禍ツ狂い(中編)
禍ツ狂いになってしまえば、その者はその者でない。
本能のまま動く。その本能とは何なのか……。それは禍ツ狂いにしか分からない。
何のために、何をするために、何の必要があって……。
多くの謎や疑問を持ちながら禍ツ喰らいの力を持った者は、その力を使っただろう。
自分だけは、その先の末路を辿らないと思っているのだろう。
歴史は繰り返されるという。歴史から学ぶ事で回避できる物事も多くある。
しかし、歴史は繰り返される。大きなものではなく、小さなものでも歴史は歴史だ。
細かな歴史を人は知らない。残っていないのだから知る由もない。
ならば、歴史は円環のように回り続けるのか。
そうではない。歴史は繰り返しているように見えても少しずつ変わる。価値観と同じように……。
そんな繰り返される歴史の流れに逆らうために立ち上がった者達について、今回は話をしよう。
・ ・ ・
11月中旬
相馬は目の前の、いや20m以上先のビルの屋上にいる人物に釘づけになっていた。
『スカルフェイス』、術士ならその名を知らない者はいない程の存在。
良い意味での存在ではない。むしろ、『スカルフェイス』が現る所に怪異あり、と言われる程だ。
何故、ここに……。ここに何の用があって……?
慌てて伏黒を見ると、微笑んだ顔をしている。
「おい! 伏黒、あれが何なのか知っているのか? 何であいつが、あそこ…に?」
すでにビルの上には誰もいない。いつの間にか消えた?
「更紗ちゃん、『スカルフェイス』はど、」
「無駄ですよ。…もう消えました。彼が何を考えているのか分かりませんが」
思わず伏黒の襟を掴み上げた。
「何を知っている……。あいつが会長に成り済ましていたのか? どうなんだよ!?」
「そんなに剣幕を立てないでください。正直、僕にも分かりません。ただ、彼が来た。それだけです」
理解できない事態に怒りを乗せて伏黒に問いただすと、平然と返してきた。
何を言っているのだ、この男は? いや、嘘ではない気がする。
「伏黒……。本当に知らないんだな?」
伏黒が微笑みから、無表情…冷酷な表情に変わった。
「ええ。彼が何をしに来ても不思議ではない。
彼自身が面白いと思うこと、それを知り、考え、試す。その為に生きている。しか、分からない」
氷つきそうな表情から見える目からは、嘘は言ってないように思えた。
「相馬さん、先ずは下に報告、」
「それも無駄かな。トップからの指示で現場を無視する。あるいは軽視する。
そんな人達が、あなた達の話に耳を傾けないと思うよ。
何をするにしても、魔法協会自体が機能不全に陥っている。という事は確かだろうね」
更紗の言葉を伏黒が遮り、それだけでなく魔法協会自体も非難した。
しかし、それも分からないでもない自分がいる
「伏黒……。お前の言いたい事は分かった。確かに今の状況では、協会に期待はできない……」
悔しいが、そうだ。今まで何度も本部には煮え湯を飲まされた。
使える者は最大限に使う。それも分かるが、現場の状況を知らない人間が多いことで、現場を混乱させていたのも事実だ。
「そうなるね。守屋くんに何かできるかと思ったけど……。
僕にできる事はここまでのようだね。あとはよろしく頼みますよ。
守屋くんがいなくなるのは寂しいから……ね」
伏黒が冷たい表情のまま言うと、会長室を後にした。
「相馬さん…、下の状況を確認に行きますか?」
更紗も分かっているだろうが、信じたくない気持ちもあるのだろう。
「いや……。更紗ちゃん、僕達でできる事をしよう。協会としてではなく、守屋くんの友人としてね」
この言葉に更紗の顔が引き締まった。頼もしい相棒だとつくづく思う。
「先ずは萌香ちゃんか、幸ちゃんに連絡しないとね。さあ、行こうか」
・ ・ ・
幸は事務所で情報の交換を行っている時に相馬から連絡が入った。
「もしもし相馬さん? 何か分かりましたか?」
