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求められる怪異

 怪異とは基本的には人から嫌われる存在である。

 それもそうだろう。元は人の抱えた負の感情から生まれたものだから。


 負の感情から作られたものを見れば、他人の恐ろしい面を見るようなものである。

 それに…自分も同じ感情を抱いているかもしれないのだから……。


 しかし、負があるということは、正があるということでもある。正の感情も人から外へ出て、怪異を形成する。

 座敷童子。有名な怪異の1つであり、人に怖がられるどころか人に好かれる。むしろ招かれられる怪異だ。


 それは、座敷童子が幸運をもたらす怪異であるためだ。その姿形は様々である。

 童子というから子供であろうと思われるが、遊び盛りの小さな子供から立派に成長している者もいるという。


 それに男の子であったり女の子であったりと性別も様々である。

 ただ、幸福を与える代わりに、家を没落させる場合もあるという。


 その可能性がありながらも、人は座敷童子が住む旅館などがあれば大挙し、自分の元に来るようにおもちゃなどを置いて行ったりする。


 座敷童子は正の感情から生まれたもので、座敷童子を求める人は幸運になりたいがため、座敷童子を利用しようという負の感情がある。

 座敷童子は怪異として、その思いに応えるのが普通であろう。例え、負の感情の為であろうとも。


 座敷童子が幸せにする力を使えば、その存在は少しずつ消えていく。

 思いに応える為に持っていた正の力がなくなるためだ。


 幸運になるグッズを求めるように人は座敷童子を求める。

 座敷童子は人に求められるまま一生を終えるのか。今回はそんな話をしよう。


     ・   ・   ・


7月上旬

 梅雨開けまでもう少し時間は掛かるが、良い天気が梅雨時にもある。

 照りつける日差しは夏の太陽に近い光を放って、森を輝かせている。


 祐は車を軽快に走らせていた。天気の良い日のドライブほど気持ちの良いことはない。

 隣の天も楽しそうにしている。


 以前、萌香と行ったヨーロッパ風のホテルを思い出す。

 あの場所に連れて行って欲しいと天に何度もせがまれていた。


 確かに夏になれば人も多くなるだろうし、色々見るには天気の良い日に行くべきと思い、一緒に行こうとデートに誘ったのだ。


 幸い、週間天気予報通りに晴れになってくれたのは正直言って嬉しい。

 これで雨であれば、あの日を思い出すのは間違いなかった。


 こんなに良い天気なのだ。雨の中で見た景色とは大きく違って見えるだろう。

 前回は仕事だったが、今回は完全に休みなので、隅々まで満喫できるだろう。


 大きく違ったといえば、天も変わってきている。

 大学生になったからか、髪形から服装まで大人に向けての準備をしているように見受けられる。


 髪もはインテールから綺麗なロングヘアーにし、ワンポイントとしてカチューシャを着けている。

 服装も女の子らしい可愛い服に清楚をブレンドしたような感じで、思わず顔がニヤけてしまう。

 そんな変化を褒めはしたが、顔はあくまで引き締めた。ここは大人の見せどころと思ったからだ。


 「そんなにいいホテルだったんですか? だいぶ、料理について熱く語ったメッセージを送って来てたけど?」

 天の声で微妙にやらしい妄想から、現実に引き戻された。


 「いいホテルだったよ。調べたら、地元のブランドの野菜やらお肉やらを使っているらしいんだ。

 まあ、それなりの値段ではあるけど、値段以上の美味しさだよ。

 せっかくだからランチを食べて色々と見て、ディナーまでいただいてから帰ろうか?」

 我ながら良いプランである。ランチとディナーでは、料理の作りも大きく変わる。


 天は食にうるさい訳ではないが、美味しいものが好きなのだ。

 まあ、普通はそうだろうが、それを楽しみにしたのか会話が更に楽しいものとなった。


 ホテルに到着すると雨の中では分からなかった所までハッキリ見える。

 豊かな彩りだが、それをわざとだろうが古めかしく少しだけくすませているようだった。


 しかし、ここだけ見れば異国に来たと感じてしまう。

 他にも見る所はあるだろうが、ランチの時間も終わりそうなのでホテルに入って、中を見て回ることにしよう。


 「いらっしゃいませ。当ホテルへ、ようこそ。お泊りでしょうか? それともお食事でしょうか?」

 前に会った落ち着いたお年のホテルマンが聞いてきた。


 少しだけ目の色が変わった気がするが、すぐに戻った。

 まあ、不可思議なことに巻き込まれたのだ。無理もない。


 「あの、予約していた亀寿島です」

 ん? 何の予約だ? 先にランチの予約を取ってくれていたのか。

 確かに入れなかったら残念だ。天の気遣いに感謝するしかない。


 「亀寿島様。本日、お泊りになられますね。チェックインはもうできますし、ランチにも間に合いますから、お食事を取られるのもいかがでしょうか?」

 は!? お泊り? いやランチは食べに来ましたよ? なんなら、ディナーまで楽しんでいくつもりですよ?

