第二百七話
リアンは驚いた。
シャッターが急に降りてきて、そして再び上がったと思ったら秀星がいなかったのだ。
圧倒的な実力を持ち、用意周到な秀星がいなくなったことで、警戒レベルを上げるのはもちろん、一度撤退すべきかどうか、と言う点までも視野に入った。
「……!」
持っているスマホが振動する。
見ると、秀星からのメールだった。
開いて内容を確認する。
『何か落とし穴に落ちたんだが、こっちはこっちで問題ない。対した奴はいないだろうし、常時『メモリーバイト』を発動して置けば大体何とかなるだろ。俺もいろいろやっておくから、まっすぐ下に降りてくればいい。それじゃあまた後で』
という内容だった。
本人らしい文面である。
「……わざわざメールを送ってくるくらいだから、切羽詰まった状況じゃないことは確定。進みますか」
剣を構えなおして、探索を再度開始する。
一人でいるからと言って不安と言うわけではない。
確かに戦闘特化だが、それでも潜入におけるセオリーくらいは知っている。
それに、ここまで来る時に、秀星からもいろいろ教わった。
ドアを蹴り破って、そのドアを魔法で強化して武器にするという珍プレーをいろいろやっていたが、そういったアドバイスに関しては的確で、今まで数多くの経験をしてきたことが分かる。
秀星は異世界から地球に戻ってきてから、そういった犯罪組織のアジトに襲撃を何回も行っている。
常套手段は分かるし、ワールドレコード・スタッフは、建物の内部構造もわかるので、どういった設計がいいものなのか、と言うこともわかる。
建物の中に入るまでは隠蔽力が強かったが、中に入ってしまえばこちらのもの。
さらに言えば、地図に加えて多種多様な魔法が使える。
いい変えるなら……秀星が入った時点で、それはもう拠点と言うよりは、秀星が作った鳥籠と同じである。
すくなくともこの拠点を攻略するうえで必要なことを全てアドバイスしているので、秀星の言うことをよく聞くリアンならクリアできるだろう。
ラスボスの実力は高いので多少苦労するかもしれないが、それも経験である。
「ハッ!」
あれから、簡単な隠蔽魔法を使えるようになった。
実力者なら怪しむ程度だが、それをリアンのような『その存在を忘れ続けてしまう』という凶悪なスキルを持っている場合は反則級である。
ミスディレクションも混ぜて隠蔽魔法をかけて姿を隠せば、それだけで敵はもうリアンのことを忘れて、記憶がなくなったことで『何をしていたのかわからない時間』の存在に寄り困惑する。
そこまで来れば、あとはもう叩くだけだ。
構成員の拘束もあるが、機材の破壊も任務の内だ。
何故回収ではなく破壊なのか。
これは、そもそも回収作業と言うものが困難なためである。
拠点そのものが特殊すぎるため、回収作業をしようとしたら逆に向こうに回収されてしまう。
そのため破壊する方がいい。というのが秀星の提案であり、デイビットも呑んだわけだ。
本当にこの手の拠点を襲撃したことがあるかのようにしゃべる秀星の言葉にはリアリティがある。
リアンとしては、少なくとも反対意見はなかった。
「拠点そのものは広くないっていっていた。もうすでに半分以上は進んでいるはず」
リアンも、拠点の空気を感じとれる程度の経験や勘を持っている。
半分以上進んでいる。という感じはあった。
「速く合流しよう」
リアンは急ぐことにした。
★
「かなり頑張ってるみたいで結構なことだ」
秀星はタブレットの上に存在するモニターでリアンの様子を確認しながら、最下層の資料室を物色していた。
といっても、傍目ではパラパラ漫画でも見ているかのように高速でページが進んでいるのでたいしたことはしていないように見えるが。
「いろいろやってたみたいだな。まあ、この手の拠点はばれにくいからな……」
魔力を直接見ることが出来る風香や『悪魔の瞳』を持つ来夏ならともかく、それ以外の人間にとっては見えにくいのだ。
こう言った森での活動と言うのは視力に頼っているし、聴力は警戒のために最大限使っている。
結果的に見つかりにくいのである。
「……ん?」
秀星が見つけたのはとあるファイルだ。
題名は『FTR結成資料』である。
秀星は確認する。
「計画そのものは前々からあったみたいだな……はっ!?」
秀星はとある文を見て驚愕する。
時間にして約一年前にかかれたものである。
★
以下の評議会所属チームは懐柔不可のためチームごと殲滅すること。
・マスターランクチーム『オブザーバー・デーモンズ』
リーダー『頤綴』
・マスターランクチーム『蒼炎魔術軍』
リーダー『アーセリア・エインズワース』
殲滅提案、及び実行予定者
FTR海外暗躍部隊欧州支部指揮官 ラミレス・ブレイク
★
「……アーセリア・エインズワースって、ひょっとしなくてもアースーたちの母親か」
まさか、この時点で殺されていたとは。
「アレシアは何も言ってなかったが……」
おそらく、本当に複雑な何かがあった。
それは間違いない。
「それに、上の名前の『頤』って名字、どこかで聞いたような……誰だったかな」
かなり最近にあったはず。
「まあ今はいいか。それにしても、アースーの母親がねぇ……」
秀星の頭の中で新たなピースが生まれて、そして組み上がっていく。
そして出来たのは、ほぼ確信に近い何かだった。
「……呪われているとしか思えんな」
秀星は溜息を吐いて、資料をもとに戻した。




