第八百二十二話
「むうう……ビルをぶっ壊した方が中にいる人を全員倒せそうですね!」
椿は確信したようだ。
……あまり良い確信とは言えないのだが。
一応アトムとしても、『正直、イベントでビルを粉々にされまくったら魔戦士の評価に響くんだよね……』と思っているのだが、そもそも椿の周りには普通にビルを破壊できる人間が多すぎる。
イベントに使われている建造物は確かに時間経過で再生するので、別にいくらぶっ壊したとしても問題はない。
もちろん再生機能のエネルギーが無から湧いているわけではなく秀星の魔力を使っているのだが、まあ常人の百億倍の魔力を持っている秀星に関してはそのあたりはもうほぼノーカンと言って差し支えない。
このイベントの参加者には、アトムが招待状を送って呼んだ魔戦士が数多く存在する。
ただ、今回のこのメンバーたちは、イベントであればビルを破壊することなど造作もなくやってのけて、そして日常生活においては普通に一般市民に混ざって生活できるという、倫理観が高い低いの話を超えて『絶妙』といえるもの達だ。
正直、他の招待者たちが呼んだ参加者はこの『倫理観』についていけないのである。
……まあビルをぶっ壊せる時点でいろいろアレだが。
「ええと、確か未来でおじいちゃんが『とりあえず下から破壊していけばそのうち崩れるぜ!』と言っていたので、早速やってみましょう!」
未来の朝森家の教育は世界を舐めているのだろうか。
「……む?」
ビルを壊そうと考えていた椿だが、椿の近い範囲に誰かがいたようだ。
風属性において技術力が高い椿は、空気の流れを感知する感覚が優れている。
それを『気配』と感じ取れる領域に立っているのだ。おバカさんではあるが鈍いわけではない。
「誰かいるみたいですね」
ビルの裏路地にヒョコヒョコ入っていく椿。
この恐れを知らない体質は誰の遺伝だろうか……心当たりがめっちゃあるので置いておくが。
「ククク。このあたりにあのモンスターが出現するはずだ。それを見計らってこの爆弾をセットすれば、かならず倒せるはず」
闇夜に紛れることがかなりできそうな風貌の男が爆弾を手に待機していた。
「……あの人は何を待っているのでしょうか?」
うーんうーんと考える椿だが、自分も闇雲に狙っている酸素くんをこの男も狙っているとは思わないだろう。
そして、この男に関してはそもそも企業側からあらかじめ情報が与えられている。
簡単に言えば、『マッチポンプ』という奴である。
もちろん、招待券を持っている企業にあるのは招待状を渡すだけで、参加者が特別有利になるような情報を伝えることは一応禁止されている上にばっちりルールブックに明記されているのだが、企業側は『知らんな』とばかりにものすごく教えまくっているのだ。
激戦区ではアトムが呼んだ魔戦士たちが激闘を繰り広げているが、そこから離れたエリアでは、他の企業が呼んだ魔戦士がいろいろなスコアイベントをこなしているのだ。
まあアトムが呼んだ魔戦士が稼いでいるスコアには遠く及ばないのだが。
「あ、動きましたね」
爆弾のボタンに指をのせる男。
そして、左手首につけている腕時計を見始めた。
カウントを取り始めているようだ。
椿もスマホを見る。
すると、そこには十三時五十九分五十五秒。
午後二時の五秒前だ。
そして……。
「よし!」
男がスイッチを押そうとして……突如飛んできた小石が男の手を弾いた。
「え?」
手から爆弾が落ちて、そして爆弾が地面に落ちる。
幸い、安全装置はしっかりしているようで、爆弾が爆発することはなかった。
「な、なんだ今のは!クソ、酸素なんてものがその場にずっといるわけない。くそっ、どこだ!どこにいる!」
慌てた様子で腰に装備している剣を闇雲に振る男。
スマホを見ながら振っているので、おそらく自分が持っている懸賞スコアを確認しているのだろう。
だが、増える様子はない。
「クソッ!クソッ!なんださっきの石は!」
叫んでいた男だが、突如、自分のすぐ後ろを小石が通り過ぎた。
かなりの速度が出ていた小石は、そのまま着弾と言っていい音を出してビルの壁に激突する。
「な……何だ今のは……」
驚く男。
そして、男が持っているスマホが鳴り響いた。
電話に出る男。
「あ、俺です……はっ?酸素が倒された!?」
すごい字面である。
「いや、俺じゃないって……は!?なんであのゴリラにポイントが加算されてるんだよ!」
(ゴリラって誰のことなんですかね?)
どうやら分かっていない様子の椿だが、まあわかる人には一発で分かることである。
「クッソがあああああああ!いったいどうなってやがる!あの小石で狙ったっていうのか?ふざけんなよ!ていうかここからどんだけ距離があると思ってんだ!」
当然だが、モニターを見ている観客席からは、そのゴリラがどのあたりにいるのかがわかる。
もちろん企業との通信も禁止されているのだが、そんなルールはどこへやら。
「クソ、次の酸素を見つけるしかねぇ。なんでこうなった!」
そういいながら走り去っていく男。
「不思議なことがいっぱいあるんですね」
頷く椿。
おそらく状況を何もわかっていないことは明白である。
……というか、ここまで情報が揃っていて事情を察することができないというのもなかなか珍しい。
ちなみに、別に酸素くんを倒したところで一位になれるわけではないのだが、このイベントで手に入れたアイテムは終わってもお持ち帰り可能。スコアを払えばそれらのアイテムが手に入りやすいというルールがあるので、それを狙って酸素くんを狙っていたという裏事情がある。
あらかじめ企業と魔戦士が密接にかかわっているわけだが、別にそれそのものは何も悪いことではない。『建前』や『体裁』という便利な言葉もある。
ただ……それで世の中が上手くいくほどやさしくはないのだ。
頑張ってくれたまえ。




