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禍ツ狂い(後編)

 禍ツ狂いは禍ツ喰らいの力が暴走し、沸点に達した際に現れる怪異。

 その名の通り、狂人。正気では無くなってしまった人間なのだ。


 正気でない者を正気に戻す。簡単に言うが、そんなに簡単にはいかない。

 だが、人は幾多の困難を乗り越えて生きている。簡単ではない事を解決していく。


 何が人を狂気に走らせるのか。それであれば、狂気に走らせた原因をなくせば良い。

 狂気の原因さえなくせば、その者に狂気を抱く理由はない。


 狂気の中に取り込まれ、狂人を正気に戻す為に戦った者達の話を今回はしよう。


    ・   ・   ・


11月中旬

 祐は赤い液体の中に沈んでいた。


 考える事もできず、時折遠くから聞こえる小さな音に少しだけ反応していた。

 ただ、今までと違ったのは、耳に届くのが音ではなく声が聞こえてきた。


 『頑張ってください、ファイトー、です』


 誰の声か分からない。ただ、このままで良いとは思えなくなった。


 頭の中が動き出した。今の自分がすべき事を思考できる、何をしたいかが分かる。

 目を開き見る。そこには数十人もの朽ちかけている人が、赤い世界に浮かぶ姿があった。


    ・   ・   ・


 萌香の目の前には、禍ツ狂いから祐の肌の一部が見えていた。

 その肌もすぐに黒い百足によって覆われた。


 禍ツ狂いを睨みつけると、その姿が変わって行くのが見えた。

 背部から6本と腰の辺りから百足が現れた。

 これは群青百足と緑青白百足。でも、色が黒い…という事は。


 「…真理奈さん。あの百足からも炎が出る可能性があります。防壁はどうですか?」

 私の言葉で光景に目を捕えられていた真理奈が目を覚ますように返事をした。


 「うん。あなた達に対してはすぐに反応できる。

 …右手だけでも厄介だったのに、6本も火を噴かれたら……」

 真理奈の気持ちが分かった。さっきも数発の火球を防いで、防壁が薄れていた。


 3人で戦うには限界が……。その時、嫌な事は想像通り起きた。

 6本の百足に血液が集まり、空気を吸い始めた。

 ここは九条院の力で……。そう思い口を開こうとした時、奥の木々から禍ツ狂いに飛び掛かる影が見えた。


 2人の人影が6本の百足を切り付けたことにより、炎と風の渦が私達を襲うことなくバラバラな方角へ吐き出された。

 その熱風が届き、目を瞑っている間にも奥からは、何度も金属音が響いてくる。


 目を開けると分かった。シュタルクとマゴロクが助けに来てくれたのだ。

 炎に照らされた、マゴロクは前に見たときより体が一回り大きく、刀も太く赤くなっている。

 シュタルクは特に変わりはないが、赤い剣を持っている。


 「誰や、あん人等は? 萌香ちゃん、知らんか?」

 「…三善さん、祐さんの大事なお友達です。頼りになる方々です。協力して戦いましょう」

 すぐに三善は頷き、次の行動に移った。


 「歳殺神、ぶっといのをかましたれ!」

 歳殺神はすぐに反応した。縄網手甲から糸を出したと思えば重なり合い、縄になっていく。

 先端が大きな球体になったところで分かった。鉄球のような物を作り自分の上空で振り回し始めた。


 「…シュタルクさん! マゴロクさん! この大きい人の攻撃に合わせてください!」

 三善が操作しているとはいえ、巻き込まれないようにしたい。

 2人が頷いたか分からなかったが、禍ツ狂いが飛び跳ねるのを邪魔するように戦い始めた。


 「萌香ちゃん、おおきにな。お2人さん! 当たらんよぉ、見切ってな!」

 マゴロクが群青百足にあたる腰の百足を地面に叩きつけるように切り付け、シュタルクの突きが禍ツ狂いの胸を突き刺していた。

 禍ツ狂いの動きが一瞬止まったのを見計らったかのように、歳殺神の鉄球が禍ツ狂いをぶっ飛ばした。


    ・   ・   ・


 祐の目の前に広がる光景。それが何かをすぐに理解できた。


 ここが本当の禍ツ喰らいの本当の深層。上を見ると少しだけ明かりが差している。

 そして、ここにいる者達は全て過去に禍ツ喰らいを持ち、飲み込まれてしまった人々だ。

 体にまとわりつく液体が何かは分からないが、自分の気持ちを全員に伝えたいと思った。


 「お~い。皆さんも禍ツ喰らいを持っていた人ですか~?」

 全員、皮と骨だけのようで、人の形だけは保っている者達が俺を見た。こんなになっても尚、自我があるように見える。


 「皆さんが、ここにいる理由はなんとなく分かります。力を使い過ぎた…でしょ?」

 俺を向いたまま、反応はない。だが、それでも言わないといけない。この人達を救う為に……。


 「理由は人それぞれかな? でも、ここに落ちたのは同じだ。そして皆、禍ツ喰らいの力の為に閉じ込められている。

 その力を使う度に、皆に色々と助けてもらったよ。そこは礼を言う…ありがとう……。

 でもこのままで良いのか? ここで延々と力を絞られる、そんな終わりで良いのかよ?

 …俺はごめんだ。今、周りで響いている音は俺の仲間や友達が、俺を止める為に戦っているんだ。

 そんな皆に報いたいんだ! …そして力を貸してくれた、あなた達にも報いたいんだ……」

 届くかどうかは分からない。それでも届くまで、送り続ける。

 

 「この力…、持った時は嬉しい人も悲しい人もいただろう。それでも何かの為に使った。

 その結果がここなんだ……。良い悪い関係なく、ここで力を絞り取られる……。

 だったら、こんな所を出たいと思わないのか? 天国でも地獄でもない、この暗い世界で生き続けるのか?

 あなた達にとって、大事な人の元に行ける可能性をここで無くすのか……?

 俺は無くしたくない! 死ぬのなら、死んでも構わない! 会いたい人の元へ行きたい!