「ごめん、幸ちゃん……。認めたくないけど、魔法協会が一枚噛んでいる……。いや、大きく関わっているかも」
何故? 魔法協会が祐の禍ツ喰らいを狙って? でも、襲撃者は撃退された……。
「……分かりました。どうして祐さんを狙ったのか、それは一旦は置いておきましょう。先ずは備えを万全にしましょう」
「…ごめんね。僕達も、すぐにそっちに行くか、」
「相馬さん、こちらに来る前にお願いがあります」
祐を抑える為にできるだけ多くの人を……。祐を助け出しても、誰かを傷つけてしまえば、必ず彼は傷つく。
できるだけ早期に終わらせるしかない。
・ ・ ・
萌香は幸の電話を真理奈の運転する車の中で聞いた。
「…幸さん、それは本当…ですか?」
「相馬さんが言うんですから、まず間違いないでしょう。
魔法協会に何があったのか……。それは分からないみたいです」
襲撃者が魔法協会だったことから、疑念はあったが本当にそうなるなんて……。
「萌香ちゃん、今の段階で集める事ができる人は集まりました。先ずは事務所に合流してみては?」
それも良いかと思ったが、今は行かなければならない所がある。
「…幸さん、今、私達は九条院さんのお屋敷に向かっています」
「…それは、あの人の左目を使ってもらう為ですか? あの人が受けるとは思えませんが?」
そう。祐から聞いた話では、とてもそうは思えない。でも、その力に頼らなければならない。
「…幸さん、何とかお願いしてみます。
…無理かもしれませんがやらないより…やらなきゃいけないんです!」
電話口から幸のため息が聞こえた。難しいのは分かってる。でも、あの人に頼らざるを得ない。
「萌香ちゃんは強情ですねぇ…、分かりました。
もし九条院さんとお金の話になれば言ってください。呪樹の古文書がある、と……。
価値は数百万円はしますし、まだ知っていない呪術があるかもしれないので興味は持つはずです」
「…幸さん、そんな高価な物を、」
「元は祐さんが呪いを消してくれたから、手に入った代物です。内容もだいたい覚えていますし、それなりの複写もできます。
それに処分屋で使うにはエグイものが多いですからね。いい在庫整理になります」
おそらく幸の言っている事に間違いはないと思う。でも、そんなに高価な……。いや、幸は、幸だからこそできる事をしたいんだ。
「…幸さん、ありがとうございます。使うことになりましたら、お願いいたします」
「いえいえ、ご検討を祈ってますよ」
・ ・ ・
都内の中心部から少し離れた場所に九条院邸はある。今、その前に萌香と真理奈が立っている。
「相変わらず、偉そうな建物だねぇ。でも力は間違いなく一級品だもんね。
悔しいけど、祐の居場所が分からない事には押えようがないしね」
真理奈が悔しそうな表情を少しだけ滲ませた。祐と同じように良い印象ではないんだろう。
「まあ、萌香ちゃんが行くより、私が顔を見せるのが良いかな。後ろから付いて来て」
先導するように真理奈が歩いて行ったので、後ろを付いて行く。
真理奈が玄関のチャイムを鳴らすと、行儀の良さそうな女性が出迎えてきた。
「あたしは光本 真理奈と言います。ご当主の九条院 京さんに会えませんか?」
しかし、女性は予定が無ければ通せないと言ってきた。
しばらく通せ、通さないの押し問答が続いた時、奥から背が高く、顔の彫が深い体育会系な男性が足早に近づいてきた。
不味いと思い、真理奈を後ろに引こうと思い手を掴もうとした。
「光本 真理奈さん、お初にお目にかかります。私は俵 主水と申します。
お噂はかねがね聞いております。以前、義理の息子さんの守屋さんに大変お世話になりました」
紹介も早々に真理奈の手を取り握手をしていた。
正直、あまりの熱さに引いた。真理奈もガッシリとした握手に圧倒されているようだ。
こんな暑苦しい感じの人が、九条院の所にいる事にビックリした。
