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羨望と怨嗟

 羨望の眼差し。一度は誰しも経験をするだろう。他人を羨ましく思うことだ。

 自分にできない事、自分にはできない事、自分ができなかった事、それらをやってのける者を見れば誰もが思う。


 例え、その者が天才だと自分に言い聞かせても、羨望は治まるものではない。

 それを治めるには諦めるしかな。その事を忘れられないにしても、遠ざけるしか逃れられないのだ。


 羨望自体は必要な感情だ。羨ましく思うから向上心にもつながる。

 自分にできなかった事を乗り越える活力になるのだ。


 しかし、羨ましく思って、妬み、恨み、嘆く……。その気持ちも分かるが、それはお門違いというものだ。

 できる者にはできる者の苦労がある。生まれてから何でも思い通りに生きることなんてできないのだから。


 羨ましく思う。その心に捕らわれてしまえば、いずれは憎しみとなりその者を憎む。

 自分が得ることのできなかったものを、他の者が持つ。羨望の眼差しはいつしか怨嗟へと変わり、人を狂わせる。


 狂った先にあるものは、その者の行動次第であるが良い方向には進まないだろう……。今回はそんな話をしよう。


    ・   ・   ・


8月中旬

 体が揺すられたのを感じて、祐は目を覚ました。


 部屋の中に朝日が差し込んでいるが夏の朝日だ。煌めくような光を放っても、まだ時間的には寝坊にはならない。

 そう思い横を見ると、座敷童子ことワラベエがいた。


 座敷童子と言い続けるのも長いし、愛嬌がないとリリエールが言ったので悩んだ挙句決まった名前だ。

 それもマゴロクが、ワラベエで良いんじゃないか、の一言で決まったのだ。何の為に悩んだのか分からなくなった。


 「ワラベエ、おはよう。もう、ご飯の時間?」

 ワラベエに問いかけると、いつもの笑顔のまま何度も頷く。

 可愛いワラベエの頭を撫でて、食堂に向かう。


 いつも通りシュタルクが朝ごはんを作ってくれている。今日は何を出してくるのか気になる。

 「シュタルクさん、おはようございます。良い匂いですね。今日は洋食ですか?」

 「おはようございます、祐さん。ワラベエ、ありがとう。今日はワラベエの好きなバターロールを焼きました」

 ワラベエは意外に洋食が好みだった。ジャムとかも好きだがウインナーとバターロールがマイブームらしい。


 シュタルクがワラベエに俺を起こすようにお願いしたのだろう。シュタルクの言葉に頷いていた。

 食べ物とシュタルクに感謝して、いただきます、と言う。ワラベエもそれを真似るようになった。


 食事も終わると、事務所に向かう準備をする。

 ワラベエは遊んで欲しそうだが、着替えているのを見ると我慢するようになった。


 色々と彼も学んでいるらしい。

 家が勝手に扉を開けて庭で遊ばせたりもしているらしく、我が家のマスコットのようだ。


 もう一つのマイブームがリリエールのお腹に触ることだ。

 触って、耳を当てている。そして笑顔になってまた家の中を走っていく。


 リリエールも嫌ではないみたいだ。

 幸せの力を使うなとは言ったが、彼自身の存在も皆にとって幸せであり、リリエールのお腹の子はワラベエの幸せなのだ。


 着替え終わって鞄を持ち、ワラベエの頭を撫でて事務所に向かう。これも日常になってきた。


    ・   ・   ・


 「おはよう、幸ちゃん起きてる? 萌香ちゃんおはよう」

 事務所には先に萌香が着いていたようだ。鍵を預けてあるので、このグータラ娘を起こす手間が省けるときもある。


 「祐さん、おはようございまふぅ。ギリギリ…なんとか…限界…で起きてますぅ」

 まるで徹夜でもしているかのような言い方だが、ただ眠いだけである。


 「…祐さん、おはようございます。…あの、今度の休みの日…真理奈さんの所に行っても良いですか……?」

 魔法の修行だろう。萌香は一応、確認したかったのだろう。もう知った仲だから、大丈夫とは思うが……。


 「良いんじゃないかな。一応、連絡は入れておくよ。俺はその日次第で行くか決めるよ」

 萌香にそう言うと、頷いて書類の整理を始めた。


 はてさて、仕事がないのは悲しいものである。怪異関連はあっても、お金になる探偵業はなかなか来ない。

 横の萌香に目をやると、人差し指を立てて空中でくるくる回していた。目を凝らして見ると風の精が舞っている。


 「萌香ちゃん、もうだいぶ仲良しになれるようになったんじゃない? なんとなく分かるよ」

 なんとなく分かると言ったのは、萌香が少し笑顔になっていたからだ。可愛いもので遊んでいる感じだ。


 「…すいません。…仕事中にすることでは…ないですよね……」

 目を少し伏せて謝ったが悪いことではない。萌香の息抜きになるのなら、それで良いと思う。


 「良いよ。仕事中だからって少しはサボんないと…。幸ちゃんなんて仕事かサボりか分からないしね」