 例え、その可能性が低くても…俺は、こんな所で生き続けたくない……。」

 皆にもあるはずだ。ここに沈んだまま、ただ浮き続けるよりも大切なものが。


 「…もし、俺が死ぬとしても、あなた達と一緒に死にたい……。

 同じ呪われた力を持たされた者同士じゃないか……。その力に振り回されて、ここに来た。

 なら皆で協力したら、こんな所から出れる! 呪いに負けない気持ちが、まだある!

 俺はあなた達を助ける。…いや、助けたい! だから、俺を助けてくれ!」

 何度でも言ってやる。皆が、この閉じた世界から抜けだす勇気が出るまで……。


 その時、何人もの人が上の光が差す場所を目掛けて昇って行った。

 だが、一定以上は上に昇れないのか、人々は渋滞しているように詰まってしまった。


 俺も上を目指す。光までもう少しなのに、届かない。

 気持ちが萎みそうになった時、皆が揃って行動を始めた。

 1人が行ける所まで上がり、それを伝うようにもう1人が上って行く。


 その光景は人の鎖の様だった。天国でもなく地獄でもない鎖。

 一番下にいた人が俺を見て頷いた。上れという事と受け取り、人々の鎖を上り続ける。


 その間、ありがとう、とずっと言いながら、ただただ上を目指す。

 最後の1人の肩に乗り、光が差していた世界に出た。

 そこは何度も見た光景だった。


    ・   ・   ・


 前から、俺が歩いてくる。


 「よお。ここまで上がって来るとは、恐れ入ったよ。…って何をしているんだ?」

 俺の言葉を無視して、俺の為に鎖になってくれた人達を引っ張る。


 「人の話は無視か? そいつ等を引き上げてどうする? そいつ等のお陰で今の力があるんだぞ?」

 更に無視する。知るか。力が何だとしても、人を利用してまで使いたくはない。

 人間の鎖から、やっと1人引きずり出すと、今度は2人で引きずり出す。更に3人、4人と……。


 「おお~、全員を引き出したのか。すごいなぁ。こんな事をしたのは、お前が初めてだよ」

 俺が楽しそうに言う。おそらく、こいつが禍ツ喰らいの……。


 「お褒めの言葉、どうも。いい加減、俺の振りをすんなよ。

 そうやって自分の本性のように見せかけて、不安を煽ったんだろ?」

 俺の言葉を聞いて、冷たい表情に変わった。自分でもこんな表情は見たことがない。


 「知った風な口を聞くなぁ。……そうだ、俺が禍ツ喰らいの創造者だ」

 俺の偽物が言った後に、その姿が変わった。

 白の長い癖っ毛に、口を覆いあごから長い白髭を蓄え、服も白く綺麗な法衣の様に見えた。


 全てが白い壮年の男。こいつが全ての元凶……。


    ・   ・   ・


 萌香の目の前では、歳殺神とヴァンパイアが禍ツ狂いと一進一退の攻防戦が繰り広げられていた。


 まだ電話は九条院と繋がっている。この光景を見ているのであろうが、何も言って来ない。

 決め手が欲しいが、今はヴァンパイアの素早い攻撃と、歳殺神の破壊的な攻撃で何とか抑えられている。


 隙を見せたら、また炎を噴き出すかもしれない。皆が離れても良い状況を作り、九条院の力を使いたい。

 この歯がゆい状況に、握りしめた左手に力が入る。


 その思考を読み取られたのか、禍ツ狂いが今までとは違う行動を始めた。

 体中に張り巡らせていた百足を口の部分だけ外に向かせて、大きく息を吸い込んだ。


 誰もがその光景に目を奪われ、一瞬の隙ができてしまった。

 九条院への指示をと思った時、何かが飛んで行くのが見えた。

 禍ツ狂いが噴射しようとして開いた百足の口は、開けているだけで何も出てこなかった。


 「いやぁ~、守屋くん、大変なことになってんねぇ。止めたら強制的に魔法協会入りだかんね」

 相変わらずの軽口を聞いて嬉しくなった。左手の森から相馬と更紗、猛に細川が見えた。


    ・   ・   ・


 相馬は禍ツ狂いが力を溜めているのが見えた為、素早く流転るてんの呪符を投げつけた。

 流転の呪符は対象の霊力の流れを変え、一時的に霊力の使用を妨げる物である。


 「相馬さん、それは終わってから守屋さんに話しましょう。今は禍ツ狂いを」

 すでにナイフに電撃を込め、臨戦態勢に入っている更紗に注意された。


 「だねぇ。じゃあ、更紗ちゃん、よろしく。あ、猛くん。この呪符を浮かせとっから、あれに向かってぶん殴って」

 更紗の攻撃で一瞬の隙ができる。あとは、この逓送ていそうの呪符で遠距離から猛の力をぶつける。


 「相馬のおっちゃん、分かりましたっす。師匠、痛いと思いますが勘弁!」

 更紗がナイフを投げつけたのを見計らい、呪符を猛の前に浮かせると、猛はすぐに殴り付けた。

 禍ツ狂いは電撃により体が痺れたところに、猛の力を込めた呪符が当たると壮大な火柱が上がった。


 「ほ~。猛くん、やるねぇ。魔法協会に入んない?」

 正直、ここまでの力があるとは思っていなかった。

 燃え盛る火柱によって、暗い森が鮮やかに照らされた。


    ・   ・   ・


 祐の目の前にいる人物は、自分が禍ツ喰らいの創造者、と言った。


 創造者……。自然発生的に作り出された力ではなく、人口的に作られた事が分かった。

 怪異に近い力、ぎりぎり怪異の力が人に宿るものと思っていた……。


 「あんた、すごいんだな。禍ツ喰らいなんてものを作り出すなんてさぁ。

 何の理由があったにせよ、ここに集まった皆はお前に文句の1つも言いたいだろうさ」

 俺の言葉を聞いても、白い男の表情は変わらなかった。

 俺の振りをしていた時とは違う、静かな顔をしている。


 「すごい、か……。すごいのだろうな、この力は。お前が聞きたいのは、何でこの力を作ったか、が知りたいのか?