「あの…俵さん? 私達はご当主にお願いがあって来たのですが?」
まだ圧倒されている真理奈は、何とか用件を伝える事ができた。
「ご当主にですか? 承知いたしました。
すぐに確認をして参ります。申し訳ございませんが、少しお待ち願います」
俵は熱いまま、廊下の角を曲がって行った。
その声を聞いてか、見たことのある女性が出てきた。藤原 桐恵だ。
「おやおや。光本 真理奈さんと、禍ツ喰らいの坊やの助手の方ではないですか。
今日はどのようなご用件で来られたのですか?」
前もそうだったが、笑顔であるが冷たい目をしている。
「藤原さん、お久しぶりです。今回はご当主にお願いがあって参りました」
真理奈の言葉に、藤原は悪い笑顔になった。
「普段はあれだけ毛嫌いしているのに、必要な時には来るなんてねぇ。ちょっと筋が通ってないように思えますねぇ」
祐の言う通り、この人も九条院家を嫌いになる一因だと思った。
「藤原様、そのような言い方はないのではありませんか!?
守屋さんに、ご当主は助けていただきました。
我々が助けに行けなかったところを、守屋さんは身を張って助けて下さいました。
その行為には敬意を払うべきです!」
いつの間にか戻って来ていた俵が、藤原に噛みついた。
藤原は明らかに面倒な顔をしている。
「俵! 禍ツ喰らいの坊やは、ご当主に借りがある。そのくらい、当ぜ、」
「見捨てることもできたはずです! 守屋さんが時間を稼がなければ、ご当主に危険が及んだでしょう。
なのに我々はあなたの風魔の中で、その光景を見ているだけでした!
借りがあろうとなかろうと、その勇気と献身の思いがあったお陰です。
そのような方を名門たる九条院家がさげすむような事は、断…! じてなりません!」
何て熱さだろう。藤原すらも完全に引いている。
「俵、少しは静かにできんのか? お前は性格と術が正反対すぎる」
奥から歩きながら声を掛けている男こそ、九条院 京だ。
相変わらずな人を見下すような右目と左目だけの色つき片眼鏡、長い髪の毛は忘れられない。
「光本 真理奈に……守屋の所の助手か。
何の用があるにせよ、外の空気は寒い。…中に入ってもらえ」
女性が頷き、九条院の部屋へと案内してくれた。
・ ・ ・
木造の優しい温もりが伝わる部屋の中で、萌香と真理奈は九条院を前にしていた。
「俵がうるさい事をして、すまんな。あいつはあの性格がなければ、我が一門でも5本の指に入る男だ。
まあ、面白いやつであるから、身近に置いているのもあるが」
そう言うと、九条院は楽しそうに低く笑っている。
「失礼。俵の話が面白すぎてな。
で、何故、光本さんが我が屋敷に? 助手も含めて。守屋がいた方が面白いのだが……」
「…祐さんが禍ツ狂いになった可能性があります」
これに九条院は少しだけ驚いたようだが、すぐに冷静な表情になった。また低く笑いながら……。
「やはり、あいつは……。いや、何かあった……。と言えるのか?」
勘が良い。いや、鋭いと言ってもいい。
「…今は分かりません。おそらくですが、魔法協会の人に祐さんが襲われたようです」
私の言葉に九条院の眉が少しだけ下がった。顔がやや険しくなった気がする。
「ふむ、魔法協会…何もできない所と思っていた。が、何かしらの思惑があるのかもな。
やつの禍ツ喰らいに興味を持ったのか……。しかし、あれはどんな術士でも扱えるものではない……」
九条院は独り言を呟くように言葉を口にした。
「まあいい。それでここに来た理由は? 禍ツ狂いを止めろなどとは言わんだろうな?」
そんなことは思ってないし、期待もできない。リスクを考えると割に合わない。
「…あなたの左目を使って、祐さんの居場所を探してください」
この言葉に九条院は反応がない。頭の中で考えているのか……。
「…なるほど。この左目のことを知っているようだ。
ならば、使用することで霊力を消費するのも分かっているのであろう?