 そう言うと萌香は少しだけ笑った。

 そんな穏やかな一時を壊すような勢いで、階段を駆け上がってくる音がした。


 壊れるかと思うような勢いで事務所のドアが限界まで開けられた

 「師匠ー! マジでやべぇっすー!!」

 いきなり現れた男に視線が集まった。萌香以外はこの男を知っている。


 「猛、何がヤバいか分からんが、事務所のドアを壊したら叩き出すぞ?」

 「うわ~、猛くん変わってないですねぇ。悪い意味で」

 俺と幸から雑な扱いを受ける、この男は火野ひの たけるだ。

 読んで字のごとくという言葉は、正にこいつの為にあるようなものである。


 「師匠も姉さんもお久しぶりなのに厳しい言葉、あざーっす!」

 猛の謝っているのか、喜んでいるのか分からない返事。良くも悪くもアホで笑顔が眩しい男だ。


 昔、この事務所で下働き兼修行を付けたことがある。人懐っこい顔だが当時はヤンキーだった。

 今は髪も黒髪でオシャレなスポーツ選手のような短い髪になっている。


 「おー!? 師匠、そこの女の子は誰っすか! 彼氏いるんすか!?」

 萌香に目線を向けたとたんに駆け寄ろうとする猛の首根っこを掴んで止める。


 「俺の助手だ。変なことしたら、ブッ飛ばすぞ。……で、何しに来たんだ?」

 ヤバいと言いながら入ってきたのだ、そこの話を聞きたい。


 「ブッ飛ばされるぐらいで済むな、師匠!? 嘘です嘘です! ……今日来た理由は俺の兄弟子を救って欲しくて、ここに来ましたっす」

 猛の行動力は無駄にすごいので、睨みを利かせた。が、何の話か気になるので椅子に座り、猛もソファに座らせた。


 「兄弟子? お前、九州の水城一門の滝川家にお世話になってるよな? なんでわざわざ、こっちまで?」

 九州で最大の術士一門の水城家。その傘下に猛がお世話になっている滝川家がある。


 滝川とは何度かしか面識がないが、還暦手前で厳しい顔つきをしているが声が柔らかく、そのギャップが印象的だった。

 しかし、問題があるのならば上位に立つ水城家に頼み、応援を呼ぶのが筋だろう。術士でかなりの手練れも多い。


 「いや、他の所はどうか分かんねっすけど、九州はそれぞれ派閥があるんすよ。その中で滝川さんはどこにも属してなくて……」

 なるほど。それなら合点がいく。おそらく滝川は派閥争いのようなものに巻き込まれるようなことがしたくないのだ。

 「なるほどねぇ。ま、仕方がない。滝川さんの所にお前をお願いしたのも俺だしな……。行くだけいってみようか」


    ・   ・   ・


 行きがけ分のお金しか持って来ていなかった猛の代わりに、なぜ依頼を受けたこちらが払うのか。


 「師匠すいません。俺、金がなくって……。あざーっす」

 申し訳なさそうに猛が謝ったのか、おごってもらったのかよく分からない礼を言った。


 「お前の無鉄砲さには慣れているよ。何とかしたいってのも、本当に兄弟子のことを思ってのことだろうからな……」

 「師匠ー! やっぱり師匠っすー! 一生ついて行くっすー!」

 そう言って抱きついてくる猛は可愛い弟にも思えるが、それは勘弁してほしい。


 「…兄弟子さんに、何があったんですか……?」

 飛行機待ちの時間だ。萌香のように情報を収集しておきたい。


 「それは…滝川家の信仰する神の力を引き継ぐ、神継ぎ…後継者みたいなもんなんっすが。その候補者が滝川さんの息子さん、静流兄さんじゃなかったっんす」

 猛らしくない暗い面持ちで語った。滝川たきがわ 静流しずる、術士として一級だったはずだ。他に体術や剣術などマルチな才能を持っていたと聞いた。


 「猛、それじゃ優秀な静流さんを飛び越えたのは誰なんだ?」

 「それより下の兄弟子です。細川ほそかわ いさむさんっす……」

 聞いたことのない名前を猛は言った。優秀で自分の息子である静流でなく、別の人物に神継ぎをするとは…何があってのことなのだろう。


 飛行機への搭乗も始まり、それぞれ席に着くが質問は続ける。

 「その細川さんってのは、何かすごいのか? 地理的に離れているから、知らないだけかもしれないが……」

 多少は名前が通る人であれば、離れてても名前が流れてくる。だが、静流は知っていても細川は知らない。


 「正直なんでか……。でも、静流兄さんも、勇兄さんも憧れるっす! 自分にはできないから……」

 猛の憧れも分かる。それに猛が憧れるということは、厳しいものに耐えた人、自分がすごいと認めた人に抱く思いだとも知っている。


 「そうか……。で、問題は静流さんか細川さん? の何を助けるんだ?」

 「それは…静流兄さんが一人で神降ろしをしてしまったからっす……」

 猛の言葉に正直驚いた。神を降ろす、間違えば神に体を奪われる。

奪 われないにしても人の身で耐えきることができるのか……? 三善のように生まれついての神持ちとは違う。


 「猛、静流さんは完全に神に乗っ取られたのか? その降ろした神は?」

 その言葉に猛は目をつぶって首を横に振った。

