第五百三十一話
「すみませんでした」
バトルロイヤル終了後、椿は羽計と雫に謝っていた。
……思いっきり巻き込んでいたので、その謝罪ということだろう。
「あはは、まあ、そんなこともあるって」
「そうだな。バトルロイヤルが終了した後で秀星が説明してくれたが、あの状態だと制御が効かないことがあるらしい。これから精進すればいいさ」
寛容な様子の二人。
とはいえ、もともと『椿には好きにさせよう』という暗黙の了解があった。
というか……考えてみれば、高志の孫にして秀星の娘だ。
確かに十五歳の出力かどうかはともかく、二十年後だと、秀星自身が様々な法則を見つけ出し、そしてそれを一般人が取得できるレベルまで法則を編み出している可能性は十分にある。
しかも、秀星がそばにいるとなれば、普段は制御ではなく、我慢せずに限界まで力を発揮することを重点的に行うはず。
……とか何とかいった後で、『まあ、今回はあくまでも遊びだから許してやってくれ』というわけだ。
そもそも、直撃したとしても問題がなかったのは事実。
問題が発生するとなれば秀星本人が止めただろう。
今回はあくまでも秀星が敵だったからこそ止めなかっただけだ。
雫も羽計も、それくらいのことを割り切ることはできる。
ただ、椿の『儀典神風刃』に呑まれたといえる風香は若干頭の中で混乱しているようなので、説明が必要だが。
「あ、ありがとうございます」
さすがの椿も迷惑をかけていたことは分かっているのか、若干落ちこみ気味だ。
とはいえ……
(椿の竜巻は父さんも巻き込んでたはずなんだが、そっちに謝る気配は微塵も感じられないな)
秀星は何となくそう思ったのだが、気にする必要はない。
いずれにせよ、考えたところで無駄だからだ。
というわけで、面倒な話はここで終了。
「椿が未来に帰るみたいだからな。今夜はパーティーだぜ!」
高志がそんな宣言をしたので、パーティーが行われることに。
椿は食欲がかなりある方なので、たくさん並べられたそれらを食べまくっていた。
そのそばにはずっと秀星と風香がいたので、椿としても満足だろう。
ずっと純粋な笑顔を振りまく椿に、周りの空気は和んでいた。
食べて飲んで騒いで、みんなに抱きつく椿。
……本当に、どんなふうに育ったのだろう。と思いたくなるような、そんな時間だった。
「か、完全に食べすぎました」
タイムマシンのそばでかなりグロッキーな状態になった椿。
見た目通り、というか、家系図を見れば(特に父の方)誰もが納得するだろうが、後先考えないタイプだった。
「はぁ、全く」
秀星が椿の頭をポンポンと叩くと、椿の体調が復活。
「……む!完全回復です!」
「そりゃなにより」
椿はタイムマシンのそばに集まったみんなの方を向いた。
「皆さん!二日間ですが、ありがとうございました!とても楽しかったです」
「おう!未来の俺らにもよろしくな!」
「はい!」
別れの挨拶は……まあ不要だろう。
未来で彼女は、未来の秀星たちに会うのだから。
タイムマシンにはすでに、大量のお土産が積み込まれている。
「それでは、私は帰りますね!」
本人としては別れるという感覚がないのだろう。
涙など一切見せることなく、純粋な笑顔を浮かべたままだ。
椿はタイムマシンに乗り込む。
「お父さん!歯車の回収。ありがとうございます!」
歯車が三つ入ったケースを取り出す椿。
もともとはそれを回収するだけだったのだが、いろいろあったものである。
「お母さん!お父さんとうまーくやってくださいね!」
「う……うん!」
返答にすごく困る風香。
「というわけで、発進です!」
椿がレバーを傾けると、タイムマシンのエンジンがかかった。
椿は最後にこっちを向いて、大きく手を振った。
全員が手を振る中、椿を乗せたタイムマシンは、次元の彼方へと消えていった。
「……行っちゃったね」
「だな。しかし、あんな娘がねぇ……」
秀星の表情は変わらない。
ただ、その横で風香は顔を赤くするのだった。
「さてと、椿も帰ったし、こっからはアルコール解禁だぜ!」
「おおおおおっ!」
高志と来夏が盛り上がっているようだ。
「元気だなぁ。こいつら」
「まあまあ、秀ちゃん。元気なのはいいことよ」
「……まあ、そういうことにしておこうか」
秀星は切り替えの早い高志と来夏に呆れながらも、それを悪いとは思わないのだった。
★
「……よしっ!帰ってこれました!」
タイムマシンが停止して、止まった先は、未来の朝森家の自宅。
なんと……二十年前と全く変わっていない。
外見が全く変わっていないのだ、変化は愚か経年劣化すらしていないのである。
まあ、秀星がいるのだからそこまで不思議なことではない。
「お、帰ってきたか。おかえりー!」
一階のリビングの窓から、秀星が手を振った。
二十年前と全く変わっていない。
白衣を着ており、若干研究者っぽい要素が入ってはいるが、左手の薬指に指輪があることを除けば、大きな違いはほぼ無いだろう。
「あ、お父さん!」
椿は大きな窓から直接入って、秀星に抱きついた。
「あ、ちゃんと歯車はもって来ましたよ!」
歯車が入ったケースを取り出す椿。
「おお……持ってくるのを忘れて取りに帰るパターンだと思ってたのに」
失礼。
「むううう!そんなことはないですよ!」
「ハハハ!わかってるって。ありがとな。椿」
「はい!……あれ?お母さんは?」
「ダンジョンに潜ってる」
アグレッシブである。
「むむ、わかりました。あ、お土産いっぱい持ってきたので、みんなに配ってきますね!」
そういって、タイムマシンのほうに走っていく椿。
(……過去から持ってきたから仕方のないことだとは思うが、それ、賞味期限二十年前じゃね?)
