第七百三十一話
バーにいる椿と高志だが、完璧に寝てしまった。
カウンターでそろって爆睡しており、高志は意外といびきはなくすやすや眠っている。
椿もむにゃむにゃと眠っており、時々動いているし、表情がとても楽しそうなので、とてもいい夢を――
「ん~……セフィアさんが五人で五段肩車してます~……」
――訂正、どんな夢を見ているのかいまいちよくわからない。
(相変わらずだな……さてと)
国枝は相変わらずな様子の二人を見ると、自分の傍に置いてあったカードをポケットに突っ込んで、barを出た。
長剣を構えたまま……スケルトンが持っていた秀星印の剣ではなく、自前の長剣を右手に持って、ダンジョンの中を歩く。
(千秋先輩が相手かぁ……どうなるのかねぇ)
国枝はボートで渡ってきた海を見る。
当然だが、来た時と変わらず水がそこには存在する。
加えて、ダンジョンの地下だというのに『波』が存在し、うねり方は本当に海と言っていい。
「魔戦術式・アイスロード」
そういって長剣を振るう。
垂直に振り下ろされた長剣は、海に触れた瞬間、向こう岸まで斬撃が走り抜けて氷の道になる。
国枝は何も言わずに、氷の道を歩いていく。
本内なら滑りやすいものなのだが、どうやら道を作る際に凹凸をしっかりと作っておいたようで、その凹凸を靴の裏で踏みしめて進んでいく。
途中、海の底からモンスターが出現するが……。
「魔戦術式・ボルテックス」
剣を振るって斬撃の形をした雷を飛ばして一撃で海の底に沈めていく。
時折出現するモンスターたちを雷の斬撃で次々と倒していき、そして向こう岸に到着。
通ってきた道を長剣でツンツンとつついてみると、氷の道は一瞬で消え去り、そのまま波にのまれて消えていった。
それを確認すると、国枝は歩を進める。
角をいくつか曲がって、そして『広場』といえるほどのスペースがある場所についた。
「……千秋先輩。話すのは初めてですよね」
「ああ。そうだな」
天竜院千秋がすでに、刀を構えて待っていた。
相変わらず、『面倒』という感情を曝け出しているが、その目は真剣だ。
「俺が手に入れた大量のポイントチケットが欲しいってところですか?」
「そうだな。自販機のパスコードを手に入れてな。ダンジョンの外にも持ち出せるアイテムの中で興味があるものがあった。ただ、単価がやたら高いからな。こうして大量にチケットを持ってるお前を狙ったわけだ」
「思ったより普通の理由ですね」
「当然だ。ただ、『争奪戦』だから遠慮しないだけだ」
「なるほど。まあ俺も、同じことを考えてたところだ」
遠慮はしないという千秋の言い分を肯定し、同意し、そして戦いの意思を見せる国枝。
そのまま長剣を構えて千秋に向ける。
千秋の方も、刀を正眼に構えた。
次の瞬間、国枝は突撃した。
「魔戦術式・インフェルノ」
一瞬、全身が光ったと思えば、次の瞬間には長剣が燃え上がる。
「……」
千秋はそれに対して、刀の峰に手を添える。
すると、黒い物質が刀身を覆いつくす。
炎と闇が衝突。
一瞬で広場を揺らすほどの『圧』が発生し、鍔迫り合いになった。
「ぐっ……やっぱり千秋先輩の剣は重いな」
「わかっているんじゃないか?俺の剣は、『重力』に関係しているってこと」
「まあそれもそうですけどね。ただ、もうちょっと楽に行けたらいいのにって思ってるだけです」
「そうか」
千秋は刀をわずかにずらす。
次の瞬間、国枝は自分が重くなった気がした。
すぐさまそこから離れる。
そして長剣を真横に振った。
「魔戦術式・アースアロー!」
岩石を削って作ったような太い矢が何本も出現し、千秋を襲う。
だが、千秋の表情は涼しいままだ。
刀を垂直に振り下ろすと、重力の倍率が変わり、すべての岩石の矢が地面にめり込むように破壊されて行く。
「うっわ。エグイな」
「誰にも逆らえないはずの重力そのものを操る剣だ。注意するといい」
「はぁ。こういう状況を想定した技はまだ開発中なんだよねぇ」
「魔戦術式か……なんだかよくわからんが、行くぞ」
千秋の方が突撃してくる。
国枝は苦笑して、長剣を上段で構えて、全身を一瞬光らせた。
千秋が重力の方向そのものを変えて超加速してきたが、それにあわせて剣を振り下ろす。
「魔戦術式・オーシャンダウン!」
膨大な量の水が長剣の形になるように凝縮され、それを振り下ろす。
だが、千秋の刀に触れた瞬間、水の長剣が粉々になった。
「やっぱりだめか」
国枝の方も突撃する。
「魔戦術式・デッドリーストライク!」
引き絞るように剣を構えると、それを突き出す。
千秋はその突き出された長剣を見て、自らも刀を引き絞るようにして突きを放った。
刀と長剣が二人の中央で激突し、広場全体が壊れるかのような衝撃が発生する。
