カルテ8:誤診
キャラ図鑑4 瑠唯 22歳 178CM A型
趣味:映画鑑賞 音楽鑑賞(クラシック中心)愛犬ジョンと遊ぶ
座右の銘「今が成す時なんだろうと僕は思いたいんですっ!!」
本日も早朝から診療所の窓は開いていた。
「ったくよぉ。急患ならインホスに行けっての」
相変わらずの矢沢先生が、相変わらずの気怠さで、相変わらずの愚痴を垂れている。
「・・おふぁようございます・・・」
ただ、杏里のテンションは相変わって低い。
「なに?今日は脳が正常に戻ってんの?それともモルヒネ<シャブ>でも打って来た?」
「どちらでも無いんですよ・・いやぁ困った」
「あっそ」
「いやぁまさかこんな事に・・言いたいけど仕事の邪魔をしちゃいけないですよね」
「・・・そうだな」
杏里は明らかに何かを言いたそうだが、矢沢先生は面倒くさくなるリスクを予見して全力でディフェンスする。
「いやぁ・・実はですね――」
「いや、言うのかよっ!」
missハットトリックは鮮やかなドリブルテクを魅せつけた。
「今日の朝に人気の占い師さんに占って来てもらったんですよ」
「ほう・・それで?」
矢沢先生が書類にデータを書き込みながらそっけない相槌を打つ
「健康運も金運も悪くなかったんですけど流行運というのが極端に低くて、このままじゃ『省エネ診療』という言葉は流行らないと言われました・・」
「いや、そりゃ流行らないだろ!ってか何だ流行運って!?」
ここ数か月、杏里は密かに”省エネ診療”という言葉を流行らせようとして来院した患者の傍でさり気なく囁き続けていたのだ。
「私のウィスパーヴォイスがハンドクリームよりも皮膚に浸透しないなんて・・」
頭を抱える杏里を放っておきたい気持ちは山々だったが、このままでは仕事にならなそうだったので矢沢先生は渋々話の仕切り役を買う事にした。
「まず、省エネ診療ってどういう意味だこの野郎」
「はい・・社会的・経済的効果をより少ないエネルギーで得るという省エネの意味通り、デア・サブマも決して人数は多くないのですが、少数精鋭で世の患者様達に寄り添った治療をしていけるように頑張って行きたい思いから生まれた言葉です」
「いや、真面目だな!お前、そこはふざけろよ!」
「ふざけても良いんですか?」
「いや、ふざけんな!お前の場合は絶対面倒くさい方のふざけ方だから!」
『ガチャ――』
何だかんだ言っていつも通りのやり取りを繰り返していると勢いよくドアが開いた。
「おはようございます杏里さん!」
「あぁ、面倒くさいのがまた一人」
矢沢先生が片目を細めると舌打ちを一発入れるが、話を聞いてもらいスッキリした杏里はにこやかに手を上げる。
「おはよう瑠唯君!」
ドアが開いたことによる空気の換気と瑠唯が来た事による若者の眉目秀麗なエナジーチャージが入った。
「矢沢先生、早速ですが今朝の患者さんの胸部X線写真検査の結果を解析してですね、僕は結核だと判断しましたので至急インホスの閉鎖病棟の方に緊急収容の手配をしました」
「今朝の患者さんってば・・アンさんの事か?」
「はい。胸部に影が在り、咳も激しかったので、もしかしたら感染拡大の危険性もありますね・・」
瑠唯が首を傾げながら神妙な面持ちで話している途中であったが、矢沢先生は慌てて封筒からレントゲン写真を取り出した。
「ほほう、結核ねぇ・・」
すると、何のためらいも無く受話器を手に取りインホスへかける。
「おう、デア・サブマの矢沢ですけど、そこんとこ宜しく!・・・あぁっ?冷やかしじゃねーよ!至急内科に繋いでくれ」
「あのう、矢沢先生?どうかしましたか?」
テキパキとした矢沢の動向に瑠唯が不安そうになる。
「そちらに先程”アン・ルイス”という患者さんの内科病棟への緊急入院の手続きが行われたと思うんだけど・・それ保留にしてくれる?・・ごめん、代わりに痰を採取してウィルスの再検査してみて欲しいんだわ」
「!!?」
『ガチャン――』
矢沢先生はぺこりと平謝りのポーズをしてから電話を切ると深く息を吐いた。その姿に瑠唯は言い様の無い焦りを感じている。
「矢沢先生、再検査とは一体・・」