 何でか……。自分でもよく分からない。ただ、人が怪異と戦うには力が必要だった……。

 求められるまま、その力を作った……。その時は、こんな事になるとは思っていなかった……。

 文句か……。いくらでも聞こう。自分が作りだした物で、多くの人を巻き込んだのだから……」

 白い男の言葉を聞くと、今まで俺の振りをしていたのが何だったのか分からなくなった。


 「それなら、あんたの作った力だ。この人達を解放しろ、文句を聞く暇があるんならな」

 先ずは禍ツ喰らいに捕らわれた人達を解放したい。力が無くなろうが知った事ではない。


 「できないかもしれないし、できるかもしれない……。そんな思いで作ったものではない……。

 自分は求めに応える為に作った…良いか悪いかは別として。認めてもらいたかったのかもしれない……。

 異端の自分を……。怪異を元に力を作り出す、そんな力を誰もが嫌った……。

 自分でも悩んだ……。こんな力は欲しくなかった……。でも、求められる度に救われた気がした……」

 表情は変わらないままだが、男の言葉から声から寂しい響きに聞こえた。


 「…それじゃあ、俺達もあんたと同じだよ……。誰もが禍ツ喰らいに悩まされた。

 嫌われた、逃げられた、避けられた……。皆、この力で苦しい思いをした。

 皆、この力に振り回され、挙句は閉じ込められた。誰の声も助けも届かない場所に……」

 最後は、ただ力を吸われるだけの存在として、禍ツ喰らいの中に閉じ込める……。

 でも、本当の思いはそうじゃない……。


 「それはあんたが、助けを求めていたからじゃないのか? 時を流れ続け、自分の声を言葉を聞いてくれる相手を探して……。

 あんたの苦しみは分かる。…だけど、他の人に知ってもらう方法じゃない。

 苦しいから、苦しめるのは間違っている。あんたも分かっているんだろ、あんたが欲しいのは求められる事じゃない。

 あんたを理解し、それでも一緒にいてくれる存在が欲しかった……」

 俺が少しずつ手に入れたもの……。俺一人では立っていられなかった。

 皆がいたから、立っていられる。それが男には無かったんだ……。


 「そうか……。そうなんだな……。誰もいなかった……。必要とされる時にだけ、自分と関わって来た……。

 誰かが自分のことを理解してくれる……。そう思うだけで、頑張れた、必死に頑張った……。

 でも、最後には誰もいなくなった……。誰か自分の事を……少しでも理解を……」

 白い男の言葉を聞きながら、向かって行った。

 俺と同じ苦しみを味わった、そんなやつにできる事。


 白い男を抱きしめた。

 俺が多くの人から温もり、愛情を与えて貰ったように、俺も与えたかった。


 「…男に抱きつくのは趣味じゃない。だけど、この温もりに俺は救われた。

 だから、あんたも救う。俺にならできるかもしれない。

 あんたの苦しみ、怒り、妬み、何でもいい…俺に話せよ。必ず受け止める。

 俺が受けた温もりや愛情は、俺1人で持ち続けるもんじゃない。

 あんたにも渡して分かって欲しい、温もりと愛情を……」

 言い終わると、少し涙が出そうになった。だが、白い男の涙が伝うのが分かったから我慢した。


    ・   ・   ・


 萌香の目の前では祐を救うために、多くの人達が必死に戦っている光景が広がっていた。


 禍ツ狂いの力は未だ健在だ。しかし、こちらの戦力も充実している。

 あとは九条院に術の指示をするのを待っている段階だ。


 三善の歳殺神もヴァンパイアも、まだ動きに陰りがない。むしろ援軍が到着した事で攻撃の機会が増えた。

 ヴァンパイアによる素早い斬撃、歳殺神による強烈な鉄球の叩きつけが主な攻撃になっている。


 その隙を狙って、相馬と更紗、猛が遠くから援護をしている。猛の炎が効果的に禍ツ狂いを抑えている。

 そんな雨のような攻撃の最中に、禍ツ狂いがまた違う行動を起こした。


 自分の口にあたる百足を引き千切ったのだ。

 祐の口が見える。でも、この行動の真意が分からず、また一瞬止まってしまった。

 しかし、攻撃の為の行動ではない事が分かった。最も聞きたかったものだ……。


 「皆、ごめん! もうちょっとだから! もう少しで終わるから。だから、お願い…頑張って!」

 祐の声だった。いつもの声。禍ツ狂いの声じゃなく、本当の祐の声。

 それなら信じるしかない。その言葉を…必ず祐はやり遂げる。電話口にその意志を伝えるように呼びかけた。


 「九条院さん! 祐さん、いえ、禍ツ狂いの行動を拘束するような術を!」

 「怒鳴らなくても分かる。…少しばかり目が痛くなるぞ」

 九条院の言葉を皆に伝える間もなく、禍ツ狂いの四方に魔法陣が現れた。


 魔法陣が現れたところまでは見えた。その後の光に全員が目を瞑る事になっただろう。

 あまりの閃光に目が焼き付いたように感じた。

 少しずつ目を開けると、禍ツ狂いに電気の鎖が絡みついていた。


 「これで多少は時間を稼げるだろう。あとは禍ツ狂いがどれほどのものか…」

 九条院が電話口から言ってきた。確かに時間を稼ぐ事はできそうだ。

 あとは祐が戻るのを期待するしかない。


    ・   ・   ・


 祐は白い男と対面していた。抱擁は終わらせて、再度確認することがあったからだ。


 「あんたには悪いが、俺はまだ死ぬ気はない。でも、あんたが残るんなら、何度でも話しに来る。

 この力が、あんたの思いが暴走したもので作られているとしたら、俺が終わらせる……」

 俺の言葉を聞いて、小さく頷いた。白い男は先ほど見せた涙は、心からの涙だったのだろう。


 「自分はここにいるだけだ……。どう作ったかしか知らない……。

 ただ、自分の思いが強いのなら…それも弱くなっている。

 ここは怪異の中だ……。その中を破って行くしかない……。それが、」

 「できる! 俺は1人じゃない。あんたも含めて、多くの人がこの世界から出たいと思っている。

 だから、できる。俺達、全員でこの呪いをぶち破ろう」

 白い男の言葉を遮り、俺は皆に言った。こんな世界から出る意志を。


 血だまりを進むと生々しい壁に当たった。これが怪異の胃袋のようなものなのか?

