結ばれぬ恋
皆もしたことがあるであろう、恋。誰かに思いを寄せるものである。
恋は時に美しく、時に切ない。実るものもあれば、実らぬものもある。
そんな恋に人は踊らされる。誰かに強制される訳でもなく、自分から踊るのだ。
踊っている時は楽しく、踊り相手が見つかればより楽しく、その踊りは更に彩りを増す。
しかし、すべての人が共に踊れる相手を見つけることはできない。
そうなればその踊りも終わり、残るのは輝かしかった思い出の淡い光。それもいずれは消えていく。
恋にも色々な相手がいる。人ではないものに対して、並々ならぬ恋心を抱く。
それは人でないため、実る恋ではないとどこかでは知っている。
だが、それでも良い。恋のダンスを自分で舞いながら、結ばれぬ相手を思う。
逆にその思いによりダンスは更に加熱していく。結ばれぬ相手に届くように光を放とうと。
その悲しきダンスは最後にどうなるのだろうか、光はいずれ消えるのか……。今回はそんな話をしよう。
・ ・ ・
7月下旬
探偵事務所を1週間ほど臨時休業とし、光本家に向けて祐は車を走らせていた。
そもそも知らなかった話だが、どうやら萌香が真理奈に頼んで魔法を教えて貰うらしい。
「萌香ちゃん、俺が真理奈さんから話しを聞かなかったら1人で行く気だったの?」
真理奈から連絡があり、初めて修行のお願いを知ったのだ。
萌香の気持ちを聞いてみたかった。
「…祐さん、ごめんなさい…1人で行くつもりでした。…迷惑…ですよね。でも……」
萌香は少し顔をうつむけながらも、真剣な気持ちが伝わってくる。
俺の知識では魔法は教えられない。それを分かって、真理奈に頼んだのだろう。
「まあ、ちょっと早めの里帰りって俺は考えるよ。萌香ちゃんは、自分がしたいことをしていいから。でも真理奈さん、優しくないよ?」
少しだけ茶化したように言った。妹弟ももう夏休みだ。兄ちゃんらしく、どこかに連れて行ってやろうと思った。
光本家に着くと、庭で秋斗が竹刀を振っていた。
「おい、秋斗ー。お前、剣道でも始めたのか?」
その声に秋斗は振り返ると、突撃してきたので、避ける、持ち上げる、下に転がす。
「くそ~、祐兄ちゃん、やるなぁ~。あれ? この人、お墓参りの時の人?」
悔しそうな秋斗を見て、元気にしていることに安心した。
萌香を覚えていた、秋斗の意外な記憶力に驚いた。
「…都 萌香です。…真理奈さんにお願いして…少しの間…ご厄介させていただきます……」
首を傾げた秋斗は萌香の言葉を理解できないのだろう。
魔法使いであると知らないからだ。変に興味を持たれても困ると真理奈は言っていた。
「秋斗? 夏休みなんだろ? 遊びに行けるんなら、このお兄様がどっか連れて行ってやろう」
「マジで!? やったー! 姉ちゃんにも話してやんないとって、塾に行ってるんだった……」
楓も受験生なんだ。思えば、萌香もちょっと前までは頑張って勉強していた。
楓のことだ、一生懸命にしていることだろう。そういえば真理奈は家にいるのか?
「秋斗、真理奈さんは今、家にいるの?」
「うん。なんか用事があるからって、仕事休んだみたい」
萌香の件であろう。秋斗の頭をワシャワシャと強めに撫でて、家の中に向かった。
家に入って、仏間にある仏壇に線香を上げていると真理奈が声を掛けてきた。
「おっ、来たね。今日は賑やかになりそうだねぇ。萌香ちゃん、いらっしゃい」
真理奈は仏間に座りながら言った。優しい声だが、少し張りつめた感じも伝わる。
「…お邪魔します。…あの、今回は本当にご迷惑をお掛けして…すいません。でも…よろしくお願いします……!」
萌香は真理奈に向かってそう言うと、畳に頭を下げるようにお願いをした。
真理奈は目を閉じている。やはり抵抗があるのかもしれない……。
「萌香ちゃん。祐から聞いたところだと、守護化身まで操れるんでしょ? 普通に生活を送るなら、魔法まで覚える必要は、」
「覚えたいんです! …すいません…でも覚えないと助けられないから……」
珍しい萌香の強い声を聞いて、少し驚いた。
真理奈の言う通りだが、萌香はそれ以上のことを覚えようとしている。現に退魔道具の知識もドンドン習得している。
「は~……。祐~、これまたあんたに似た強情な子をパートナーにしたもんだね。
萌香ちゃん、優しく教える気はないよ。それだけは覚悟しといてね」
根負けした真理奈がため息を吐いて、萌香のお願いを承諾した。
