第七百八十六話
「やあみんな!僕ちゃんが帰ってきたよおおおおおおお!」
堕落神ラターグ。
第一世代型の最高神にして、天界の歴史の黎明期から存在する男。
座右の銘は『人が動くってかいて働くって読むんだから、神になったら働かなくてもいいよね』である。
寝具の開発においては最強格といっていい実力者であり、『おしゃれに気を使うなんてアホらしいと思わないかい?そんな君にプレゼントフォーユー!』を持論としていつまでも使えるジャージを作る技術を持っている。
……なお、天界では『活力神』や『覚醒神』が作った神器を使わないと起きれなくなるのでセットで使われている。
しかし、周りが働いている間にサブカルチャーをダラダラと嗜んでいるのでテンプレに対する造詣が深く、『神格兵士大学次元矯正学部』で使われてるほとんどの教科書の審議委員会のメンバーでもある(基本不参加)。
ちなみに、堕落神ゆえに『不労所得』というものに天啓を感じており、前述の寝具の使用料金だったり、彼が最初から最後まで書いたテキストの使用代金など、動いている時間が少ない割にかなり金持ちである。実はレンタル限定で販売を一度もしていないのだ。実際高品質かつ実用的なので周囲の人間の腸が煮えくり返ることになるが、それはそれとしよう。
実際金を持っており、指導力(というよりはコツに対する知識がある)も抜群であり、黎明期から存在し、その実力を――不本意ながらも――認められているゆえに人脈がある。
カネ。メモ。コネ。
現代を生きる上で重要な三種の神器を全て取り揃えているゆえに影響力は抜群で、天界の一等地に豪邸を構えている。
ちなみに豪邸に彼の部屋があるのではなく、転移システムが設けられているゲートの傍にコンクリートで作った豆腐ハウスを作って暮らしている。第一世代型の最高神らしく転移系統の技術も持っているのだが、天界ではそれが阻害されるため、とにかく足での移動距離が短い方がいいのだ。
……豆腐ハウスの意味が分からない人は各自で調べてほしい。おそらく某サンドボックス型ゲームの画像が出てくると思うが、それで間違いない。
実際、寝ているばかりで働かないが、『そもそも家にいない』ということはあまりないラターグ。
そして、金庫室の鍵などを持っているのは彼なので、いないと周りがすごく困るのだ。
すごく困るのだ(大事なことなので二回言いました)。
「……あの、皆さん。ちょっと殺意で溢れすぎてませんかね?」
豪邸に戻ってきたラターグだが、基本的に豆腐ハウスでダラダラしている。
しかし、豪邸の方には数多くのラターグ派閥の者が住んでおり、彼らを煽りに行くときは上機嫌で豪邸の玄関ホールで叫びだすのだ。
……が、この日は殺意が湧いているだけでなく、どうやら彼らの逆鱗に触れてしまっているようだ。
なんだか『フシュー!フシュー!コオオオオオオオオォォォォォ……』という、人間がやってはいけない呼吸をやっているものがちらほらいる。
「ラターグ様」
「うおっ!リビアちゃん。どうしたのそんな般若が後ろにいるかのような顔をして」
毛先の赤い銀髪美少女が銀縁眼鏡のブリッジをクイッと上げて、いつの間にかラターグの背後を取っていた。
どうやら正常な判断ができていないらしい。普段からできているのかどうかは別とさせてもらうが。
「今までどこに行っていたんですか?」
「まあ、ブラブラしてたのさ。僕のことだからね。何となくわかるだろう?」
「ええ、ダラダラしていたんでしょうね。というわけで、さっさと金を出してください」
「この会話の流れで金の催促!?」
「あたりまえです。せっかく任務が与えられたのに、ラターグ様がいないから資金が止まってるんですよ。どうしてくれるんですか。しかも、大体の金庫室の鍵をラターグ様が持っているせいで、かなり止まってる部分があるんですからね。最高神の神器が奪われまくって、天界の社会に大打撃が与えられている最中なんですよ。そのあたりわかってます?この非常時にいったい何をしてるんですか」
「……」
仮にも派閥のトップの責任を負うものとは思えない。
「リビアちゃん。とりあえず落ち着こう。暴力からは何も生まれないからね」
「まだ暴力をふるっていないじゃないですか」
「じゃあその手に付与をガンガン積みまくってる剣は一体何をするためにあるのかな?」
「粗大ごみを斬るために決まっているじゃないですか」
「……」
ラターグは逃げた。
れっきとした第一世代型の最高神であるラターグが何故ここまで逃げているのかというと、リビアが持っている剣が、自分と同格である『更生神』が作った神器であることがわかったからである。
神というのは名前が重要な要素だ。これは神も、神を超えた神祖も変わらない。
そんな中で、自分の『対義語』に位置する神の力を相手が所持していた場合はどうなるのか。
まあ不老不死なので根本的な問題はないが、実はしっかりとしたダメージが入る上に、堕落の力をばらまいてもすぐに回復されてしまうのだ。