 何にせよ、穴を開けるしかない。そう思い、指を刺し込み力いっぱい引き裂く。


 しかし、少ししか破れない。それなら何度でも、と思っていると他の人達が続々と集まってきた。

 皆も出たい。俺も含めて、皆も出たいのだ。一心不乱に引き裂いていくと、ほんの少しだけ見えた。外の光景が……。


 外の光景に向かって大きな声を上げた。届いたかどうか分からない。

 ただ、外までもう少しなんだ。外の光景が見えた時に気付いた。


 皆の姿が変わっている、おそらく昔の姿に。呪いから解き放たれつつあるのだろう。

 それならば尚更だ。こんな壁で俺達を妨げる事はできない。


    ・   ・   ・


 相馬は目の前の魔法に見惚れてしまっていた。


 誰が使ったのかは分からないが、高等な魔法だ。

 気を取り戻すとやはりと言うか、禍ツ狂いは暴れている。


 電撃による痛みもあるのだろうが、それ以上にその束縛から逃れようとしている。

 拘束から解かれてしまえば、また禍ツ狂いは暴れ回るだろう。

 持っている呪符にも限りがある。効果的なものは少しは温存しているがどうしたら良いか……。


 そんな思考を打ち消すかのように、禍ツ狂いが電気の鎖による拘束を振り切った。

 すぐに思いついたことを指示する。


 「更紗ちゃん、十分に電撃を蓄えたナイフと銃弾を撃ちこんで!