 でも、泊まるつもりはないですよ?


 ホテルマンの言葉に心の中で1人ツッコミを入れている間に、お泊りの準備が進んで行く……。


 部屋に案内されて、荷物を置き、食堂へ行く。


 正直、何をしているのか未だに理解が追い付いていない。いや、理解から逃げている。

 食堂でランチが出てくるまでに、この現実について知る張本人たる亀寿島 天に確認をする。


 「あの~、亀寿島さん。お泊りとはどのようなことでしょうか? 途中まではランチとディナーを楽しむだけのご予定では?」

 「車の中ではそうでしたね。でもホテルでは違いますよ? ランチを食べて、外を散策して、ディナーを食べて、お休みです。一泊ですし、仕事も大丈夫みたいでしたから」

 なるほど。デートプランとしては、なかなかに理想的かもしれない。だが、お休みの部分を除けばの話である。


 「…天ちゃん、泊まるのは百歩譲ってOKとしよう……。何でダブルベッドなの?」

 「萌香ちゃんとは寝れても、私とは無理ってことですか?」

 そういうことか。対抗心ではないにしろ、自分も同じようにして欲しいということか。

 萌香は違うだろうが、天にはそれが幸せと思えるのだろう。


 真面目な目をしている。俺の意思を確認している目だ。この時の天は少し怖い。

 しかし、言わないと分からない事もある、と言い聞かせて心を決めた。


 「無理なんかじゃない。むしろ嬉しいことだよ。萌香ちゃんはあくまで助手だ。

 でも、天ちゃんは彼女なんだから嬉しくない訳がない。でもこういうのって……」

 「祐さんが我慢したらいい話じゃないですか。あ、ランチが来ますよ。楽しみですね?」

 サラッと、酷なことを言ってきた。でも、天も俺の気持ちを分かってもらえたようで嬉しそうな感じがする。


 とりあえず寝るまでは、めいっぱい楽しむしかない。そう決めた。寝る時は、その時考える! と強く心に言い聞かせた。

 まだシーズン前だからか、人もまばらだ。どうやら渓流の釣り堀があるらしい。森を散策した後に行こうと天に提案してみる。


 「釣りですか。経験ないですけど大丈夫なんですか? 少し怖い気もします」

 確かにキャッチ&リリースにしろ、食べるにしろ。痛そうに思えたのだろう。

 魚を食い物にしてお金を貰うのは普通ではあるが……。

 しかし、自分が魚を釣ること、求めることで魚を傷をつけてしまうことに抵抗があるのかもしれない。


 「まあ、気が乗らないなら散策した後、草スキーでもする? なかなか怖そうだったけど」

 「それ! いいですね。祐さん、前に乗って下さいね。何かあったらクッションになってください」

 また意地悪な顔をして言う。ただ、この顔をするときはだいたい天の機嫌が良い時だ。散策が終わったら怖い思いをしに行こう。


 散策をし、草スキーですべって転んで、乗っかられて。森の木で作った子供用のアトラクションをいい歳して遊び尽くした。

 気が付けば、夕食の時間が近かったのでホテルに戻ることにした。楽しい時間は時の流れを早めたように過ぎ去ってしまう。

 ホテルに戻ると、ホテルマンから声を掛けられた。


 「以前、あなた方にお助けいただいたそうで、本当に感謝しております。

 他のお客様から何度もあなた方へお礼が言いたいと仰っておりました」

 十分お礼は聞いたが、それでも言い足りなかったのだろう。

 天国から地獄へ落とされて、また天国に上がればそんなテンションにもなるか。


 「いえいえ、私はたいしたこともしてないですし。むしろ、このホテルに被害を出した側なのに」

 「いえいえいえ、どうやら物騒な話だったようで……。問題を解決していただき、こちらも感謝しております」

 そう言うとホテルマンは深々と頭を下げた。

 犠牲者もホテルもあの事件から救われたことで幸せになったのなら、それが一番だと思った。


 ディナーを食べ終えた。素晴らしいの一言だった。

 普段では味わえない舌でとろけるようなビーフを食べて、これまた美味しいおしゃれなデザートを食べた。

 天と2人でいちいち満足そうに食べて感想を言い合っていたが、これも食事の楽しみの1つだ。

 誰かと楽しみを共有できて本当に嬉しい。


 しかし、部屋に戻れば現実が待っている。

