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第六百三十八話

 神祖に関する情報はユイカミとはほぼ無関係である。

 しかし、『神聖国に勝って敵の主要施設をぶっ壊して、さらに関税もユイカミ優位にした』という情報は、神聖国に煮え湯を飲まされてきたもの達にとってはそう簡単に収まる熱ではない。


 まあ、一部『関税って何?』と思う国民がいることが予想されたので、『要するに神聖国に対して、余計な金を払う量が減った』という情報をあらかじめ広げておいたことで、戦勝報告をするときに国民はちゃんと満足してくれたようである。


 ちなみに、『もっと貰えばよかったのに』と思うものはいたのだが、ヴィーリアが『これ以上は弱い者いじめなので正義はありません』というと収まってくれた。

 国民の多くは戦ったわけではないのだが、自分たちの国が他国と戦って勝って喜ばない人間はそういないものである。


 もちろん、神聖国の戦力を踏まえて圧力外交に耐えていた王国と帝国からすれば、警戒すべき相手が神聖国からユイカミに変わっただけのように思われるが、ユイカミの倫理観を信用しているのか、特に大きく出てくることはなかった。


 ただ、これからはユイカミの国民はそれ相応に増えるだろう。

 そうなった時、王国から輸入する食料が増えるだろうし、生活環境を整えていこうとした場合は帝国の魔道具は必要になる。

 そのあたりの調整に関しては外務官がするだろうから、それはヴィーリアが考えることだ。


「まあ、当初の目的である『魔力を独占しているやつをどうにかする』っていうのは達成できそうだからいいか」


 戦争したり何かが復活したりと、いろいろあったしこれからも起こりそうだが、ようやく収まったといって過言ではない。

 そうなれば、秀星がグリモアにいる意味はなくなる。

 王国と帝国に行っている剣の精鋭メンバーは異世界観光を楽しんでいたようだし、問題はないだろう。


「……で、ヴィーリア。俺に話ってなんだ?」

「フフフ。私は一つ考えていることがあるのです」

「ん?」

「地球への遠征隊を正式に作る。ということですよ」

「……まあ、それを作ることに対して反対はない。重要なのは誰が隊長になるかってことだが……」

「当然。私です」

「……」


 秀星は正直『だろうな』と思っていた。

 そして、明確に反対できる要素もないのだ。


 書類整理しているうちに気が付いたことなのだが、ヴィーリアは王族という責任を持っていない。

 わかりやすく言うと、『ユイカミが持つ技術に対しての責任』を持っているのであって、『ユイカミという国を維持する』という責任を最初から放棄している。

 ユイカミの誕生理由は、百年以上前にグリモアに来て残した秀星の技術の研究と復元だ。

 その知識財産の研究の横やりを入れられないようにするためにわざわざ国まで作ったようだが、その研究の元である秀星が実際に存在する以上、『ユイカミが持つ技術に対しての責任』を果たすのであれば、秀星についていった方がその責任を取ることにつながる。という言い分に説得力の不足は感じない。


(まあ、その事情も含めて、ヴィーリアと地球人が結婚して、その子供が椿の親友って言ってたこともあるけどな……)


 椿は十五歳でその発言をしている。

 二十年後の未来にその条件で追いつくためには、今の内からその布石を打っておく必要があるだろう。

 ヴィーリアはずっと部屋に籠っていてもいいという性格をしている。

 そのため、ほぼ家事ができない。

 地球人で嫁になる場合は家事スキルが絶対に必要。というつもりはないのだが、できて損はない以上、ヴィーリアには今のうちに身に着けてもらわねばならない価値観が多いのだ。


「まあ、俺はそこには反対しないけど、その間、この国の政治はどうするんだ?」

「任せられる官僚団を作っていますから大丈夫ですよ。宝一さんが思っていたより政治に対して知恵と勘があるので、任せることができるのです」

(まあ、あいつの父親は魔法省法案局の重役だからな……そりゃしってるだろ)


 最高会議時代からの人間らしい。

 アトムと話しているときに(せせらぎ)という名前が出てきたときは驚いたものだ。


「それもあるので、私が地球に行ったとしても何も問題はないのです」

「……ふーむ。まあ、多少の不祥事をひっくり返せるような情報をいくつか仕込んでおくか」

「そうしていただけるとありがたいですね」


 義務教育の制度が整っている日本とは違い、ユイカミは文字と数を読む力を持つ人間がそう多くはない。

 言い換えれば、『物的証拠』よりも『興奮する雰囲気』が重要なのだ。

 ユイカミ全土に最速で広がるメディアをヴィーリア直轄の組織が牛耳っているため、それらを利用すれば雰囲気の操作などたやすいだろう。

 そういうこともあるので、ヴィーリアはうれしそうに微笑んでいるのだ。


「それにしても、俺についてくるために自分が産まれた世界から旅立つことを決めるとはな……」

「この世界にも素晴らしいものはたくさんありますが、秀星さんについていって、様々な情報や技術を手に入れてから見に行く方が、その素晴らしさをよく理解できる。ただそれだけです」


 秀星はそれに対して完全に賛成とは言わないものの、『この世界にも素晴らしいものはたくさんある』という言葉には、内心で一定の同意をすることにした。


「まあ、もう決めてるんだろう。なら、そうすればいいさ」

「そうさせてもらいますね。秀星さんの邪魔になるようなことはしませんから」

「……俺の邪魔ねぇ。やろうと思ったら父さんや来夏くらい非常識になってから言うんだな。ま、何かあったら頼れよ」

「そうさせてもらいます」


 というわけで、ヴィーリアが地球に来ることが決定した。

 これが良いことなのかどうかは……まだ保留としよう。

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― 新着の感想 ―
ヴィーリアのお相手は、もしかしてATMだったりするのかな?
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