第六百十三話
なんで急に攻めてきたのかということに関しては、『ユイカミの対応が強気になったからキレた』ということにしておくとする。
秀星は交渉の場面を見たことがあるのだが、神聖国から来ている人が、明らかに『逆らったらどうなるかわかってんだろうな』みたいな雰囲気だった。
もちろん、秀星というチートキャラがユイカミの味方になるという状況なので、交渉するとして強気になれる。
主に神聖国からの要求は、その圧倒的な技術の情報を買い叩きたいというものだ。
穀物は王国から手に入れればいいし、生活にしっかり使えそうな魔道具が欲しいのなら帝国から輸入すればいい。
美術品や戦力もそれぞれの国の特産物だが、余計な価値観を与えたくない教会からすれば美術品はいらないし、戦力も自前で十分と考えているようなので必要としない。
ただ、その日に秀星がみたユイカミの外務官は強気だった。
それが嫌になって攻めてきたというだけの話なのだろう。
ただ、ユイカミの情報収集力に関しては秀星も疑問があるため、『総力かどうか』は保留にする。
「さてと……大量に来るのかと思ったら、百人もいないな」
北側に存在する関所の上から見ると、百人を超えない程度の竜騎士が一直線にこちらに向かっていた。
いずれも騎士と言える全身甲冑を身にまとっている。
背中には槍を背負っているが、構えていないところを見ると、ドラゴンの攻撃だけですべて済むと考えているようだ。すごく現実的な話である。
「……まあ、遊ぶか」
戦わないことにした。
まあもちろん。何らかの遊具を持ち出すというわけではなく、戦うという緊張感無しで武器を振るうという意味なのだが。
「ただ、ヴィーリアからは、誰も殺さないようにって言われてるんだよなぁ」
女王として、進軍してきたものを相手に命のやり取りを無効とする心情があっていいのかどうかと考えると微妙なところだが、建前は『死よりも恐怖のほうが分かりやすいので』とのことだった。
ただ、秀星はなにか妙な翻訳機能が働いたような言い方だと思った。
翻訳前は、『希望を抱いて死ぬことは許さないので、絶望を抱えて生きてください』に聞こえた。
「……誰も殺さずに追っ払う方法か。いろいろあるけど、まあ一番簡単な方法で行こうか」
秀星は指をパチンと鳴らす。
秀星のそばに魔法陣が出現し、数秒後に消えた。
聖竜騎士団は一瞬止まったようだが、何事もないと判断したのか再び攻めてくる。
何事もないわけではないが、彼らにデメリットはない。
なぜなら、秀星は聖竜騎士団の竜騎士と竜をすべて、不老不死にしただけなのだから。
「さてと、不老不死になると、痛みに対する恐怖がなくなるから、全員のストレス耐性はそのままになるようにいじってるが……まあいいとしようか」
秀星は星王剣プレシャスを右手に出現させた。
そして、それを真横に一閃する。
それだけで、聖竜騎士団は全員に被害が発生して墜落する。
斬られたというより破壊されたといっていい状況のものが多いのだが、それはプレシャスの基本性能が切断ではなく破壊なので仕方がない。
「さてと、不老不死の副次効果で、痛みはほとんどないし傷の治りはとても速いはずだ。まあ、かかってくるやつがいればいいけどなぁ」
すごく鎧が豪華な騎士がいる。
ただ、すごく太っているのか、鎧の面積が尋常ではない。
一応、鎧には様々な勲章を示すバッジが付けられているので、ある意味自分が積み上げてきた実績を証明するという意味で役に立ってはいるのだが、少なくとも戦闘向きの体格ではない。
「アイツがこの中ではリーダーか。しかし、あんなのをリーダーにして勝てると思われてるのもアレだな……」
秀星は彼らの側に転移した。
……で、急に転移してきた秀星に騎士団が驚いているが、すぐに手綱を引っ張って、槍を構える。
「お、お前は一体何だ!?」
リーダーらしい太った男が聞いてくる。
「知らないか?朝森秀星っていうんだけど」
「聞いたこともないわ!」
「え……あ、そう……」
生粋の武官というようには見えないのだが、情報にも疎いのだろうか。
「まああれだよ。俺をどうにかすれば、神聖国はユイカミを乗っ取れると言っても過言ではないってことさ」
そこに嘘はない。
ユイカミという国は、秀星が百年以上前に遺した痕跡を集め、研究している国だ。
特に王城勤務のものは、秀星の技術によって命が助かったり、救われたものが多い。結構サインを求められるので全部書いてる。
というわけで、それらの技術の先をすべて知っている秀星をどうにかできれば、神聖国の完全勝利である。
「く、くそ!お前たち!早くこいつを殺せ!」
リーダーの男が周りの騎士団員に向かって叫んでいるが、命令するだけで自分で動かないことは置いておくとして、秀星は『俺をどうにかすれば』とは言ったが、『俺を殺せば』とは言っていない。
秀星は文字通り、殺した程度では死なないのだ。
一時的に魂の状態になったあとで魔法を使って蘇生するとか、死んだ瞬間に自分の時間をちょっと巻き戻すとか、概念を保管できる『オールハンターの保存箱』に入れている『二つ目以降の命』を使うとか、いろいろあるのだ。
ちなみに、二つ目以降といったが、これに関しては『実質残機無限』と思ってもらって構わない。
「俺を殺してもあんま意味ないけど……まあ、かかってくるならいらっしゃい。一応一騎打ちを申請した上で全員まとめてかかって来てもいいぞ」
秀星はプレシャスを引っ込めた。
「な、剣が……フハハハ!馬鹿め。全員かかれ!」
「お、おおおおおお!」
「武器引っ込めて素手にならないとかかってきてくれないのか。覚えておこう」
秀星はあくびをしたあと、ドラゴンのブレスを回避して、一人の竜騎士に蹴りをぶち込んだ。
竜騎士はそのまま飛んでいって、その延長線上にいた竜騎士をすべて巻き込んでいく。
次の瞬間全員の動きが止まった。
「おいおい、蹴り一発でビビるなよ。何人かいないのか?竜騎士なのに竜に乗らなくても……っていうか竜に乗らない方が強い人」
その言葉に対して大した驚きはない。
どうやらそういう物は少なからずいるようだ。
ただ、やり方の問題らしい。
(あー、多分、その強いやつって、魔法使いだな。肉弾戦じゃないんだろうな多分)
秀星はそう結論づけた。
いずれにせよ、彼らにとっての地獄は終わらない。
「さてと」
ふたたびプレシャス登場。
竜騎士たちは盛大にビビった。
「さて、遊ぼうか」
★
五時間経過。
「またいつでも遊びに来いよーー!あ、お前たちがユイカミに攻めてきたことに変わりはないから、こっちから反撃する大義名分を掲げることができるから、そんな感じでよろしくなーー!」
秀星はそう言って、完全回復・洗浄魔法によって、ピッカピカの全快状態でフラフラになりながら帰っていく聖竜騎士団を見送った。
世の中、一番頭がおかしいのは宗教国家所属ではないことが証明された瞬間である。