 天がダブルベッドに寝転び、楽しそうにベッドのスプリングを上下させていた。


 「じゃあ、お風呂に入るか。天ちゃん、先に入っていいよ。レディファーストってやつさ」

 「ん~、一緒に入るのはどうですか? ほら恋人らしく。祐さんなら、大丈夫なんでしょお?」

 天は俺の手口の一歩先を行く。よくあることだが、今回も意地悪な顔をしている。

 しかし、逆らっても言い負かされる気がした。


 「分かった。入ろう。…ただし、背中合わせにね。先に俺が入るから、後で天ちゃんも入ってきて」

 「心配しすぎですよぉ。まあ、そんなヘタレなところが良いところですもんね。ちゃんとタオルで隠しますから、安心してください」

 例えタオルで隠そうとも、所詮は一枚の布である。しかもそんなに分厚くない……。見れば嫌でも想像するから、見ない。


 背中合わせでお風呂に入るなんて初めてだ。そもそも女性と一緒にお風呂に入ったことがない。

 俺もがっちりガードしているし、天もしていると思いたい。


 「背中合わせってのも何か良いですね。背中って見えないから、そこに好きな人と接していると思うと…なんか心が落ち着きます……」

 確かにそうかもしれない。背中は無防備だ。だからこそ、背中を預けることができる。という言葉があるぐらいだ。


 「そうだね。天ちゃんと接するの好きだよ。でも、見えない天ちゃんを背中で感じてる。これも好きだと分かったよ。温かいよね……」

 髪など洗う為、一旦外に出る。もちろん体を拭いてだ。少し待っていると、風呂場のドアが開いた。


 「祐さん、すいません。体冷めちゃいませんでしたか、またお風呂に入って下さいね」

 こういう気遣いは嬉しい。さすがは天使である。

 髪、体を洗い、髪を乾かしバスローブに手を通す、寝る体勢は整った。

 あとは如何にして寝るかだ。まずは敵情視察と行くか。


 「あ、祐さん、お帰りなさ~い。これどうですか? 今回の為に買ってきたんです。似合ってますか?」

 目を通して心を貫かれた。ネグリジェと言うのか。淡いピンクのワンピースを短くしたような恰好をしている。

 恐ろしい夜の足音が迫ってきた気がした……。


 さて、このプリティー全開の子と如何に寝るのか思案する。目を閉じ、口を手で覆うようにして。

 これは間違いなくニヤけるから、それを見せないための苦肉の策だ。

 そんな考えをしている間、いろんな角度から天が話しかけてくる。考えが散ってしまう。少し時間が欲しい。


 「祐さん、そこまで全力で逃げなくても。なら、こうします!」

 爆笑しながらそう言った天は、俺の背中を思い切り前に押して、ベッドに倒してきた。

 うつ伏せになったことで思わず仰向けになると、天がまたがる様に腹の上に乗った。


 薄くした照明をバックに天の顔が見える、服も見える。

 彼女が見える。どれも綺麗で、どれも愛おしい。


 「天ちゃん……。すごく可愛いし、すごく似合ってる……。すごく綺麗だ……」

 彼女を見て、そんな言葉しか出て来なかった。恥ずかしいとかではない。ただ思ったことが口から出たのだ。


 それを聞いてか、照れくさそうな笑いを天はした。それも可愛くて綺麗だと思ってしまう。

 多分、今なら何でも可愛く思えるのだろう。彼女の魔法にでも掛かったかのように。


 「じゃあ、寝ましょうか? さて、祐さん、ここからがあなたの度胸の試し時ですよ! どう寝ますか? 10秒以内にどうぞ」

 は? どう寝るって、寝るだけじゃなくて、いや離れて寝る? それは萌香から聞いてるかもしれない? じゃあ、床で、


 「はい、終了~。じゃあ、普通に横に並んで寝ましょう。…祐さんだけが照れくさい訳じゃないんですからね?」

 天が布団をめくり、あおむけで寝ると、自分の左のスペースをポンポンと叩く。

 寝る場所を誘導してくれているのだ。仕方がなく、その場所に寝て電気を消す。


 部屋に暗闇が訪れて、感じるのは横にいる天の暖かな温もりだけだ。

 手の甲だけを合わせる状態で寝ている。

 この状況を作ったのは天だ……。それに対して何も言ってない。


 「天ちゃん、ありがとう。背中合わせだけど一緒にお風呂に入って、一緒に寝て。

 こうする為に天ちゃんがどれだけ頑張ったか……ありがとう。今度は俺が天ちゃんを幸せにするよ」