何分、こちらは他の一派から狙われる事が多いのでな。その為に多くの奴等の動きを監視している。
そこに所在も掴めない守屋を探す事への、労力に見合う何かが必要とは思わないか?」
やはり祐の言う通りだ。お金か駒か、それ以外に考えていない。
ただ、家を守る為には、それらが必要なのかもしれない。
「…幾らであれば応じて頂けますか?」
私の問いに九条院は椅子に深くもたれ掛かった。
「まあ、100万は下らんな。この目の力を甘く見てもらっては困る」
100万円。用意できないことはない。でも、この感じであれば……。
真理奈を見ると少し頷いた。私に任せてくれたのだと認識した。
「…九条院さん。祐さんは移動し続けると思います。
その追跡も含めての100万と受け取っても良いでしょうか?」
少しだけでも有利な条件に持っていく。何としてでも……。
「ふむ……。こちらの言い方が悪かったか……。一度とは言っていないからな。
まあ、そうだな。100万で追跡調査までしよう。これでどうかな?」
まだだ、これでは足りない。この人の力をギリギリまで借りる。
「…では、九条院さんの左目の力を使えば離れた場所にでも、術を発動できると聞きました。その力をお借り願えないでしょうか?」
「これはこれは……。守屋は、また面白い女を連れているな。
俺の力を最大限に利用しようとする……。守屋はそんな事をしてもらいたくはないと思うぞ?」
九条院は少し楽しそうな顔を見せながら、私の問いに答え、逆に問うてきた。
祐が嫌っているのも知っている。しかし、強大で恐ろしい力も持っていることも知っている。
「…祐さんは嫌がると思います。
…九条院さん、あなたは祐さんがいなくなっても良いとお考えですか?
あなたにとって、取るに足らない敵である……。逆に捉えれば、無力な味方であると……」
祐には悪いことを言ったと思った。しかし、今はこの人の力を最大限に引き出すために……。
九条院はいきなり大声で笑い出した。しばらく、その光景を見るしかなかった。
「あ~はっはぁ~…なるほど。確かにそうかもしれんな。あいつ1人でできることなど取るに足らない。
取るに足らない敵…、面白い事を言う。邪魔ではあるが、可愛いものだしな。
味方……か。確かに守屋は度し難い男だ。が、それをおちょくるのが楽しいのも事実だ……。面白いやつに死なれると、人生の楽しみが1つ減る。
良いだろう、術も掛けよう。そちらのタイミングでいい。ただし、1回限りだ」
1回限りではダメだ……。あともう少し、なんとか……。
「…それでは目での追跡と術の使用含めて、金額は200万と捉えて良いでしょうか?」
私の言葉に九条院は考えている。ここでどうなるかが決まる。
「…300万と言ったところかな。術もできる限りのものを使おう。その威力も保証しよう」
これなら……。
「300万で…1回限りなんですね?」
「何度も言わせるな、1回限りだ」
「…分かりました……。では、あなたの髪を解いての1回ですね。それなら大きな威力の術になりますね」
祐から聞いていた。九条院の髪の毛の事を……。正直、ファッションかと思ってた。
「まったく…、守屋に聞いたんだろうが……。
なるほど。1回限りを、そう捉えるか。…離れている場所だと使える術が制限される……。
その術に髪を解いて1回の力に乗せる…か。難しいな……。確かに1回では消費しきれん。
しかし、揚げ足取りではないか? 術を使うのは1回と言ったはずだぞ?」
九条院の言う通りだ。更に力を引き出したかったが、ここら辺が限界か……。
「…こちらはお金ではなく、物を提供いたします。その物は呪樹の古文書……」
この言葉に九条院の眉毛が上がった。幸の言う通り、かなり価値のある物なんだ。
