第七百九十六話
(グッとやってボンッとやってビーッとやってドカンとやればすべて解析が終わってしまったわい)
頭痛が痛くなるような内心の笑みと共にラム酒を口にする重蔵。
部屋の中は何も変わっていない。
変わっていないということは、『すべて元に戻した』ということだ。
(ワシの天才の頭脳をもってすればこの程度のことは造作もないわ。クックック)
学校の成績がパーフェクトレッドとか言ってなかった?具体的に言うと四十話くらい前。
まあ確かに、今よりも優れた文明が作り出した機械たちを解析してその構造を理解し、しかも品種改良がかなり加えられた特殊な小麦すらそのルートを把握しているとなれば、確かにすさまじいの一言である。
(世界樹商品販売店……最近は『ユグドラシルストア』に名前を変えておったかの?個数制限が設けられておるから大量に準備する関係上、少々面倒じゃが……まあまだワシの先も長いし、ゆったりやるかのう)
爺さん何歳まで生きるつもりだ。
(さて、快適な生活環境のための準備は整ったといっていい。あとは……ここをどう脱出するか……こういう時は工具入れじゃな)
というわけで、重蔵は地下に行って工具入れを探す。
厳密に言えば先ほどまで設備の分解のために工具を持っていたが、当然それとは別物だ。
現状、重蔵が移動できる範囲ではドアも窓もない。
換気扇は存在しないが、何らかの魔法によって空気中の分子の配分は地上と変わらないように調節されている。
そもそも入ってきたドアにカギ穴はなく、どうやら魔法系統で認識するタイプ。しかも引き戸で、ドアの四辺が壁の中に埋まっている状態だ。
結論から言えば、空気レベルで外部との接触が禁じられている。
そうなれば、手を出す工具というものも限られてくるものだ。当然、触れなかった倉庫もある。
その倉庫にやってきたというわけだ。
「ほう、いろいろあるのう……おお、これは……」
重蔵は一つの物体を手に取る。
L字型の物体で、持ち手が長く、そして折れ曲がっている先端にV字の切れ込みが入っている鉄製の棒。
バールである。
「かなり長い棒じゃな。中型より小さいものはくぎ抜きに使われるが、これはそれには使われんのう……正直見るのは久しぶりじゃな」
既定の大きさを超えるバールは『指定侵入工具』と定められており、正当な理由なく隠して携帯することは『特殊開錠用具の所持の禁止等に関する法律第四条』によって禁じられているのだ。罰則としては、この規定に違反した者を一年以下の懲役または五十万円以下の罰金に処すると定めている。
高志と来夏と椿は『これはダンジョンの中で使うのさ!』ということで所持している。
実際、ダンジョンにはバールを使ってくぎを取り除かないと開かない宝箱が存在するので、これを否定する材料は日本政府にはないのである。
ただ、その理由が理由なので、あまり大きなものの所持は認められていない。
……まあ。『五十万程度の罰則金くらい払ったるわ!』を地で行けるほど稼いでいるが、さすがにそこまで払おうとするほどアホではない。
重蔵が手に取った長いものは、そういう法的制限を突破した長さのものである。
(ふむ、これだけ長ければ、振り下ろしたときに地球まで届きそうじゃな)
なるほど……じゃない。一体どういう原理なんだそれは。
「まあ、これは回収しておくとして、どうするかのう。まだ強硬派の目的のゴールも見えてこんし……」
加えて言えば、強硬派は未来では重蔵と深いかかわりがあるようなので、ここからの絡み方というのは重要だろう。
重蔵はそこまでの事情はさすがに知らないし、神祖側も重蔵の情報を持っていなかったので、必然的に大豆農家につながる視点が存在しない。
「とりあえず、施設の情報は手に入った。バールも確保した。ここまでそろえばワシは無敵じゃな」
秀星レベルの者が相手だろうと、少なくとも敵に回したいとは思われないはずだ。それほどの厄介さがある。
