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第五百九十四話

「ヴィーリア。自重って言葉知ってるか?」

「言葉の意味なら知っていますよ」

「なるほど。まあ重要度別に整理してるのはわかってるし、早速取り掛かりますか」


 秀星が使うために用意された執務室。

 そこでは、大量の紙が山脈のように連なっていた。

 まさか床にシートを敷いてそこにも積み上げるとは思っていなかった。


「どれくらいで終わりますか?」

「もう終わった」


 秀星は部屋から出た。

 ヴィーリアが適当に一枚抜き取る。

 重要な書類ではなく、どちらかというとどうでもいい方の書類だ。

 適当に抜き取る。というコンセプトだとそうしたほうがいいからだが……普通に仕上がっていた。


「国を一人で作って運営できそうですね……」


 ヴィーリアは正直そう思う。

 とはいえ、実際にできるだろう。

 セフィアが大量にいるので、公務員は必要ないうえに人件費ゼロだ。

 ほぼ偽装不可能な貨幣だって作れる。そうなれば、貨幣の信頼性があるため金融的に見ても強くなるだろう。

 公務員として必要な分を出してもまだセフィアが余るので、それぞれの企業に格安で派遣させることも可能だ。


 国防は語るまでもないだろう。


「できる限り情報を抜き出したいですね……書類の山脈を築いた私が言うのもなんですけど」


 情報はいくらあっても困ることはない。

 正確性が高いのならなおさらだ。

 秀星はそういう情報を数多く持っている。


 いや、すべてにおいて正しいということは秀星だって言わないだろう。

 ただし、間違っている部分を指摘できるほどの頭脳を、ユイカミにいる人間は持っていない。


「それにしても、素晴らしいですね。もうこのまま持っていきましょうか」


 当初の予定では、秀星がつくった書類をヴィーリアが確認し、そしてそれぞれの部署に送るというものだった。

 だが、ここまで理不尽な速度で作られると正直どうにもならない。

 というか意味不明だ。

 この書類山脈を数秒で仕上げるのも理不尽だが、それを確認するなど正直やっていられない。


「さてと、この書類山脈を早く移動させましょうか……『書類山脈』……初めて使いましたが、とても嫌な言葉ですね」


 そういうヴィーリアだが、その顔は笑顔だ。

 もちろん、ヴィーリアがワーカーホリックというわけではなく、『秀星が書いたものなのだから、この書類すべてに意味がある』ということを確信しているのである。

 大量の資料を用意して時間と人を使っても、『実のある会議』などそう出来るものではない。

 だが、適当に抜き取った書類だけを見ても、その質はヴィーリアの想定の遥か上を行く。


「しかし、どれを見ても素晴らしいですね……『常識』という積み木の城に鋼鉄のハンマーを叩き込まれた気分ですが……」


 ただし、問題が一つある。

 秀星が作った書類の質が高いことは事実だ。そこに対してヴィーリアとしても文句はない。


「問題があるとすれば……あまりにも凄すぎて、ユイカミの国力が足りないことですね」


 必要な前提はすべて書類に書かれている。

 ただ、それでも『回答』を示すためには国力が足りない。


 大雑把な例を挙げれば、


『採掘と輸入をフル稼働しても十トン分しか鉄をとれない時間に、数億トンレベルの鉄を使用する』

『表計算ソフトはおろか電卓も使わず、『月単位で二十年分』の数値データを集めて比較しろ』


 ……といわれているようなものだ。

 もちろん、これらの例を解決するために、『今までよりも画期的な鉄の採掘を可能とする魔法や魔法具の設計図』や、『正確なデータを入手するためネットワークを構築する魔法と、表計算ソフトを疑似的に再現できる魔法』などが一緒に書かれているといった感じだ。


 あくまでも例だが、似たような話は書類の中にもちりばめられている。


「さてと……嬉しい悪夢をみることにしましょうか」


 嬉しい悲鳴ではない。

 悪夢である。

 カレラハモウ、ネムルコトヲ、ユルサレナイノダカラ。

 ……いや寝るけどね。


 ★


「秀星さん。人材をくれませんか?」

「ってなるよな。わかってたよ。うん」


 いろいろな意味で絶望した様子のアルトがやってきた。


「秀星さんが作った書類。とてもすごかったですよ。正直、一枚でも他国に流れたらと思うと……」

「内容の技術レベルはまだ自重してるぞ」

「え?」

「いや、単純に紙の余白の問題だったけどな。まだ解明が全然進んでなかったし、解釈するのにちょっと苦労した専門用語が多かったりしたから、それを定めるのにすごく苦労した」


 例えるなら、『足し算』というのはとても単純だが、『+という記号の両隣に存在する数を合わせた合計値』ともいえる。

 足し算と書けば三文字でいいし、加法といえば二文字でいいのだが、『+という記号の両隣に存在する数を合わせた合計値』と書けば二十三文字だ。

 もちろん、そんな単純な話をしているわけではない。


 加えて、同意義の言葉に置き換えても大した意味はない。

 『GDPって何?』と聞かれて、『国民総生産です』といっても、教科書をちゃんと読んだことのない人間からすれば意味不明だ。『国民の利益の合計』ともいえばなんとなくわかるだろう。


 そんな感じで、『言葉の定義』が全然しっかりしていなかった。

 定義はあっても、単なるイメージでしかないことが多かった。


「あの、秀星さんは何をしているのですか?」


 秀星の目の前にはノートPCがあり、そこには大量の文字が存在する。


「辞書作ってる」

「辞書。ですか……」

「ただ、だれが読んでもちゃんと同じ解釈が可能な辞書って、魔法関係だと作るの面倒なんだよな」

「あ。わかります。魔法を使いやすくするコツを知ってる人でも、イメージとしてしかわかっていないパターンが多いですからね」

「大体そういう感じだ」


 正直……『世界を支えている技術』が『直感っていうか、インスピレーションで使ってます!』ってどういうこっちゃ……。

 ついでに愚痴を言えば、『直感』が『個人の内部から生まれる閃き』で、『インスピレーション』が『外部からの刺激を与えてくれた原因』ということを知らないものも多いだろう。


 重言として使っていても、実は意味が分かれているというパターンまであるのだ。

 正直秀星としては『誰もが認める辞書作ってるやつって天才だな!』と思う。


「どれくらいかかりますか?」

「わかりません」


 正直……秀星としても難易度めっちゃ高い。

 他人の言語的常識とかしるか!という感じだ。


「まあ、普通に国の中も見て回りたいし、辞書作成が萎えたら行くけどね」

「そうですか……」


 書類作成では鬼のようにすごかった秀星。

 しかし……何度もそうはいかないものである。

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