…強情か、返す言葉が見つからない。お母さんだからこそ、適格に見抜いている。
「真理奈さん、申し訳ないです。今度、美味しいお菓子を買ってきますから。萌香ちゃんは真剣な子です。お願いします」
俺の言葉を聞いてか、真理奈が少しだけ笑った。面白いことを言ったつもりはないが、悪いことではないことに安堵した。
「じゃあ、祐は庭の草むしりを秋斗としといて。それぐらいの労力は提供してもらうよ。さ、萌香ちゃんは私の部屋に来てもらおうか」
この炎天下の中でか…。可愛い助手のお願いを聞いてもらう代わりだと思えば、仕方がない。分かった、と言って外に出る。
竹刀を振っている秋斗にお母さんからの草むしり指令が下ったと言うと、不満を垂れながら仕方なさそうに草むしりを2人で始めた。
・ ・ ・
真理奈の部屋は少し物が多いせいか、物が乱雑に置かれている所がある。
本棚を見ると洋書がいくつも見受けられる。
「ごめんねぇ、汚い部屋で。楓が何度も掃除してくれるんだけど、気付くとこうなっちゃうのよ」
笑いながら真理奈は萌香に言った。
その人なりの生活のしやすさなんだろう。この方が落ち着くというのもあるのかもしれない。
「…いえ、こちらこそ、お部屋にお邪魔して…すいません……」
私の言葉を聞いて真理奈は少しだけ微笑むと、カーテンを閉め始め部屋の灯りを消した。
薄暗い部屋の中で真理奈が話しかけてきた。
「まずは基本から霊力は集中できるから、そこは飛ばすわ。
集中して…この部屋に何がいるのか。何が満ちているのか。それを感じ取りなさい」
真理奈に言われた通りにしてみる。
集中…怪異を探すとき用に祐から教えてはもらっていたが、それだけでは感じ取れない。
探知するものではないのかもしれない。
息をして、吐く。それが起こす、空気の流れも感じ取る。
深呼吸をする。それなら肌で感じる。全体で空気を…部屋にあるものすべての空気を。
呼吸をした時に少しだけ感じた。
もっと肌に触れているものを…部屋を包み込んでいるものを……。風?
いや…もっと薄い、でも空気とは違う何かが自分の周り舞っている。
部屋の周りから感じたのは、温もり? ではない。
ただ、優しいものが私を覆う感じ。目を開けてみる。そこには薄暗い部屋のままだった。
「どう? 感じたことがあったら、言ってみて?」
真理奈の言葉に頷いて、先ほど感じたものを伝えた。
感じ取ったというより、触れていたと言った方がいいとも付け加えて。
「こりゃまた、祐は凄い子と一緒にいたもんだねぇ…正解。
風は感じても木から出る魔力も感じ取るとはねぇ。しかも舞っていたり、届いているのを感じたかぁ」
一応、感じたことを言ったことは正解だったようだ。
ただ、今までの集中と違うことに少し疲れを覚えた。
そんな私に真理奈が付け加えるように言った。
「萌香ちゃん。普通はね、何かが肌に触れていることしか感じないの。でも、あなたは違った、風の精が舞っていること、木…というか土の精の包み込む力。
これを感じ取るにはかなりの研鑽を積まないとできない。まあ、あたしもすぐにできたけどね。ただ普通の魔法使いは触れたぐらいにしか感じないよ」
そう言って真理奈は電灯を点けた。明るい中でもなんとなく感じる。風は楽しそうに舞っている、木は優しく包み込んでいる。
とりあえずお茶を飲もう、と言われて真理奈について行く。
リビングで冷たいお茶を飲みながら、人心地つく。
しかし、何なんだろう。さっきの感覚は……。今でも感じ取ろうとしたら感じ取れる。
「萌香ちゃん、もう気を張らなくて良いから。まあ、気になるのも分かるけどね。
あとは火と水かぁ……。一応、魔法の基礎の話をしておこうか」
何かを感じ取っていたのがバレていたようだ。慌てて真理奈の話しを聞き、頷いた。
「魔法は4つの基礎があるの、火・水・風・土、まあ、4大元素とも言うね。今さっき感じてもらったのは、風と土の力を感じ取ったの。
自然の放つ精の力。魔法使いはこれを気、生命力、マナとかいろいろと言うけど、一番多いのは魔力かな」
真理奈が指を一本ずつ立てながら説明してくれた。霊力は聞いていたけど……。
「で、魔法なんだけど一番負担が少ないのが、さっき感じたように自分の周りにある4大元素の精のどれかを利用すること。
これは自分の霊力を4大元素の精にブレンドして、支配下に置き、呪文を詠唱し放つ!
