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神への至り方

第一部、最終章となります。

「それで鶫氏、ここまでの神樹祭はどうお考えか?」

「ここまで? まぁ、成功と言って差し支えないんじゃないか?」

 俺と望月と水瀬という側から見れば、異色の組み合わせの三人は、クーラーの効いた涼しい教室で机を囲み、昼飯を食べていた。

「望月くん知らないでしょ? 鶫くんが今日、この日までどれだけ入念に準備をしてきたか」

 水瀬が弁当のエビフライに箸を刺し、望月に向ける。シンプルに行儀が悪い。

「何を言ってるんや! 水瀬氏、ワイは鶫氏の盟友やで! 鶫氏の苦労は十分に理解してるンゴ」

 望月も望月で、さっき出店で買った弁当を食べながら話している。口の中が見えて、汚い。

「2人ともありがとうな。この後も神樹祭楽しんで、良い一日にしよう」

 俺は弁当を片付けながら、適当に声をかける。

「ねぇ、南くん。午後の部、私と一緒に見ようよ」

「えー椋哉くんは私の近くで落ち着いて見たいよねー?」

「ちょっと、何どさくさに紛れて下の名前で呼んでるの? 突然、馴れ馴れしくて椋哉くんびっくりしちゃってるじゃん」

「そういうあんたこそ、下の名前で呼んでて何様ー?」

 俺は視線を感じ、後ろに振り返る。

 ムクの周りで女子が騒がしい。

 どうやら女子の間で、ムクの取り合いバチバチやっているようだ。お昼を食べながら小競り合いをしている。ここに来てムクのモテが覚醒してるな。

「俺はみんなで見て、一生の思い出を紡ぎたいな」

 唐揚げを食べながら、ふと呟いたムクに、周りの女子たちは頬を赤らめて、小さく頷いている。

 持っていた割り箸が、本来折れない方向に折れていた。俺、こんなに力あったんだな。

「俺、みんなといられて幸せだったなぁ。少しお腹いっぱいになったから、トイレ行ってくる。また会場でね」

 俺に目線をやり、トイレに向かうムク。

「二人ともこの後は悪い。実行委員長としての仕事がある。午後の部も楽しもうな」

 俺とムクは呆然とする望月と水瀬、そして取り巻きの女子たちを教室に置き、トイレに向かった。

 トイレのドアを開けると、正面の窓にもたれ掛かり、外の景色に目をやるムクがいる。くそ、イケメンはどこでも画になるな。

「ついにだね」

「ああ」

「僕は失敗するつもりないよ」

「お前が失敗? 笑わせるな」

 ムクに少し顔を上げ、笑ってみせる。ムクも教室で見せたことのない良い顔で俺に笑いかける。俺はムクの肩に手を掛け、トイレを出る。

「頼んだぞ」

「それは実行委員長としてのお願い?」

「いや、俺個人。宮崎鶫から、クラスメイト南椋哉に対する頼みだよ」

 再度笑うムクに振り返ることをせず、俺は一階大倉庫に向かった。

「ここまでの準備ありがとうございました、スズメさん」

「いえ、私の務めですから。それよりも本当に凰花様は——」

「問題ない。万が一にも、彼女に危害が加わるようなことはしません」

 いつもの焦茶色のスーツを身にまとい、PTAと書かれたネームプレートを首から下げているスズメさんに言い切る。

 俺の正面にはフィナーレ企画で用いられる大量の送風機とその備え付けで、冷風でミストを送るための付属の液体が入ったポリタンクが置かれている。吹奏楽部の演奏を阻害しないため、フィナーレ企画の最後には空調を切る。そのため、体育館の気温を下げるために、静音で上から気温を下げるための送風機を用いるというわけだ。

 大倉庫内にある時計はもう1時になろうとしていた。ここまで協力をしてくれたスズメさんに一礼し、俺は体育館に向かう。

「それでは定刻になりました。これより、神樹祭午後の部を開始したいと思います」

 俺はパイプ椅子に腰掛け、PTAの大道芸やマジックを眺める。それが終わり、暗転した体育館にはフィナーレ企画に向けて、有志生徒による学園の歴史などを扱ったスライドショーがスライドに投影される。

 その間に実行委員が大倉庫から、俺とスズメさんが準備した送風機を2階ギャラリー席に運び込む。俺は暗闇の中、揺れるポリタンクを虚な目で見つめる。

 ここまでは計画通り、順調だ。何も問題はない。

「PTAの方々、有志生徒の方々素晴らしい発表をありがとうございました! それでは、名残惜しいですが、神樹祭フィナーレ企画に移ろうと思います。吹奏楽部の皆さん、よろしくお願いします!」