 細川さん、禍ツ狂いの動きが止まったら瀬織津姫の水を」

 更紗はすぐさま行動に移っていた。細川は少し出遅れたが、集中し始めた。


 更紗のナイフと銃弾が禍ツ狂いに襲い掛かる。痛みと電撃が走り、動きが一瞬止まった。

 が、細川はまだ呼び出しができていない。すぐに次の手を考え実行する。


 呪符に霊力を込め、トランプの様に広げて禍ツ狂いの上を目掛けて投げた。

 投げた呪符が禍ツ狂いの上で円になって浮かんだ。


 「更紗ちゃん、あの呪符の間に電撃の銃弾を!」

 更紗を見るとすでに銃を構えていた。

 つくづく良い相棒を持ったものだと思った。


 鼓膜を大きく震わす破裂音を出し、銃弾が禍ツ狂いの上に配置した呪符の円の中を打ち抜いた。

 その瞬間、電撃が雨のように降り注ぎ禍ツ狂いの体を走り抜けた。


 何度も止められない。今の自分にできる事、更に頭を高速に回転させる。

 そんな思考を洗い流すように、禍ツ狂いの上から滑らかな水が注がれていた。


    ・   ・   ・


 萌香の目の前で禍ツ狂いに瀬織津姫が水を注いでいる。


 九条院の術から解き放たれた禍ツ狂いを、相馬が絶妙なタイミングで動きを抑えてくれた。

 あとは細川の力がどれだけもつのかが問題と思った。

 完全に動きを止めている禍ツ狂いを、歳殺神とヴァンパイアが少し離れた間合いで待機している。


 「…九条院さん、あと何回ほど術は使えますか?」

 この確認は必要だと思った。一番効果的なのは、この人の術だから……。


 「あと2、3回と言ったところか……。しかし、なかなか珍しい神持ちが揃ったものだな」

 これも祐が築いた関係だ、と言いたかった。けど、術の回数が気になった。


 九条院とのやり取りをしていると、瀬織津姫の水が少なくなってきた。

 思った以上に早く終わってしまう。細川は神を引き継いだ身だ。

 生まれた時から自身に宿していた三善とは違うということだ。


 「…九条院さん、瀬織津姫の水が止まったら、何かの術で攻撃と拘束を、」

 電話口で伝えている間に水が止まったのが分かった。しかし、すぐに地鳴りが聞こえた。


 地面から無数の土の拳が禍ツ狂いを殴り続け、殴った拳が体に張り付き、山の様に土が盛られた。

 最後の仕上げか、地面から出てきた手がギッシリと小さな山を押し固めていた。


 この光景に誰もが動きを止めた。下手に何かするのが不味いと考えているのだろう。


 静かな時間が流れる。誰もが禍ツ狂いの次の反応に備えている。

 この時間が祐の救出に繋がる、そう信じて。


 少し音が聞こえた。圧縮された土の山を抜け出す為であろう小さな音が……。

 固唾を飲んで見守る中、遂にその姿を現した。全員が動き出そうと踏み出した。


 「いやぁ、皆、ごめんなさい。皆にすごい迷惑を掛けたみたいで」

 いつもの声の祐が、いつもの顔を左半分だけのぞかせて、右手を後頭部に当てながら申し訳なさそうに笑っていた。

 祐が帰って来た……。


    ・   ・   ・


 祐の前には、何人もの見知った顔が映っていた。


 俺の為に何人もの人達が助けに来てくれたのだ。先ずは謝ることしかできなかった。

 そんな俺を皆が呆けた顔で見ている。それはそうだろうと思い、また謝ることにした。


 「あ~っと、なんて言えばいいか……。ごめんなブヘァ!」

 言い終わる前に顔面に強烈な何かを投げつけられて、激痛と共に変な声を出してしまった。


 「とりあえず、アホではあるようやな。本物かどうか分からんから、もういっちょ投げたろかな」

 「俺だよ、俺。三善、ふざけんなよ! これでイケメンにならなかったら恨むぞ」

 三善の酷い言い草に腹が立って言い返した。けど、俺を心配してくれた事には変わりはない。


 皆の顔が緊張したものから解放されたように緩くなっていった。

 どれだけ俺が迷惑を掛けたのか、よく分かった。


 謝りに行こうと歩みを進めると、後ろから強烈な敵意を感じ振り返った。

 と、同時に何かに押し飛ばされるような力で、土の山ごと吹き飛ばされてしまった。


 地面を転がると、すぐに体勢を立て直す。土煙の中を右目で見通すとスーツ姿の男がいた。

 髪は軽くオールバックにし、銀縁のメガネの冷たい顔。だが、人じゃないようにも見えた。


 土煙が収まると、その姿を肉眼でも見ることができた。

 「会長! あんたは何を考えているんだ! あんたが今回の事件を引き起こしたんだろが!」

 今まで聞いたことのない相馬の怒りの声を聞いた。


 俺を襲ったのが魔法協会の人間? なぜ、俺を襲う必要があった? 禍ツ喰らいの力が関係しているのか?

 「相馬くん、静かにしたまえ。私は彼にしか興味はない。邪魔をしなければ、何もしない」

 魔法協会の会長と呼ばれた男は冷たく低い声で、俺以外に興味がないと言った。


 「俺はあんたに用事はないんだけど? 男から興味を持たれるのも気持ち良いもんじゃ、」

 言い終わる前に、また何かに押し出されるように吹き飛ばされた。ノンアクションで使える魔法か? と考える余裕はあった。

 地面に転がりすぐに体勢を立て直し、何らかの力を使った会長を睨みつける。


 「言わなかったかな? 君以外に興味がない…と。君が嫌がるなら、周りの人、」

 「何度も言わせんな! 男は勘弁なんだよ!」

 今度は会長の言葉を遮り、飛び掛かった。同じくシュタルクとマゴロクも飛び掛かっていた。


 しかし、その攻撃は力を振るう行動の前に止まってしまった。

 会長から離れた位置で見えない何かに妨害され、宙に浮いたまま止まっているのだ。


 2人共、信じられないような顔をしていた。

 俺もそんな顔をしているだろう、と思っているとまた吹き飛ばされた。


 「相馬さん、会長さんって、こんなにヤバい人なんですか? 何かの魔法ですか?」

 吹き飛ばされた先に相馬が近くにいたので聞いた。その言葉に相馬は首を横に振った。


 「魔法使いとしては優秀だと聞いているけど……。霊力を使っている様子もないし……。

 それに今日の昼も攻撃を何もなしで止めて、更には倍返しするように反撃してきたんだよ。そんな力があるとは……」

 相馬の言う通りなら、とんでもない人物だ。真理奈でも魔法を使った事は認識できるが、こいつはそれすらない。


 「守屋くん、あと未確定だけどスカルフェイスが関わっているかも……」

 相馬の言葉を聞いて、納得した自分がいた。やつならやりかねない。そう思った。


 「守屋くん。おとなしく出てきたら悪いようにはしない。他の人を巻き込みたくないのではないかね?」

 会長がこちらにゆっくり歩きながら声を掛けてきた。こいつがやつなのか?


 「うるせぇ。どう見ても皆を巻き込んでいるだろが! しかも、すでに悪いようにしたじゃないかよ」

 とは言ったものの、何にしても戦わなければ解決の糸口も掴めないと思い。足に力を込め、改めて飛び掛かった。


 見れば、ヴァンパイアも剣を振り上げて飛び掛かり、三善の歳殺神もハンマー投げのようなものを振りかぶっていた。

 これだけの攻撃であれば……。その期待もむなしく文字通り、吹き飛ばされてしまった。


 威力自体は破壊的なものではないが、普通の人間などに対してであれば十分過ぎる力だ。

 攻防一体の力……。しかも、四方からの攻撃を防ぎ、弾き飛ばす力だ。どれだけ優秀な術士でも何度も使えるものではない。


 やはりスカルフェイスが頭を過ぎる。

 そんな嫌な想像を消すためか萌香を見ると、覚悟をしている顔だ。そんな顔を見せられたら……。

 助手の前で、負ける訳にはいかない!


