第七百九十四話
「重蔵さーん!遊びに来ましたよ~!」
金がそこそこかかる近代的なデザインの玄関で、椿が大きく手を振っている。
その目線の先にはインターホンがあり、カメラの前に立って自分の存在を主張していた。
『おお、よくきたのう』
インターホンの奥では受話器をもって話しているのだろう。のんびりした重蔵の声が聞こえた。
「重蔵さんは大豆農家ですよね!今日はそっち関係で来たんですよ!」
『なるほど、神祖関連でいろいろやっていると思うが、その息抜きできたというわけじゃな』
「むっふっふ~!今から楽しみです!」
……。
なんといえばいいのかわからない空気が『この家の周り』ですごおおおおおく漂ってきたような気がしなくもない。
いや実際、『監視』や『待機』をしている面々はとてもそう思っているわけだが……もう少し、茶番に付き合ってもらおう。
『なら、少し教えてあげよう。家の中にいろいろ道具があるから、それを持って行こうか』
重蔵の形式では家にしっかり道具を置いているらしい。
ガチャっと音を立ててドアを開けた重蔵は上下が黒のジャージを着用していた。
……何処に売っていたのだろうか。まあ、ビッチビチとパッツパツなのでもしかしたらサイズがあっていないのかもしれない。
ただ一つだけ疑問を口にするなららば、毎回毎回サイズが小さい服を着るのは面倒ではないのだろうか。不思議である。
重蔵は手に大豆農家が持っている道具を多種多様に袋に入れて持っている。
「家の裏手に大豆畑があるからのう。いってみるとするか」
「はい」
そういって、重蔵は玄関からまっすぐ出て、そして家の左側に回って大豆畑に行こうとしたが……。
「……なんじゃあれは」
直径が三メートルくらいありそうな『ねじれた空間の渦』のようなものが存在する。
当然だが、重蔵は自分の家の庭にこんなものは置かない。インテリアにしては奇抜すぎる。
「あの、椿ちゃん。これは一体どういう――」
「きーーーーーーーーーーーっく」
バキバキバキバキッ!というちょっと響いてはいけない音と共に、九十二歳というあと何回桜が見られるかわからぬ老人の背中にドロップキックが炸裂する。
「ぐほああああああああ!」
重蔵。絶叫。
そのまま百七十キロある筋肉の塊が吹っ飛んで、渦の中に消えていった。
ドロップキックをやった勢いで空中で宙がえりをして地面に着地するミーシェ。
「おお!うまくいきましたね!」
そしてひょこっと顔を出す椿。
その顔には満面の笑みが浮かんでいる。
未来での椿の教育というものが一体どういうものなのかいまいちわからないが、ギャグ補正を持っているものがかかわる中では、常識と社会的通念と論理的整合性はないのと同じ。漫画ならドロップキックくらいはよくあることだ。問題ない。
「やはり椿ちゃんが相手だと油断する人は多いらしい。とにかく、ミッションコンプリート」
グッドサインを作るミーシェ。
それに対して椿もグッドサインを出す。
……どうやら重蔵に対する心配など最初からない様だ。かわいそうに。
「……ねえ、秀星君」
「なんだ?」
「なんだかこう……常識ってなんなんだろうって思うよね。一人が未来の夫の師匠で、一人が娘だからなおさら……」
「あんまりそういうこと言ってると白髪増えたぞ」
「……実体験なの?」
「実は白いメッシュの位置が広がっているのさ」
秀星の白いメッシュはストレス値を表しているのだろうか。それはそれで謎である。
ちなみに、『宝水エリクサーブラッド』の影響によって、常にベストコンディションが保たれるはずの秀星だが、ギャグ補正を持っている高志や来夏が、パライドに寄生されていたとはいえライズを相手に戦った。重蔵が封印神祖を殴り飛ばす。などなど、ギャグ補正を持っている人間に対しては効果がかなり薄いので、どうやらストレスを抱えているらしい。
