸いで境界線のすぐ隣がエレオスブルグだったから国交担当に取り次いで何とか入国したらしいんだ。そんで強引にインホスに運ばれたわけよ。

勿論そこでも他の人の緊急手術が行われていたし、紛争地帯から運ばれてきた余所の国のIDは残念ながら後回しになるシステムだったんだ」


それはマギアス達、魔導防衛所の人間が戦って起こした戦争の結果が招いた残酷な悲劇である事実。輝く朝日に照らし出された心が痛む。


「んで、遅れて私とお母さんも病院に着いて駆けこんだら、後回しにされるはずのお父さんが手術室に入っていてたんだよ」

「・・IDが早期認可されたんですか?」

「アハハ、それがね・・やっぱり外科医の先生たちは難色を示したらしいけど、そこに現れたのがマリア先生です!」


『私が執刀します』

『でも、マリア先生・・』

『手術室はまだ空いている所があるのでしょう?責任は私が全て取ります。さぁ、早くっ!』


「『手術中』のランプがずっと点いててね、一秒があんなに長いと思った事は無いよ。黙って何時間も待ってた

なぁ」

「・・助かったんですか?」


不安そうに顔を覗くマギアスに対して杏里はそっと首を横に振る。


「――ダメだった」




”同時刻、別の手術室の前では泣きじゃくる妻子と止まってしまった心電図がそこに存在した”




「目を瞑ったままで声を掛けてもお父さんは全然動いてくれないから、すごく寂しくなっちゃってずっと離れなかったなぁ」

「・・・・」


『お父さんの事好き?』

『・・・うん』

『お母さんもそうですよね?旦那さんとの日々に感謝しているんですよね』

『・・・・・・・・はい・・うぅ・・』


『心臓が停止して脳細胞の全ての機能が終了するまでの間、耳は最後まで聞こえているといいます。今の会話も全てちゃんと届いたと思われます・・しばらく傍で声を掛けて上げてください』

・・・・・・・

・・・・・

・・


「だんだん冷たくなって硬くなっていくお父さんに必死に声掛けして、死体安置室に一晩中こもったよ」

「・・はい」


もはやマギアスにとっては頷く事しか出来ない世界観だった。掌を見た時に自分の存在に恐ろしさを感じてしまう。


「その後、お父さんを自分の国に連れて行く準備をするために少しだけ時間が出来たの。その時に一人で病院の屋上に上がってエレオスブルグの景色を眺めていたらそこにマリア先生が入って来てね」


『そこから見える景色は好き?』

『・・・・・・・・』


『・・そっかぁ、本当はすごく素敵な街なんだけど無理も無いか』

『・・痛いよ』


『ん?』

『こっからね・・見てるとね、この辺が痛いの』


そう言って幼き杏里は胸を指さす。


『そうかぁ・・痛いかぁ。実は私もね、同じ所が毎日すごく痛いの。似てるね』

『えぇ??先生も?』


『そう、毎日傷ついた人たちがいっぱい運ばれてくるし、貴方のお父さんみたいに住んでいる所や仕事で診てもらえない人もいるし』


『なんでぇ?そんな事するんですか?』

『本当、何でだろうね?だから私はそういう人たちをみんな診れる病院を作るって決めてるんだ!ちょっと難しい話かな?』


『・・うーん・・・・!?でも超絶おもしろそう』

『そうかぁ、じゃあ先生待ってるから!・・・・・あと”超絶”は少しダサいかも』

・・・・・・

・・・

「そうして出来たのが『デア・サブマ』なんです。チャンチャン!」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「はぁーあ、ごめんね、長くなっちゃったよ・・ってマギアスさん?」


杏里が振り向くと再びマギアスの目が充血している。


「すいません・・私は杏里さんもデア・サブマの事も軽視していたのかもしれません。そんな過去を抱えていたのですね・・」

「へへん!打算が苦手だから失敗だらけだけどね・・ってかさ、マギアスさん」

「・・ぐすん・・はい・・・」

「今、私の事『杏里さん』って呼んでくれたよね」

「・・ぐすん・・はい?・・・」

「じゃあ私も『マギちゃん』で良いでしょう!?」

「・・ぐすん・・ダメです・・・」


すると杏里はふくれっ面になり腕を組む。


「ブーブー!ちゃんマギ不公平だ!」

「・・あのぉ、前言撤回しても良いですか?」


(本当に今、センチメンタルな話をした人と同一人物なのか?)というマギアスの疑問も無理はない。


しかし、事実としてニュースや新聞など各メディアでもこの時の紛争は取り上げられていた。

ジパングの外交官を含めての三国間での話し合いも持たれたが、各国とも『地域紛争撲滅』を掲げるも未だに達成はし切れていない。もっと言ってしまえば、杏里の父の死と同じ時期に他に命を落とした人間も多く、亡くなった個人々がクローズアップされる事は無かった。