 1人でできるほどの力が静流にあるのか……? できるかもしれないが、俄かには信じ難い話だ。


    ・   ・   ・


 空港に降り立ちレンタカーを借りようとすると猛が迎えが来ている言うので、案内されるまま付いて行った。


 しかし、九州の夏は蒸し暑いとは聞いてはいたが予想以上だ。萌香も汗をかいていて疲れている感じだった。

 この暑さの中、猛が駆けだしたので2人で付いて行くと、1台の車が停まっていた。


 「師匠ー、助手の姉さん、こっちっすー!」

 見たら分かることを猛は言った。

 いつの間にか萌香は姉さんになったようだ。よく分からない基準で決めているのだろう。


 車の運転席を横目で見ると、髪が真ん中分けの優男といった感じが似合う男性がいた。それを確認して、車に乗った。


 「すいません。わざわざ東京からお越しいただきまして……。私は細川と申します」

 その言葉に空気が張りつめた。この人が静流を差し置いて、神継ぎを指名された者?


 「勇兄さん、こっちの男の人が師匠で、女の人が助手の姉さんっす」

 酷い猛の紹介を訂正する為に細川に話しかける。


 「細川さん、私は守屋 祐と申します。こちらは助手の都 萌香です。猛からの依頼でこちらに伺いました。

 正直、猛の説明からでは納得できないことがあります。あなたが滝川家の神継ぎを指名されたのですか?」

 俺の言葉に困った感じの笑顔をして、少し頷いた。


 「そうです。なんで滝川先生が私を選んだのか……。静流さんの方が何倍も優秀です。私にできないことも、何でもこなせるのですから……」

 細川の言葉から、静流の優秀さを認めている…いや、羨ましいとすら細川は思っているのだろう。その思いが伝わる。


 「それでも滝川さんはあなたを選んだ。何か心当たりはありますか? 静流さんより細川さんが上回るようなことが?」

 俺の問いに細川は首を横に振って、困った顔で言った。


 「静流さんに敵う所なんて1つもないと思います。あの人を天才だと思っています」

 天才か……。細川の言葉から察すると、何もかも自分より優秀で非の打ち所のない人って思っているのか?

 それに対して滝川は、静流はどう思ったのだろうか……。


 滝川家の自宅へ細川に送ってもらった。神社ではなく、今日は家にいるそうだ。神社で話す内容でもないからだろう。

 新しいとは言えない家に滝川は住んでいるようだ。周りを見渡せば同じようにやや古い建物が多いので、その風景に溶け込んでいるとも言える。


 チャイムを鳴らすと、直接、滝川が出迎えてくれた。事前に連絡していたのだろう。すぐに家の中に招待された。

 応接間に通されて冷たいお茶を出してもらった。暑い中でこれは嬉しいと思い、冷たさを手と口で味わった


 「守屋さん、お久しぶりです。今回は我が愚息のためにお越しいただき、申し訳ありません。このようなことでご迷惑をお掛けし、お恥ずかしい限りです」

 滝川はそう言うと、深々と頭を下げた。しかし、早い内に真意を確かめる必要がある。


 「滝川さん、先ずはお顔をあげてください。最初にあなたに聞きたいことがあります。何故、静流さんではなく細川さんを神継ぎに指名されたのですか?」

 ここが静流を狂わせた原因だ。九州の術士としても名高い静流が選ばれず、無名の細川が選ばれたのか……。

 滝川は目を瞑り瞑想でもしているかのようだったが、すぐに目を開けた。それに合わせたかのように口も開いた。


 「私共の神社が崇めている神はご存知でしょうか? その名は「瀬織津姫せおりつひめ」。この神は、全ての罪や穢れなどを川へ流して清めます。

 荒々しい神ではありません。それこそ、心が清らかな者でないと瀬織津姫のお力をお借りすることはできないのです」

 滝川の言葉からなんとなく想像がついてきた、その確認をしたく質問をした。


 「滝川さん、あなたは息子の静流さんでは瀬織津姫のお力を借りれない…借りることができないと思ったのですか?

 術士としての資質ではなく、瀬織津姫の加護を多くの人に与える為に心が清らかな細川さんを選んだ、と言うことでしょうか?」

 そう考えるしかなかった。術士の力だけでは、神の力は扱えない。

 如何にして神と心を通わせるか、思いを届け聞き入れてもらえるか。それは人のコミュニケーションと同じだ。が……。


 「守屋さん、あなたの言う通りです。静流は優秀な子です…自慢の息子なのです。しかし、才能があったためか多くの術を取得し、更には多くの体技などまで会得しました。

 術士として本当に優秀ですが、そこに驕りが生まれました。息子は派閥争いに参加し、自分の家の発現力を高めようと考えてました。

 その野心は悪いことではないのかもしれません。向上心とも言えるかもしれません。しかし、我が神社の神とはそぐわない考えです。炎のように荒ぶる心では……」

 また滝川は目を瞑りながら言った。この言葉に噛みついたのは、猛だった。


 「お師匠様! 静流兄さんも悪いところはあったかもしれないっす!

