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ガム  作者: アブ信者
1章
9/56

天才

「やぁやぁ、お目覚めかい?」


 顔に冷たいものを感じて、俺は目を覚ました。どうやら額に、水で濡らしたタオルが置かれていたようだった。


 そして、起床した──というよりは、意識を取り戻したとする方が適切なのだろうが、そんな俺に話しかけてきた人の声がした。


 俺はその人を探そうとして、まず周囲の景色を確認する──俺が散策していた限りではこんな場所はなかったが、どうやら泉の様である。水場だ。これを飲むのは怖いが、脱水症状に陥るくらいなら腹を壊してでも生き残る方がいいのだろうと、俺は一先ず安堵する。


 しかし、声の主がいない。比較的近くから声がしたように思えたのだが──と、その時、俺の真横に何かが落ちてきて、それが人であることはすぐに分かった。どうやら木の上にいたらしい。


 透くような金の長髪を中分けにしたその人は、どこか中性的な顔立ちをした人であった。そして、中世的な恰好をした人でもあった。


 中世的とは言っても、それは俺の勝手なイメージでしかなくて、というか、城ではそういう格好の人たちが結構いたものだから、それで勝手にそんなイメージが作られて行っているだけなのだろうけど。


 騎士なのだろうか、彼は。


 腰には少し細めの剣を携えているらしく、胸部には金属と革でできた胸当てが装備されていた。どちらかと言われると、防御すべき個所を護るだけにとどめた身動きのしやすさを重視した格好で、なるほど、こんな山の中にいるくらいなのだからそれも当然のことだった。重騎士の恰好では山登りなど出来ないだろう。


 それにしても……俺は何故ここに。


 さっきまでは──


「っ、蛇!」


 俺は飛び跳ねた。


 俺はあの変な奴に襲われていたのではなかったか──それで、確か、そうだ、アレは何かしらの超常現象で死んだんだ。


「超常現象ではない。この僕の業に斃れたんだ。この僕の業にね!」


 俺がぶつくさと呟いていると、先程の話しかけられたっきり答えもせずにいた金髪の騎士が、アレを自分の成果だと主張し始めた。少なくとも俺をここに連れてきて看病してくれていたのはこの人なのだろうけど、それに関しては人の姿を見る前に意識を失ってしまっていたから分からない。


 俺が何を言うでもなく呆然としたままその人を見つめていると、彼は事情を説明し始めた。


「僕はウェイグサープの討伐依頼を受けて、この山に来ていたんだ」


「うぇいぐさーぷ……」


「奴らはこの時期になると産卵をするからね。ただでさえ強力な魔物だから、卵が孵化する前にまとめて討伐をするつもりだったんだ。だけど、奴らも生きたいと願うのは同じこと──ウェイグサープは産卵をする前に徹底的に気配を隠してしまうから、その巣を見つけることは至難の業だ」


「はぁ……」


「だからこの依頼は通常、かなり危険度も難易度も高いものとして扱われているというわけだ。勿論、この僕なら問題なかったから依頼を受けたんだけどね!」


「……はぁ」


「だけど、全く問題がなかったわけじゃない。この依頼は出されてからかなりの間そのままにされていた物らしくてね。ウェイグサープは時間をかけて自然と一体化することができるから、もうここまで来ると、見つけようと思って見つけられるものではなくなってしまっていたんだ」


「…………」


「それで、今日も今日とて僕は巣を探して歩きまわっていたのだけれど、ちょうどそこに、こんな山奥では聞こえるはずのない声が聞こえた。そう、君の声だ」


 俺を指差しながら、斜め四十五度の角度で言う。この人、話すときにポージングを決めなきゃ死ぬ呪いにでもかかっているのだろうか。


「その声を聞いた僕は、依頼よりも大事なものがあると、一目散に駆け出したんだ」


「えぇっと……はい」


「すると──フッ、僕はツイているのだろうね。華麗な剣捌きで君を救い出し、更には受けていたウェイグサープの討伐依頼を同時にこなすことが出来たというわけだ。僕じゃなかったらこうはなっていなかっただろう!」