そして杏里の母親は夫を殺した過激派も含めてエレオスブルグという存在そのものを許せてはいない。本人曰く「この国自体二度と訪れる事も無ければ、語る事も無い」という見解を十年以上変えていないのだ。

なので、思春期の杏里が看護師に成りたいという夢には賛成したが、エレオスブルグに就職するという意見については真っ向から否定し、二人は大変モメた。


『看護師として働きたいのならこの町で働けば良い事じゃない』

『違うんだよねぇ、私はエレオスブルグというか『デア・サブマ』で働くって決めたんだよ』

『何で!?』

『だって、お父さんと向き合って治療してくれた人たちを嫌いにはなれないよ』

『治せなかったじゃない!!』


そう、治せなかった事実は被害者の身体だけでは無く、後に残された人達の心の奥に深い傷後をつけていった。



「私、マギちゃんに『大丈夫です!仮にマギアスさんが誰かを傷つけても、全員デア・サブマで治療して救ってみせます!』って言ったけど、命には限界があるので無責任な矛盾かもしれません」

「・・でもそれは私を元気づけるために言った事じゃないですか。気にしないで下さい」

「・・ありがとう・・マギアスさんの言う通り全ての人に紅白まんじゅうを渡す事は難しいかもしれないけど、あの夜にお父さんが最後まで頑張って生きたのを見て、いつでも頑張って生きようとする意思そのものに意味があるって感じたんです」

「・・・・意味ですか――」


マギアスは”目の前の職業的な現実”と更に目の前に聳える”杏里に置かれた現実”に挟まれ混乱してしまっていた。


・・・

・・

『お父さんは最後に家族にも会えなければ、自分の国の土を踏めないまま理不尽に命を奪われたのよ!貴方はその国に力を尽くしたいって言うの!?』

『・・そうだよ』 


――パシンッ


『アンタは何もわかってい無い!!!お母さんの気持ちもお父さんの無念も何もわかって無い!!!!』

『お父さんは本当に嫌なら行かなかったはずでしょ?』

『・・?』

『だって、お母さんは心の痛みから逃げてるだけじゃないっ!!!』

『・・・・・』

『私だってお父さんを殺した人を許せはしないけど、どうしてもあの景色が嫌いにれないんだよ!!』

『そう・・』

『・・っ!!』

『・・・じゃあ縁切る覚悟で出て行きなさい!この親不孝者!!!』

『・・・・・!?』


彼女は非国民であり、勘当者であり――


『エレオスブルグから超絶的に東のジパングより参りました、佐野杏里です』

『んだよ、超絶的ってよぉ!!?』


『いらっしゃい、ようこそデア・サブマへ!』

『いらっしゃいました!お久しぶりです!!』


『みなさん、今日から此処で働くことになった新人さんの紹介です。って言っても未だ二人だけですが』

『看護学校を卒業したばかりでまだ不束者ですが、この街の景色の発展に尽力を注げるように頑張ります』

『あぁ、お前。医院長の言ってた・・でも、景色を発展させたいなら建築家にでもなれば良かったんじゃねぇのか』

『いえ、私は看護師です!!』


彼女は非国民であり、勘当者であり、看護師である――


マリアと矢沢先生しかいない小さくも真新しい診療所にまた一人仲間が加わった。

・・・・・・

・・・・


「あぁ、懐かしや、蛙飛び込む水の音」

「・・今の思い出にカエルは一匹も登場しませんでしたけどね・・でも、思い出を古池に例えれば今の文法は成立しますよね」


勿論杏里はそこまで考えてはいなかったが今までの話をすべらずに締めるには丁度良いと思ったので、感慨深げに首を縦に振る。


「ここに来る途中大きな壁と検問所を通ったでしょう?実はあそこから国の境界線を通り越してしまっているので、此処は既にエレオスブルグの領地としてはグレーゾーンの場所なんです」

