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夜の空気に当てられて

彼の家はちょっとだけ大きいです。

「本当に南くんいるかなぁ」

「大丈夫、ムクがどこにいても」

 俺はチャイムを鳴らそうと指を伸ばした。

「ちょっ! バカバカ! おかしいでしょ!?」

「なんで?」

「指紋が残る!」

「それになんの問題が?」

 力強く俺を抑えて慌てふためく凰花を見て、何か勘違いしていることが分かる。

 そうか。俺はあまりにも言葉を省略し過ぎたことを反省した。

「凰花、俺は今からムクと話す必要がある。それが一番手っ取り早いんだ」

「どうして? 理由を教えてよ」

「まぁ、見てろって」

「この夜更けに人の家の前でどうしたの? それに珍しい組み合わせだ」

 玄関の脇から、当人が出てきた。裸足にタンクトップというなかなかにワイルドな格好。

脇にはサッカーボールを抱えて、まるでサッカー覚えたて野生児とでも言わんばかり。

 この時間まで蹴っていたのか、まだ引退を受け入れきれていない?

「ムク、夜に悪いな。少し……いや、だいぶ話がある。中に入れてくれないか?」

「いいよ、今日も月が綺麗だね。家族もいないし、中庭で話そう」

 ムクは振り向き様に笑ったように見えた。

 俺と、もしくは凰花と会いたがっていたようにも見てとれた。

 純粋に笑うムクは珍しい。いつも学校ではどこか、綺麗な笑顔を貼り付けている、そんな印象ばかり残っていた。

「助かる」

 俺と凰花はムクの家の中庭に足を踏み入れた。中庭には雑草が生い茂り、縁側の向かいには、隣の家との隔たりとしてのコンクリートの塀がある。

 縁側に俺とムクが座り、凰花はムクから預かったサッカーボールで不器用に遊んでいる。

 俺とムクが座る縁側の真上にはきっとムクの家族が育てているであろう植物が紐に吊るされて、植木鉢の中で静かに揺れる。

「それで話って何? わざわざ家まで来たってことは何か、それなりに重いんだろ?」

「……ああ、お前にしか話せないことなんだ」

「どうしてこのタイミング? 話なら僕の携帯に連絡をくれても良かったし、それに明日の朝にでも学校で話せばいい」

「……俺の考えが正しければ、明日、いや、少なくとも今週の学校はないと思う」

「はぁ?」

 二人でボールを蹴る凰花を眺め、話していたが、俺の言葉に驚愕するムクが突然、体を向けた。

 驚くのも無理はない。学校からの緊急メールでは、臨時休校とだけ告げられ、それがいつまでかとその事由までは記載されていない。

「なんでお前がそれを知っているんだよ」

 俺は告げるために口を開く。

 ぱくぱくと無様に、口を開け閉めするだけで声が出なかった。

 駄目だ。話したとして、どうする? これ以降はどう手を打てばいい……。

 長く伸びた草が揺れ、凰花の長く伸びた黒髪がそれに呼応する。後ろ髪が揺れ、乱れた髪を耳に掛ける。夜空と同色の髪の切れ間から、一瞬彼女の横顔が垣間見えた。

 その瞳は相変わらず、挑戦的で妖艶だ。

 俺を試してくるその瞳に反発するかのように、覚悟が決まった。

「……俺が今日の臨時休校の理由だ」

 ムクに半身を向けて、告げる。

「……鶫……お前、何をした……?」

「——木地を殺した」

「……嘘だろ? お前の冗談はいつも伝わりづらいんだよ……」

 俯く。これから受けるどんな罵倒や誹りだって、俺には受け入れる義務がある。

 心臓が跳ねる。ムクの隣が今日はいつにも増して、居心地が悪い。

 ムクは周りが評価するよりも、ずっとずっと聡い。

 俺がそう評価する理由の一つに彼の、観察眼による看破能力がある。

 約二年間、見られ続けたからこそ、俺の嘘が通用しないことを知っている。

 俯く顔を少し上げ、ムクの顔を覗き見る。

 ほら、その顔だ。人ならざるものを見る顔。

「なんで? どうして……?」

 なんで……か。今にして思えば、理由なんてなかったはずだ。殺さない理由ならいくらでも思い当たる。

 だけど、それでも俺はやると決めた。

 夜の空気に当てられたから? 凰花が場を整えたから?