堕落というのは、『本来の姿から様変わりしてしまったこと』という意味を持つのだが、神としてのラターグは最初から精神が底辺である。
神としてのしっかりした姿、というものが存在しないので、更生神の力を浴び続けるとどうなるかわからない。
だから逃げているのだ。
神としての力は強いが、身体能力に関してはマジでゴミレベルなのである。
「待てええええええええ!」
「待たなああああああい!ちょっと理性的な話ができそうになってから話しかけなさい!今の君たちには到底不可能としか思えないよ!ほら、鍵を入れてる箱の暗証番号は教えるからさ!……三千桁くらいあるけど」
「さっさと開けてください。その後で斬ります」
「その前にも斬る気満々じゃないか!いいかい?そもそも僕は堕落神だ。重要な時こそ役に立たないと相場は決まっているのだよ!」
「だったら役に立つ方法を一つ教えてあげますよ。知的財産権をすべて放棄してください」
「僕に入ってくるお金が無くなっちゃうじゃないか!」
「あなたみたいなただお金を貯める人がいると経済に悪影響ですからね。さっさと開けろ」
「リビアちゃん。いつもと違って怒りすぎだよ!もうちょっと冷静になって!争いは何も生まないんだからね!」
「いえ、ストレス発散になります」
「君は僕をなんだと思ってるんだ……」
まあ、追いかけてきているのはリビアだけではない。
ラターグ邸に住んでいる一同が力を合わせてすごい勢いで走ってきているのだ。
大量の人間がものすごい勢いで走ってくるのはかなりの連携がなければお互いの邪魔をするだけなのだが、『ラターグマジでぶっ殺してやる!』という意思によって統一された使用人や傘下の神々は強固な結束に結ばれているようだ。
……残念な指導者である。
「ゼーハーゼーハー……まずい。ちょっと息切れしてきた」
速いな。
「……む?あれは安全地帯かな?」
豪邸の中を逃げ続けているラターグだが、とある部屋を見て、『これはみんなに気づかれない結界が張られている部屋だね』と内心ほくそ笑む。
遠慮なくその中に飛び込んだ。
そしてちょっとドアの隙間から確認すると、リビアを先頭に大勢が廊下を走り抜けていった。
「……ふう。なんとかなったね……で、ユイカミ君。この部屋を用意してくれたお礼をしてあげようか?」
ラターグは部屋の中で気配を周囲に溶け込ませているユイカミ……秀星の器に向けて声をかける。
相変わらずフードを被っており、その端に見えている白い髪に黒いメッシュ……秀星とは真反対の色合いの髪で、別種を思わせる。
「ああ。それ目的で助けたからな。ぜひそうしてほしい」
「あまり面倒じゃないお願いだといいんだけどね。お金ならたくさんあるよ?」
「ならそれを使って……最高神が神器を奪いまくって混乱している天界の貧困層を支えるシステムを作って、その運営のトップになってほしい」
「……なるほど、そういやギラードルと秀星がなんか企んでたね。それ関係か」
「思ったよりアンテナが広いな……」
「世の中のことをしっかり理解するためにはそれが必要なのさ。投資という概念がある世界ならなおさらね」
徹底的に不労所得しか得ないつもりだろうか。別にルール上問題はないけど。
「で、その……『援助システム』の運営になってほしいって?」
「ああ。考えているやつは多いだろうが、実際に運営できるとなればアンタくらいしかいない」
「そんなことはないと思うんだけどねぇ……」
「……俺がこの豪邸に入ることができた。と言えば、何となくわかってもらえると思うがな」
ラターグは一見脈絡を感じないユイカミの言葉を頭の中で反芻する。
「……全知神レルクスがかかわってる?」
「正解」
頷くユイカミ。
まあそもそも、この豪邸はセキュリティレベルがかなり高いはず。
真理に近いとはいえ、このユイカミは神器を持っていないはずなので、さすがに単独で侵入するのは困難だ。
ユイカミ単独の場合、ラターグが入ってくるかもわからない部屋で待機するのは彼が用意できるコストに見合っているとは思えない。
ラターグは絶望した。
「思うけど……けっこうレルクスって秀星君に甘いなぁ。だが――」
ラターグの『だが』という言葉に対して、ユイカミは封筒を見せることでその言葉を止める。
そこには『親展 堕落神ラターグ様へ』と書かれている。
ちなみに全知神レルクスからの手紙のようだ。
「……」
ラターグは封筒を受け取った。
そして中を確認する。
「……わかったよう。やればいいんでしょやれば……」
ラターグは溜息を吐いた。
……泣きそうな顔で。
「というわけで、頼んだからな。俺はこれで失礼する」
「はぁ、強引だなぁ。ちょっと安定していない部分がある秀星君と比べて強引だね君」
「『器』だからな。というわけで、そろそろ時間だ」
「道案内は?」
「必要ない。全知神レルクスから聞いている」
そういって、ユイカミは窓を開けて飛び降りていった。
「めんどくさ」




