第六百七十八話
「どうした?秀星」
基樹はスマホを手に木の枝の上をポンポンと跳ねるように移動していた。
『いやー。最高神と神祖がいたからちょっとびっくりしたんだよ』
「はっ?……ウゴアッ!」
木の枝に顔面をぶつけた基樹。
どうやら驚いてしまったことでバランスを崩したようだ。
『……どうした?』
「いや、ちょっと木の枝をポンポン跳ねて移動してたからな。で、最高神と神祖がいたって?」
『ああ。ただ。ラターグとその友達の腐敗神祖シカラチなんだよ』
「見てきたのか?」
『視ました』
「どうだった?」
『放置でよさそう』
「さすがだな」
何に対する『さすが』なのかはこの際おいておこう。
ただ、基樹としてもそこまで警戒してはいなかった。
もしも秀星と最高神と神祖がぶつかった場合、それを基樹に隠せるほど小さな規模には絶対にならないからである。
最高神や神祖といっても、確認すべきなのは『敵かどうか』という点だけだ。
そして、基樹よりも秀星の方が感知能力が高いので、何かあれば秀星の方が確認している。
その結果として何も起こっていないのであれば、秀星が何とかしているか、その神が特に自分たちにとって害がないかのどちらかだ。
そのため警戒はしない。
だが、基樹だって驚かないわけではない。
だからこそ、木の枝に顔面をぶつけたのだ。それだけの話である。
「目的は?」
『日向ぼっこにきたらしい』
「……そいつららしいけど、もっとなんとかならんのか?」
『戦ったらどっちもヤバそうなんだけどなぁ……まあでも、神々っていっても、俺たちとちょっと体の構造が違うだけだし……』
「まあそうとも言えるな。で、秀星は今何やってるんだ?」
『山頂付近の木の上でティータイムだ』
「……」
基樹は『頭のおかしさで言えばこいつもあんまり変わらないような……』と思ったが、どうせ否定してこないだろうと思ったので黙っておくことにした。
結果が決まっているやり取りは無意識に行われるものだが、それは無意識に行われるべきであって、わざわざ一歩引いたうえで意味を持たせようとする必要はない。
「で、話はそれだけか?」
『まあ、山頂にいるからな。生徒たちの神祖に対する認識があんなのだったら嫌だなって思ったけど、あの様子だと『山頂で日向ぼっこしてる変な人』で済むから、俺はそこは良いんだよ』
「だいぶひどい言い分だがまあそれはそれとしよう。で、なんだ?」
『来夏にちょっかいを出させてみたらどうなるんだろうなって。ちょっと思ってしまったんだ』
「……」
『……』
何となく気持ちがわかった基樹である。
普通なら、神祖を相手にちょっかいを出そうなどと思わない。
だが、この世界で一位二位を争う『ギャグ補正』の持ち主である来夏ならば、おそらく『最悪の事態』は避けられる。
『どうする。俺はちょっとちょっかいを出させてみたい。こう……なんていうかな……自分を殺しに来てる暗殺者が、自分の人形に向かってナイフを振り下ろす瞬間にシンバルを思いっきり鳴らすときに、ベストなタイミングになるまで構えているときの、あの感覚に近いんだ!』
「たとえが妙に生々しいな……」
こいつ実際にそうなったな。と思う基樹。
実際、金や権力などを含め、『利権』というものを数多く所有している秀星。
もちろん、秀星はそれらによって得た利益を使って、数多くの援助金を出している。
主に交通機関だが、企業が設備投資をする際の援助金、学校のエアコン完備や給食費無償など、その範囲は様々だ。
そうしてかなり金を使っている秀星だが、その手の利益を『独占したい』と考えている富裕層は一定数いる。
要するに『国民』ではなく『選ばれた人間である俺達に使え』ということなのだが、当然、世界一位の魔戦士である秀星がその程度の脅しで首を縦に振るわけがない。
そういったもの達から暗殺者が送られてきても不思議ではない。
特に、『魔戦士一家と密接に関係がある場合』はなおさらだ。
「まあでも、別に来夏なら問題なさそうだよな。だって来夏だし」
『だろ!お前もそう思うよな!』
「……」
基樹はどうしてここまで秀星が乗り気なのかわからない。
触らぬ神に祟りなしとはよくいったもの。
ただし、秀星は基樹よりも『神に対する知識』が深いはずだ。
だからこそここまで興奮しているのだろう。
(そもそも秀星が興奮するのって珍しいな)
大体はエリクサーブラッドの影響でかなり落ち着いているはず。
それでも興奮しているということは、それほど『結果が気になる』ということなのだ。
「ま、適当にやっとけよ。俺は責任取らねえからな」
基樹はそう言って通信を切った。
「面倒なことを考えるやつが周りに多いなぁ……人のこと言えないけど」
基樹はそう言って、再び森の中の見回りを再開するのだった。