 元気に返事をして、ステージで準備を進める吹奏楽部員たち。その動き始めに合わせて、俺とムクも席を立つ。俺は演奏中に邪魔が入らないように、外で開閉を担当している後輩の女子実行委員に話しかけた。

「ずっと外にいるのは疲れるよな。最後くらい、中で見ろよ。俺が代わってやるから」

「え! いやいや、実行委員長こそ中で見なくちゃダメですって。任された仕事です。最後まで頑張ります」

 なんて健気なんだろう。この健気でいたいけな少女の命の灯はもう少しで消える。

 俺は彼女の耳元で囁く。

「俺は君が吹奏楽部員なこと、知ってるよ。それでも身を粉にして、今日まで神樹祭のためにありがとう。先輩たちのとびきりに輝く姿、中で見ておいで」

 少女の目に涙が溜まる。

 泣かないで。ごめん、俺はそんなに出来た人間じゃないんだ。

「ありが……とうございます。本当に……ありがとうございます」

 彼女は言い残し、体育館の中に入った。

 俺はコンクリートに座った。長時間日差しに当てられていたのもあって、熱い。

 陽炎で揺れるうちの学校の神樹とやらを見た。


 大量に運び込まれた送風機。それに付属する液体が大量に入ったポリタンク。そして、演奏直前に空調が切られて、出入り口が封鎖されるアナウンス。

 まずい。結論が出る前に、体が動き体育館を出た。

 俺は時おり、思考が結論を出す前に生存本能的に動くことがあった。サッカーで、世代別代表にまで選出されたのも、こういった咄嗟の判断のディフェンスが大きいと思う。

「……ガスか……送風機を使い、上から毒ガスの雨を降らせ、一斉に殺すつもりか」

 頭に浮かぶのは、いつかの授業で見たアウシュビッツ強制収容所の光景。

 とても人道的な殺し方じゃない。そもそも殺しに人道的も何もないのだが、この教育の場、年に一度の学園祭の場で行うとは……。

 今から体育館の中に入るのは不可能。それでも、これを止めるには……俺の足は自然に体育館脇の備蓄倉庫に向かっていた。

 備蓄倉庫には、体育館内の空調及び電気のブレーカーがある。それらを止めることで、この事態を未然に防ぐ。もしくは最悪のことになっても、被害を抑えることができると踏んだ。

「ダメだよ。ここは立ち入り禁止だ」

「お前は……10番」

「よく僕のことを覚えてたね。それでも出口、君をここの中に入れるわけにはいかないんだ」

 俺の中で情報が一つの結論に収束していく。

 南椋哉。こいつがテロリスト。

「君のその目を僕に向けてくれる日が来るとはね。僕はフォワード、君はディフェンダー。いつもは攻めと守りの構図だけど、今日は逆だ」

「悪いが時間がない。強行させてもらう」

 二人の少年のシルエットが陽炎となり、交錯した。


 吹奏楽部の演奏はもう終盤に差し掛かっているだろう。

 最後の曲の始まりを告げるアナウンスが鳴り、俺は寄りかかっていたドアの鍵をそっと外して、もう一度座った。ドアが開き、再度閉じられて、鍵の閉まる音を背中で聞いた。

「ここから本当に始まるんだね」

「ああ」

 片膝を立て、座り込む俺の目の前に凰花が立つ。凰花の右手には、ひたきの手が握られていた。

「え? お兄ちゃん?」

 困惑するひたきを無視して、俺は炎天下の中、揺れて見える二人を抱き締める。俺ら三人のワイシャツはみんな汗ばんでいたが、気にせず抱き締める。人は生存が脅かされると人肌を求める。

「……今の状況で俺が何に見える?」

 凰花に尋ねた。体育館の中から悲鳴が聞こえはじめた。悲鳴は連鎖し、さらに大きくなる。出入り口担当の実行委員は先ほどの少女のように、俺の甘美な囁きで、送風機の真下に配置した。今、体育館を外から解錠できる人間は俺を除いて存在しない。

「……人の命を取捨選択できる。その権利を有する人間」

 俺は再度、彼女たち二人を強く抱き締めて離さない。

「それは、もう、まさに——」

 耳元に残る、鈴が鳴るような声。

「——神」

 ひたきを中心に俺たちは、体育館から離れて歩き出す。神樹に向かって。

 俺はきっと、これからも沢山間違い続けるだろう。

 何十回、何百回じゃない。もっとだ。

 その都度、それを正解に変えていく。

 彼女とならそれができる。これはもう確信だ。

 凰花と神樹を交互に見る。彼女の前に跪き、手の甲に口付けをする。

 一陣の風が世界の変革を告げた。


 第一部 完

ここまでご覧いただきありがとうございました!

これにて、第一部が完結となります。

読んでくださる皆様の応援の一つ一つが本当に励みとなり、モチベーションに繋がっています。

これからもどうぞよろしくお願いいたします!

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