「気持ちがわからん事は無いがぁ、このレントゲン写真で肺の辺りに在る黒い影は結核菌とは違うと思うぞ」
「えぇ!?でも、確かに怪しい影もあるし・・それに咳や痰が合わせて出るのも結核の諸症状では?」
「この場合、たまたま動脈が重なって影に見えたんだと思うけどなぁ・・咳も――」
『RURURU・・』
矢沢先生の発言に合わせて電話が鳴り響き再び受話器に手を伸ばす。
「もしもし・・あぁ、どうも・・やはりですか。すいません、それでは薬の処方をお願いします」
『ガチャ――』
「・・・白だ」
矢沢先生が苦笑いをしているが目の奥は全く笑っていない。
「それは、どういう事なんでしょうか?」
「アンは元々喘息持ちの患者なんだよ。咳は何かアレルギー物質に体が反応してしまったのだろう。ちなみに今の電話は呼吸器内科の担当医からで、痰からは一切結核菌は見られなかったとの事だ」
「そんな・・」
「お前っ、『そんな』って・・患者さんが大病じゃなかったんだから良かったじゃねぇか」
「・・はい。すいません」
「ただ、世の中にはこういう場合誤診として訴訟を起こしてくる輩もいるから気を付けた方が良い。実際、今ので患者さんはとてつもない不安に襲われたんだからな」
「・・はい。申し訳ありません」
瑠唯が頭を下げ、目のやり場を探す。
「まぁ、無事で何よりですよ!ってかアンさんと私って名前似てません?いやぁ世界は狭いSAYMINE!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・
「いや、私のせいじゃないですよ!!?この空気は、換気が足りて無いだけです」
「杏里、お前は一度脳のMRA検査をして来い!」
「ひどーい!それは、致命的な誤診じゃないんですか?」
「悪い事は言わねぇ、精神科の閉鎖病棟でカウンセリングをした方が良い」
矢沢先生と杏里がブラックジョークを交えている間も瑠唯は頭を下げたままである。
「瑠唯君・・で、でもさっ、患者さんが閉鎖病棟に入る前に診断できたし、それくらいインホスだって気付いたはずだよ!ほら、顔上げてっ!ね?」
杏里に促されゆっくりと顔を上げるも表情は浮かない。もし、感染もしていないのに閉鎖病棟へ入って菌感染してしまったならそれこそ大問題である。杏里も励ます反面で看護師である以上その失敗のリスクの大きさは心得ている。
「正解の表情だろうな。それで開き直っていたら俺がはっ倒している所だ」
「矢沢先生も落ち着いてください」
「いや、杏里さん・・矢沢先生のおっしゃる通りです。僕は早まってとんでもない混乱を招くところでした。しかし矢沢先生」
面を上げた瑠唯が鋭角な眼差しで矢沢先生を睨みつけた。
「ちゃんとカンファレンスを開いて話し合ってさえいれば、こんな事にはならなかったんではないでしょうか?」
唇が震え、血走った目と共に楯突く瑠唯に対して矢沢先生は机に頬杖をついたまま気怠そうに見上げる。
「・・あぁん?」
「前回も僕の質問を無視されてどっかへ向かわれてしまいましたが、あの時だって今だって誤診のリスクを回避する方法はいくらでもあったのでは?」
「・・安いな」
「え?」
「お前の言っているカンファレンスはただ自分の責任を緩和させるための儀式に過ぎない。甘ったれんな!」
「だったら、今回みたいにわからない事は独りで抱えてろとでもいうのですか!?また、さっきみたいな失態にだって繋がりかねないのではないでしょうか!!?」
「俺は全てを独りで抱えろなんて言ってない。ただてめぇの足で動かなきゃならない事が未だいっぱいあるって言ってんだよ!」
「どういう事ですか!!?」
「それくらいてめぇ一人で考えろ!」
そう言い残すと矢沢先生は雑に椅子から降りて診察室から出て行ってしまった。
「あぁ、矢沢先生どちらへ~?」
「メルツ<ビール>買ってくらぁ!」
「まだ、朝ですよぉ!仕事中はノンアルコールですからね」
杏里が見送るために手を振るが、瑠唯は依然として背を向けたまま微動だにしない。
「くっ――」
瑠唯の手を握る音と歯を食いしばる摩擦音が診察室に重圧感を齎した。
それを見た杏里はふくれっ面になり、野球選手の様に腕を大きく振りかぶる。
『バチンッ!!!』
