第七百五十話
アトムとドーラーの戦いの舞台が山になった。
お互いに剣を振り、そして刀身が存在している部分をぶつけて切りあっている。
遠距離斬撃程度のことは神器の力で可能だが、あまりにもそちらの強度がなさ過ぎて意味がないのである。
秀星は神の戦いとじゃんけんゲームと言っているが、これは要するにグーに対して同じ強さのグーが出せるかどうかということである。
強度がないということは、言い換えればそれだけ力がないということであり、そんなものは何度やっても効果が発揮しないのだ。
遠距離攻撃という『間合い』を開くことができる手段ではあるものの、神同士の戦いでは視線を遮る目隠しにもならない。
ただ、役に立たないということは、『完全な解析がされている場合』という注釈が必要なので、意味のある遠距離攻撃をするものがいないわけではないが、アトムとドーラーは該当しないようで、剣で斬り合っている。
「ほう?人間がその若さで神の戦い方を知っているとはな」
「かなり真理に近い領域に立っている友人がいるのでね。このような戦いも可能なのさ。正直、考えることが多いだけでつまらないけどね」
アトムもドーラーも、剣と自分自身に魔法陣を数万単位で付与して戦っている。
正直意味不明な領域ではあるが、神祖に至るほどの『強大な器』を持つドーラーと、考えるよりも前に正解を導き出す『天才』であるアトムの戦いは、神と名付けた力を用いることによって圧倒的な出力が発揮されている。
山を覆う木々はなぎ倒され、そしてその上で数多くの斬撃を浴びたことで粉々になっており、次は山そのものが削れて行く。
「まあそういうな。たまにはこういう連続じゃんけんも良いだろう?」
「話を聞いた限りでは『戦いという名のじゃんけん』がどういったものなのかいまいちわからない部分もあったが、実際に戦ってみるとよくわかる……そのうえで言わせてもらおう。良くない」
「それは残念だ」
二回連続で負けたら戦いに敗北。
じゃんけんゲームとは言うが所詮はそんなものだ。
ゲームとして考えれば、じゃんけんというものは完成されたものである。
お互いに何を出すのかが三通りしかなく、そしてその中で勝ちと負けとあいこが必ず決まるように設定されており、『最初はグー』というフレーズが存在するゆえに、確定ではないながらも『基準』が存在する。
じゃんけんの説明をするときに、何となく『グーはチョキに勝つ』から開始する者が多いだろう。『チョキはパーに勝つ』から開始する者はあまりいない。そんな淡い基準だが、それが存在するゆえに互いの心理を読んだもの勝ちである。
ただ、これが『二回連続で勝つと戦闘勝利』というのがなんとも殺意が湧いてくるのだ。
加えて、じゃんけん回数が一秒で十回を超えるとなると発狂レベルである。
「面倒だな。ただ、久しぶりに戦っている気がして悪くない」
アトムは剣で斬りながら笑みを浮かべる。
実際、アトムと戦えるものは人間ではほぼいないのだ。
秀星……というより朝森家の男子がなかなかアレだが、それに該当しない人間に関してはほぼ勝てるのである。
今までは戦う意味はなかった。
そして現れた神祖という存在に対して、思ったより楽しくなってきているのである。
「……が、結局はじゃんけんだと思うとなんだか萎えるね」
まあ、結局はそこに行き着くのである。
アトムが好きなのは完全な運ゲーである。
それ以外はだいたい勝てるからだ。
しかし、アトムの才能は、神祖を相手に互角と言える戦いを可能にする。
もちろん、剣を握ったミーシェに勝てるかどうかは別問題だが、城という概念に対して強いだけのドーラーが相手ならばまだ問題はない。
「ところで、神祖というからにはなにか奥の手はないのかい?」
「他は知らんが俺はロマン砲とか興味ないからな。相手が何を出してきても勝てる手があるならわざわざじゃんけんに付き合ったりしねえよ」
「たしかにね。とはいえ、一刻も早く神器を集めようという気概は見られないし、少しはロマンを求めてみるのも面白いと思うよ?」
「神祖になったらわかるが、不老不死だからな。死に対する答えを持っていても、恐怖というものを正確に認識できるわけじゃない」
「恐怖か。そういえば先程も言っていたね。恐怖が関係していると」
「ああ、生命の進化のためには恐怖が必要だ。だが、死という概念を超越すると、怖いものがないんだよこれが」
「それは視野が狭いのではないかい?死が絶対的であり、それを超えた神が、未だに死という概念を絶対とし続けるというのは怠慢だろう。神となった今、自分にとって絶対的なものは何なのか。そしてそれの天敵が一体何なのか。いくらでも時間があるのなら考えるべきだと思わないかい?」
「俺たちのことを知ってはいても理解はしてねえな。まあ、百年も生きられない人間にわかってほしくねえけどよ!」
だんだんドーラーのほうが感情的になっている。
挑発と言うにはあまりにも安いアトムの言葉だが、『自分より上に何があるのか』ではなく、『等身大の自分』を見つめるかどうかを問うという発想がないことを突かれている故にイライラするのだろう。
「……チッ。時間か」
ドーラーがそう言うと、アトムから離れるための剣術に切り替える。
「む……」
アトムもそれに気がついたが、神祖の逃走という概念があまりにも初見すぎる故に、才能を持ってしても対応できていない。
「じゃあな。またやろう」
そういって、ドーラーは姿を消した。
アトムの感知範囲に、もうその姿はない。
「……停滞か。誰にでもあるものだな」
アトムはそう言いながらも、暴れすぎてほぼ更地になっているもともと山だった場所を見てため息を吐くのだった。
さすがのアトムも、魔法という概念を表に広めることは考えても、神祖に関してはまだ遠慮したいところだ。
ただ、この環境変化はどう説明したものか。
「仕方がない。こそこそと裏で動いているこちらの味方に丸投げしようか」
リビアの存在にはすでに気がついている。
神器を引っ込めると、アトムは仕事場へと戻っていった。




