第七百九十五話
重蔵はゲストルームに軟禁された。
拠点に物理的に乗り込まれたわけだが、ミーシェ達のような神祖ではなく、あくまでも人間が一人送り込まれただけであることを考えれば、まあシャイガが円卓にたたきつけられたりなどということはあったが、封印の力が強いゲストルームに放り込んでおけば問題はない。と強硬派のリーダーらしいアルセイが判断した結果である。
(暇じゃのう……)
コーヒーと牛乳と砂糖で緻密に計算された完璧なカフェオレを口にしながらそんなことを考えている重蔵。
上下黒ジャージ姿で椅子に座って溜息を吐いているが、意外とくつろいでいる。
(……大豆畑はとりあえず一か月は大丈夫じゃろうな。特殊な肥料を作ったばかりじゃし)
肥料如きで一か月無問題になるというのは一体どういうことなのだろうか。
ちょっと意味不明だが、重蔵は高志の元上司。常識とか社会的通念とか論理的整合性とか、そういったものを求めても仕方がない。
(とりあえずゲストルームとのことじゃが……五分ほど探ってみた限り何でもそろっておるな。ゆったりできるソファがあるリビングに、最新式の機材が揃ったキッチン。トイレに広い風呂。ふかふかのベッドがある寝室もある。大型冷蔵庫が三つあって中には完璧な状態で多種多様な食材が保管されておるし、食器類も自動洗浄機に入れておけば収納まで完璧にやってくれる。至れり尽くせりといったところじゃな)
観察力高いな九十二歳。
(おまけに地下にはワインセラーまで完備しておった。しかも、百年もののワインが一本一本時間凍結されて完璧な状態で保存されておる。誰の趣味じゃあれは)
本当に五分でそこまでわかったのだろうか。体感時間大丈夫?
(遊戯室にはそれこそなんでもあるのう……漫画も小説もカセットもディスクもないと思いきや、ハードの方にありとあらゆるジャンルでインストールされておる。大概のボードゲームなら作成可能な3Dプリンターがあったし、ダーツやビリヤードといった『ゲームバー』に置いていそうなものはもちろん、本格的なカジノで用意されていそうなポーカーテーブルやルーレットまであった。人はおらんが、おそらくロボットが対応するじゃろうな)
……。
(さらに地下に行けば、プールなどのどうしても広いスペースを必要とする施設。極めつけは、最下層にあった全自動の小麦栽培施設……おそらく加工方法によっては様々な食材に変換できる特注品じゃな。一応ルール上、地下に行けば行くほど共同で使う部屋が多くなる。なんというか……ゾンビパニックでも想定しておるのかの?)
本当に五分でそこまでわかったの?
「崩壊、破城、無双、隠密……この四種類の属性で何とかなるようには思えん。この最新設備。ワシの家にもほしい」
結論から言えば『強硬派の面々で果たして手に入れることはできるのだろうか』という疑問と、『できることならばこの設備を手に入れたい』という願望があるということだ。
かなりアレな考え方だが、そもそも重蔵が住んでいる家はかなり最新設備が搭載された文明的な家である。
都市から離れた田舎にある大豆畑がある家という立地ではあるが、そういうものを普段から狙っているのだ。決してミーハーというわけではなく、『最新式』という言葉が好きなのだろう。
……いったいどこからその収入を得ているのだろう。大豆農家を馬鹿にするわけではないが、そこまで稼げるのだろうか。
「いろいろ調べるとするかのう……」
テーブルの下に置いておいたラム酒と葉巻を取り出す重蔵。
とても黒い笑みを浮かべており、悪いことを考えているのは明白だ。
「まずはこの部屋の設備じゃな。今のワシの家と比べても高い文明力を持ったものが設計していることは明白。少しでもその技術を盗んで帰るとしよう。グフフ……ここは良い場所じゃな。神祖もワシが人間という理由だけで油断しておる。与しやすい」
そういって葉巻を吸う重蔵。
いい笑みを浮かべて、部屋を見渡すのだった。
……ついでに疑問なのだが、そのキューバ産セットはどういう意図があるのだろうか。まあ趣味の範疇ということも考えられるので放置するとしよう。
★
「アルセイ。あの爺さんをゲストルームに閉じ込めておくだけでよかったのか?」
崩壊神祖ドーラーが、強硬派リーダーであるアルセイにそんなことを聞いていた。
ドーラーは台車を押しており、そこには多種多様な剣をはじめとするアイテムが詰め込まれている。
どうやら神器を戦利品として奪ってきた帰りのようで、アルセイを見かけたので尋ねたようだ。
「……何故そう思うのですか?」
「あの爺さん。相当欲深い性格をしているぞ。ゲストルームには最新設備が揃っている。それを狙って何をしでかすかわからんぞ」
「構いません。いずれにせよ。彼がここから出るためには我々との交渉が必要。最終的に主導権を握っているのはこちらです」
「ふむ……だが、あまりゲストルームを弄られるのはなぁ……『何かあった時のため』に作ったはずだぞ」
「『全く同じもの』が拠点の反対側に存在するのです。その片方を解析した結果何が起ころうと、根本的な被害はありません。破損したとしても、施設を修復するシステムは完備しています」
「情報を抜かれてもいいのか?」
「構いません。あの設備の解析は私たちにもできないことなのですから、解析できた場合は交渉の主導権を握っているこちらがその解析結果を要求すればいいのです」
「ふむ……なるほど」
会話からわかるのは、この拠点の施設は彼らが作ったものではないということ。仮にそれらを分解して情報を抜き取ろうとしたとしても、根本的な問題は何もなく、情報を抜き取れると考えていることだ。
神祖は神器すら所持していない。
これは言い換えれば、武力的要素が本人たちで完結している。
強硬派がもたらす因果関係の中で『文明力』というものはあまりにも薄い。
強硬派にとって、『文明』というものは『奪うもの』であって、それそのものがどのように生まれたのかは関係ない。
関係はないが、精力的に研究しようとしているものがいて、その者に対して主導権を握りつつ交渉できるというのであればそれを狙うべきだろう。
……ただ、根本的には興味がない。そこは揺らがないため、期待はしていないのだ。
「あの爺さんがこちらの修復システムが完備していることを知らなければ、破損させた状態というのはこちらにとって優位になる。それも狙っているのか?」
「当然です。ただ……ミーシェをはじめとする私たちの対策をしようとしているものが、あの者を送り込んできたことには、何か大きな意味があるはず。その一点だけ期待しましょう」
……『意味』か。あればよかったのだが……。
というか、背中をドロップキックされて異空間に突っ込まれたのに、既にそれに対する恨みを忘れ、施設の研究に没頭し始める重蔵も重蔵だろう。
ただ、アルセイの判断としてゲストルームに軟禁するということが、何の考えもなく行われたわけではないということは変わらない。
根本的なところは『退屈しのぎ』であることがうすうす感じられるが、神祖であれば珍しいことではない。
ただ一点。
強硬派の面々は、『ギャグ補正』という存在の研究を欠いている。