「ふ~……。ここで、そちらから提示か。これは参った……。
そうなると、先ほどの1回限りも、髪を解いての複数回の術を使用するのも黙らせる物だな。
こちらからの条件を飲んだ振りをして、そちらからの条件を出すか……。
悪い話ではない。それに面白くもあった。俺に小娘が交渉をするとは、今までなかったからな」
上手くいった。幸の高価な品を最大限に活用できた。
「…それでは術を使うタイミングは、こちらからご連絡いたしますので、よろしくお願いいたします」
私の言葉を聞いてか九条院が笑い顔で言った。
「分かった。まあ、先に物が本物かだけは確認したい。なに、見たからといって手放す物ではない。
何せ、何篇もあり、まだ解明できていない箇所が多い。この目を使っても容易に古文書からの情報を抜き取るような事はできん」
九条院は先ずは物をということを言ってきた。間違いではないので頷いた。すぐに事務所に戻らないと……。
・ ・ ・
幸は事務所で皆からの報告を待っていた。
現時点での戦力を今一度確認する。
萌香、真理奈、三善、相馬、更紗、猛、細川……。
もう少し欲しい……。萌香が九条院をいかにねじ伏せるか……。
それがあるだけで大きく形勢も変わる。
携帯が着信音が鳴り響いた。ディスプレイには亀寿島 天と表示されている。
「天ちゃん、どうしました? 昨日は、あの後に何処かに行かれたようですが?」
「あの…幸さん……。言っちゃダメって祐さんに言われているんですけど……。
ある人達に助けて頂けないかと相談しました……。
それで…快く引き受けて頂きました。…私にできる事は、このぐらいです……」
おそらくはヴァンパイアだろう。祐はひた隠し、とまではいかないが、それとなく言ってきた。
「天ちゃん、ありがとうございます。協力してくれる方は何人ですか?」
「2人です……。場所が分かりましたら、すぐに向かうと」
天に礼を言い、電話を切った。
これで大きく変わってくる。何せほぼ不死の体だ。その強さはありがたい。
また携帯が鳴った。萌香からの電話だった。
「萌香ちゃん、どうでしたか? 九条院さんは何と?」
「…幸さんの呪樹の古文書のお陰で、かなりの好条件を引き出せました。
先ずは追跡はこちらから指示を出せば、常に行ってくれます。
次に、遠距離からの術による攻撃ですが、これもこちらのタイミングです。
九条院さんの髪を解かせての複数回の攻撃を行ってもらいます」
髪を解かせる? これは予想外だ、良い意味での。せいぜい一発かと思っていた。
「萌香ちゃん、その取引は素晴らしいと思います。
どうせ九条院さんのことでしょう。物を先に見せろと言うはずなので、準備しておきます」
更に大きく変わった。九条院の力まで加われば、超遠距離からの援護になるのだ。
こちらのタイミングで、ほぼノンアクションによる援護。この力を考慮して、どのように戦うか……。
・ ・ ・
相馬は更紗と飛行場で人を待っていた。幸から今回の件で、必要不可欠な人を呼んだと言われたからだ。
「相馬さん…、その画用紙は?」
「これがないと分かんないと思ってさぁ。これなら分かりやすいでしょ?」
画用紙には守屋救援隊と書いた。
「人相は一応聞いてますから、大丈夫と、」
更紗の言葉を遮るように、1人の青年が走り込んできた。
「火野 猛っす。協会の人っすよね。幸姉さんから聞きました。
美人な人がいるって聞いたからすぐに分かったっす」
何だ、この火の玉のようなやつは。これが本当に役に立つのか?
「猛くん、ちょっと待ってよぉ。荷物忘れているよ」
奥から、髪が真ん中分けの優男がこちらに頼りなく歩いてくる。この人が神持ちとは……。
「あ~、猛くん? あんまり更紗ちゃんに近づくと守屋くんに怒られるよ?
