第六百八十九話
「二十年後の未来から来ました!朝森椿といいます!今年度はこちらの時間で、このクラスで皆さんと一緒に勉強することになりました!よろしくお願いします!」
椿の自己紹介である。
バトルロイヤルと山登りで一部の生徒が筋肉痛に悩んでいる中、とっても元気な様子の椿が教室に入ってきてそんな挨拶をした。
(((朝森ぃ!?)))
と言って、全員の視線が秀星の方に向いたのは当然のことだろう。
正直、秀星のクラスメイトとなると、秀星の非常識さは理解できていないがすごく体感している。
そもそもこの学校で使われている教科書を作ったのが秀星であることもそうだが、『全校生徒が束になっても勝てない』と全員が本気で思えるような化け物なのだ。
加えて、魔法省が管轄するすべてのページで『世界一位』と記載されており、それらが訂正されたことはない。
だが、『未来から娘がやってくる』ということに関しては想定外だ。
……まあ、『そもそも結婚できたの!?』と思っている者も多分いるけど。
様々な驚愕が頭の中を駆け巡って、そして視線が秀星に突き刺さる。
秀星はどこ吹く風といった様子で窓の外を見ながら下手くそな口笛を吹いているが、誤魔化すにしては無理がある。
「あ、椿さんは本来中学三年生なので、皆さんよりも2つ年下ですからね」
「じゃあなんで高校に来たんですか?」
「私が知るわけ無いでしょ」
リオ先生が軽く補足すると当然の疑問があったが、わかるわけがない。
「とはいえ、書類では何も問題はないので、あとは本人に聞いてください。椿さんの席は、秀星君と風香さんの間のあの席です」
「わーい!お父さんとお母さんの間の席です!」
「「!?」」
え、母親って風香ちゃん!?
という視線が風香に突き刺さる。
風香はニコニコして何も言わない。
……若干、秀星の母親の沙羅に似てきた気がしなくもない。
椿は満面の笑みで歩いていくと、席に座った。
「えへへ。お父さんとお母さんとの高校生活。とても楽しみです!」
(((字面がエグい!)))
思うことは皆同じである。
……なお、二十年後の未来から娘が来ることそのものに関しては、誰も何も言わなかった。
追求しても無駄だと思っているのか、よほど生徒たちが毒されているのか、いずれにせよ『意味不明!』という結論は変わらない。
★
椿はかわいい。
これは事実である。
可愛らしい顔立ちの風香の素質をしっかりと受け継いで、素直さと笑顔をマキシマム状態にしたような雰囲気を持っている。
授業が始まれば黙って席について、真面目に先生の授業を聞いて、あてれられたらハキハキと答える。
これで可愛くないわけがない。
「椿さん。『うってかわって』という言葉を使って文章を作ってください」
「はい!むむむ……!お父さんは薬をうって変わってしまいました!」
「君のお父さんが薬をうった程度で変わるとは思えませんけどね……」
……まあたまに変なこと言うけど。
ただ、椿だからこそその返答の空気も許される。
普通ならこういうことを言うと空気が凍るものだが、椿は問題ない。可愛いからね。うん。
というわけで、休み時間になれば質問攻めにされているが、結構はっきり答えている。
たまに笑顔でひどいことをいうのだが、おそらく沙羅の遺伝子である。
十五歳で本来なら中学三年生である椿にとっては、この学校の生徒はみんな歳上である。
ただし、丁寧語は使うが敬語はほぼ使わない言語スタイルなので、みんな親しみを持って話せる。
一年生から三年生まで、いろいろな生徒が椿をちょっと見に来たりしている。
そして癒やされるのだ。
思春期でちょっと拗ねることがある高校生にとって、素直で元気で可愛い十五歳の美少女はとても眩しいのである。
そしていろいろな生徒や先生と話す椿。
たまに頭をなでてくる人もいたが、これに対しては秀星も風香も何も言わない。
椿がされるがままになっているからということもあるが、なんとなく手が出るのだ。椿が相手の場合。
……椿も衝動的に抱きついたりすることがあるし。
ただ、流石に付き合ってくださいという生徒はいなかった。
秀星と風香が相手とか怖すぎである。
ちなみにだが『未来で好きな人っているの?』という質問に対しては、『んー……私はみんな大好きです!』と答えているので、生徒たちはそれで椿の性格を察した。
マスコットというか、小動物というか、見ていて飽きない可愛らしい椿。
人気者になるのに、一日すら必要としなかった。