 両腕を大きく振り上げ、太陽を見ながら自画自賛した。


 この人は多分悪い人ではないのだと思うが、一々挙動がうるさい。


「えっと、じゃあ、あの蛇がそのウェイグサープ……ということですか?」


「そう! その通り! そしてそこに倒れていた君をここまで運び込み、手当てをしたという次第だ」


「あ……ありがとうございます」


「いやいや、礼はいらないさ。僕は僕だからできることをしたまで。しかし、聞きたいこともある」


「聞きたいこと、ですか?」


「うん。もし君に、少しでも僕への感謝や礼をしたいという気持ちがあるのなら答えてくれると嬉しい。君はあそこで、何をしていたんだい?」


 凄い恩着せがましいなこの人。礼はいらないとか言ってたのに。


 しかし、答えるくらいなら問題も無いだろうと、むしろ、それでお礼として成り立つのなら答えるべきだろうと、俺は少し考えてから、


「山を転げ落ちたらあそこに突っ込んでました」


「……ふむ。どうやら意図がうまく伝わっていなかったらしい。僕としたことが、相手に伝えたいことを正しく伝えられないなど……クッ……」


 右手で顔半分を覆い隠し、演技ったらしく悔しがる素振りを見せた。


「それは分かっているんだ。君が何かしらの原因であの巣に飛び込み、卵に受け止められるようにして一命を取り留めていたことは」


「一命を……?」


「あぁ。君の脚、完全に折れていたよ」


「えっ……」


 と、俺は自分の脚を見ようとして、痛みが無いどころか普通に立ち上がれるということに気が付き、首を傾げた。


「もう治療は済ませたよ。当然じゃないか」


「折れた脚を……? 治せるんですか……?」


「あぁ。死んでさえいなければどうとでもなるよ──尤も、普通の人間では難しいだろうね。だけど、ここにいるのはこの僕、稀代の天才剣士と名高いこの僕だ!」


 またもキメポーズ。自分に対しての自信だとかそういうものが物凄く強いのだろうと思う。実際その自意識に能力が追い付いているらしいから、それを誇りに思っている──と。


「天才剣士……ですか」


「そう、天才!」


「何で天才なんですか?」


「それは──ずばり、僕が覚えているスキルの数にある」


「スキル……」


「そう、僕は実に三千六百ものスキルを習得している。故に天才なんだ」


 うんうんと頷きながら、誇らしげに言う。


 かなり自慢げなところ申し訳ないが、俺にはよく分からない。


 三千六百という数字だけ聞くとなんだか凄そうに聞こえるが、そのスキルというものがどういうものなのかを俺は知らないし、他の人が覚えているスキルの数の平均が分からないため、やはり凄そうに聞こえるだけに過ぎない。


 だが例え分からずとも無反応なのは良くないのだろうと、


「はぁ……三千六百……ですか。えっと、凄いんですね……?」


 俺はそう言った。


 謎に疑問符が付いてしまったが、彼はそれを気にした様子はない。


「そうだ! ……あ、名乗ってなかったね。僕はリゼル。リゼル=クディア。見ての通り、剣士をしている」


「……えっと、カムイです」


 何もしていないので、俺は名前だけ名乗った。苗字は言わない方がいいだろう。下の名前だけならそこまでの違和感もないし。


「カムイか、いい名だ──それで、君はどうしてあんなところに──違うな。どうしてこの山にいるんだい?」


「どうして?」


「あぁ。君のその恰好は、とても山に登るのに適したものとは思えない。水も持たず食料も持たず、こんな山で何をしていたら、あんなことになるのかと思ってね」


「あ……」


 この山にいる理由としては、逃げてきたからだ。


 しかし、それを正直に言って、なら帰った方がいいなどと言われたとき、俺はどうにもできないのだろう。


「えっと……」


「まぁ、賢い僕だから、概ね予想もついているのだけどね。家出か何かは知らないけど、とにかく走ってきた先でこの山に入ったとか、そのあたりなんだろう?」


「は、はい」


 家出とも思えないけど、とリゼルさんは言う。俺がその言葉に反応すると、彼は俺の顔を覗き込むようにした。


「そして、君の髪色、瞳の色──かの四英雄と同じものだ。それ以外の人間は、黒に近い髪の色を持つことはあっても、瞳まで黒くなることはない。逆もまた然りだ。だから何かしら、複雑な事情はあるのだろうと思ってね」


「……っ」


 四英雄──城で聞かされた、三百年も昔の話の、自分と似たような境遇を持つ彼らは、もしかして。


 しかしそれ以上に、自分のこれまでがなんとなく見透かされている。


「そんなにこの髪色は目立ちますか?」


「そうだね。目立つさ。とは言っても、所詮は大昔の御伽噺。僕も彼らのような強い職業を授かりたかったものだから、彼らの事には興味もあるし詳しいつもりでいるけれど、だからと言って、街の人はそこまで興味も関心もないと思うよ。ただ、それを抜きにしても目立つだろうね、先の通り」