(……空気の流れはほぼ遮断されているが、振動そのものを拾うことはここにいてもできる。それが今は全くない。おそらく……神祖は全員天界を攻めておるな。行動するなら今じゃ)
感覚神経も相当優れているようだ。
軟禁状態という緊張状態が続く状態だ。現役を退いて大豆農家をやっている重蔵も、このシチュエーションではさすがに『完全余裕』とは言えないらしい。
(もしも帰ってきてばったり遭遇したら……その時はその時じゃな。まあなんとかなるじゃろ)
高志と言いこの爺さんと言い、こういう雑な部分はどうにかならないのだろうか。
ただ……重蔵は神祖というものを見て、思うところがあったようだ。
(神祖……か。強いとは感じたが、その奥にあるのは強さへの渇望じゃった。しかし、秀星に挑む様子がない所を考えれば、純粋な強さを求めているわけではないようじゃな)
重蔵自身、若いころはやんちゃし続けて、この年になってもまだ新しいものが欲しいと考えている。
『新しいものに対する感性』というものは人によって異なるものだが、実際にそれらを身に着けて使いこなしている重蔵は才能があるのだろう。
だが、その才能がない者は、これからどう生きていけばいいのだろう。
やんちゃし続けている重蔵は、いろいろな人間に会ってきた。
自分にない物を持っている人はたくさんいた。
だが、それに対してうらやましいと思ったことは一度もなかった。
(……まあ、難しい話ではないじゃろうな。どうせ、生まれ持った才能と、持ち合わせてないものによって感じる劣等感のバランスが取れないのじゃろう。見た目と同じで若いのう……)
何かを作るということは難しい。
それができずに最強を語ることができる。
しかし、空しいだろう。
「さてと、どうするかのう……ん?」
インターホンが鳴った。
どうやら誰かが戻ってきたようだ。
「そもそもカギはそちらからしかかけられんぞ」
『……それもそうだな』
ドアが開いて入ってきたのはアルセイだった。
いつも通りの鎧姿であり、意志の強い瞳で重蔵を見る。
「軟禁させている身である私が言うのもなんだが……随分くつろいでいるな」
「当然じゃ。ここまで面白い物がたくさんある場所で退屈などするはずもない」
「……面白い。か」
「おぬしはそう思わんのか?」
「……便利だとは思うが、面白いとは思わない」
「なるほど」
機能は分かっても、理論は分からない。
食わず嫌いで嫌っているわけではなくしっかり見ているのだが、どうしても、自分に『合わない』のだろう。
「ワシは便利だとも思うし、面白いとも思う」
「……」
「うらやましいと思っておるのが目に見えてわかるのう。精神年齢は見た目相応じゃな」
「……何周かまわってこうなっているだけだ」
「そういうことにしてもかまわんが、特に『何かを作る』ということに関してはずっと変わらんのではないか?」
再び黙るアルセイ。
正直……この程度の切り返しで黙るのなら、最初から負けているのと同じである。
「……才能があるやつにはわからないことだ」
「そうじゃな。ワシもおぬしほどの実力を持つためにはどれほどの時間をかければいいのかわからん。しかし、うらやましいとは思っておらんぞ」
今はそういう話をしているのだ。
『うらやましい』と思っているかどうか。そこだけである。
アルセイは気分が悪くなったのだろうか。重蔵に背を向けて部屋から出ていこうとする。
ただ、最後に聞いてきた。
「……あなたは、欲しいものはありますか?」
そこにどんな意図があるのか。正確なところは重蔵にもわからない。
「そうじゃなぁ……まあパッと思いつくところでは、『未来』じゃな。自分で作った物であればなおよし」
この問いには、一つの『違い』がある。
それは、重蔵は恐らくつかめるもので、アルセイにはつかめないものだ。
「……あなたの言い分は分かりました」
そういって、アルセイは部屋を出ていった。
「……こんなジジイの言葉を真に受けなければならないほど、人生って重いものかのう……」
雑である重蔵は、何となくそうつぶやいた。