「え?」

「此処はひらけた外の世界の入り口なんです。勿論マギアスさんにとってもですよ!」

「・・私にとっても?」

「はい、この世には大きな壁もたくさんありますが、何とか乗り越えれる様にこの星の法則は出来ているようです」

「それはまた理想論ですか?」


未だ素直という感情が恐怖であるマギアスは開きかけた扉を閉め様とする。


「うんや、有りのまま現実です。これからの日々で殺す事も助ける事も出来るし、楽しい思い出を作る事も孤独な毎日を過ごすのもマギアスさんが開ける扉次第ですよ」


だとしたら杏里はこれまで少女の扉の治療をしてきた。


「私はマギアスさんの症状を治す特効薬にもなれないし、魔導防衛所の改革も出来ないけど、心身共にマギアスさんの健康増進に努めるのみです」

「はぁ・・看護師みたいな事を言って」

「一応看護師なんですけれども」

「・・・クス」


きっと扉にも光は射し始めている。


「気付けば朝日も大分昇ったね」

「・・・ですね・・・」


これまで一体何時間喋っていたのだろう?二人共、東から昇ってくる光を穏やかに微笑みながら見つめる。


「・・・・杏里さん」

「・・うん」

「・・・・学校」

「・・うん」

「・・・・模試です」

「・・うん」

「・・・・今日、日直当番なんであと15分で登校完了時間になります」

「・・うん?」


二人共黙って水平線に交わる黄金色の朝日を眺めていた。


・・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・


その後、追試でなんとか難を乗り切ったマギアスは、治り切っていない精神状態で図書室から一冊の本を借りて読んでいた。勿論攻撃魔法の本を読んでいた時と同じで文字は頭の中にストレートには入ってこないが、それでも頭痛薬を片手に真剣に読みふける。


「ふむふむ・・なるほど・・」


そうすると向かい側から同級生の声がする。


「ねぇ・・来週さ、詠唱魔法のテストでしょ?最悪だよねぇ・・取り敢えずコーヒー飲み行こ?」

「お、良いねぇ。そこで攻撃魔法の筆記の宿題もやらねば・・」

「あぁ、あの先生、うるさいからなぁ・・でも、今日のトコ難しくない?」

「確かに・・このままだと赤点の匂いが」


目の前で頭を抱えている同級生達は以前にマギアスの頭痛が酷くなった時に保健室に連れて行ったり、朝起きれずに遅刻続きでクラス全体から顰蹙ひんしゅくを買っていたまま球技大会をすることになった彼女をチームに入れてくれたりと、大変お世話になった事のある二人だ。当時の捻くれていたマギアスの思考回路では保健室の付添をすれば授業はサボれるし、浮いている人間を取り入れる事で内申書が良くなるのだろうと、心の奥ではかなり歪んだ感受性を持っていた。

しかし、事実としてマギアスの場合は人と深く触れ合う事に恐怖を感じて作った防御壁である。

頭痛も朝起きれないのもストレスで体の調子がくるってしまって弱っている状態だったので、そこを優しくされた時に嬉しい反面どう対応したら良いのか分からなかったのである。


勿論このままのスタイルで時間を流せばこの疑問を払拭できないまま、一生わからない状態で過ごす事となる。


(私なんて・・どうせ情けない人間だし・・)


踏み出せずに通り過ぎようとする時間と共に心の中で背に迫りくる巨大な壁に対して、追い詰められて見える記憶とは・・。


『心労を抱えてしまうくらい一生懸命生きて、情けない事は無いですよ』

『へへん!打算が苦手だから失敗だらけだけどね・・』


――彼女の求める記憶の居場所は此処だった――


(クス・・成功だけが自信だった私が貴方に会ったのは失敗だったかもしれません。でも、そういう扉を開ける道を自分で選んだのでしょうね)


マギアスは深呼吸をして、腹に力を入れる。


「あの・・」


突然、後ろからの思いがけない声掛けに同級生が慌てて振り返った。


「・・マギアスさん?」

「どうした!?」


「私も・・一緒にコーヒーを飲みに行っても良いでしょうか?宿題も進むと思うので・・」


心臓がバクバクいって目が乾く極限の緊張状態。リスク回避をモットーにしてきた彼女にとって自ら望んだ最大の失敗である。


「うん良いよ。珍しいね」

「よっしゃあ、マギアスさんが居れば赤点は確実に回避だよ!!」


二人から承諾を貰え、思わず安堵の笑みが零れる少女は急いで頭痛薬と回復魔法の本をバックにしまった――




八方美人×八芒星@魔法使い ~完~

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