 「おい、会長さんよ! スカルフェイスなら、そんな生皮を捨てて素顔を見せろ」

 「おやおや、私をお呼びかな? あの男は私ではないよ。誰か、と言われても分からないけどね」

 ゾッとした。俺の横にスカルフェイスがいたのだ。気付かなかった? いや、今姿を見せたのだ……。


    ・   ・   ・


 全員がスカルフェイスの出現に目を引きつけられた。その出で立ちと負の圧力が全員を釘づけにしている。


 「あれ? 場違いだったかな? 禍ツ狂いを見に来たんだけどね。今回のもダメだったね。

 怪異としては優秀かもしれないけど、ただの野獣みたいなもんだったからね。まあ、見世物としては悪くはなかったけど」

 スカルフェイスが見に来ていた? まあ、大好きな話だろうと思った。なかなかお目に掛かれないだろうから。


 「で、人の事をボロクソに言いに来た訳じゃないんだろ? あの男が何か分かっているんじゃないのか?」

 こいつのことだ、間違いなく研究対象なのだろう。なら、何かの情報は持っているはずだ。


 「何かと言われれば返答に困るね。ただ言える事は、人間ではない…といったところかな。

 私も気になって見ていたんだけどね。その正体が掴めないんだよ。で、折角だから皆で見てみようと思ってね」

 こいつでも分からない? そんな事があるのか? 可能性があるのは九条院ぐらいか……? だが、やつがこんな事を……。

 困惑している中、押し寄せる力を感じた時には宙を舞っていた。


 不意をつかれた為か何度も転がり、木にぶつかってようやく止まった。

 痛みは少ないが、こうも地面を転がされると腹立たしい。


 目が覚めたように皆を見ると、相馬達は石壁で持ち堪えたようだ。

 萌香達は!? …流石は真理奈だ。魔法陣が皆の前に張られている。

 ヴァンパイアの2人は分からないが、もしかしたら無様に転がったのは俺だけでは? と思える余裕があった。


 スカルフェイスの所に戻ると、平然と立っていた。

 「何、自分だけ助かってんだよ! お前の防壁の中に入れてくれても良いだろ」

 あまりの平然さに少し腹が立って、怒り混じりの声を発した。


 「う~ん、やっぱり不自然だ。人間でもなく、怪異でもない……。何かから力を受けている訳でも……」

 完全に無視されたようだ。あごに手を当てて悩んでいる……。


 「よし。とりあえず、攻撃をしてみようか。…漆黒刺刻ダーケスト・ハープーン

 スカルフェイスの呪文により、会長の四方八方から黒い槍が襲い掛かった。

 だが、結果は同じだった。全てが会長の目の前で止まっているのだ。


 その槍が一点に移動するとゴムが反発するように、俺に向かって勢いよく飛んできた。

 慌てて百足の一部を体から外して、地面に突き立て体を宙に浮かせる。

 逃げる俺を狙って次々と飛び掛かってくる槍を、空中を何度も跳ね回りながらギリギリ避けた。


 「おい! なんでピンポイントで俺を狙えるんだ!? って、お前の魔法なのに守ってくれないのかよ」

 返答はなかった…、俺の言葉はまた無視されたようだ。スカルフェイスは、またあごに手を当てて考えている。


 「ん~、大体のからくりは読めてきたね。彼の力はこの世と隔絶された力を使っているね。

 だから届かないし、弾き飛ばされる。世界が違うのだからね。違う世界に攻撃は届かないよ」

 こいつの言った意味が分からない。世界が違う? どういう事だ……。


 「あれ? まだ分からないかな? この世ではなく、あの世だよ。君の知り合いのサタンが統治する地獄…だろうね」

 合点がいった。魔法でもなんでもない。違う世界の壁を自由自在に操っているという事だ。


 「分かった。俺ならあれを壊せるって事だろ? なら、壊すから攻撃しろ。お前も見たいんだろ、やつの正体を」

 そうだ。俺にしか壊せない壁……。この手が…、突破口になる。


 「いいよぉ。楽しみだね、世界が交わるんだ。なかなか見れる光景じゃないよ」

 こいつの言い分に腹は立つが、その力が欲しい。他にも力がある仲間にも……。


 「萌香! 三善! 任せた!」

 自分でも何を任せたのか分からない。でも、俺の言葉が伝わることを信じて飛び上がった。


 左手に光が溢れるのを確認し、叫ぶ。

 「天よ! この者が穿った世界の膜をあなたのお力で…消しとばせぇ!」


    ・   ・   ・


 萌香は祐が任せたと言った一言で、理解した。


 私にあの人を何とかする力を貸して欲しいのだと。それなら……。


 「…九条院さん、最後の1回です。一番強いやつをお願いします!」

 「分かった。準備しておこう。守屋の行動から察する事はできるが……」

 九条院の返答を聞いて思った。何だかんだで、祐の事が好きなんだと……。


 あとは、ずっと握りしめていた左手に……。禍ツ狂いが放った火から生み出された者達……。

 火の精を集めた私から出すことができる最大限の魔法……。


 「歳殺神、破城弓や!」

 三善の言葉に応じて、また歳殺神が何かを取り出した。弓ではあるが、矢がおかしい。

 矢尻から伸びる棒に、幾つも丸くなっている所が見えた。

 その光景の横で、飛び上がった祐が左手を突き上げて大きな光を放っているのが見えた。


