6.さすがというかなんというか
「いけませんわ。
ちっともダメージが入ってないじゃないですか」
呆れ顔のカタリナが進み出て、子爵夫人からボロボロになった扇を取り上げた。
「まず、半身に構える」
カタリナは身体の左側を子爵に向け、脚を軽く開いて少し腰を落とし、構えてみせた。
気圧されつつ、子爵夫人が真似る。
一体何が始まるのか、子爵も含めて皆固まってしまった。
「親指を外にして拳を握る。
中に握ると、衝撃で親指の骨が折れることがあるそうですから」
「はい」
「舐めんなコラ!て気持ちで、相手を睨む」
「はい!」
カタリナと子爵夫人に睨まれた子爵が、ひ、と声を上げる。
「で、腰の回転の勢いを乗せる気持ちでッ!」
バキッ!
女性陣から一斉に悲鳴が上がる。
一応、お手本のはずだったカタリナの拳は、ついうっかり?見事子爵の顎を捉え、子爵はひっくり返ってしまった。
慌ててサン・フォンが駆け寄って、瞳孔やらなにやらチェックする。
「や、軽い脳震盪でしょう。しばらくしたら気がつくんでは。
念の為、このまま動かさずに頭と首を冷やしておいた方が良い」
ほっとした一同は、いくらなんでもやりすぎだとカタリナをジト目で見た。
「淑女たるもの、いざという時はみずから鉄拳制裁もキメなければならないのですわ!」
カタリナはいつもの高笑いで誤魔化そうとしたが、ジュリエットに「これって真似しちゃダメなやつですよね??」と真顔で言われて、うぐ……と詰まるしかなかった。
その後──
気を取り直した子爵夫人は、ガブリエラを子ども部屋につれてゆき、母子は無事再会した。
落ち着いてからノアルスイユ達もラウルを見せてもらったが、確かにピエール卿の面差しのある可愛らしい赤ん坊で、同窓生一同、皆涙ぐんだ。
なんだかんだで遅くなったので、サン・フォン夫妻とジュリエットはここで辞去したが、カタリナはなんでか子爵夫人に乞われて子爵夫妻の話し合いに立ち会うことになり、ノアルスイユも付き合う流れになった。
子爵夫人は、圧倒的に離婚を主張。
離婚して、領地の別邸あたりでガブリエラとラウルを見守りながら暮らし、ラウルが成人したら、なる早で爵位を譲らせたいと言う。
無事復活した子爵は、氷嚢を顎に押し当てたまま、そんな話には応じないとわめきちらす。
「お気持ちは重々わかりますけれど、離婚してガブリエラ様達と田舎に引っ込まれると、子爵が別の方と結婚してそちらに子供が生まれたり、養子をとったりしたら面倒なことになりません?
それに、今回のこと、ちょいちょい刑法に触れるんじゃないかしら」
カタリナは、大学で法学を専攻したノアルスイユをちらっと見た。
「あー……医者は健康なガブリエラ夫人に薬を盛ったわけですから、傷害罪当確ですね。
別途、医師法違反で免許剥奪、偽りの診断書も書いていたら有印私文書偽造罪。
で、それを指示した閣下は、傷害罪と有印私文書偽造罪の教唆になります。
教唆は基本、実行者より軽い刑になりますが、子爵家の当主がしたこととなると……」
じろ、とノアルスイユは子爵を睨んだ。
よく考えたら、なかなかアウトなことをやらかしている。
「それを言うなら、ガブリエラはラウルを誘拐しようとしたんだぞ!」
「この場合、誘拐未遂って成立するの?」
カタリナがノアルスイユに聞いてくる。
「判例は思い当たらないですが、厳しいんじゃないですかね。
そもそも誘拐未遂で彼女達を訴えるなら、洗いざらい法廷に持ち出すということになりますが、それでいいんですか?」
ノアルスイユの言葉に、子爵はぐぬぬとなった。
悪徳医師を使って邪魔な者に薬を盛り、精神病院の閉鎖病棟に放り込む──いわゆるお家騒動でまぁまぁ使われるやり口だが、おおっぴらになればもちろん大スキャンダルだ。
離婚どころの騒ぎではない。