…これなら、自然の力を利用することができるから、自分の霊力の消費を抑えられることができる」
真理奈はそこまで言ってお茶を飲むと、もう一杯飲むかと聞いてきたので、お願いした。
「んで、ここで問題なのが、自然の力にも限りがあること。
使い過ぎれば、周りに自然の精がいなくなってしまう。場所によっては自然の精がいない場合も多い。
だから、魔法使いの多くは自分の中で4大元素の魔力を自分の霊力から作りだして、魔法を使う。
分かると思うけど、これはどこでも使える反面、自分の霊力を多く消費する。ここまでで、質問は?」
真理奈の問いに首を横に振った。
「じゃあ続けるね。何故、魔法使いの多くがこの燃費が悪い方法を取るかと言うと…萌香ちゃんみたいに深く感じ取れないから。
自分の思い通りに魔法が使えるし、さっき4大元素の精に霊力をブレンドするって言ったけど、あれは時間も掛かるし強制的に支配すると言ってもいい」
真理奈は少し強めに強調するように言った。強制的に支配というのが少し怖いと思った。
「これは自分の思い通りに使うってことだからね。本当に一番良いのは、4大元素の精と分かり合うこと。
個々の性格はないにしろ、それぞれの精が何をしているのか。そして、何をして欲しいのか。相手を理解し、相手にお願いする。
まあ、対人関係でも言えることだけど、信頼関係を結べるようになることが一番良いかな。こればっかりは、何度も触れ合わないと分からないね。
すぐに懐いてくれるものもいれば、嫌がるものもいる。根気のいることだけど、これができれば魔法使いとして大きなアドバンテージになる。さ、後は火と水だね。バンバン行くよ」
そう言うと、真理奈は早速、お風呂場に案内してくれた。
・ ・ ・
翌日、祐は楓と秋斗を連れて、朝からレジャー施設に行くと言って出かけて行った。
萌香は昨日、あれから1日中、火と水の精を感じ取っていた。
水は比較的容易であった。
流れる水らしく、ウォータースライダーを滑るのを楽しむようなものもいれば、水の中で身を任せて漂っているものもいる。
要は水の中で、思い思いに楽しんでいるのだ。流れがあれば、流れに乗り。静かならそこでくつろぐ。
個々の性格はないにしろ、精なりに楽しんでいる感じだ。少し可愛いと思った。
しかし、問題なのは火だった。表面的には感じる。荒っぽい…深く感じようとすると、攻撃するような熱を与えてくる。
真理奈は火が一番早かったと言ったが、向き不向きがあるとも言った。
ただ、これをこなせれば、コマを出しながら魔法を使うという霊力の消費が多くなることを減らすことができる。
それを考えると、全ての精と分かり合えなくてはならない。
真理奈から魔法の本があるからと渡してくれた。洋書だが、ありがたいことに真理奈の注釈つきだった。
それを読み、少しでも火の精と分かり合える方法がないかを確認した。
学んだ知識を基に、たき火の前で、語るように触れようとする。
やっぱり反発してくる。言えば言うほど、拒絶する感じだ。
「あらら。やっぱり不得意なものが出てきたみたいだねぇ。私はさっとできたから、あんまりアドバイスできないんだぁ」
少し笑いながら、真理奈は言ってきた。祐から聞いている。あの人は規格外だと。然るべき所に行けばかなりの地位につけるとも言った。
「…真理奈さん、火は少し怖いです。…話しを聞いてくれないし…遊ぼうとしても遊んでくれない……」
自分のことを嫌っているようで怖い。触れたくても、嫌ってくるからそれ以上は近づけないのかもしれない……。
「萌香ちゃん、4大元素の内、3つも深く感じれたんだ。1つぐらいできなくても良いのよ? 感じ取れるんなら、霊力の消費は増えても火の精を使えるし」
真理奈の言うことも理解できる。むしろ、そうしたくなる。ただ、どうしてもできるようになりたい。難しくても分かり合いたい。
「…真理奈さんは最初から深く感じ取れて…全部と仲良くなれたんですよね? …それは元々、適性があったからですか……?」
素直に疑問を投げかけた。水と風はなんとなく、仲良くなれた気がする。
風は少し踊るように回ると楽しそうに私の体を回っているのを感じるし、水はお風呂でお湯をかきまぜたりすると、その流れを楽しんでいるようだった。
土は何を考えているのか良く分からない。ただ、深く感じて触れても拒絶はしない。でも、反応も薄い。
「う~ん、あたしはどっちかっていうと短気だからねぇ……。多分、全部の精を脅したのかもしれないね」
大きく笑いながら、真理奈は言った。なんとなく想像ができてしまうのが少し怖かった。
「まあ、萌香ちゃんの気持ちを強く伝えてみな。一度でもなく何度でも……。
嫌われたって、押しかけるのさ。火の精を黙らせるくらいにね」
怖いという気持ちばかりに向いていた。
真理奈の言葉で、なんとなく分かった気がした。火は弱気な自分を認めてはくれないことに……。
・ ・ ・
1日中遊び尽くして、妹弟が疲れ切って寝ている中、祐は車を光本家に向けて走らせていた。
考えるのは、真理奈と萌香の修行のことだ。
真理奈の修行は厳しいものではあるだろうが、萌香の心はそんなことでは折れないとも思っている。
光本家に到着すると、萌香がかなり疲れた表情をしている。
よほど集中力を使ったのだろう。術に関係するものは、基本的にこの連続だ。
「萌香ちゃん、だいぶしごかれたようだね。大丈夫って訳でもなさそうだね。今日は早く寝ようか?」
そう言って、妹弟を起こして皆で家に戻る。
楽しかった時間が終わって楽しかったことを楓と秋斗が真理奈に話している。
萌香は疲れたからだろう、ソファにもたれ掛っている。
「さぁ、皆、ご飯を食べな。そしたら、お風呂に入ってお休みしなさい。秋斗も剣道に行くし、楓も塾があるんだから」
2人はブーブー言ったが、俺がしばらくいるからか仕方なく従った。
萌香も含めて3人が床に着いたのを確認して、ダイニングでお茶を飲みながら、真理奈と話しをすることにした。
「真理奈さん、どうでしたか? 萌香ちゃんもかなり疲れているようでしたが? 結構、厳しくしたんじゃないんですか?」
ちょっと笑って聞いてみたが、真理奈は真剣な顔をして言った。
「あの子は…かなり強くなれるよ。あの子は才能がある……。
精をすんなり感じ取れたんだ。並みの魔法使いなら、2、3年は掛かるよ。
それをあの子はほぼ1日でできるようになった……。それにもう風と水の精とは分かり合っているようなの」
俺も魔法の知識は少しはあるが、この短期間でそこまで習得するなんて……。
「そりゃ、あたしほどじゃないよ?