    ・   ・   ・


 祐は目の前に立ちはだかる見えない壁を目掛けて左手を突き出した。

 会長と思われていた男の顔色が変わっていくのが分かった。


 「冷たい顔だけじゃなく、そんな顔もできるんだな? じゃあ、もっと驚かしてやるよ」

 何かに触れた感触がしたが、それもすぐに消えた。


 降り立った場所は土の地面ではなく、地面が岩で所々に割れ目がある。

 その割れ目から赤い光が眩しい地面であった。

 ここがやつがこの世に開けた、地獄の一部分だ。


 まだ、左手の光は大きく輝いていた。

 「人間じゃないんなら、問答無用だな。…でも、その前にあんたに用事があるやつが何人もいるからさ」

 その言葉を会長が聞くより早く、体をみじん切り、千切りとでも言わんばかりの空気の刃が切り裂いていた。


 萌香かと思ったが、萌香は目を瞑っている。

 じゃあ、スカルフェイスかと思って見る。と、今まさにステッキを会長に向けている。


 呪文は聞こえなかったが、会長を見ると首と手足が限界以上に引っ張られていた。

 どうせやつの事だ。引っ張れば化けの皮を剥がせる、とでも思ったのだろう。


 次に聞こえたのは、空気を切るような音を立てて会長を貫く矢が見えた。

 貫く途中で何度も爆発が起き、大きな風穴を開けていた。


 これは三善だろう。あとは俺の番だと決心し、右手の甲の百足に空気を吸わせる。

 右手を構えて発射体勢を取った時に、地面から大きな棺が会長の後ろに現れた。


 これには参った、良い意味でだ。「煉獄葬棺れんごくそうかん」。かなりの高等魔法だ。

 棺が観音扉の様に開き、棺の暗闇から青白い手が何本も現れて会長に群がるように絡みついた。

 会長が引き込まれるのを見て、萌香に向かって右手の親指をグッと立てた。


 「さぁて、悪魔様にはお帰りいただこうか。それじゃ、サタンのおっさんによろしくな!」

 右手の百足を突きだして伸ばし、棺の中に入る直前で切断した。

 百足の放つ炎がやつを照らしたところで棺が閉まり、煉獄の炎と共に焼かれる。


 誰もが火葬場にいるように静かに見守っていた。ただ、聞こえるのはやつの悲鳴だけだ。

 煉獄葬棺の炎は、浄化の炎だ。それを大量に浴び続けるのだ。ついでに百足の炎も含めて。

 正しく火葬といった言葉が似合う。しかし、かなり粘るやつだ。まだ悲鳴を上げている。


 …棺がその役目を終えて開くと、灰色の人間…いや、悪魔が現れた。

 やっと化けの皮が燃え尽きたのだろう。


 灰色の肌に、額から伸びる大きな2本角。背中に生える所々が破けている羽。

 あとは尻尾か。前に見たアマイモンよりも細いが先が尖っている。


 冷静に分析をしていると、世界が変わっていた。

 全く気が付かなかった。


 だが、この空間は見覚えがある。四角く打ちっぱなしのコンクリートの様な空間……。

 俺が立っているのと、目の前に悪魔がいる事を除いては……。


 後ろから軽快でリズミカルな口笛が聞こえてきた。相変わらず、ご機嫌そうな音色だ。

 その調子で悪魔の横に近づき、悪魔と肩を組んだ。


 「祐ちゃ~ん、元気にしてたかな?」

 イタリアンマフィア風な陽気なおっさん。サタンが現れた。


 「ご挨拶どうも。お前んとこの悪魔の所為で、こっちは散々な目にあったぞ」

 「それにしては元気そうじゃねぇか? 俺のプレゼントのお陰だな。感謝して良いぞぉ」

 俺の嫌味に、相変わらずへらへらと笑いながら返してきた。


 「で、そっちの悪魔とは知り合いか? 良ければ一発ぶん殴りたいんだけど」

 「そぉりゃあダメだ。なんてたって、祐ちゃんのお兄ちゃんになるかもしれないんだぜぇ」

 なんと嬉しくない事も含めて、真実をサタンは言ってきた。


 「じゃあ、お前の息子なら尚更、教育的な制裁を加える必要があるな」

 「まぁ、待てって。べリアルちゃんのしつけは、よぉく俺からしておくからよぉ。

 祐ちゃんにべリアルちゃんを殴られたら、流石に天国からのクレームで俺がパンクしちまう」

 サタンの言葉は本当だろう。俺が殴り悪魔の痕跡が残って、この世に帰れば即、天国にバレるだろう。


 「分かった、とりあえず引いてやるよ。でも、これは大きな貸しだからな? あとべリアルは何がしたかったんだ?」

 べリアルはサタンに肩を組まれて以降、震えが止まらないようだ。


 「まあ、大きな貸しだわな。覚えておく。何でべリアルちゃんがこんな事をしたかって言うと……。

 禍ツ喰らいの血が欲ちかったんでちゅよねぇ? なぁ、べリアルよぉ。

 俺を出し抜こうってんだ。帰ったら、どんなに楽しいことが待っているか楽しみにしてろよ……。

 てことだ、祐ちゃん。教育はパパに任せて、早くこっちに来なちゃいねぇ」

 サタンから何とも嬉しくない別れ際の言葉を受けて、世界が元に戻っていた。


    ・   ・   ・


 気付けば地面も元に戻っていて、俺も変わらず立っていた。


 全てが終わった。皆には見えなかっただろう。ほんの一瞬の出来事なのだ、サタンの力のお陰で。

 百足も体の中に戻ると服がボロボロだった。恥ずかしい所が見えていない事を、先ず確認した。


 スカルフェイスはすでにいなくなっていた。やつも悪魔を見たのだろうか?