だが、その突きは続かない。
お互いに剣を構えなおして、次々と斬撃を繰り出し始めた。
「どうした?ネタ切れか?」
「そういうわけじゃないって。おっと!」
少し当たりそうになったので声が漏れる国枝。
お互いに喋る余裕がある程度には動きを抑えているようだが、その状態だと千秋の方が実力は上のようだ。
「しかし、近くで見るとその正確性がよくわかるな」
「あれ、魔戦術式。ひょっとして分かっちゃった?」
「ああ。簡単に言えば、『剣術魔法』のようなものだろう」
「正解ですね~」
嫌そうな顔をして斬撃を捌く国枝。
「まあ、魔法も超能力もスキルも、広義的には同じ意味だからな。スキルに剣術があるのなら、魔法にだって剣術はある。自分の体を使って魔法で動きを再現させるってところだろうな」
「それだけだと思う?」
「いや、思ったより自由に動いていたからな。大枠と基本設定が決まっているだけで、いろいろ変数として入力できるのは分かった」
「本当に天才だなこの人……」
確かに見せた数は多いのだが、国枝の魔戦術式を見たものは、多くが『そういう剣術を編み出して反復練習を積み重ねた』と考えるものだ。
魔法で剣術の動きそのものを再現するという『文化』がまだ魔戦士たちの中に存在しないのである。
「まあ、『術式』なんて言ってるんだ。それくらいは予想できるだろう」
「予想できる人ほとんどいなかったんだけどね」
国枝が応えて、一瞬、体を光らせた。
「魔戦術式・アクセルコード!」
次の瞬間、国枝の動きが極端に速くなった。
(ゼロ距離専用の加速か……)
一気に早くなった国枝を見てそう判断する千秋。
まだ余裕はある。
戦闘経験そのものが国枝と千秋では違いすぎるため、速くなっても予備動作を見抜く技術が千秋の方が圧倒的に優れているのだ。
多少早くなった程度では、その予備動作を見抜かれて対処されてしまうのが達人の域。
技術的に数多くの視点を獲得した国枝だが、どうやら実際に戦う技術に関しては、頭に入れているし理解しているが、体が上手く動いてくれないといったところか。
「フンッ」
鼻を鳴らして、一刀。
少し本気になった斬撃を繰り出す。
「!」
国枝はそれに反応して、一気に後ろに下がった。
そのまま着地して、長剣を再び構えなおす。
「さてと、どうするかな……」
国枝がそうつぶやいた瞬間……。
「みゅううう……国枝先輩はどこに行ったのでしょうか……」
まだかなり寝ている様子の椿が広場に入ってきた。
「つ、椿ちゃん?」
刀すら腰に差していない完全に無防備な状態だ。
「むむ?お~。国枝先輩。ここにいたんですね~」
まだ起きているとは言えない覚醒状態だ。
そもそも刀を忘れるってどういうことなのだろう。
「……」
「む~?……千秋先輩と戦っていたんですね~……私も戦いますよ~……ふあ~……」
そういって、国枝の前に出る椿。
千秋はそんな椿を真正面から見て、突撃する。
「椿ちゃん!」
「む~……」
目をゴシゴシとこすっている椿。
だが、一瞬、千秋の方を見て、右の拳を振りかぶった。
「無刀神風刃・嵐竜昇格」
迫る刀を簡単にかわすと、その拳を胴体に叩き込む。
そのスピード、威力は絶大だ。
「ガフッ!」
膜によって内臓は守られているはずだが、それでも衝撃がすごかったのか声を漏らす千秋。
「無刀神風刃・群流乱流」
両手に風を纏わせて、ラッシュを叩きこむ。
刀で防御したり体をひねったりして回避しようとする千秋だが、椿の攻撃スピードの方が圧倒的に速い。
「うぐっ……チッ。なんだこりゃ」
体格にそぐわぬ速さと重さのある拳。
千秋の脳内を混乱が支配した瞬間……。
「無刀神風刃・嵐竜逆鱗」
膨大な風を拳にまとって、放つ。
刀で防ごうとする千秋だが、その刀を即座に弾いてそのまま胴体に叩き込んだ。
「ぐっ……がはっ!」
そのまま拳を受けて吹き飛ぶ千秋。
壁に激突して、数枚貫通した。
困惑していたが、最終的に、それが『実力差』ではなく『格の差』であることを身に占めて、千秋は消えていく。
「む~……倒せました~……ふああ~寝たりないのでちょっと寝てきますね~」
そういって、目をゴシゴシをこすりながら椿は来た道を帰っていった。
「……なんなんだあの子」
その場に残された国枝としては、とてもじゃないが……というか、とてもそういうしかないのだった。
覚醒状態ではない椿。
いつものような元気さは見え隠れする程度だったが、実力は高い。
「……はぁ、上には上がいるもんだなぁ」
椿の思考構造がどうなっているのかいまいち不明なままだが、国枝としては言えることは一つだ。
『とりあえず。千秋先輩が持っていたチートアイテムは回収しておこうか。うん』