 でも、よく話してくれたっす。自分の家は発言力もなく神社への寄付金も少ない。少しでも名を上げて多くの人を救い、綺麗な神社にしたいって!

 悪い考えで派閥争いに入ろうと思った訳ではないんすよ! お師匠様の為に…他のお弟子さんたちの為に…神社の為に……皆のことを考えてのことなんすよ!」

 猛の言葉が胸に沁みる。静流の思いも分かる。古びて参拝する者も少ない神社では、神の加護も弱くなってしまう。

 発言力を持ちたかったのも、自分の神社を売り込むためだったのだろう。


 「猛! そんなことは私が一番分かっている。ただ、静流のその思いが過熱し過ぎた。いつかしら何かを恨むようになり、力を欲し始めた……」

 滝川の言葉に少し違和感を覚えた。最初の思いは綺麗な思いだ。純粋に皆のことを考えてのことだ。だが、何かを恨み、力を欲した。ここに何かがある。


 「皆さんに確認したいのですが、静流さんの純粋な思いが恨みに変わってしまった。その切っ掛けが必ずあるはずです。覚えがありませんか?

 今の静流さんは何らかの事で嘆き苦しみ、いつしか恨みまで持つようになり、単独で行うなど無謀な神降ろしまでしてしまいました。

 今は届かないにしても、その恨みの思いをなくすことができれば、彼にも瀬織津姫は応えてくれるかもしれません。何かありませんか?」

 誰も返事をしない。唸る様に考えてはくれているが、心当たりがないようだ。しかし、何もなければ恨みは湧かない。


 「滝川さん。あなたのお弟子さんの中で、修行の一環で静流さんよりも上手くできるような人はいませんでしたか?」

 純粋な気持ちが濁る、それは自分では成し得なかったことをやってのけられた。そのことを羨ましく思ったのが切っ掛けだろう。


 「……水鏡みずかがみ。水鏡の修行だけは、私が早かったかもしれません……」

 思わぬ人物からの言葉であった。細川が静流を抜いた修行があったのだ。


 水鏡。水面に写し出されるものをさす言葉だ。しかし、修行としては水面に自分の姿を映し、霊力を集中することで水面に映る自分を変化させる。

 水の精を操るに近いものではあるが、違うのは水面に映る自分を変えること。すなわち、最終的には水面に神を映し出すことができる。これは水面を介しての、神との対話の一歩である。