 そのどれもが違うことを、俺自身が知っている。

 俺がやると決めた。俺自身が俺らしくあるために、指針を決めて動いた、ただそれだけだ。

 息を整える。もうどうにでもなれ。

「さぁ、どうする? 俺を警察に突き出すか? それとも俺を殴るか? 殺すか? なぁ、ムク! お前はどう動くんだ、教えてくれよ! なぁ!」

 俺は満月をバックに両手を広げ、下劣な笑みを浮かべて腰を折る。

 悪役を上手く演じられているだろうか。昼間の自分自身に酔っていた時と今はワケが違う。俺はこの夜の、この世の支配者ではない。ただの同級生殺しの非行少年だ。自分の心が癒えないことは、他の誰でもない自分自身が知っている。だからこそヒールを演じ、心に蓋をする。

 腹に、これまでに食らったことのない、破裂でもするような衝撃が加わる。

 俺はその場から吹き飛ばされ、地面を転がりながらコンクリートの壁に激突した。

「フッ……ふぅ、鶫の意識を飛ばさないギリギリのレベルはこんなもんかな」

 ムクの裸足が胸の高さまで来ていた。彼は呼吸を整え、地面に足を下ろす。

 痛いなんてものじゃない。痛さを通り越して、内臓が熱い。腹の中で何かが燃えているような、そんな感覚に陥る。それに、口の中は窒息しそうなほど血が溜まっている。昼にファミレスで食った昼食を、血と共に嘔吐する。

 視界も半分まで狭まっているし、息もしづらい。

 間違いなく俺の人生史上、過去最高に死に近づいていることを、生物の本能で理解する。

「……ぐぉっ、ふっ……ふっ、ふっ、ふぅ……」

 腕を立てて体を立たせようとしたが、上手く重力に抗えず、結局ひれ伏す。

 もがく俺の前を、流線状の夜空が横切った。

 凰花だ。凰花が、俺とムクの間に両手を広げ、立っている。

「どけ。僕は鶫に用がある」

「どかない。鶫くんをここで失うわけにはいかないから」

 薄ら笑いを浮かべるムクに、険しい顔で相対する凰花。

 体格、実力ともに、まるで敵うはずのないムクに一歩も引かない。

「これで収めて。鶫くんは、あなたと大事な話をするために、ここに来た」

「その犯罪者を粛清する。生憎、罪人と交わす言葉は持ち合わせてないよ」

 ムクはゆったりとした足取りで、凰花に歩み寄る。

 閑静な住宅街だ。物音がまるでしない。ムクが雑草を踏み締める度に、音が鳴る。

 まずい。今のムクは手が付けられない。凰花まで傷つけられる最悪の未来が、脳裏をよぎる。俺の判断が間違ったか? 回復はまだか? 声を出せ、何かアクションを起こせ。

「……ムク、まだ世の中は……退屈か?」

「何?」

 喉が熱い。声帯はまだ、正常に機能する。少し休んだ今もまだ、体全体が燃えるように、熱を持っているが、幸いどこかを致命傷を負っているというわけではなさそうだ。

 立つ力を回復するまでの時間を稼ぐ。

「……お前の目に映る、この世界は退屈かって……聞いてんだよ……」

 足を止めたムクが、地面に這いつくばる俺に、目を下ろす。

 これから交渉するにあたって、少しでも怒りを鎮めておく必要もある。

「ああ……お生憎様、退屈が過ぎるよ」

「その退屈、終わらせてやるよ」

 膝に手を当て、立ち上がる。重力が五倍にでもなったみたいだ。口に溜まった血を吐き捨て、口元を手で拭う。先ほどは不意を突かれて、一撃もらったが、次はそうはいかない。

「俺の番だ、ムク」

 草生い茂る中庭で、武力行使に出ることを決意した。

 ムクは俺のことなど、まるで相手にならないとでも思っているようだが、その認識を改めさせる。あくまで対等な立場として、交渉のテーブルに着かせるために、ここで一度、仕留める。

暴力反対。

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