でも、あんたの言う通り、根性もあるし、信念もある。このままいけば、ドンドン強くなる。
あんたはそれで良いの……? 危険なことに巻き込まれる可能性が増えるのよ?」
その心配は分かる。真理奈の言う通り、才能があることはすごい事だが、それは使い方を誤れば諸刃の剣だ。
強い怪異に狙われる可能性もあるかもしれない。
「真理奈さん……。それは十分、萌香ちゃんには言い聞かせています。
しかし、本当に彼女も頑固なところがありまして……。まあ、俺も萌香ちゃんのことは言えませんがね。
…彼女のことは俺が守ります。そう決めたから、彼女の好きにさせたいと思ってます。
でも、本当に危ないときは止めますよ? …俺がお母さんに守ってもらったように、守ってみせます」
俺の決意を言うと、真理奈は少し呆れた顔をしたが笑顔で返してくれた。
「そっか…本当に2人とも頑固だねぇ。ま、しっかり守ってあげなよ、祐」
自分の好きな真理奈の笑顔を見て、更に決意を固める。
彼女なりの戦いがあれば、それを守ってみせる。
・ ・ ・
翌日もゆっくりする予定で寝たが、朝に幸から電話が掛かってきた。
「おふぁよぅございまふ、祐さ~ん。なんかぁ、面倒そうなものがぁ、外から声を掛けてまふ……」
惰眠を貪っていたであろう、幸の電話で起こされたことに釈然としないが、面倒そうなものが気になり聞き返す。
「幸ちゃん、面倒そうなのって、何? 悪霊の類なら、結界で遮断できているはずだけど」
「そうふなむですけどねぇ。人の声ではあるようなぁ気がしまふ」
いい加減に目が覚めきれない幸に、とりあえず事務所に戻ること、何かあったらまた電話をするようにと伝え、電話を切った
とりあえず、真理奈に挨拶してから出て行くとしよう。萌香はどうしたものか……。
真理奈は若干眠気を残した顔で朝ご飯の支度をしていた。
「あら、祐おはよう。相変わらず朝には強いねぇ。朝ごはん、もちょっと待ってて」
「真理奈さん、すいません。仕事が入ったようなので戻ります。あの萌香ちゃんについてなのですが……」
俺の言葉を先に読んでくれたのか、真理奈は笑って言った。
「萌香ちゃんはうちでゆっくり修行するから。あんたは気にせず、キッチリ仕事をしてきなさい。…で、また帰っておいで」
母の思いやりを感じる言葉に大きく頷くと、すぐに着替えて事務所に車を走らせた。
・ ・ ・
事務所の階段に近づいたとき、すぐに分かった。怪異がいる……。
階段に近づき上を見上げると、スーツの男が立っていた。
しかし、怪異の霊気はあの男から流れてきていると思う。憑りつかれているのか?
そう考えていると、事務所の前にいた男から声を掛けられた。
「あの、霊能力者の方ですか?」
その言葉に思わず身構える。怪異が知恵をつけ、事務所に攻撃をしに来たのだ。
「すいません。決して、あなたに危害を加えるつもりはありません。お願いがあって参りました……」
怪異がお願い? どういうことだ。固唾を飲んで次の言葉を待つ。
「ある女性を救っていただけないでしょうか」
プレシャス・タイムに入り、2人掛けの席に座る。三善は勘付いたようで、こちらを注視している。
注文を聞きに来ようとした桔梗を静止し、三善が直接注文を取りに来た。
「ご注文は? 祐と怪異さん。……祐、これはどういうこっちゃ?」
三善にコーヒーを2つと注文をする。俺も知らないが、分かることだけ伝える。
「この人…怪異は俺に依頼があるみたいなんだ」
「はぁ? なんで怪異から依頼されなあかんのや。おい、お前。変なこと考えんなや」
注文を聞いて、三善はコーヒーを作りにカウンターの奥に行った。
「彼は私の友人でして。…まあ、同じように霊能力者です」
そう言うと、理解したかのように頷いた。しかしこの男、表情が変わらない。
綺麗な七三分けで、顔つきも整っている。だが、表情がない。
「さて、依頼の内容を聞きましょうか? 受けるかは、それ次第です」
「先ほど言った通りです。ある女性を苦しみから救ってください」
やはり怪異とは考えられない依頼内容を言ってきた。
三善がコーヒーを2つテーブルに置く。やはり怪異を気にしている。
「ある女性の苦しみとはなんでしょうか? 怪異のあなたには好物なのでは?」
そう。怪異の好物になりやすい負の感情。なのに、それを取り除け、とこいつは言った。
「はい。私にとってはそれが必要です。…ですが、その苦しむ姿が私には……」
表情を変えず怪異は言った。だが、その声には悲しさの響きがあった。
「その女性の苦悩とはなんですか? あなた…怪異に悩まされる以外のものですか?」
「はい。彼女は人間不信になっているのです……」
頭に疑問符が浮かぶ。何故、それを俺に依頼する必要があるのか?