 しかし、映し出されるのは神だけではない。信仰心が一番だが、それに合わせて心も同じでないと神は現れず、いびつな何かが映し出される。

 細川が口にした言葉。静流は自分にはできなかったことをやってのけた細川を、羨ましく思っただろう。しかし、静流はそんなことで諦めるような人物ではない。

 だが、現実は残酷だ。清らかな心を好む瀬織津姫に対して、羨望の思いが強い静流に応えてはくれまい。それが切っ掛けではないだろうか……。


    ・   ・   ・


 集まっている全員に自分の考えを伝えた。

 しかし、返ってきたのは沈黙だった。返す言葉がないのか、見当違いなのか。


 「…すんません…俺、見てたっす。皆の修行が終わっても、ずっと桶の水を見つめていて……。悔しそうな声を出してたっす……。

 今頃になって、すんません。俺がもうちょっと早く気付けば……。静流兄さんは……」

 猛はそう言うと下唇を噛みしめ、両方の手を強く握りしめた。猛はできないことはできない、と諦めるタイプだ。


 だが、静流は違う。常に優秀であり、他の者より秀でていた。井の中の蛙かもしれないが、そんな中で自分にできない事をした者がいる。

 それは、羨ましさと屈辱。それが入り混じって純粋な思いが違う方向に向いた、最悪な方向に。


 滝川を見つめる。顔を少し上げて目を瞑っている。

 静流のことを考えているのだろう…がまだ聞かねばならない。


 「滝川さん、お聞きします。あなたが何故、静流さんではなく細川さんを神継ぎに指定したことを静流さんに伝えましたか?」

 滝川は目を閉じたまま顔を下げて、首を横に振った。


 それが決定打であろう。おそらく、滝川は分かって欲しかったのだ。自分に何が足りないのか、何をするべきかを考えて欲しかったのだ。

 ただ、静流はそうは思わなかった。思ったのは選ばれた細川に対する恨みである。


 では、静流をどうするのか? どうしたらいいのか? どうすることで救うことができるのか…。

 弟子の依頼に対してどう答えれば良いのか。もちろん答えてやりたい。それならやるべきことは1つ。


 「滝川さん、神継ぎの儀式をやるべきです。儀式をしたら、必ず静流さんは乗ってきます。その場でやり合うことになるかもしれませんが……。

 しかし、どこにいるかも分からない状態で探しに行くのは相手にとっても都合が良いことになりかねません。

 恨みは細川さんに向いてます。だから静流さんにとって、最も認めたくない展開……。細川さんへの神継ぎを行えば出て来ないはずがありません」

 この提案に乗ってくれるか……。でなければ、他の方法を考えなければならない。とは言え、他に方法も考え付かない。


 「守屋さん……しましょう。神継ぎの儀式を。猛、他の皆に連絡をして準備を。細川くんは、私と身を清めに」

 覚悟を決めた滝川の毅然とした表情とは裏腹に、細川の心もとない表情に一抹の不安を覚えた。


    ・   ・   ・


 神継ぎの準備が着々と進められている。この調子で行けば夜にはできるだろう。

 こちらも対策を取らなければいけない。どう出てくるか分からない静流に対して、どう対応するのか……。


 待ち構える側としても、準備を進めなければいけない。神降ろしを行った静流……。すでに人ではないと考えて挑むしかない。

 後は滝川次第といったところであろうか……。


 夜が訪れ、対抗策を講じた後に神継ぎの儀式が行われようとしていた。

 かがり火を焚き、神社の前の境内の中央に大きな桶が置かれている。


 猛を含め、他の弟子たちが近くの小川から一杯ずつ丁寧に水を運び桶に入れていく。

 滝川と細川は白装束をまとい、桶から一歩引いて挟み合うようにし静かに向かい合っている。桶に水が満ち溢れるまで……。

 桶が完全に満ちたところで、神継ぎの儀式が行われる。


 月明かりを消すように、かがり火の揺らめく炎が境内を赤く薄く照らす。

 薄く照らす光を受け滝川と細川が一歩前に踏み出し、桶の水面に2人の姿が映り込む。


 ここから水鏡による、神継ぎが行われる。静かに水面を見つめる滝川と細川。

 水面に映る滝川の姿が変わる。白い肌と白い髪の女性が水の衣をまとった姿を見せた。瀬織津姫である。


 ここで両者が頭を下げ、水面に映る瀬織津姫を細川に渡す。これで神継ぎの儀式は終わる。

 まさに引き継ぎが行われようとしている中、境内に近づく足音が聞こえた。


 「つまらんことをしているようだなぁ、父さん」

 境内のかがり火の光では届かない位置からの声に、こちらからはその者は見えない。

 しかし、儀式は止まらない。いや、止めないのだ。


 「俺の声が聞こえないって言いたいのかよ! なぁ、父さん!?」

 すでに儀式も最終段階だ。あとは瀬織津姫が細川に移れば完了だ。


 「…すみません。私にはできません……!」

 細川はそう言うと桶から身を引いた。神継ぎの儀式を放棄してしまった。


 低い笑いから、段々と大きな笑い声に変わった。むしろ、勝ち誇ったかのような笑いだ。

 「細川ぁ、そうだよなぁ? 俺よりも劣っているお前にそんな資格はないもんなぁ。ふさわしいのは俺だ……俺だったんだ!」

 そう言うと、参道から境内までの直線に2本の火が走った。むしろ、火の花道と呼ぶのが正しいか……。


 そんな火の花道を歩いてきたのは人の形はしている。

 しかし、右半身は赤黒くはれ上がり重度の火傷をしたような色をしており、左半身だけが人間と言っていい。

 その所為だろう、膨れ上がった手と足のせいで左に体が傾き、歩き方も不気味だ。


 「見ろよ、父さん。俺に火之迦具土神ひのかぐつちが宿ってくれたんだ。これで…この力があれば神社も皆も救えるんだ! だから、そんな神なんて、」

 「細川くん! 止めるな! この優しき神を受け取って欲しい……。いや受け取って、息子を助けて欲しい…頼む……」

 火之迦具土神!? あり得ない。それほど大きな神の力を1人で神降ろしをするなんて、いくら天才と言えるほどの静流であろうと……。

 そして、滝川の願い。瀬織津姫の罪や穢れを川に流す力…それで救って欲しいのだ、息子を。


 「何を言ってるんだ、父さん! この力があれば、滝川家の力が一派の中で最大になるんだぞ! 何で分かってくれない!

 父さんも瀬織津姫も、何で分からない!? 俺がふさわしい……俺がふさわしいんだ!」

 分かってもらえないことに対しての怒り、認めて貰えなかったことへの怒り。恨みでもあるのだろう。その証があの異形だと言うのか?

 怒りのまま儀式をぶち壊そうと静流が向かっていく。そう…もう少しで…あと少し……今!


 俺と萌香が同時に投げた円筒状の物から、灰色をしたものがガスによって煙幕のように静流の周囲を囲んでいく。


 「なんだぁ!? こんなもの! 父さん!? 俺を! 騙し!? オレノ、オレレレレレレェェェェェェ!!」

 煙幕を吹き飛ばすように、静流は自分を中心に波状の炎を噴出した。


 煙が吹き飛び現れた静流は顔全体まで赤黒く膨れ上がり、呼吸をする度に赤黒い皮膚のそこかしこから炎が噴き出ている。

 もはや人間ではない。しかし、神でもないことが分かった。こいつは……怪異だ。


    ・   ・   ・


 怪異『疑神鬼心ぎしんきしん』。古来から神の力を求める人間を食い物にしてきた怪異だ。


 これはあたかも神が自分に宿ったものと錯覚させ、力を使うごとにじわじわと浸食していく。力が更に増せば、更に神の力を使う。

 力を使えば使うほど、それに合わせて憑りついた人間の怒りを高める。それを好物としている。


 何故、それが分かったかというと、先に投げた煙だ。あれは死者の灰、浄化をする儀式を受けていない死者の灰を噴出したのだ。

 神は不浄な死や血などを忌み嫌う場合が多い。なのに、嫌がる反応がなかった。ならば戦える!