「職業……」


「うん。僕のはあまり強いものではなくてね。それこそ、鑑定の儀の時には落ち込みもしたものだけど、人生はそんなところじゃ終わってはくれないから、僕は僕なりに強さを求めたんだ」


「その結果が、今ですか」


「そういうこと。僕は強い。それこそ、この国でも上澄みにいると自負している」


「…………」


「で、職業がどうしたんだい?」


「え?」


「わざわざ職業という単語に反応したくらいだ。何かあるんだろう?」


「……まぁ、はい。自分のそれが、どうやっても発現しなくて、使えないんです。どうやってもっていうか、どうすればいいのか分からないというか」


「ふむ。つまり、自分がどんな力を持っているのかすら分からない──そういうことでいいのかな?」


「はい。名前は分かってるんですけど、誰もそんなの知らないって言われて」


「なるほどね……珍しいな」


「珍しい……ですか」


「あぁ、だが、無い事ではない」


「ほ、本当ですか?」


「うむうむ。たまに変なのを引き当てて周囲を驚かせる人間はいるものだ──最近ではそんなことも無いらしいが。それで、君のそれは何だったんだい?」


「『ガム』です」


 迷わず答えた。もしかすれば、なんとか出来る術を持っているかもしれないと考えて。


「…………はぁ」


 リゼルさんは表情を硬直させた。口をぽかんと開けたまま、目線だけをころころと転がし、何かを思案し、終いには首を傾げた。


「ガムって何だい?」


「…………えっと」


 俺は説明に困った。あの時買ったガムが鞄の中にでもあればそれを一粒喰わせてそれで終わりにできたのだろうが、生憎とここにはない。この世界にゴムという植物があるのかも不明だし、あったところで、知っていたところで、食べられるゴムだという説明をしたところで、やはり意味不明だろう。


 思えば考えたことも無かったが、アレは何なんだ……?


 噛むゴムでガムなのだろうなと言うところまでは想像がついても、俺にはゴムというものを知らない人間にゴムを説明することができない。


 なので俺は、嚙む食べ物だと言った。グニョグニョしていて、飲み込めなくて、多分伸びるものだと、そう抽象的な説明をした。この人が先程から主張していた天才という部分に全ベッドする形で。


 説明が終わった時、リゼルさんは悲しそうな顔をしていた。


「多分君の中ではその説明で完結しているのだろうけど、むしろそれ以外に言い表しようがないのかもしれないのだけれど、すまない、僕には何が言いたいのかが分からない」


 少なくとも、これ以外に何と言えばいいのかが分からないという部分だけは伝えることができたらしく、彼はそこから読み取れないことを嘆いていた。


「先ず聞きたいのだけれど、君、今ガムを食べ物だって言ったかい?」


「はい……いや、食べれはしないというか、味がしなくなったら捨てなきゃいけないんですけど」


「捨てる……?」


「飲み込めないので」


「それは……本来食べ物ではない物に味をつけて、それを楽しむためのものという認識をすればいいのかい?」


「……えっと、多分?」


「……だとすれば、確かに僕の故郷にもそういう、吐き捨てること前提の物はあったな……」


「ガムがですか?」


「あぁ、違う違う。食べても美味しくはないんだけど、どこか香ばしさのある木の実の外側にタレで味をつけて、そのタレの味を楽しむっていう……まぁ、貧しい村だったから、そういうものもあったって話なんだけどね」


「似てるってそういう……」


「でもまぁ、ガムが何かは置いておくとして、流石に聞いたことが無いな──職業に食べ物の名前が出てくるというのは」


「……そうですか」


 それはそうだろう。何となく分かってはいたが、改めて告げられると、沈むような気持ちにさせられた。


「…………しかし、僕は天才だ。天は結局僕に才能など与えはしなかったけれど、それでも僕は天才だ。君のその職業、なんとかして使えるものにしてみせようじゃないか」


「え……?」


「さっきも言ったが、君の特徴は四英雄とよく似ている──酷似している。だとすれば、君という人物を解き明かすことで、彼らの強さにも迫れるかもしれない。だからどうだろう、色々試してはみないかい?」


 普通に考えれば、俺を実験台か何かにするという話なのだから、断っておくべきなのだろう。


 彼が国側の人間にしろそうでないにしろ、怪しい人には付いて行ってはいけないという言葉が反芻される場面ではあった。


 が、ここでこれを断ったところでどうしようもない俺でもあるのだ。


 だとすれば。


 俺はやはり、迷わなかった。

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