重たい空気を裂く様に杏里が瑠唯の背中に勢いよく平手打ちをお見舞いすると、それまで人形のように固まっていた身体が仰け反る。
「痛っ!!」
「もぉーう、私達が暗くなってどうすんのよ!」
「杏里さん・・」
「瑠唯君の言ってる事も矢沢先生の言ってる事も私には両方共大事な事に聞こえるんだよね」
「では、杏里さんはどっちの意見に加担してくださるのですか!!?」
力む瑠唯が質問しながらグイグイと近づいてくるので杏里はいつの間にか壁に追い詰められていた。
「あ、いやっ・・だからどっちもだよぉ!」
「どちらかの意見をデア・サブマの方針として通さないといけないからもめているんです!」
「だから、まず瑠唯君が患者さんにもっと深く関わった上で矢沢先生に相談したら良いんだよ」
杏里は物事には順序と節度があるというバランス論を唱えたかったらしい。
「とは言っても、今までも十分に診ていたつもりでしたがこれ以上どうしようかと考えるにも、既に矢沢先生にも愛想を尽かされたみたいだし」
「ちがーう!矢沢先生が外に出かけたって事は、何だかんだ言いながら留守を瑠唯君に任せるって事だよ!情熱は買われてるんだから頑張ろっ?ね?」
「はぁ・・そうなのでしょうか?」
「うん、クビにしないで頭を冷やす時間を与えたって事は今の件を考える時間をくれてる証でしょ?」
杏里がニコニコ顔で首を傾げたままストップした。この場合、矢沢先生なら敢えて何も答えずに杏里がいつまでこのポーズを維持できるのか試しているだろうが、瑠唯はそいういうイタズラを出来るタイプの人間では無いサイダー系清涼飲料水キャラなのだ。
「そういう事でしたら考え方を改めます」
「よろしくてよ!オホホホホ」
● 杏里はキャラに無い高圧的な笑みを浮かべ空気を盛り上げようとしたが、完全にすべっていた。
「杏里さん・・一度MRA検査をした方が良いかもしれません」
「ズルっ!そこは同じ意見かいっ!」
● 杏里はキャラに無いツッコミ芸で先程の失敗分を盛り上げようとしたが、完全にすべっていた。
「ささ、今日も省エネ診療しますよ!」
「あの、杏里さんいつも気になっていたんですけど、省エネ診療って何ですか?」
「よくぞ聞いた!これはだね、社会的・経済的効果をより少ないエネルギーで――」
『ドンドン・・』――「すいませーん」
外から微かにだがドアを叩く音と同時に若干しわがれた中年女性の声がした。
「・・患者さんですね!」
杏里の説明をそっちのけで瑠唯は入口へと走り出す。
「そうそう、こういう優先順位を立てた効率的な動き方なんかも省エネだもんね!」
歯切れの悪さに切なさを感じながらも杏里も後を追うと、そこには厚手のコートを纏った40代後半の中年女性が立っていた。
「貴方は・・!」
「矢沢先生は居るかい?」
「・・・・・・・・」
瑠唯は患者さんの顔を見るなり動揺を隠しきれない様子で震えるが、患者さんの方はしっかりと構えた様子で瑠唯の顔から目を離さない。
そんな独特の空気を見かねた杏里がそっと瑠唯の前に立つ。
「矢沢先生なら外出中ですよ!」
「そうかい・・用事があっての事だったんだけどねぇ」
瑠唯の体の震えは止まらず、目が血走っている。
「瑠唯君?」
「すませんでしたっ!!!!!」
すると、彼はいきなり頭を深く下げた。そして杏里も事の流れを悟った。
(この人がアンさんか・・)
「アンタの謝罪なんかどうだって良いのよ。矢沢先生が来るまで待たせてもらうよ」
するとアンは強引に開院前の建物内に入り、待合室のソファに腰かける。
「今回の診察は矢沢先生は関係ないんです。悪いのは全て僕なんですから」
「だからアンタの謝罪なんて求めてないって言ってるでしょ!頭の固い男だね」
瑠唯の熱意を逆に疎ましそうにして避けるアンに杏里はニコニコ顔で近づく。
「それでは矢沢先生の携帯にかけますので、用件をお願いします」
「あぁ、そうかい。実はだね、見て欲しい人が居るのさ」
「それは来院予約でよろしいのですか?」
「いや、訪問診察を希望しているんだよ」
「御家族が怪我とかをなさったんですか?」
「息子が昔にちょっとね――」
アンはいきなり口ごもり始めたのだった――




