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南椋哉という男

何でもできる人って近くに1人くらいはいるよね。

「なぁムク、本当にそれで楽しいのか? 俺がムクなら、もっとやりたい放題するけど?」

 同級生であり、部活のチームメイトから言われたいつかの言葉が、未だに俺の耳から離れない。その時は何も言葉を返す気にならず、いつもの作り笑いを浮かべるだけにした。

 僕は昔からある程度のことは人並み以上にできた。

 何をやっても、二つ歳上の兄に劣らず、時には上回ることもあったと思う。

 背も同年代では高い方だし、ルックスも学年で三本の指に入るレベルだろう。

 勉強も授業を聞けば、どこが大事でテストに出るかが分かった。

 運動も同年代はまるで相手にならないし、スポーツのプロ選手がする洗練された動きは何度か見ただけで限りなく真に迫ることができた。

 当然、先輩、後輩、同級生、先生たち、近所の人たちみんなの信頼を勝ち取っていた。

 何もしなくても、女子はホイホイ寄ってくる。

 だけど、僕の目にはそんな周りの人たちが、少しずつ醜悪に感じるようになってきた。

 退屈だ。どうしようもなく、酷く退屈。

 中学に入り、サッカーを始めてみたはいいものの、心は踊らない。

 学年で可愛いと噂の高嶺の花と付き合ってみたが、それも心が揺れない。

 勉強は無論だ。中学校程度の学習内容のテストなんて、ただの穴埋め作業でしかない。

 ある時、街中の半グレ集団に喧嘩を吹っ掛けてみた。何の技術もない雑魚が何人で掛かってこようが、数分後には一人一人の意識を飛ばすだけの作業に成り下がった。

 ただただ、日常が退屈だった。

 とはいえ、まだ子どもだ。

 これから先、きっと僕を満足させてくれる何かがある。

 それだけが僕の生きる糧だった。いつしか、そうとでも考えないと、上手く息ができなくなっていた。

 もう限界なくらいに、僕は世の中に鬱憤しており、おかしくなりそうだった。

 そんな時、奴が目の前に現れた。いや、違うな。正確には、既にいた。

 僕の世界に同級生Bではなく、ようやく存在感のあるキャストとして、名を連ねた。

 入学直後、ある日の放課後の部活。

 夕日が指すグラウンドで、片膝を立てて座り、ゴールを眺めていた。

 どうしてあの大きいカゴみたいなのに、ボールを運ぶだけで人は歓喜するのだろう。

 ただスコアの数字が1つ増えただけで、世界はまるで何も変わらないというのに。

「おい、お前さ、ちゃんと中学生しろよ」

 僕よりも幾分か小柄の同級生が、声を掛けてくる。

 元々、人の名前を覚えることは得意ではない。僕の数少ない弱点の一つだ。

 ただ、同じポジション志望ということもあり、下の名前だけ思い出すことができた。

 入学早々面白そうだ。少し吹っ掛けてみるか。

「どういう意味だよ。それに、お前誰だよ」

 目の前の彼は、夕日の眩しさではない、違った何かを理由に目を細めた。

 きっとこれまで、色んなことを一生懸命にやってきたのだろう。

「今は俺の名前なぞ、どうだっていい。言葉通りの意味だよ。お前の一連のプレイは俺の知る中学生のそれを、遥かに逸脱している」

「はは、褒めてもらって光栄だよ。君もなかなか上手だったじゃん。これは良いライバルになりそうだ」

 目の前の彼は両の拳を握り締め、下を向く。体も静かに震えているようだった。

「……ふざけるなよ。何が良いライバルだ……お前のせいで、二人の先輩が部を辞めると言っていた……だけど、そんなことは当人の問題だからいい。お前、小学生の時はどこのチームでやっていた? 南椋哉なんて名前、聞いたことがない」

 どうやら名も知らない先輩が2人、部を辞めるらしい。それに、彼の話だと僕のせいだそうだ。

 彼が憤りを感じて、話しているのは見れば分かる。

 だけど、その原因が分からない。やはり、僕が悪いのだろうか?

