第二百三話
アースーは国王だ。
いまいち威厳や風格がなくアイドルみたいな奴だが、アーロンが準備し、ジークフリードが隠れて補佐してきた英才教育により、エインズワース王国をまとめるに十分な教養を身に付けているので、よほどのことが無ければ執務室から離れることは少ない。
最も、もとから王族であり、王宮を離れることもそうそうない。
さらに言えば、国王であるアースーは、変な電話など取らない。秘書を介する。
が、普段はパソコンを前にしてタイピングを続ける訳だが、秘書を通さないプライベートナンバーを使った秀星からの電話はさすがに取るのだ。
「ん?それほどヤバい連中が潜んでいそうな拠点があったの?」
『ああ。俺にとっての想定外手段がない前提の判断だが、それはそれなりに強いやつがいるみたいだな』
「秀星が想定できないレベルって何?」
『それに答えたら想定外にならないだろ』
「確かに、でも、タブレットに届いたデイビットからの報告データでは、今現地にいる人間でどうにかできそうだけど……」
『いやまあ……たぶんそれは俺の未知数の部分が込みだろ。実際、俺がかかわった場合はとりあえず一段落付けてきたからな』
「ああ……任務達成率って言うか、『なんとかしてくれるだろ』っていう感覚が大きくなるのか」
『それができるだけの実力を示してきてるからな』
「それは僕としても心強いけど……で、秀星はどれくらいのメンバーを呼ぶべきだと思ってるの?」
『現場で戦闘指揮を執ることが出来る、それか、圧倒できる実力を持つ奴だな』
「それって優秀か天才ってことにならないかな」
『そうだといってるんだがな。まあ、個人的にはアレシアでも連れて着ておけばいいと思ってるけど』
「アレシアを?」
『ああ。難易度的に良い教材になりそうだ。アースーに取ってもいい相手になりそうなのがいるけどどうする?来ないんなら俺がやるけど』
「……いやな言い方をするね」
『ただまあ、そのアースーが離れたところでどうするかって部分が……ん?ああ、まあ問題ないか』
アースーは秀星の声色が一瞬だけ変わったのはさすがに聞き逃さなかった。
「……他に誰かいるの?」
『いや、俺の声を聞いてる人はいないよ。で、人選に関してはアースーに任せてもいいか?』
「わかった。任せて、それじゃあまた後で会おうね」
『後がいつになるのかわかり切ってるけど……まあいいや。それじゃあな』
秀星が通話を終了させた。
アースーは頷いて考えた後、ファイルを引っ張りだすのだった。
★
「……お前って試練を与えたがるよな」
『君がいるうちになんとかしたいんだよ』
秀星のそばで、アーロンがふよふよ浮きながらそういった。
「なんとかしたいって言われても、大体は大丈夫だろ。政務をするようになってからの処理能力を見ていたが、あの様子なら十分だ。官僚団も優秀だしな」
『でしょ?まあ、僕の育て方がよかったからだね』
「反面教師としては最強だもんな」
『ハッハッハ!まあそれはそれとして、アースーには教えておく必要があるものがいろいろあるんだよね。まあ、私はまだまだ元気だけど』
「しぶとい幽霊だな」
『おや?君もできると思うけどね』
「そういう話は後だ。で、アースーがいなくても防衛だの政務だの、そう言った部分が問題ないっていうのはどういうことだ?」
先ほど言い淀んだのはこれが原因。
『言葉通りだよ。まあ、なんていうか、予備、とか備蓄とか、事前策とか、僕はそう言った言葉が好きなんだ』
「……余裕がないとできないよな」
『まあ、普段からコツコツ積み重ねていけば余裕なんて自然とできるよ。国王って言うのは、そう言うものでなければならないと思ってる。いざという時、自分がいなくてもどうにかなるのなら、それに越したことはない。重要な案件と言っても、自分ですべて処理するのは、自分以外の人間に取って楽であっても成長にはつながらない』
解決するということは重要なことではあるが、だからと言って実力者がやりすぎると下のものが育たない。
それでは、自分が離れた時にどうしようもなくなる。
それだけは、避けなければならない。
だがしかし、アースー政権になってからまだ一か月くらいだ。
日本の政治(特に財務的な部分)における重要な案件や不正なんて、証拠がどうのと言って何か月も話している。
それほど、すんなりいかないもんだいと言うのは多いのだ。
まだ若い……いや、政治の世界からすれば幼いとも言えるアースーを侮る人間は多い。
その間に、できることをやっておかないとどうにもならないのだ。
「余裕がある時にしかできない努力か」
『それをどれほど積み上げるか、と言う話だよ。でもね、今回のコレはちょっと違うなぁ。政務だけじゃなくて、守るための力を理解するために、アースーが参加すべきものだと考えただけだよ』
「守るための力を理解。ねぇ……」
秀星はアーロンが言いたいことがなんとなく分かった気がしたが、ひとまず置いておくことにした。
「おそらく、これが俺がこの国でする重要な場面としては最後のものになるだろうな。崩御なんて言われたからアレシアと一緒にすっ飛んできたが、政務の方はある程度問題はなさそうだし、後は、英才教育だけじゃ解決できないレベルのことをどうにかするとしますか」
『頼りにしてるよ』
そういって笑うアーロンに、秀星は溜息を吐くのだった。