「あの、それなら彼女を心療内科とか精神科、またはカウンセリングでなんとかなるのでは?」
人間関係の重圧により、人と関われなくなる人は少なくない。
でも、そこで怪異が関わる意味が分からない。
「それはできません。私からは言えないのです。私は……」
そう言うと怪異は指を目に入れて、目玉を取り出した。グロいかと思ったら、綺麗な球体をしたものだった。
「私は人形だからです」
・ ・ ・
話をまとめると、こういうことだ。
怪異の言う女性は仕事や人間関係のストレスに耐えかねて人間不信になった。
それにより彼女はピグマリオンコンプレックス(人形偏愛症)となってしまった。
それから人形の収集が始まり、最後には怪異の住まう人間大のものにまで手を出した。
彼女は人間ではなく、人形に話しかけることが圧倒的に増えた。
最も話しかけ大事にしているのが、目の前の人形。
怪異は人間関係の苦悩を感じ取り、最も身近にある人形に潜伏した。
と、まあ、ここまでは怪異が目を付ける相手を探すときには良くある話だった。
しかし、ここからが違った。彼女は本気でこの人形に恋をしてしまった。
動けたら、どこに行くか、どんなことをするか、どんなことをしたら喜ぶのか、どうしたら楽しいのか……。
人形と恋人になる想像をしだした。
ただ、これはあり得ないことではない。
現に二次元に恋をして抱き枕を抱えて旅をする猛者もいるぐらいだ。
ならば、解決方法はない訳ではない。やはり病院に連れて行けば済む話である。
では、何故この怪異は霊能力者と知った俺に依頼に来たのかと言うと……。
「私も彼女に恋をしているからです……」
これは聞いたこともない。今、初めて聞いた。怪異の恋……。
「あの、あなたは怪異ですよね? しかも人形に入った? そして動けます。それで…2人で幸せに生きればいいじゃないですか?」
人形と幸せになっても、人間不信による日々のストレスは怪異に力を与える。願えば、一緒に生きて行けるのでは?
「彼女の幸せに私はいてはいけません。このまま人形に逃げてしまえば、他の怪異にも狙われます」
人形の言葉は間違っていない。苦しい思いをしている彼女が人形に固執し続ければ別の怪異が別の人形に入り、彼女を狙いかねない。
「彼女はまだ人との繋がりを諦めていません。それでも上手くいかなくて、人形に逃げているのです」
怪異が口にした言葉。彼女の言葉を…彼女の思いを一番傍で聞いた怪異にしか分からない、彼女の深い心からの願い。
「その彼女が人形に逃げた理由は分かったし、苦しんでいるのも分かりました。
ですが、それを取り除くにはあなたを消すことになるかもしれませんよ?」
怪異の願いは彼女を苦しみから救うこと。それは苦しみを取り除けば、人形に愛を持たなくなる可能性があるからだ。
「構いません。そもそも私は、彼女の苦しみを自分の力にしようと近寄った怪異です」
怪異はの顔色も目からも人形だから何も伝わらない。しかし、声からはその思いが伝わる。
「私は恋を否定しません。あなたがそこまでして、彼女を守りたい気持ちも分かります。怪異でもそれは悪いとは…思えません……」
そうだ。初めはどうあれ恋をした。恋に、この怪異も心を躍らせただろう。
だからこそ、俺は女性からその思いを消すことに躊躇している。
「私は怪異。私の恋は…あってはならぬものです。今一度、お願いいたします。彼女を人形から解き放ってください」
・ ・ ・
怪異に彼女の自宅の住所を書いてもらい、明日、同じ時間に来るように言った。
1人でプレシャス・タイムに残っている。
「おかわりはいかがですか、祐さん」
その声に顔を上げると、いつもと変わらぬ芯の強い目をした桔梗がいた。
「あなたらしくないですね…そんな顔になるのは。泣いているように感じました」
桔梗の言葉に我ながら情けないと思った。
処分屋が怪異の優しい恋の気持ちに心が揺さぶられているのだ。
「恋ぐらいしてもいいのにさ…って思ってね。お互いが恋をし合っている……。
そうしたら結ばれるものとばかり思っていたんだ……。でも、恋い慕う相手を思って自らを犠牲にする……。
ごめん! 桔梗ちゃん、変な話をしてさ。おかわり、ホットコーヒーでお願い」
気持ちが落ち込もうとするのをなんとか留めようと、最後は明るい声を出した。
「かしこまりました。…祐さん、恋をしているから自らを犠牲にできると思います。好きだからこそ、できることです」
桔梗の言葉から分かった。俺だって、天や光本家の皆、萌香に何かあれば自分を犠牲にして守ろうと思っている。
それがその人たちを救うことになるなら……。