「先輩たちの分まで、僕らで頑張ろう。それに、サッカーは中学からだ。小学生のときは体育でやったくらいだね」

「くっそ……何だよ、それ。化け物かよ」

 化け物か。よくもまぁ、言ったものだ。

 当たり前に三食取るし、夜は寝る。性欲もないわけじゃない。

「ねぇ、どうしたら人間様になれるの?」

 いつの間にか隣に座る彼に聞いてみる。

 彼の顔からは先ほどの鬱憤が消え失せ、苦虫を噛み潰したような、どこか苦しそうな笑顔だけが残っていた。

「……それは……」

 僕は彼の言葉を待った。根拠はない。だけど、彼なら答えを出してくれる。そんな気がした。

 予感が正しかったことを数秒後、思い知る。

「——人と関われ、これまで以上に。一人でも多くの人と」

「どうして?」

「見たところ、お前はまだ自分という存在を測り得る定規がないように見える。俺一人だけじゃ不十分だ。もっともっと沢山の人と関わることで、お前はお前自身を理解する」

 なんだコイツ。どう考えても中学一年生の言葉じゃねぇだろ。

「おかしい奴。教員にでもなったつもりか?」

「さぁな、そんな立派な大人様になれるならなりてぇよ」

 この時、もう既にどこか他の同級生とは違うコイツに、僕は惹かれていたと思う。

 僕の中学校生活に、一つの大きな行動指針を与えてくれたコイツには、当時感謝していた。

 それからの俺は、クラスは違うが、学校ではできるだけコイツと長く時間を共有しようと決めた。

 休み時間や行事、委員会活動などを徹底的に裏で調べ、なるべく近づくように意識した。

 部活でも、俺だけは、コイツから目を切らさなかった。

 特に目立つ特徴や言動はなかった彼は、きっと僕以外の誰の目にも止まることはない。

 しかし、不思議なことにどれだけ彼を見続けていても、彼の腹の中は読めなかった。

 どこか僕と似ているようで、明らかに違う。そんな異様さは分かる。

 だけど、それが何かは明確には分かり得ない。

 そんなこんなで、先週の最後の中総体。僕たちは決勝戦まで、順調にコマを進めることができたが、決勝戦はあっけなく終わった。

 出口衛鷲だ。

 あいつに僕と彼は敗れ去った。

 試合後、二人で何か話していたようだが、僕はその輪に入れなかった。

 僕の目から見ても、やはり出口という選手は人外だ。才能だけでは到達し得ない、そんな高みに両脚を下ろしている、そんな選手。

 その人外が彼を認めている。

 僕の認める彼が、僕という化け物を倒した人外と同じ時間を共有している。

 脳も内臓も、その全てをグチャグチャに掻き混ぜられたような、そんな不快感。

 僕を置いていくな。

 まだやれる、そっち側に行く準備はとうの昔に整っている。

 そんな思いは届くはずもなく、ただただ地面に拳を叩きつけた。

 何もかも上手くいく僕が、思い焦がれたもの。

 それが何かが、その瞬間分かった気がした。

 敗北は微塵も悔しくない。

 ただ、それ以上に僕が得た物があまりにも大きかった。

 俺も行く。必ず、そちら側へ。

 どんな手段を取ろうとも構わない。彼や出口がいる、人外が犇くその領域に。

 決して、サッカーのことじゃない。これはきっと違う何か。

 それを彼に問わずにはいられない。僕よりも先を行く彼に。

 ほんの少し前の過去に思いを馳せ、夜空を見つめる。

「どうしたら、もっともっと僕の世界は、面白くなるんだろう」

 窓を開けて、裸足で中庭に出る。

 転がっているサッカーボールにバックスピンを掛けて蹴り上げ、リフティングをする。

 道徳だろうか? どこかのタイミングで担任が言っていた。

 『他人と過去は変えられない。だけど、自分と未来は変えていける』

 いつもは気だるげで、世の中に絶望しているような目をしている、ダークな雰囲気を漂わせている担任だが、たまには良いこと言うじゃんと思った。

「僕自身が変わらないといけない、か」

 満月とサッカーボールが重なる。二人の運命がまた交わる。

「答えをくれ、もう一度」

 リフティングを止め、垂直方向に進む力を失ったボールが地面に転がる。

 力なく転がり、塀にぶつかり止まった。

「僕に……僕に、退屈を覆し、壁を破る理由をくれ、鶫……」

 開け放たれた窓の中からチャイムが鳴った。

 それが運命の歯車を動かす福音であることを、彼はまだ知る由もなかった。

何か闇を感じます。

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