言ってはいけないことを考える秀星。
確かにそれは当然である。
二十年前から持ってきたのに、賞味期限がこちらの時間対応だったらそっちのほうが問題だ。
もちろん、過去から持ってきたのだから食べることができるのは事実。
だが、あくまでも視覚的な事実を言えば賞味期限は二十年前なのである。
「まあいいか。本人も喜んでるし」
「秀星様。タイムマシンの中にこのようなものがありました」
余計なことを思考の隅に追いやるとともに、セフィアが話しかけてきた。
そこには一通の封筒がある。
「……ん?」
見ると、『親展 朝森秀星様 二十年前の自分より』と書かれていた。
「……二十年前に書いた記憶がないな。書いてタイムマシンの中に隠すと同時に、脳とセフィアの記憶領域から手紙の存在を取り除いたのか」
「そのうえで、この時間に来た瞬間に、魔力の気配を発するようにできていたのでしょうね」
「……正直、読みたくないなぁ……二十年前の自分からの手紙か」
「タイムカプセルのようなものに入れていたものではなく、実質的に直通できたようなものですからね」
「……はぁ、まあ、後で読んでおこう」
「今読まないのですか?」
「わざわざ期限が書かれてる。まあ重要な内容なんだろうけど、時間に余裕があるってことだ。今は読みたくない!」
というわけで、保存箱の中に手紙を放り込む秀星。
「……椿、元気そうだったな」
「そうですね。出発前よりもかなり元気になっています」
「まあ、あのころは、今よりもみんな元気だったもんな。椿みたいな性格の子にとっては、それくらい元気があるほうがよかったってことだろ。今ではみんな落ち着いてきたもんな」
「秀星様も三十七のおっさんですからね」
「……」
現実である。
「まあいいや。それにしても、俺の記憶からすると、椿がこっちの世界に帰ってきても、二十年前の俺は苦労してるはずなんだが」
「私もそのように記憶しています」
不吉なことを言う二人。
「ただ、どうにかしてきたから今の俺がいる。しかも、二十年前の俺、椿に変なものを仕込んだな」
「そうですね」
「まあ、それも一つの重要なことだ。さてと、俺も研究の続きをしようか」
大きなカバンを持って家を飛び出す椿を見ながら、秀星はそういって部屋の中に引っ込んだ。
★
「エリクサーブラッドの影響でアルコールが効かないからって飲ませてきやがって……」
時は戻って二十年前。
秀星は自宅に歩いてきていた。
結局騒ぎっぱなしだったわけだが、夜は訪れる。
そうなれば、日曜日は終わり、月曜日が始まるのだ。
学校に行かなければならない学生諸君は帰らざるを得ない。
「んあー……なんか二日間だったのに長く感じるな」
秀星は自宅のドアを開けた。
靴を脱いで、リビングに入る。
するとそこには……。
「zzz……」
見知った少年が寝ていた。
安い散髪屋で切ったような黒髪に、黒いジャージで身を包んだ少年。
「おい、起きろ」
「うぅん……あと百年……」
「人が一生を終えるわ。とりあえず起きろ。ていうかなんでアンタがいるんだ」
起きる様子がない。
とりあえずプレシャスを取り出して振り下ろす。
「うわっ!危ない!」
さすがにやばいと思ったのか、即座に起きて回避する少年。
「さすがにそれを持ち出すのは反則だろ!」
「いや、アンタの場合はこれを使わないと効かないだろ」
「それもそうだけどさ……」
言いながらもあくびをしている様子の少年。
どうも、全身に熱を感じないやつだ。
「で、そろそろ教えてくれないか?なんであんたがいるのか」
「……僕が何者なのかを判断すれば、ある程度予測できてるんじゃない?」
「できてるけどな……だからと言って、アンタ以外にも候補はいると思うんだよ。さすがに、『レベル』の想定ができないんだ」
秀星はプレシャスをしまった。
「もう一度聞くぞ。いったい何の用でここに来たんだ。『最高神』の一人、『堕落神ラターグ』」
「当然、面倒な要件を持ってきたのさ。朝森秀星君」
そういいながら、ラターグは微笑んだ。
「……まだ寝たりないからちょっとソファ借りていい?」
「百歩譲って鋼鉄製なら許可する」
「拷問じゃないか……」
結局のところ、話が進まないのであった。