 シュタルクとマゴロクがいたと思った場所には、もういなかった。おそらく帰ったんだろう。お礼は後になるなと思った。

 振り返ると、皆が走って来ていた。まだまだ謝り足りない。そう思い、近づいて行った。


 「お前、何しとんねんドアホ! どんだけ構ってちゃんなんか? ほれ、皆に謝れや」

 三善にいきなり頭を叩かれた。でも、その痛みが少し嬉しかった。


 「あの~、本当にごめんなさい。皆、大変な目にあったでしょ? この程度で済むとは思いませんが、ごめんなさい」

 皆に謝るしかない。申し訳ない。怖い思いをさせた。不安にさせた。辛い思いをさせた。だから……。


 「…ありがとうございました。皆のお陰で…また…皆と…会え…ありがどうございまず……」

 涙も鼻水も止まらない。口から出るのは泣き声だけになった。情けないとも思えないほど……。

 そのまま膝から落ちて、まだ泣き続けた。そんな俺を温かいものが包んだ。


 「…祐さん、謝ることはないです。皆、祐さんに救われた人達なんです。だから、皆で頑張れたんです。

 皆、嬉しいんです。祐さんが帰って来てくれた事が…皆に。だから、笑顔になってください。

 祐さんが笑顔にした人に、笑顔を見せてください……」

 萌香だ……。萌香の温かさに心が安らいでいく。一緒に前に進もうと決めた人の温かさ……。


 萌香を離し、涙を拭う。ここで見せるものじゃない。見せるのは笑顔だ。

 無理やりかもしれない。でも、今出せる精一杯の笑顔を作った。

 萌香に向けて、そして俺を助けてくれた皆に向けて……。


 「ありがとうございました。やっぱり俺は、まだ皆と一緒に生きたいです。嫌かもしれないけど、お願いします」

 笑顔で言えた。まだまだ言い足りない事が多いが、今はこれしか言えなかった。


 真理奈には怒られると思ったが、頭を叩かれて、きつく抱きしめられた。最後の笑顔はお母さんの笑顔だった。

 一通り終わると猛が抱きついて来て、相馬が協会入りがどうのと言って、更紗に電撃をもらっていた。

 細川は少し離れた所から柔らかい笑顔を見せ、頭を下げた。

 皆が笑顔で来てくれた、俺に向けて。だから精一杯の笑顔を返した。


 三善の車に乗り、事務所に帰る途中は延々と苦労話を聞かされた。

 分かった、悪かった、と何度も言う度に悪い笑顔でいじってくる。

 いつもの光景だが、とても嬉しかった。


    ・   ・   ・


 事務所に萌香と降ろしてもらい、三善は帰って行った。

 事務所のドアを開けるのに、少し躊躇したがいつも通りが良いだろうと思った。


 「ただいま~。いやぁ、本当に大変な目にあったよ」

 「お帰りなさぁ~い。大変な目はしょっちゅうじゃないですかぁ。特に女性絡みが多いですよねぇ」

 幸はいつも通り、ソファベッドに寝転びながら迎えてくれた。それでも微笑んでくれている。


 「えっ、なに? 俺っていつから罪作りな男になった訳?」

 「ああ~…、可愛い人や美人な人にデレデレするから、罪ではなくキモいですねぇ。

 でもキモいのも罪ですねぇ。祐さんも罪作りな男だったんですねぇ」

 「酷っ! キモいのが罪って、あんまりじゃない!? キモくて何が悪いんだよ!」

 幸とのいつものやり取りだ。萌香が楽しそうに笑っている。ここでも皆が笑ってくれている。


 ボロボロになった服を着替えていると幸から声を掛けられた

 「祐さん、もう夜も遅いんですから、お家に帰ったらどうですかぁ? 待っている人がいるかもしれませんよぉ?」

 幸なりの気遣いが嬉しい。きっと待っててくれている、早く会いたいと思い頷いた。


 「じゃ、幸ちゃん。また明日ね」

 「…幸さん、お疲れ様でした」

 俺と萌香が挨拶をしたのを幸は背を向けたまま手を振ってくれた。


 萌香を車に乗せて、先ずは萌香を家に送り届けることにした。

 「…萌香ちゃん、ありがとう。俺の事を救ってくれて……」

 口にした言葉がありきたりのもので悲しいが、本心だ。


 「…祐さんが助けてくれたからです。それに…まだまだ助けます。

 祐さんも、他の人達も。だから一緒に助けましょう、皆が笑顔になれるように」

 横に座っている萌香を見ると、力を貰った気がした。助けて、助けられて……。

 そうして皆が笑い合える。そんな事を俺達2人は望んでいるのだろう。


 萌香を家まで送り届け、あとは我が家に帰るだけになった。

 何と言って帰れば良いのか? 言える事を言うしかないか……。

 家の近くに車を停め、玄関の前まで行って止まった。


 開ける勇気が…ちょっとない。でも言いたい事が山ほどある、少し重いドアに手を掛けて押し開いた。


 「ただいま~、あ、家さん。無事に帰ったよ」

 シャンデリアが揺れたのを確認していると、駆けて来る足音が聞こえた。


 振り向くと小さな衝撃と温かいものが俺に届いた。

 「天ちゃん、ただいま。ありがとう、待っていてくれて……」

 俺の胸の中で震えている天を抱きしめ言った。


 「…祐さん、お帰りなさい。帰ってきてくれて、ありがとう……」

 俺の胸から顔を離し、涙で潤んだ瞳と笑顔を俺に見せ言ってくれた。


 「おっ、化け物人間。帰っておったのなら、さっさと血を吸わせぬか」

 リリエールとワラベエが2階から降りながら言ってきた。

 心配してくれていたのだろう。その顔はいつもより優しい顔だ。


 「リリエールさん、ワラベエ、ただいま。

 リリエールさん、せっかくの彼女との触れ合いの時間にそれですか? まあ、良いです。どうぞ、お好きなだけ」

 その言葉を聞いてか、天は俺から離れた。

 いつもと変わらずリリエールが抱きついてきた。これも1つの温もりだった事に気付かされた。


 「お主の女子が、お主を助ける為にわし等に頭を下げに来たのじゃ。そんな女子を離さぬようにな……」

 リリエールが耳打ちしてきた。嬉しい言葉と共に気持ち良くなった。


 「おいおい。嬢ちゃんじゃなくて、姫さんと抱きついてどうすんだよ。嬢ちゃんを抱きかかえて部屋にでも行けよ」

 「まあまあ。祐さんお帰りなさい。大変でしたでしょうから、お風呂に入られますか?」

 2人共、食堂から出てきて歓迎してくれた。自分達も大変だったはずなのに……。


 「シュタルクさん、マゴロクさん、ただいま。やっぱり我が家は良いですね。皆さんがいるのがとても嬉しいです」

 皆が思い思いの笑顔を見せてくれる。俺は笑顔が見たくて頑張ってきた事を実感させられた。


 「じゃあ、マゴロクさんの言う通り。天ちゃんを抱きかかえて、部屋に戻りますね」

 皆に言って、少し驚いている天を抱きかかえた。


 「えっ? 祐さん、このまま? えっ!?」

 天が驚いているのを無視して、階段を上り部屋に向かった。


 「あっ。皆さん、覗かないでくださいよ?」

 しないとは思うが一応、言っておく。


 「さっさと行けよ。お前が女を焦らすのは100年は早ぇぞ」

 マゴロクはちゃちゃを入れて、シュタルクは苦笑いをしている。

 リリエールの優しい笑顔に俺も思わず笑顔になった。


 カーテンを開けていた為か、月明かりが少しだけ差していた。

 いつもの俺の部屋、ワラベエとは寝ていたが、天と一緒に寝たいと思った。


 「あの~、祐さん。降ろしてもらっても良いですか?」

 天が恐る恐る聞いてきた。


 「ん~、ダメかな。おとぎ話の様にベッドまで、このまま連れて行くよ」

 我ながら珍しく攻め手の発言をした。

 俺の言葉を聞いても何も言わないので、そのまま連れて行った。


 ベッドの上に天を乗せ、改めて抱きしめる。この温もりが幾度も俺を助けてくれた。

 この温もりを知らなければ、白い男のように辛く悲しいままの人生だっただろう。


 俺にはそれがあった。色々な人の温もりと笑顔を貰い、勇気に変えて、震える足を奮い立たせた。

 これからも変わらない。俺の生き方は人を助けたい。それが自分を助けてくれる力になるかもしれないから。


 だから、先ずは目の前にいる人を笑顔にしたいと思い口づけをした。

 「天ちゃん、ただいま。大好きだよ……」

 「祐さん、お帰りなさい。大好きです……」

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