第六百八十三話
「うーん……モンスターが出る山登りって普通の人間にはつらいはずなんだがな……」
山頂に着々と到着する生徒たちを見て、秀星はそう思った。
剣の精鋭のメンバーが思ったより積極的に動いたようで、想定よりも短い時間で山頂に集まりだしている。
そんな中、秀星は山頂にある建物の中に入った。
電話で呼ばれたからである。
そして建物の中で待っていたのは聡子だ。
「フフフ。秀星さん。嫌そうな顔で部屋に入ってくるのは失礼ですよ♪」
どうやら秀星は嫌そうな顔をしていたらしい。
エリクサーブラッドがあるので大抵のことでは表情が変わらないはずなのだが、最高神の神器で母性をブーストする聡子にはそういう点ではかなわない様だ。
変なところでランクと言うものを見せつけてくるものである。
「で、用件は?」
「そうですね。とりあえず、ここから少し歩いたところで寝ているお二人に関しては問題ないと判断してよろしいですね?」
ラターグとシカラチのことだろう。
「……話してきたのか?」
「いいえ、遠めに見ただけです。最も、私が見る限り放置すれば問題はなさそうと判断したので、こうして聞くのは最終確認のようなものです」
「俺から見ても、あの二人は放置しておけば問題ないよ。もともと日向ぼっこをしに来ただけみたいだしな」
「フフフ……頭痛が痛くなりそうです」
「気持ちはわかるけど、まあ、そんな神もいるってことだ」
「そうですよねぇ……機密とされる情報にいろいろ触れていますから、『神祖』という項目もある程度見ていたのですが……」
「想定外だったか?」
「能力的な部分で言えば、確かにすさまじいものです。そこは『神祖』といえるものでしょう。ただ、内面は子供ですね。そういう状態の方はどこに行っても一定数いますから、想定外とは思っていませんよ」
シカラチは来夏と話しており、秀星はその内容をある程度把握している。
だからこそ、シカラチが『子供っぽい』というところは分かるのだが、まさか聡子が初見で分かるとは思っていなかった。
「……なんていうか、全部わかってるって感じだな」
「私はみんなのお母さんですからね♪」
扇子を開いて口を隠しながら微笑む着物姿のちょっとむっちりした体つきの女性。
聡子は秀星よりも一つ上の十八歳だが、『母』という言葉を広く解釈すれば確かにそう言えるのかもしれない。
秀星にはわからない領域の話である。
「で、あの二人はもう放置ってことで、聡子から見て、この山登りの結果はどう思う?」
「剣の精鋭の皆さんが強すぎますね。すこし挑発しすぎたようです。とはいえ、それもまた予想通りではありますが」
「そうなのか?」
「余力が有り余っている秀星さんには薄い感覚かもしれませんが、『人のために動く』ということは難しいものですよ。相手をしっかり見極めて、意見を聞き入れ、それで判断して自分に何ができるかを考えて行動する。言葉にしてみるだけでも意外と難しいものでしょう」
「だな」
「今回の山登りですが、最初から剣の精鋭の皆さんが楽にクリアできるであろうことは分かっています。なので、少し挑発して、『お節介な結果になるかどうか』を見極めたかったのです」
他人を助けるとはいうものの、視点が『自分』に向くか『結果』に向くかで大きく異なる。
お節介というものは『自分』に向いた場合の話である。
『これくらいやっておけば大丈夫だろ』という意見をはじめとした『楽な意見』であり、本当に相手が何を求めているのかを考えているフリだけをやたらする状態だ。
他人の手助けをする『意味』を理解していない状態である。
正直、手助けされる方も不快である。
「山頂に上がってきた生徒たちを見る限り、そのような結果にはならなかったようですね。私としては、それがわかっただけでも大きいですよ」
「……山登りっていうのは、それそのものが一応訓練にはなるからな。で、確実に余力が余る俺たちに『他の生徒の手助け』をさせて、その結果を見ようってわけか」
「はい。結果としては上々。とても満足できるレベルです」
そういってほほ笑む聡子。
秀星が見る限り、そこに嘘はない様だ。
「ただ、余力が残っている生徒たちの中でも、剣の精鋭の皆さんが特別倫理観が鍛えられていただけのようで、少々トラブルが発生していたところもありますけどね」
「まあ、『協力して登ろう』って言われてるだけで、何の報酬も提示されてないもんな」
「人は分かりやすい生き物ですからねぇ……」
そういって傍にあったお茶を飲んでいる。
「聡子から見て、今回、『予想外』なことはあったのか?」
「そうですねぇ……最高神と神祖がいるということは確かに驚きましたが、驚いただけですよ。私よりも秀星さんの方が、その手のことに気が付くのが早いに決まっていますからね。同じフィールドのことでありながら私が気が付くということは、それよりも前に秀星さんが気が付いて、あえて放置している可能性が高いので」
「……俺の感知能力を高く買ってるってことでいいのか?」
「そういうことです。ただ……次からは報告してくださいね♪」
「あ、はい」
秀星は頷いた。
「とはいえ、一応、私が知りたいことはこの二日ですべて知ることができました。生徒の皆さんにもかなりの刺激になったでしょうし、私は満足していますよ」
そういってほほ笑む聡子。
秀星に言いたいことがあるのかどうかと言われれば、実をいうと『特にない』
ただ、イベントの主催者がこういっているので、良いと思うことにした。
聡子の内心は、秀星にもわからない。