「お~い、祐。気ぃ落とすなや。桔梗ちゃんにまで心配されとるって、かなりの負のオーラを出しとったんやないか?」
コーヒーをテーブルに置きながら、三善が励ますように明るく話しかけてきた。
テーブルに目を落としてしまう。三善に少しだけ話をしたくなった。
「すまん、三善。ちょっとだけ、話を聞いてくれ。
…俺は一時期、人と接する事が怖かった。高校も少ないけど運よく友人ができた。でも、やっぱりまだどこかで避けていたところがあった。
光本家で過ごして、退魔士やって、三善と会って、探偵始めて、処分屋になって……。色々してきたけど、それでもなかなか踏み出せなかったところがあった……。
人に恋する気持ち……。拒絶されるのが怖くて、誤魔化すようにしてたけど……。そんな俺も恋をして、一緒にいてくれる子がいる。…いるんだよ」
三善は黙ったまま聞いてくれているのだろう。
色々とバカ話だけじゃなく真剣な話もしたが、話す切っ掛けがないものだったから初めて話した。
「恋に踊らされるってよく言うけど、それが良く分かった。
急にアホみたいに嬉しくなったり、ちょっとしたことでドキドキしたり……。
その恋を人形に抱いた女性と、その女性に恋をした怪異…。
お互いが向きあって恋をしているのに、恋の思いはすれ違っている。そう思うとな……」
温かいコーヒーを少しだけ口に含んで飲みこんだ。
話は終わった、自分でも何を言っているのか分からないところがあったのに三善は聞いてくれていた。感謝するしかない。
「祐…恋は儚いことも多いけどな、でもその思いがなくなる訳でもない。
例え、すれ違こうても時間は掛かろうとも、届く思いはあると思うで……」
テーブルに目を落としているので、三善の顔は分からない。ただ、その声、言葉から少し希望を貰った。
顔を上げて三善を見つめる。三善は最初は驚いた顔をしたが、すぐに笑った顔をした。
「祐、腹ぁくくったみたいやな。ほなら、頑張れや」
頼もしく、ありがたい友人の言葉に大きく頷く。俺は…処分屋としての仕事をする。
・ ・ ・
プレシャス・タイムでコーヒーを飲みながら、彼を…怪異を待つ。
「祐さん、キリッとしてますね。お仕事ですか?」
円が声を掛けてきた。普段なら心が小躍りしたかもしれないが、今日はそうでもないようだ。
「うん。お仕事だよ。頑張らなきゃね」
「そうですね。ファイトー、ですね」
この円の愛嬌の良さが好きなんだろう。彼女からは元気を貰える。
店のドアが開き、客が来たことを告げるベルがなる。そこには彼がいた。
「んじゃ、円ちゃんもほどほどに頑張ってね。お金ここに置いとくから。…ファイトー、だね」
笑顔で円は小さく手を振っていた。怪異と共に店を出る。
「あの、お願いは聞いていただけますか?」
怪異が話しかけてきた。
「受けますよ。あなたを処分しないといけませんから」
怪異の人形の持ち主が住むマンションのドアの前に立っている。単身者用の比較的綺麗なマンションだ。
合鍵を使って人形がドアの鍵を解除した。
「あなたの覚悟は決まりましたか? 怖くはないんですか? このドアを開けて私が入れば、あなたは処分されますよ?」
怪異に問う。怪異の思いを、最後の願いを聞きたかったからだ。
「私は自分の思いで、あなたにお願いしました。彼女のためなら…構いません!」
そう言った怪異に突き動かされるように部屋へと向かうため家のドアを開けた。
流石は、ピグマリオンコンプレックス(人形偏愛症)と言ったところか。所狭しと人形がある。
それも種類は様々だ。フランス人形のようなものもあれば、赤ん坊の人形、人よりも少し小さいドールなど人形のミュージアムのようだ。
単身者用の部屋でこれだけ人形まみれだと、人ごみの中にいるような錯覚すら覚える。
「さて、これからあなたを処分する段取りを説明します。
彼女が家に帰って来たら、あなたがいつもいる寝室に誘導してください。
あなたが声を掛けるだけで、おそらくそちらに向かうでしょう。
私はその隙をついて、この幻覚と睡眠作用を含む暗示薬を吹きかけます」
手に持った香水の瓶のような物を怪異に見せ言った。
「薬の睡眠作用で寝たところで、あなた方、人形に対する恐怖を植え付けます。
まあ、一種の軽いトラウマを持ってもらいます。
この暗示薬は幻覚を見せる作用があります。
起きても、あったことは幻覚だった。もしくは夢だったと思うでしょう」
恐怖心を植え付けるが、それは夢ではない。根本的な所に恐怖心を植え付ける。
非合法も甚だしい霊薬だが、今回は使わざるを得ない。
あと、彼に伝えておくことがもう1つある。