なんせ彼女は守屋アアアアアア! ……まだ、何か言ってないじゃない」
更紗の反応の良さには毎度の事ながら驚かされる。冗談も言えないなんて……。
「とりあえず話が変な方向に行く前に締めておきました。
火野さん、細川さん。今回は遠い所、ご足労いただきありがとうございます」
体の痺れが取れてきた。こちらも挨拶をする必要があるが……。
「着いたところでお疲れでしょうが、すぐに守屋くんの事務所に行かないといけないからね。
自己紹介は車に乗ってからしよっか? んじゃ、ちゃっちゃと行きましょう」
魔法協会があてにできない今の状況でできる事は、守屋の築いた人脈に頼るしかない。
伏黒のように危ないやつもいるが、それ以上に慕っている人がいる。それに賭けるしかない。
全員で車に乗り、天野原市を目指す。
・ ・ ・
幸は現在、集合できるメンバーに集まってもらい作戦を練っていた。
萌香、真理奈、三善の3人だ。魔法協会組の4人はすぐには来れないようだ。
あと、ヴァンパイアも場所が分からないと動けない。
どうしたものか……。
「…幸さん。どうしますか? 今のメンバーで行きますか?」
萌香の急ぎたい気持ちも分かる。事実、私も急ぎたい。
「萌香ちゃん、できれば人が集まってから行きたいところです。今の人員だと……」
でも慎重にならなければ、皆が犠牲になるかもしれない。
「…幸ちゃん。先ずはわい等で行こか。残りん人等はわい等と連絡取りながら、合流すればええと思う」
三善の言う通りかもしれない。下手に事務所に集まるのを待つ状態であれば、祐は移動を続けるだろう。
その結果、人が入りづらい場所や、人が多い場所になれば更に面倒な事になる。
「三善さん、そうしましょう。萌香ちゃん、九条院さんに連絡を。追跡を開始してください」
三善と萌香が頷く。先遣隊で足を止める。あとは援軍を上手く誘導する。
何かしたくてもできない自分にできる、最大限の仕事だ。
・ ・ ・
萌香は幸の言う通りに、九条院に連絡をした。
「ほう……。意外に早かったな。守屋の仲間はその程度で集まるのか?」
まだ何も言ってないのに、この言い様。しかし勘が鋭い。わざわざ言う必要もないが……。
「…まだ、揃っていません。ですが、これからドンドン集まります。
祐さんは多くの人を助けました。…だから、多くの人が助けてくれます!」
必要な分は求めるが、それ以上のお金は貰わない。
見返りを求めての行動じゃない。だからこそ、多くの人が本気で助けてくれる。
「ふん……。まあ、そうでないと面白くはないな。
それで、守屋の追跡の依頼だろう? まあ、もう大体は分かっているがな」
言われる前に動いていた? 気まぐれかもしれないが、九条院なりに気にはしているのかもしれない。
「…それでは教えてください。今、どの辺りにいるのかを」
私達で足止めをする。あとは人が集まれば必ず止める事が出来るはず。
九条院の話では、天野原市から別の市との境目に位置する山の中を歩いているとの事だった。
「…三善さん、九条院さんからの情報だと近くに細い道があるそうです。
地図からもそれが分かります。…祐さんの歩いた跡には、草木が焦げた様になっていると……」
この力は聞いていた。『朱鋼黒百足』……。禍ツ喰らいの血の力で炎を作りだす。
それが漏れ出しているという事なのだろうか……。
何にせよ三善の車に乗り、知り得た情報を頼りに向かうしかない。
・ ・ ・
天は幸から祐がいると思われるポイントを教えてもらっていた。
「幸さん、その場所に祐さんがいるんですね?」
「その辺りになると思います。天ちゃん、その事も含めて協力者の方々にお伝えしてください」
