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第六百八十一話

 この山登りは競争ではない。 

 ただし、チームは組めとも組むなとも言われていない。

 自然で、なおかつゴール地点が存在するだけのシンプルな構成だ。


 もちろん、魔戦士らしくモンスターが出る山が選ばれているものの、沖野宮高校と天窓学園の生徒であれば問題ないレベルと判断されている。


 中には知性があるモンスターによって、モンスターの地の利を生かせるものになっていることもあるため、その場合は集団で攻撃されることもあるのだが、マスコット・セフィアが生徒一人につき三体で守っているので問題はない。

 ついでに言うと、短距離走の選手が二人三脚で走ってもタイムが縮むわけではない。

 結果的に、『実力があるソロプレイ』をしているものが最初に山頂に到着する。


「……あれ、私が一番乗りかな」


 腰に刀を二本差している風香が山頂に到着。


 自分が今いるところよりも高い場所が存在しないことに加えて、山頂にあるとあらかじめ言われていたプレハブの建物があるので、それを見て確信する。


「秀星君と基樹君を途中で見かけなかったし……多分見張りかな。となると、私が神器使いと来夏以外だと一番乗りになるか……」


 しれっと秀星たちの枠に来夏を入れる風香。

 気持ちは何となくわかるが、せめて『ギャグ補正枠』と言わないあたり、良い性格をしている。


 とはいえ、一番先についたからと言ってあまり意味はない。

 今回の山登りの趣旨は、全員が時間内に登りきることだ。

 生徒たちの中には遅く出発する者もいるが、もちろんその生徒たちにとっても余裕がある時間が設定されている。

 しかし、道中はモンスターも出現する緊張感の高い場所だ。

 その生徒たちが登り切れない可能性も決して低くはない。

 そして、その生徒たちが登りきることができなければ、最初に山頂に到着したとしても意味がない。


「これからどうするべきかな」


 風香はとりあえず考える。


 剣の精鋭の所属メンバーは、『誰かが一位を取る』というシンプルな競争は得意ジャンルと言っていい。


 もちろん、秀星や基樹といったメンバーも周りと一緒にゴールするということは可能だが、それは『自分に余力が残っているから、その分を使って周りの人間を引っ張る』というもので、酷く強引なやり方であり、『作戦』が介在しない。


 そして、特に剣の精鋭メンバーは、聡子に『挑発』された。


『この山登りの試験は、協力することの『意味』を問う試験ではなく、協力することが『できるのかできないのか』を問います。なので、『協力できない人』は『不合格』ですよ♪』


 だそうだ。

 協力することの『意味』を見つけるというのであれば、実際にはあまり剣の精鋭メンバーには関係のないことだ。

 剣の精鋭は求められるノルマが多いものの、全員が自分の実力を数値でよく理解しているし、そもそも秀星や基樹がいるとノルマという概念が成立しない。

 そのような状況では、協力も何もあったものではない。


 しかし、協力することが『可能』か『不可』かを問われるのなら、話は別だ。

 もちろん『我が道を行く』でガン無視すればいいのだが、あえて、聡子は『挑発』している。

 仮にできたとしても、『まあ皆さんならできますよね』と大した評価を得られない。

 協力をさせておくだけさせておいて、『できることが当然』という意見を向こうが押し切ってきてジエンドだ。


 正直、風香としても乗り気ではない。

 乗り気ではないが、挑発されたのを高く買うにしても安く買い叩くにしても、酷い話だ。

 聡子が挑発しているにも関わらず、聡子自身が土俵に上がるつもりが全くないのだから。


 そして、そんな心理的な部分が頭の中でぐるぐるした結果だが……。


「とりあえず、風を使ってみんなの位置を把握しようかな。ここに来るまでは地図と現状位置の把握に徹してたけど、自分がゴール地点にいるのなら、自分をしっかりと軸にできるし」


 風香が選んだのは、挑発を高く買っているのだと自覚しながら、表面上は安く買いたたくフリをする。というものだった。

 ひどい表現をするならば、『力を持った十七歳らしい判断』である。


 二本の刀を抜いて地面に突き立てる。


「『双風刃・巡り巡る風』」


 ゆったりとした風が風香の周囲に漂って、そして周囲に広がっていく。

 目を閉じた風香は、周囲を認識していき……。


「……え?」


 ラターグとシカラチを発見した。

 そして次の瞬間、『秀星がなぜ放置している?』という思考にたどり着いた。

 スマホを取り出して、秀星に連絡。


「秀星君」

『ん?風香。どうした?』

「山頂に来て、そのあと周りを探ったんだけど、ラターグさんと……誰かがいるんだけど、いったいどういうこと?」

『俺もよくは知らん。片方は神祖なんだが、どうやら二人が友達みたいで、日向ぼっこをしに来たみたいだな』

「……」


 風香は文字通り頭痛が痛くなった気がした。

 あくまでも気がしただけだが。


「……最高神と神祖が、日向ぼっこをしに来たの?」

『そうだ。まあ、彼らにも日常はある。その日常のさなかに、俺たちがちょっと山登りをしていたってだけだ。そう思っておかないと胃に穴が開くぞ』

「ま、まあ、それもそうだね。私は生徒の居場所を見つけることを意識するよ」

『そうか……あいつら、寝てるだけなのにやたらと存在感が強いだろ』

「そうだね」

『風香は『魔法次元理論』の風が作れるだろ?それを使ってやってみればいい。神は全部が『神に昇華した魔力』でできてるから、魔法次元理論だとあいつらには影響範囲外だからな』

「わかった。そっちでやってみる」

『ああ。それじゃあ、俺は見回りを続けるから、頑張れよ』

「うん」


 通話終了。


「……日常かぁ。なんだか……素敵な言葉だよねぇ……」


 自分より強いものが、自分より恐ろしいものが、自分とかかわる可能性がゼロでない中、世界は回る。

 風香は強く、『普通』という言葉が尊く感じた。

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