いずれにせよ、秀星と風香も重蔵の心配はしていないのだが、そこのところどうなのだろう。
……今更か。
★
で、そのころの重蔵だが……。
「ぉぉぉおおおおおおおおおお!」
円卓に墜落した。
「うおっ!なんだ一体!」
忍のような恰好をした隠密神祖シャイガが驚いたようで椅子から転げ落ちた。
「ブフッ!ゲホッゲホッ!」
赤黒い髪を切りそろえたタンクトップの男……崩壊神祖クロギアがカフェオレを飲んでいたようだが、どこかに入ってしまったようでむせている。
「ど、どういうことだ?一体……」
紫色の長髪を弄りながら、破城神祖ドーラーも困惑しているところである。
「……さっきの反応、あの小娘の仕業か?」
ロングコートに両手を突っ込みながら、無双神祖アリオスはどうやら真実に迫っているようだ。
そして、最後……。
「で、アルセイ。君はどう思う?」
アリオスは考察している表情のままで、視線を向ける。
外見の雰囲気としては子供から大人になろうとしている年頃の美少女。といったところだ。
長く艶のある黒髪に、信念があると思わせる切れ目の瞳。
金色の装飾が付いた黒い鎧を身にまとっているためそのスタイルの全貌は不明、胸は抑えているようだが、少なくとも、お尻の形は良いといえる。
「……外見から身長と体重がある程度察することができますが、本当に人間ですか?」
「「「「……確かに疑問だ」」」」
満場一致で『Are you human?』となっているようだ。これはこれで珍しい。
さすがに身長二百三十センチ、体重百七十キロはどうなのかと言いたいようだ。
まあどうしようもないことではあるが。
「いつつ……あの嬢ちゃんの蹴りはすさまじいのう……ん?ここはどこじゃ?」
「ここは『ヴォイド・ベース』……簡単に言いますと、次元と次元の間に存在する空間の作られた『強硬派神祖』の拠点です」
「きょ、強硬派じゃと?……ふむ、最近天界を荒らしまわっとるというのはおぬしらか」
「その通り」
「ふむ……なるほど……ワシ、なんでここに蹴り飛ばされたんじゃろうな」
「私が知るわけないだろう」
確かに。
まあ、何かが起こればいいとは考えているが。
「まあとにかく、暇つぶしでもしたいということじゃな?戦ってみればよくわかると思うが……」
「舐めるなよこのムキムキ白髪ゴリラ!」
「全て本当じゃがおぬしが言うと悪意を感じるのう……」
重蔵は後ろから首筋めがけて切りかかってきたシャイガのナイフを持っている右腕を掴むと、そのまま円卓にシャイガをたたきつける。
「うぐっ!ば、馬鹿な……神祖である俺の膂力を上回っているだと?」
「ハッハッハ!パワーなら負けんぞ若造め」
「俺はお前よりも断然年上だ!神祖舐めんなよ!」
「外見が若いのなら若造と言われてもええじゃろ」
フフフ。と良い笑みを浮かべる重蔵。
「さてと、これからどうしたものかのう……ワシ、帰り方がわからんのじゃが……」
「我々も低コストで地球に行けるわけではない。残念だが、その準備が整うまではここにいてもらうぞ」
「ワシの大豆畑が心配なのじゃが……」
「そんなことを言っている場合ではないに決まっているだろう」
「じゃがなぁ……」
「ウジウジ悩むなご老人。ゲストルームくらいなら使わせてやるぞ」
「そもそもゲストが来ることを想定したつくりになっているとは思わんかった」
秘密の施設のはずなのに、なぜゲストが来ることを想定しているのだろうか。
かなり謎ではあるが、そういうものなのかもしれない。
「まあとりあえず使わせてもらうとするか。あまり文句を言っても仕方がないし」
重蔵は溜息を吐いた。
どこかで主人公の父親はつぶやく。
『爺さんはな。見た目のインパクトを抜けば通常は普通の爺さんだ。だけど、時間がたつにつれて、どんどんヤバいことになっていくんだ。一日あればいい。きっとヤバいことになるぜ?』




