第七百七十四話
天界は現在、強硬派の神祖たちに攻められている現状だ。
神祖たちは最高神が持っている神器を狙って襲撃し、戦利品としてもらっている。
もちろん、最高神たちに拒否権があるかどうかとなればないわけだが、いくら攻められようと勝てばいいだけのことだ。
もしくは負けなければいい。
事実、最高神の神器を持っていることで明確に狙われたアトムは神器の力を使って撃退している。
……まあ、時間制限があるような言い方をしていたため、明確にアトムが勝っていたとは言えないのだが、それはそれとしよう。
ただし、神々というのはめったに本気を出さないものなので、そんな感じの勝負で終わるのは実は無難。
不老不死である神にとって最も大きな勝利は『勝ち逃げ』である。
敵から欲しいものを奪って、そして追撃される要因の全てを破壊した上で逃げる。
これを達成することで、神々の戦いはひと段落する。
これが良いことなのか悪いことなのかどうかはともかく、『死』というゴールがない神々はこれで矛を収めるしかない。
神祖もまた神なので不老不死であり、その原則から離れることはない。
「……神祖がこっちで暴れてるみたいだな」
創造神ゼツヤ。
全ての神器のコアを制作した存在であり、秀星が使っている神器十個を統べて作った存在。
天界に存在する工房、『オラシオン』の工房長であり、下位神の一人である。
「まあ厳密には暴れてるってわけじゃないとおもうけどね」
創造神、とはいうものの、その本質は圧倒的な生産能力である。
実際に素材を作るところから、それを加工して流通させるところまで、すべて一人で可能とする。
もちろんそれだけ言えば、多様性のある概念を司る神々であれば十分可能だが、その中で第一世代型なのはゼツヤだけ。
そのため、その布団はフカフカのモフモフである。
そのフカフカのモフモフの布団にラターグが寝転がっているのだ。
……なぜかドヤ顔で。
「ラターグ。いったいいつ入ってきたんだ?」
「フフフ……僕は気持ちよく寝られそうな布団に転移して飛び込むことができるのさ!」
「……次から釘でも仕掛けておこうかな」
「やめてねそういうの」
釘が仕込まれている布団は快適ではないと思われるが、ゼツヤは下位神ではあるが第一世代型という自らの力だけで神になった男であり、第一世代型の最高神であるラターグが相手であろうと欺くことができるのだ。ラターグはダラダラスヤスヤすることにおいては天才であるが、そういった布団に仕込まれているものを見抜くことに関しては練度が低い。
結構小細工に引っかかるのである。
……ちなみに、ダラダラスヤスヤすることにおいて天才というのがどういうことなのかというと、まず神という不老不死の属性を持つゆえに飲まず食わずでも全く問題がない。これを前提として、一兆年くらいならずっと同じ姿勢で寝ていても腰が痛くならないのだ。
不老不死であり、しかもいずれ滅びる惑星ではなく永久に存在できる『天界』に住んでいる以上、多くの神は他者を追い越そう、もしくは足を引っ張ろうと日々その頭脳を使っているものだが、ラターグはそんなことはない。彼が怖いのは全知神レルクスだけである。
「でも、あくまでも戦利品としてしか取ってないし、そういう意味では弱肉強食ってことで別に文句は言えないんだけどね。天界にも決闘のシステムはあるけど、強くて傲慢なやつがあの手この手で弱者を囲ってるし、そういった理不尽な状況で負けた場合でも取られるものは取られちゃうのは地球も天界も変わらない」
「まあ、神であることが特権階級だと勘違いして命名神から名をもらって、天界に来たと思ったら『人間相手には制限があるけど神が相手なら制限がない』っていうルールを使って囲ってくるやつは多いからな」
「井の中の蛙をすくい上げて丸呑みにすることなんて難しいことじゃないしね。まあでも、神になった以上、不老不死ってことに変わりはないから、いくらでも時間はあるわけだけど」
ラターグはとても楽しそうだ。
実際、ラターグも自分が言ったようなことをしているのだ。
チンピラだろうと慈悲深い母親だろうと、『弱いものイジメ』が好きなことに変わりはない。
ただ、その趣向とやり方が違うだけだ。
傲慢な奴をイジメるのは人種を問わず楽しいと思うものである。
「で、とりあえず神器が戦利品として集められてるわけだけど、コアの提供者としてはどう思う?」
「別にいいと思うけどな。そもそも、俺が作った神器のコアと全く同じものを作れるやつがいてもいいとすら思ってたし」
「へー。まあそれもそうか。ゼツヤって、神が相手なら結構緩めの価格でコアを取引してたもんね」
「神器を作って持っていることを公表することも隠すことも自由。奪われようとそれを取り返そうと自由。それを抱えるのではなく、地上にいる誰かに渡そうと自由。俺も知らない何かの可能性になればいいって考えだったからな。まあ、俺が実際に作った神器は十個だけで、それを全部秀星に持っていかれるとは思っていなかったが……」
「そりゃ傑作。でもまぁ、会ってみたらなんとなくわかったんじゃない?」
「……まあ、そうだな。器が引っこ抜かれて、継承したアイテムマスターではなく、アイツ本来のスキルがあったときに見たことがあるが……確かにその程度のことはやってのけるやつだとわかったよ」
「秀星君をいろいろな軸にして考えてる神は多いからね。彼がまだ会ってすらいない神の中にも、秀星君の動向を観察しているやつはいる。未来を知る椿ちゃんもいるし、警戒するには十分だからね」
「ああ、調べてみたら、秀星の情報を集めようとしているやつが出るわ出るわ……」
情報の収集方法というものはいろいろあるもので、神が改めて調べてみれば痕跡は多かった。
だからといってゼツヤが何かをするわけではない。
神器というルールを提供したが、ゼツヤ自身は第一世代型ではあるが下位神であり、最高神の神器を集めている強硬派のターゲットにはならないのだ。
事情が変われば話は別だが、神祖の時間は長いので、事情が変わるとしても十年二十年の話ではない。
「これから天界はどうなるのかな」
「最高神が神器に依存しなくなる。それだけのことだ。ただ、それで上位神や下位神が表に出てきてなにか革命が起こったとしても、俺は関与するつもりはない」
秀星も似たようなことを考えると思うが、神という名を持っていても所詮人間の限界である。
奪うのなら奪われる覚悟が必要だとか、そんなことを言うつもりは毛頭ない。
神々の中でも『特権階級』といえるコミュニティは存在するが、彼らは平時は自らに権限と責任があると豪語しても、非常時にその責任を果たすことなどない。
そんな奴らに、ゼツヤは『覚悟』という言葉を使うつもりはないし、求めるつもりもない。
覚悟という言葉に対して、あまりにも失礼だ。
覚悟を求めないということは、言い換えれば期待することもないということだ。
そんな特権階級が一度崩壊したあと何があるのか。
それに期待するのは、おそらくゼツヤだけではないだろう。
「今のところ、天界とのつながりを考えれば、神々が逃げた先にいるのは秀星だ。あいつが何を選ぶのか、神器っていうルールを持ち込んだ者として、興味はある」
「なるほど、僕もそれには同感だなぁ」
ラターグはベッドでゴロゴロしながら微笑む。
それをみて、ゼツヤはどうしたものかと思うのだった。
 




