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第六百十六話

 神聖国から手紙……というか、脅迫状がユイカミに届いた。

 仰々しく書かれているので読んでいて辛いのだが、要約すれば『朝森秀星を神聖国に返還せよ。さもなくば、正義の進軍を決行する』というものだ。


「……神聖国は、秀星さんを自分たちのものだと思っているのでしょうか」

「あと多分、神聖国の力だけで俺を制御できると思ってるんだろうな。あるいは邪魔だから殺そうと思ってるのか……」

「制御できるとは思えませんし、殺せませんよ……」

「だな。ただ、一方的な正義を振りかざして、敵を殲滅するっていう考え方そのものは嫌いじゃない」


 ヴィーリアの表情が曇った。

 秀星はそれを見て苦笑する。


「褒められたことだとは俺も思ってないよ。それに、これは俺が強いから言えることだしな」

「それもそうですが……」

「まあどうでもいいんだよ。今俺がユイカミに味方をしているっていう状況が変わるわけじゃないしな」

「それはそうですが……力関係というものは考慮すべきです」

「元々、世の中っていうのは、強い奴の主義や趣向にそぐわないやつから潰れていくもんだろ」


 秀星は悪いことが起こっていることをある程度黙認するが、完全に人権を侵害する人体実験だけは許すことはない。

 その人体実験を行って得られる成果が、秀星が持つ手段によってすでに実行可能なものであるなら尚更だ。

 地球では非合法な人体実験は隠れて行われていたが、そういった組織を秀星は順番に潰していった。

 結果的に、地球で人体実験を行うものはほぼいなくなった。

 これは言いかえるなら、世界のほうが秀星の主義、趣向を理解したと言える。


「まあ、そういうことにしておきましょう。さて、返信するとして、どのような文にしましょうか……」

「こういうとき、俺はある言葉をだいたい使うんだよ」

「ある言葉?」

「ああ。というわけで、面倒なことをさっさと終わらせてもらおうか。まあそもそも、俺は神聖国が持ってる膨大な魔力を独占する手段をどうにかするためにいるのであって、神聖国そのものにはなんの興味もないし」

「そうでした」

「なんのためにアルトが船に乗ったのか忘れちゃだめでしょ……」


 というわけで、ヴィーリアが手紙を書いた。

 届くのは十分もかからないだろう。

 マスコット・セフィアに手渡すと、『バヒューーーーーーン!』という音が聞こえてきそうな速度で走っていった。

 ヴィーリアには既に見えない。


「なんですかあのぬいぐるみ」

「セフィアのマスコットバージョンだ」

「ニ等身なのに速すぎませんか?」

「そんなもんです」


 というわけで、マスコット・セフィアが神聖国にある大使館に走っていったのを見届けて(というより一瞬で消えていなくなったが)、秀星とヴィーリアは雑談を再開するのだった。


 ★


 神聖国の首都は『神都』と呼ばれる町である。

 そして、その神都の教会の地下。

 そこには、三人の中年男性が円卓を囲んでいた。

 役職だけを言えば、『教皇』『聖竜騎士団長』『神聖国国王』である。

 教皇と国王が何で分かれてるの?という意見があるかもしれないが、どうでもいいことだ。

 椿が言うには二十年後にはつぶれてるもんね!


「ユイカミからの返信が来たようだな」

「ククク。とても速いな。我々の武力を恐れて降伏ということだな」

「秀星などという百年以上前の人間を名乗るような者を信じているほうがおかしい話なのだ。神聖国の『正義の進軍』に恐怖するのは当然」


 なんだかよくわからないが自信に満ちているようだ。

 ただ一点だけ擁護するならば、『百年以上前の人間を名乗るようなものを信じているほうがおかしい話』というのは、何も間違っていない。

 確かに、グリモアには普通の人間を大幅に超える寿命を持つ種族は存在する。

 だが、『魔法で医療技術を補っている中世ヨーロッパ程度の文明』だと、人間は八十年も生きられないのが当然だ。

 どんな記事を調べても、魔法がない中世ヨーロッパの平均寿命は大体二十代である。

 そう考えれば、百年以上前の人間を名乗ったとして、それを信じるのは確かに普通に考えれば阿呆な話である。


「さて、読んでみましょうか」


 教皇が封を切って手紙を出す。

 ちなみに、封筒には『手紙の返信です』としか書かれていない。

 とはいえ、ユイカミの王室を示す印が押されているので、間違いはない。

 中には、三つ折りになった紙が一枚。


「おや?ずいぶんと紙が少ないですな」


 お前らが多いだけだ。


「どれどれ……」


 開くと、そこに書かれていたのは、たった一文。


『いつでも遊びに来てください』


「ふざけるなああああああ!ゴホッゴホッ!」


 もう若くないのに急に大声を出した教皇が思いっきりむせた。


「な、なにが書かれていたのですか?」

「読んでみろ」


 騎士団長と国王も読んでみる。

 そして、二人も眉間に青筋を立てた。


「な、なんですかこれは!」

「ふざけるな!何が遊びに来てくださいだ!まじめに考えろ!」


 まあ、当然である。

 だって……彼らは自分たちが負けるなどと全く思っていないのだから。

 ……いや、負けると思っていないことは間違っているわけではない。

 秀星だってそこは同じだ。


「こうなれば、全面戦争だ!騎士団長。あなたが指揮を執ってください」

「かしこまりました。それでは……『アレ』を使ってもいいですかな?」

「もちろんです。我々を舐め切った対応には、制裁が必要なのですから」


 沸点の低い男たちの愚かな進軍が、今、はじまる。

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