 「猛! お前の力の出番だ、やるぞ! …群青百足!」

 怪異が相手ならば、俺と猛の領分だ。


 猛の拳が火に包まれる。魔法でもない、呪術でもない、猛の中で作られた力。故にこれ以外の力は不得手だ。

 昔はこの火を喧嘩に使っていたときに俺と出会ってボコボコにした経緯がある。しかし、ただの火ではない。


 火は不浄なものを浄化する力も持ち、猛の火はその浄化の力が強い。

 それに地獄の炎の力でもある業火の力も持つ。怪異が模した火之迦具土神の炎でも有利に戦えるはずだ。


 2人掛かりで攻撃を仕掛ける。しかし、もはや体中から火を吐く怪異となった静流にこちらの攻撃が届かない。

 群青百足には警戒心があるのか、常にごっつい右手で注意をし、飛び掛からせると右腕全体から吹き出す炎に遮られ、躱されてしまう。

 常に俺と百足に注意を払っている為か、右から左からと何度も飛びつかせるが、その都度炎の盾に隠れてしまう。


 猛に至っては、口から炎を噴出してきているのを避けるだけで精一杯なようだ。

 何とかヤツの注意を引くため百足を横から飛びつかせるも、やはりまた体勢を変えて右腕から吹き出す炎の盾を作り出す。


 しかし、これでいい。何度も百足を仕掛ける位置を変えたのは、盾を作ったことにより、猛の姿が見えないようにする為だった。

 炎が消えれば、猛の拳の火が業火に変わりやつを滅却できる。

 いや、そうなると静流は!? 猛も気付いたのか動きが止まりそうになっている。それを認識する前に走り出した。


 やつの噴出した炎が消えたとき、無防備なこちらの姿を確認したのだろう。

 猛だけでも…やつは右半身を向けてきた…百足の防御…右半身が膨れ上がる…守って……。


    ・   ・   ・


 萌香が見たのは、祐が猛に群青百足を巻きつかせたところまでだった。

 その後には膨れ上がった体から赤い光が目を眩ませ、次に熱風が体を襲ってきた。目を開けると一面が赤く燃えていた。


 何があったか理解ができない。祐は? 猛は? この炎の中、どこに、どこにいる?

 堪えきれず祐には手は出さないようにと言われていたことも忘れ、その名を呼んだ。


 「コマちゃん! 消して!」

 現れたコマの遠吠えに気付いたのか怪異は私に向いた。だから何? 今から吹き飛ばすんだから!

 コマの口から吐き出された風により怪異の力を削ぎ、炎を消し飛ばした。しかし、見えた光景に絶望した。


 祐は人の形はしているが、体の表面は灰色になっている。

 猛は? 猛はへたり込んでいた。祐を見てか、それとも怪異を見てか……。


 心の中で感じたことのないものが湧いてきているのを感じた。

 その何かを感じた時には、聖水ジェットスプレーを相手に向けてトリガーを引き絞った。


 ガスにより高圧を掛けられていた聖水が一直線に怪異に当たる。当て続ける。怪異の悲鳴が聞こえるが当て続ける。

 何でこんなことに…何でこんなことに…何でこんなことに……。スプレーが切れて、聖水が止まった。


 怪異が目の前で何かをしようとしている。ああ、右手をあげていることが分かった。赤くなってきている。

 これはこれで……。


 「せいやー!」

 「えっ!?」

 大声に諦めた思考から目が覚めた。猛が殴りかかったんだ。

 私に向けていた手を猛に振りかざす。ダメ、逃げ場がない!


 「静流兄さん! 右腕だけ我慢してください!」

 怪異の振りかざした手に向けて拳を下から突き上げた。

 次の瞬間、また目が眩んだ。薄目で見ると猛の突き出した手から大きな火柱が昇っていた。


 怪異の赤黒くはれ上がっていた腕が剥がれ落ちていく。これが猛の力?

 怪異のおぞましい悲鳴が火柱の照らす参道に響きわたる。


 でも、終わりじゃない! 腕以外の右半分と顔は怪異のままだ。

 しかも、大きくは膨れていないが、赤黒い色が鮮やかに光始めた。


 「コマちゃん! あの人を!」

 噴出される前にコマを送る。防壁が間に合え、そう思いながらも無情にも怪異から炎が噴き出した。


 炎の光に一瞬目が眩むが、少ししたら見えてきた。

 猛は? 大きな怪我はなさそう。でもコマは消えてしまった。防壁で防げない程の力だったんだ。


 また怪異はこちらを向いた。できることはやった。もう仕方が……なくない! 祐は諦めない! 祐なら!

