第五百四話
宇宙に放り投げよう。という案だが、秀星や基樹が出来ないわけではない。
物質としてそこに存在する以上、魔法でステータスを強化すれば投げ飛ばすことは可能だ。
可能なのだが、その方法が頭に思い浮かばないのは、視野が狭いということなのだろう。
海底に沈んでいる船を自力で引き上げる二人の力を持ってすれば、ただデカイだけの壺など、粗大ゴミに過ぎないのだ。
宇宙をゴミ箱としか考えていないようなクズ共である。
「でけえな!」
「ああ、すげえサイズだ」
直径にして三百メートルはありそうなものだった。
ただ、無駄に横に広いツボであり、高さはそうでもない。
平たく、穴の小さいツボのような形である。
「あ、モグラの壺とデザインが同じだね」
「デザイナーさんが手抜きしたのかな!」
風香は基樹が持ってきた壺と比べて大差がないことを確認してそんなことを言ったが、娘のあんまりな言葉になんだか謝りたくなった。
「……あの巨大な壺を持ち上げながら海の上に立っていることに関しては何も言わなくなりましたね」
「あ、そういえばそうですね。毒されてるのかな」
「大丈夫です!未来では、おじいちゃんは中性子星を運べるそうなので、これくらいは問題ないですよ!」
「その運んだ中性子星で何をするつもりなの?」
「配置を整えて惑星魔法のために使うと言ってましたね」
「まあ流石に地球には持ってこないよね。中性子星の重力で壊れちゃうし。なんで高志さん平気なんだろ」
「おじいちゃんは『ギャグ補正』と言っていました」
便利な言葉だ。
そう、全てはギャグだ。全てはギャグなのだ。
中性子星を運ぶくらい、何の苦にもならないのだ。
……もしこの暴論を納得できる人は、その感性のままでギャグ漫画、またはギャグ小説を書くといいだろう。『斬新かつ頭のおかしい想像力と設定』みたいな感じで、バク売れするかどうかはともかく一定の顧客は掴めるはずだ。
「あと、今も壺の中からクジラさんが出てきてますよ!」
「停止する魔力を送り込まれてないからかしら。外部からの魔力を必要とせず、永久に発生させる。優れた魔力生成と使用効率を兼ね備えている、優れた魔法具よ」
「ほえ〜……すごいですね〜」
何もわかっていないことが周りに正確に伝わるような声で椿が頷く。
(まあ、今は放置しててもいっか!)
風香も思考を放棄する。
これから超巨大な壺を宇宙に投げ飛ばそうとしているのだ。
そんな状態を前にして、『理解』など不要!
「そんじゃいくぞおおお!」
「やっちまえ!」
「どりゃあああああああ!」
高志が壺をぶん投げる。
次の瞬間。壺は大気圏を突破し、宇宙空間を高速で移動していた。
「どうだ!すげえだろ!」
ドヤ顔の高志。
すごいのはわかったから、もうちょっとわかりやすい凄さというものを示してほしいものだ。
だって誰の得にもならないんだもの。
「ほえ〜。なんだかもう見えませんね〜」
「そうだね。あの大きさの物体が、あの速度で飛んでいくなんて、想定してなかったよ」
「それは投げ飛ばせることそのものは想定できていた。ということかしら」
「まあそうですね。来夏も高志さんも、できないことをやろうとする人たちには見えませんから」
「やりたいと思ったことをする人たちですね!あっ!投げた先にあった星の光が消えましたよ!」
椿が驚く。
「おじいちゃん。ツボを投げて惑星を破壊してしまったのでしょうか」
椿がどんなことを言ったが、沙羅はうふふと微笑む。
「たしかに、投げた先の延長線上に星の光はあったけど、三百光年先よ。地球に光が届くまでに三百年もかかるんだから、光を発さなくなったのは三百年前に決まってるわ」
「え?でも映画とかだと、宇宙にレーザーとかが飛んでいって、星の光が消えたら『今消えました!』って報告されますよ?」
「今なわけないじゃない。それは単に映画スタッフの間違いよ」
「ていうか、椿ちゃんってそういう映画見るんだ。なんだか意外」
小舟の上でほのぼのしている女三人。
内容はかなりアレだが、平和なのは間違いないだろう。
多分。
「ていうか、結局こういうオチかよ」
「まあいいだろ。もうめんどくさくなくなったんだし」
秀星と基樹は激萎えである。
「よっしゃあああ!次行くぞおおお!」
「おーー!」
そしてバカ二人は笑う。
いつものことである。