幸から聞いた場所を携帯に登録し、地図に書き込む。
「亀寿島様。ここに祐さんがいる、という事でしょうか」
シュタルクが真面目な顔で聞いてきた。
前に見た穏やかな顔つきではない。戦う意思を持った目をしている。
「まっ、あいつのことだ。どうせ人から離れようとするだろうさ。
嬢ちゃん、人がいない方角はどっちだ? 嬢ちゃんの書いた辺りから、人が少ない方角に進む」
マゴロクは特に力んでいる様子がない。普段から戦っているのだろう。日々の生活と自分と……。
2人に向けて頷く。マゴロクに言われた通り、人が少ないと思われる地点を書いた。
2人は地図を持ち、すぐに家を後にした。
まだ夕方前だ。ヴァンパイアということは、夜が良いのはないかと言ったが、2人はそれでも良いと言ってくれた。
その姿を見て、また涙がにじみそうになった。ダメだ、と自分に言い聞かせる。
できる事はないけど、少しだけでも自分の気持ちを送りたい。祈ることしかできない……。
目を瞑って、祈るように両手の指を交差した。その時、肩に何かが触れた。
目を開けると、優しく微笑んだリリエールがいた。
「娘よ。あやつは帰ってくる、必ずな……。ボロボロになっても帰ってきておったのだ。
あやつが帰ってきた時に笑顔を出せるよう、今の内に泣くだけ泣くが良い。あやつの笑顔をお主の力で引き出す為にな。
…祈りは、わしとワラベエがしておく。泣きながら、あやつを思ってやってくれ」
リリエールの傍らにいるワラベエも笑顔で頷いた。ワラベエも心配しているのに……。
涙が溢れてくる。止まらない、止めなくて良いんだ。泣きながら、祐に呼びかける。
届かないかもしれない。離れているけど、届くまで呼びかけ続ける。私ができる事……。
・ ・ ・
祐に繋がる形跡の発見は容易であった。
萌香は九条院から聞いたポイントに到着すると、獣道のように焦げた一本道が見つかった。
「…九条院さん。教えてもらった場所に来ました。祐さんは?」
「焦るな。そう遠くに行ってはおらん。やつの歩いた痕跡を辿れば、そう掛からん」
追跡をしてくれているなら信じるしかない。しかし、どう戦えば……。
「萌香ちゃん、先ずはわいが前に出る。そんで、真理奈さんが2番手や。
萌香ちゃんは九条院と連絡を取りながら、あのアホに術をぶち込んでな」
苦しんでるはずなのに笑顔で三善は言った。自分から一番危険なことに名乗りを挙げたのだ。
「前も後ろも、あたしが守るからさ。三善くんも萌香ちゃんも自分の役割をキッチリこなしなさい」
真理奈の言葉にも後押しされる。祐の母親らしく、優しくて心強い。
私が大きく頷くと、2人も分かったように頷いた。
・ ・ ・
ひと……ひと………とおく………いない………。
だれか…おれ……を………………。
・ ・ ・
萌香は見つけた。祐であろう人の姿をしたものを。
だけど前に見たものとは違う。人ではない。右目の大きな目は知っている。
しかし、左目は脈打つ血管が集まるかの様にして、尖った1つの目が形成されていた。
厳密に言えば、左手に絡みつこうとしている百足が、祝福の手によって弾かれている所が人である事が分かる。
皆、声を出せない。禍ツ狂いはこちらに気付くと、ゆっくりと向かってきた。
その足が止まった。皆、固唾を飲んだ。真理奈は不足の事態に備えているようだ。
「なんだ……。三善 遊人に光本 真理奈…と、都 萌香か……」
祐の声だ! でも違う。こんなに攻撃的な気持ちで話し掛けてきた事はない。
その時、赤い光が幾つも飛んで来ていた。
しまった! そう思った時には、火の玉が目の前に来ていた。