 聖水の瓶を3つ投げつけ、聖水噴射筒も放る。聖水の何重苦か分からない。でも他の何かで……。


    ・   ・   ・


 祐に聞こえてくる声があった。


 萌香の声? 猛の声? ああ、なるほど…お前の声か……。


 「何の用だ。ここに俺を呼び出して。俺は早く戻らなきゃならないんだよ」

 俺に向けて俺が言う。


 「お前、流石だな……。あの状態になっても、まだそんなことが言えるのか? もうボロボロだぞ。立ち上がることさえできない……。それでどうするんだ?」

 俺が返す。そうなのか…よく分からない。


 「じゃあ、お前が出て来たってことは力を貸してくれるんだろ? 気前が良いな」

 俺が求めた訳ではない、なのに俺が出てきた。

 「ああ~、そうじゃないな。お前が求めたんだよ。無意識かもしれないがな……。良いぞ使えよ。俺たちも楽しみにしているんだからよ……」


 目が覚めると同時に体中を痛みが襲った。


 声は出ないが痛覚はある。なんで、こう……!! 火と縁があるのか分からない。

 声が出ないが使うんだ。あの目なら、回復してなくても見えるかもしれない。


 『朱鋼黒百足しゅこうくろむかで

 体中から百足が張り付いている!! これは痛い! 恨みたくなるが、この百足が焼けて再生仕切らない筋肉の代わりになる。


 右目が見える。直接神経と繋がっているのか? なんとか首を回し、怪異を探す。その先には萌香が…いる!

 萌香が歯を食いしばりながら、鞄から退魔用道具を出している。だが、怪異が怯んでいない! 萌香に手出しは……!


 声帯がまだ治っていない。声は出ないが、雄叫びを上げ、力を込め怪異の頭部に飛び掛かる。

 怪異の首に両足を通し、太ももで締め上げ、更なる声にならない雄叫びを上げる。


 こいつが萌香を! 振りかぶって拳を頭部に叩きこむ。

 こいつが萌香に! 頭部にある炎を吹き出す割れ目に指を突き刺す。

 こいつが! 突き刺した指を鉤爪のようにし、一気に剥がす。

 こいつ! 怪異が残っている部分に噛みつき、毟り取る。

 萌香!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ……。


    ・   ・   ・


 萌香は目の前の光景が理解できなかった。

祐であろう人が、黒い百足を身にまとって助けに来たと思った。


 でもそれは人なのだろうか、残虐な行為、怒りに任せたように自分の力をぶつけているのが、本当に人間なのか……?

獣のように切り裂き、食らいつき、噛み千切っている。これが祐なの? 信じられなかった。


 左目が赤い……。炎の照り返しではない、目が赤く染まっているのだ。人ではない者、これが禍ツ喰らい?

 その一方的な行為に正しく水を掛けるように、空から水が降り注いだ。


 その水は上から降ってきているのに、優しく滑らかに注がれたような水であった。


 祐も怪異も動きが止まった。祐は飛びついていた怪異の頭から体が離れ後ろに倒れるように落ち、仰向けに地面に叩きつけられた。

 怪異も赤黒くなっていた部分が溶けるように落ちて行った。怪異が処分された?