「離婚はせず、健康上の理由とかなんとかで子爵に田舎に引っ込んでいただくのはいかがかしら。
ラウル君が成人するまでは、夫人が子爵代理として家を管理する方向で。
子爵の指示に従った使用人は排除、念の為、確かな方を選んで後見につけられた方がよいと思うけれど」
「ああ、そちらの方がようございますね。
領地におります家宰は信頼できる人物ですし。
まずは甥のラ・フェール伯爵に相談してみます。
ガブリエラとラウルのこともだいぶ心配してくれていますから」
ぽんと手を叩いて納得する夫人に、子爵が「要は子爵家ののっとりじゃないか!」とキレた。
カタリナが、愉快そうに高笑いする。
「のっとりだなんて人聞きが悪い。
正当な後継者であるラウル君を守るためのことだもの。
ラウル君からママを奪おうとする悪いおじいちゃんはバイバイする、それだけのことよ。
悪いおじいちゃん、バイバーイ!」
カタリナは、幼い子がよくするように、顔の近くで両手を小さく振ってキャハハと笑って見せた。
憤激した子爵は真っ赤になって怒鳴り散らしたが、興奮しすぎたのかすぐにうーんと目を回してしまった。
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「さすがというかなんというか、凄い煽り方をするな……」
一通り、話を聞いたアルフォンスは深々とため息をついた。
「いやはやまったく……
で、これがレディ・カタリナから殿下に振られた仕事です。
徹夜で私が捏ねた草案ですが」
無の表情で、ノアルスイユは書類の束を差し出した。
戸惑いながらアルフォンスは受け取ってめくる。
子爵や子爵家の親戚一同に無駄にジタバタさせないよう、一度王家で内密に関係者を全員呼んで「話し合い」をさせ、カタリナの案を飲ませて念書も取るための計画だ。
医師の方は、王室特権の秘密裁判できっちり裁いて、子爵家の名を伏せて結果のみを公表する。
アルフォンスは、カタリナの思いつきを、一晩で具体的な計画に煮詰めたノアルスイユを気の毒げにみやった。
「なるほど。先に念を押しておけば後々のトラブルが防げるし、どうせ話はじわじわ漏れていくだろうから、似たようなお家騒動を抑止することにもなる、か。
父上に申し上げて日程を詰めよう。
大筋、この通りに行うことになるだろう」
ノアルスイユはほっとして、「ありがとうございます」と頭を下げた。
しかし、アルフォンスは苦々しげな顔になった。
「亡きピエール卿を思えば、ガブリエラ夫人と遺児ラウルを保護しなければならないのは確かだし、めぐりめぐってこちらの利にもなることだから、のっからざるをえないが……
なぜなんだろうな、カタリナに巧く使われているような気がしてしまうのは」
「ほんと、なんででしょうね……」
二人はカタリナの高笑いを脳裏に思い浮かべながら、同時にため息をついた。
ご覧いただきありがとうございました!
自分としては『黒後家蜘蛛の会』風の作品を書くつもりが、どっちかというと急に話が動いて解決!な展開がシャーロック・ホームズ??という感じになってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。
評価、ブクマ、感想等頂戴いたしますと、作者が舞い上がってまた異世界恋愛ミステリをほいほいと書いてしまいますので、よろしくお願いいたします!
この作品、「公爵令嬢カタリナの計略──大伯母様の遺産は、伯爵令嬢が幼馴染4人を毒殺した超事故物件!収益化しないと人生詰むので、悪役令嬢の濡れ衣を晴らし、真犯人をしばき倒してご覧にいれますわ!」の2年前のお話にあたります。
なんの因果か、またまたカタリナにこき使われる「チョロ眼鏡」ことノアルスイユ視点の長編です。
下にリンクを貼っておりますので、ぜひご覧ください!