・ ・ ・
夕方も終わり、夜の時間を迎えた頃、ドアの鍵が解除され部屋に人が入ってくる音がした。
こちらは玄関からは見えないキッチンの影に隠れている。
それに彼女の寝室を開けて電気を点けている。注意は確実に向かうはずだ。
彼女が廊下を歩いて来ている。怪異の覚悟の行動を待つ……。
「優美子!」
怪異の声が聞こえた。優美子と呼ばれた女性は、遅る遅る部屋に近づいているようだ。
陰から見ると携帯を取り出しているので、いざとなれば警察を呼ぶつもりだろう。
足音が止まった。気付いたのだろう。自分の恋したものがそこにいることに……。
「和彦……? 和彦なの? なんで、ベッドに座っているの? えっ、夢?」
「夢じゃないよ、優美子……。お帰り、お仕事お疲れ様」
駆け寄る足音が聞こえ、次にベッドに重みが掛かった音が聞こえた。
「ああ…和彦。なんで? ううん、嬉しい。何ででも良い。あなたの声をもっと聞かせて……」
「優美子、いつも辛いことを知っているよ。苦しいよね。何度も泣いたよね。何もできなくてごめん……。
でもね、君は泣きながらでも前に進んでいる。まだ僕達、人形だけの世界に閉じ籠ってはいけないんだ……。
だからお別れを言いに来た」
最後の言葉を出そうとしている。決別の言葉を……。
「どうして!? ねぇ、和彦! このままじゃダメなの!? 私はあなたを愛して、」
「だからダメなんだ! 君は僕に恋をした。だけど、それは偽りだ。君は本当は人間がまだ好きな心を残している。
怖い、辛い、寂しい、苦しい、そう言いながらも、君の言葉の中には人を想う気持ちがあった! 僕が一番知っている! だから、僕等はここでお別れなんだ……」
優美子は人形に人を重ねていたのかもしれない。特に怪異の人形は彼女にとって、ただ1人心を許せる人だったのだろう。
「嘘じゃない! 本当に愛してる! あなたが…あなただったから…優しい目をしている、あなただったから…私は……」
時計を見て、ボールペンのノックを2回鳴らした。
「…ありがとう、優美子。君の優しさは僕が一番知っている。
でも、もっと君の優しさを知ってくれる人が現れると僕は思っている。
だから、僕は寂しくない。君がもっと幸せになるから、嬉しいんだ。優美子、ありがとう。愛しているよ」
その言葉を聞き終わって少しだけ待った。
静かに寝室に近づき、口づけを交わしている優美子に暗示薬を吹きかけた。
・ ・ ・
優美子に対して人形のトラウマを植え付けるのは、そう難しくなかった。
自分の子供の頃の心霊体験がこんなところで役に立つとは思わなかった。
ベッドに横たわらせた優美子に、呪いでも呟くようにしていた俺を怪異はじっと眺めていた。
いや、優美子を見ていたのだろう。
「あの、その…本当にありがとうございました。最後の別れの時間を作って下さって」
幻覚作用には制限時間がある。その時間内でないと幻覚と認識させられないのだ。
「いえ、私は使う道具の効能を言っただけです。幻覚作用の効果時間をどう使うかを、あなたに任せただけです」
嘘ではない。そう伝えた。2人の恋が実らないことに対するせめてもの、はなむけとして……。
怪異の表情は変わらない。しかし、なんとなくだが清々しい感じをさせていた。
「あなたのお陰で、思いを伝えることも、別れを言うこともできました。
眠りから覚めて彼女が私を嫌っても、それはきっと幸せへの一歩だと思います」
優しい口調で怪異は彼女の幸せを願った言葉を発した。
「嬉しかったです。あなたに会えて…話しを聞いてもらえて。あなたじゃなければ、私は退治されていたでしょう。
ここまで優しくしていただいたのは、優美子とあなただけです。
……それでは、お願いします。私ごと、この思いもこの世から消してください」
その言葉にうつむいた。目を逸らすのは処分屋としてはどうかと思うが、直視できなかった。
怪異が人形から離れたのか、目の前に崩れ落ちる。
おそらく自分の前に怪異がいるのだろう。処分されるのを待つ怪異が……。
「群青百足……。…あなたの思い、きっと残りますよ。彼女の中で、思い出にはならなくても心のどこかに……」
言い終えてから、少しだけ時間を置いて百足を動かした。
・ ・ ・
2日後に式神から連絡があり、優美子のマンションに回収業者と思われるトラックが来たとのことで、車を出した。
マンションの前に着いた頃には多くの人形がトラックの荷台に積まれていた。
まだ、あの人形はない。
失敗してしまったのか、あの人形への固執は取れなかったのかと思った。
嫌な考えをしていると、マンションからあの人形を抱えている優美子が出てきた。