火の玉に襲われたであろう音は聞こえたが、痛みを感じず目を開けた。
皆の前に、水滴のような青い何かが、地面から空にゆっくりと上がっている。
真理奈の防壁の魔法。おそらく、水の精の魔法。禍ツ狂いは火を使用する。だからこその魔法だ。
「…ほお。流石に天才と言われるだけの事はある。なんと呼ぶべきか……。
やはり、こいつの時に呼んでいた名前が良いか。な、三よ、」
「ぶっとばすぞ、われぇ! 歳殺神!」
祐の声で、祐じゃない者が語る。三善はそれに激怒し、自身の神を呼び出した。
「真理奈さん、ちぃとばかし時間を稼ぎますんで、防壁を頼んます……。歳殺神、行くでぇ」
三善は真理奈に防壁を依頼し、歳殺神を飛び掛からせた。
4メートルはあるであろう歳殺神の攻撃は、離れている私から見てもその威力が伺えた。
しかし、その攻撃をあざ笑うかのように、禍ツ狂いは縦横無尽に舞い歳殺神を翻弄する。
「くそが……。あのアホ、わいを挑発するとはええ度胸やないか……。
萌香ちゃん、腹立つけど九条院に術を使わせたれ。その隙にわいも、」
三善の指示に従おうと思い、繋がっている九条院に指示を出そうとした…その時。
禍ツ狂いがピンボールのように、見えない壁に何度もぶつかりながら空に上がって行った。
その光景を茫然と見ていると電話口から声がした。
「どうした? 術を使うのではなかったのか? ああ…お前の指示で出すのだったな」
九条院の声に反応して、状況が把握できた。
「…三善さん! 今なら」
私の言葉よりも早く、三善は歳殺神に指示を出していた。
「歳殺神、『縄網手甲』を使えや」
三善の言葉に応じるように歳殺神がお腹に右手を突っ込んだ。
抜き出した手には、鮮やかな赤い色をした指出し手袋のような物をまとっていた。
「さぁて……。だいぶ高う上まで飛ばされたようやな。歳殺神、とっ捕まえて地面にキスでもさせてまえ」
歳殺神が雄叫びを上げながら、縄網手甲のある右手を砲丸投げのような体勢から、禍ツ狂いに投げつけるように右手を押し出した。
その手から見えた。無数の糸が飛び出し、上空の禍ツ狂いを捕えるように広がって絡みついた。
自由を奪われた禍ツ狂いは高く舞った空から、一瞬で地面に叩きつけられた。
多少の効果はあったのか、禍ツ狂いはゆっくりと起き上がった。
「流石だな。み、」
「うっさいわ、ボケ!」
禍ツ狂いの言葉を遮り、歳殺神が捕えた得物をなぶるように、何度も振り上げては地面に叩きつけていた。
真理奈の携帯が鳴った。幸からの連絡と思い、耳を傾ける。目だけは離すなと言い聞かせながら……。
真理奈は何度も頷いている。私を横目で見て、小さく頷いた。これで更に救出の確率が増えるはず。
「…九条院さん! 目立つ術をお願いします。できれば火ではないもので、」
言い終わる前に火柱が上がった。最後まで聞かないから、と苦々しく思った。
しかし、ただの火ではない。白い色をした火柱が夜になりそうな森の暗がりを消し去っていた。
「まあ、大体の察しはついている。一応、浄化の炎だ。これなら目立つだろう」
また先を見越したと思うしかない言い方だ。それだけこの状況を見ながら判断しているのだろう。私が判断するよりも先に……。
「九条院さん、ありがとうございます。またお願いするので、追跡をお願いします」
やはり炎ではあるのか、歳殺神の網も切れているようだ。
九条院が放った術の光が消えると、次には希望が見えた。
禍ツ狂いの体の一部から祐の肌が見えている。
禍ツ狂いの力を絞り出し、完全に力がなくなれば……。
またゆっくりと立ち上がる禍ツ狂いを見て決意を新たにした。