 境内を見ると目を閉じた細川の上に、白い肌と白い髪の綺麗な女性が浮かび上がっていた。

 祐!? 祐はどうなった? 祐は肌の色も取り戻している。生きている! そう思うと同時に駆け出した。


    ・   ・   ・


 祐は微睡の中、柔らかな温かさを感じていた。


 誰かが近くにいるのか。このまま寝てしまいたい気持ちになる……。

 萌香は!? 目を覚ますと、目の前に萌香がいた。少し泣いているように見える。


 「ごめん。助けられなかった…かな? ごめんね、怖い思いをさせちゃって……」

 記憶が曖昧だ。炎に包まれた後、俺は……。何かに憑りつかれたように動いた記憶しかない。

 記憶をたどっていると上から水滴が顔に落ちてきた。何か想像はつく……。でも、見て笑顔を返したい。


 「ありがとう、萌香ちゃん。ただいま、かな」

 涙が溢れている萌香に口にする言葉か分からなかったが、大丈夫なことを伝えたかった。


 「…お帰り…なさい……」

 萌香は涙が止まらない中、振り絞るように言葉を出すと少し笑顔になってくれた。やはり笑顔の方が好きだ。


 静流を見ると、怪異から分離されている。

 怪異自身も相当の痛手を負っていたのか、弱々しく小さなものになっていた。


 猛が近づき怪異に向かい、火のついた拳を目の前に突き出す。その火が燃え上がり大きな炎になったとき、怪異に叩きつけた。

 炎に焼かれ、火のついた紙のように怪異が宙に焼けながら舞って散った。


 静流の所に駆け寄る猛を見て、もう大丈夫であろうと思い立ち上がろうとした。

 「萌香ちゃん、ありがと。もう大丈夫だから。怪異もいなくなったみたいだし、静流さんの具合を見に行かなきゃね」

 萌香に膝枕をしてもらっていたようだ。気付くと恥ずかしさがこみ上げてきた。照れくささを隠すように足早に静流の元に向かう。


 静流の体を見ると、幸いと言って良いのだろうか。

 右手の火傷が少し酷いようで、頭部にも裂傷がある。だが、傷は深くはなさそうだ。


 「猛! すぐに救急車を。すぐにどうこうとは思えないが、早い内に治療できる場所に運ばないと」

 「師匠…了解っす! すぐに連絡してきまっす!」

 猛が駆けだすのを見て、滝川と細川の元へ向かう。


 境内に向かう間に萌香を一瞥すると、こちらを見ないように目を伏せていた。そして気付く。

 素っ裸な自分に……。女性ではないが、思わずしゃがみこんだ。流石に堂々と立ってはいられなかった。


 「すいませ~ん。どなたか羽織るものを貸してくださ~い」


 白装束を持ってきてくれた弟子に聞くと、神継ぎの儀式が終わり、瀬織津姫の力が静流を救ったとのことだった……。皮肉な話である。

 自分が欲して、羨み、憎み、怒り、破壊しようとした神に救われたのだ。


 怪異に憑りつかれた静流を細川が救ったのだ。その事実は消えない。静流がこれからどうするのかそこからが肝心だ。

 自分を変えるのは自分にしかできない。在り来たりな言葉ではあるが、この言葉が一番相応しいと思った。


 滝川と細川を見ると、どちらも疲れている様子であった。いや、細川は今にも倒れ込みそうだ。

 神継ぎの儀式に続けて細川は瀬織津姫を呼び出したのだ。もう滝川には瀬織津姫を呼び出す力がなかったのだろう。


 だから、早い内に後継者に渡し、その力で多くの人を救って欲しいと思ったのだろう。

 猛を引き取ってくれた時もそうだ。あいつの火が持つ浄化の力は、多くの人を救うことができる大切なものと言っていた。


 その思いを細川に伝えたのか、細川が汲み取ったのかは分からない。

 だが、最悪な状況にならなかったのは、2人の心が、心からの清らかな願いに応えた瀬織津姫のお陰だ。


    ・   ・   ・


翌日

 細川に行きの時と同じように空港まで送ってもらうことになった。


 昨日はありがたいことに近くの旅館に泊まらせてもらうことができたが、帰りをどうしようかと思っていると細川が迎えに来てくれたのだ。

 昨日の今日だ。おそらくはかなり疲れも溜まっているだろうに、どうしてもと言われれば断ることもできなかった。


 「守屋さん、今回は本当にありがとうございました。お陰で静流さんを救うことができました。幸い命に別状はないそうです。

 今は猛くんが病院で付っきりで見てくれています。滝川さんは…お疲れのようなので後日、改めてお礼をしたいと」

 「細川さん、お礼は……猛にでも持たせてください。流石に、こちらに来られるのも疲れるでしょうし。静流さんと、よく話し合っていただきたいので」

 そう言って窓ガラスに目をやる。静流の暴走は親心が引き起こしてしまったものだ。その心を癒すのも親の務めだろう……。


 「私は細川さんにお礼を言わないといけませんでした。ありがとうございました。お陰で私も萌香も無事に帰ることができました……。

 結局は細川さんのお陰で助けていただきました……。静流さんの欲した力かもしれませんが細川さん、あなたにも彼を救って欲しいのです。

 静流さんは屈辱に思い、また怒ってしまうかもしれません。ですが…何度も諦めずに想いを伝えてください。彼を敬い、彼を慕っていた、彼を羨ましく思っていたことを……」

 静流の暴走の原因となったことは、細川が静流に対する思いを伝えなかったこともある。


 細川は後継者に指名された時に気づいていたはずだ。自分ではなく、静流が優れていると……。

 その時に静流に少しでも思いを伝えることができていたら、無謀な神降ろしまで行わなかったのかもしれない。


 細川が大きく頷いたことを確認して、また窓ガラスに目をやった。

 羨ましく思うのは悪いことではないが、その後に自分がどう行動するか……。そこが一番重要なのだろう。


 飛行場に到着し細川からの見送りを受け、長い仕事を終えた達成感を満喫していた。


 「萌香ちゃん…俺は静流さんと戦っている間に記憶がない時間があるんだけど、どんな感じだった?」

 「……祐さんは…いつも通り…助けに来てくれました……」

 目を合わせない萌香を見て大抵のことは分かった。恐らく使い過ぎている、禍ツ喰らいの力を……。


 ここ最近は乱発している気はしていた。しばらくはあまり使わないようにしなければ。

 そう思っていると、搭乗のアナウンスが流れたので萌香と向かう。


 「萌香ちゃん、俺は負ける気はないよ……。この力を制御して見せるからさ。そんなに落ち込まないでよ。それとも俺のハレンチな姿のせいかな?」

 明るく萌香に言った。最後の言葉以外は俺自身へ向けたものでもある。負ける気はない、必ず乗りこなせて見せる。

 萌香の顔が少し明るくなったのを確認すると、自分の家に帰る為の飛行機に乗る。ただいまを言う人が多くいてくれるのだから。

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