成功したことに少しだけ安堵した。
彼女は人形を抱え業者の車に近づき、荷台の人に渡そうとした。
その手が止まり、目を閉じた。目を開くと、優しく微笑んで何かを言ったように見えた。
荷台にあの人形が乗せられると、それで終わりだったのだろう。
業者の人と2、3口ほど言葉を交わして、トラックが発進した。
そのトラックを見つめる彼女の背中からは、何を思っているのか分からなかった。
だが、振り返る時に少しだけ見えた顔は、穏やかな顔をしていた。
・ ・ ・
その日はその足で、光本家に向かった。明日で約束の里帰り兼合宿が終わる。
さて、どの程度、萌香は真理奈からしごかれたのか。楽しみでもあり怖くもある。
今回の依頼ではかなり心を乱されてしまった。情けないことではある。
なんとなく真理奈に話してみたくなった。
たぶん身近な人で話せる人が…分かってくれそうな人が真理奈しかいないと思った。
そう考えると、家に帰るのが楽しみになって来た。
光本家に着いたのは、夕方になった頃だ。
呼び鈴を鳴らしたが誰も出て来ない。表には誰もいなかったので、裏手に回ってみる。
そこには手を横に広げて、舞うように回っている萌香がいた。
目を閉じているから俺に気づかないようだが、楽いのだろう。その顔は微笑んでいた。
おそらくは風の精と戯れているのだろう。舞が終わった後、萌香が目を開くと俺と目が合った。
萌香はお化けでも見る様に目を見開いた。
「祐さん!? …これは…そのぉ、風の精さんが遊んで欲しそうだったので……。この子達、優しく回ると喜ぶんです……」
照れることではない事を萌香は言った。精とそこまで深く付き合えるようになったのだ。すごい事だ。
「萌香ちゃん、すごいね。数日見ない間にこんなに上達するとは……。えらいえらい」
そう言って、何気なく萌香の頭を2回ほど撫でた。撫でて思った……。楓にはよくしていたから、癖が出てしまったことに。
「…ありがとう…ございます。…あの、家の鍵は裏手のドアが…開いてます……」
萌香はそう言うと、足早にオイル缶のたき火に向かった。火の精との訓練に行ったのだろう。
邪魔をしては悪いので、家の中でくつろがせてもらうことにした。
夜には続々と皆が帰ってきた。
真理奈はいつも通りの笑顔で、秋斗は剣道の後で疲れているであろうに飛び掛り、楓は塾の後だからか疲れた顔で帰ってきた。
皆で食べる夕食も今日で終わり。明日には帰るのだ。皆の話を聞いて楽しく終わろうと思っていたが。
「お兄ちゃん、彼女ができたって本当!? 萌香さんから聞いたよ! 写真も見たよ!」
女の子が食いつきそうな話題を…萌香め、と視線を送ったら、逃げられた。
「いやぁ、お兄ちゃんだって大人だよ。そりゃあ、恋人ぐらいいても不思議じゃないよ。あ、でも楓ちゃんはダメだよ。先ずは、しっかりとした男選び、」
「ホントだったんだ! ねぇ、お母さん! 言った通りでしょ? お兄ちゃんには彼女ができるって。だってお兄ちゃん優しいもんね」
俺の大事な言葉が遮られてしまったが、楓の言葉は嬉しい。でも彼女ができるって、って?
「お兄ちゃん、お母さん酷いんだよ。お兄ちゃんは女にモテないから、まあ当分は無理。って笑いながら言ってさぁ」
楓が教えてくれた言葉に動かされて、真理奈を恨みがましく見つめた。
「あはは、あんたって、ほら、女の子が苦手だったじゃない?
それがそのまま大人になったと思ってさぁ。いやぁ、可愛らしい子じゃないの。今度はその子も連れて来なさいよ」
真理奈が誤魔化すように話をすり替えた。
絶対に連れてこない。何を言われるか分かったもんじゃない。
俺と真理奈以外は疲れたのか、早々に床に着いたようだ。
真理奈に話したかった事があったのを思い出した。
「真理奈さん…いえ、お母さん。ちょっと話を聞いてもらえますか?」
どんな話か伝えていないが、真理奈は優しく微笑みながらテーブルの椅子に座った。
人形に恋した人。人に恋した怪異。自分がしたことが正しかったのか、そんな話をした。
楽になりたい訳ではない、どう思うのか知りたかった。
「祐…怪異には色々いるのも分かる。今回のも、その1つ……。
ただ、怪異の恋した気持ち、それを尊重したあんたの行動は間違ったことじゃない。
実らない恋だって分かってて何もしないより、その人を思って行動した。
その怪異もあんたも、どちらも正しくて素敵なことだと思うよ……」
真理奈の声が、言葉が胸に沁みる。でも温かい気持ちにもなった。
誰かに認めてもらいたかったんだと思う。怪異の恋を、その犠牲を……。