 そう言って、天の肩を軽く掴んで上から唇を合わせた。天の顔は暗くて見えないが、きっと微笑んでいるだろう。


 朝が来た。寝てない訳じゃないが、すんなり寝れた訳でもない。

 ただ、それでもとても気持ちの良い朝だった。


 モーニングを食べて、帰り支度をし、お会計をする。

 ちゃっかり俺持ちだが、お礼の気持ちもあるし快く支払った。


 帰りの車の中でも昨日の楽しかったこと、食事のことを思いだしながら、話に花を咲かせる。楽しい思い出がまた一つ増えた。

 そして、お風呂の話と寝る時の話も天には面白かったようだ。何度もいじってくる。これまた、ヘタレな思い出が追加された。


 天をいつものコンビニまで送り、別れの挨拶をする。

 もう天の姿が見えなくなるまで、コンビニの駐車場に立つのが習慣になってしまった。


 事務所に電話し幸に仕事はないかと確認するが、残念なことにないそうだ。

 今日はそのまま家に帰ると言って電話を切った。


    ・   ・   ・


 家に着いたのは、夕方になってからだった。

 いつも通り家に挨拶し帰ると、玄関ホールに珍しくヴァンパイア3人が集まっていた。


 「ただいま~。皆さん珍しいですね、こんな所に集まって。何かあったんですか?」

 シュタルクとマゴロクがその声に気づき、集まった輪に道を開けてくれた。

 そこにはリリエールが青い着物で、髪が短く、細い目をした小さな男の子をぶら下げていた。


 「祐さん、お帰りなさい。実は私たちも今、知ったところなんですが…」

 「おい、化け物人間。こやつ、気付いたらわしの部屋に入っておったぞ。どういうことじゃ? いつから子持ちになったのじゃ?」

 幽霊屋敷が得体の知れない者をそんなに簡単に入れる訳がない。誰かが招かない限りは基本的には鍵を閉めているのだ。


 「リリエールさん、とりあえず下ろしてあげたらどうですか? 子供の扱い方が雑すぎますよ」

 リリエールは仕方がないと言わんばかりの顔で、ぶら下げていた子供を下におろした。

 流石に可哀想だと思い、男の子に近づき声を掛ける。


 「痛かったろう? ごめんね。 このお姉さんにも悪気はなかったんだ…って言葉が難しいか。とりあえず、痛くなかった?」

 そう言うと男の子は笑顔になって頷いた。

 簡単な言葉は分かるとして、どこかの子供が迷い込んだのか。しかし、家の近くに民家はない。


 少し不安そうな顔を男の子がしたので、安心させるために頭を撫でた。

 子供にはこれが安心するだろうと思って……。


 「皆さん、この子は…怪異ですよ」


 触るまで気付かなかったのも無理もない、幽霊屋敷に住んでるだけでも分かりづらいのに、怪異の頂点が3人もここにいるのだ。

 その影響下では触れてみるまで怪異かどうか分からなかった。

 仕方がないことかもしれないが、この見た目から察することができる怪異は1つだ。


 「この子は座敷童子ですね。人の正の感情から生まれた、優しい怪異といえば良いのでしょうか。悪いことをする怪異ではありません」

 「じゃあ、ここに何しに来たんだ? 茶でも飲みに立ち寄ったってことか?」

 マゴロクの質問はもっともだ。しかし、座敷童子は気まぐれなのだ。こちらの意図に関係なく……。


 「この座敷童子は、基本的には神出鬼没です。いつの間にか現れ、しばらくすると去っていくのが普通です。放っておいても悪いことはしません。

 むしろ、幸せを人に与える怪異ですから、皆さんに幸せがあるかもしれませんよ」

 「怪異なのに人を幸せにするか…まこと珍しい怪異じゃのぉ。しかし、こやつ自体は幸せなのじゃろうか……」

 リリエールの言葉に返せる言葉が見つからなかった。


 座敷童子とはいえ、怪異とはいえ、眠くはなるみたいだ。

 眠る場所を探さなければいけないが、残念ながら部屋は埋まってしまっている。


 どこか部屋がないかと考えるが物置はあんまりだし、地下室は閉じ込めるようで、とてもではないが寝せる場所ではない。

 あれこれ思案しても結局思いつかないので、自分の部屋に布団一式を運びこんだ。家主が一番割を食うのはどうなのだろうか。


 「おお、感心感心。子持ちになる前に子供の扱いを勉強するとは、化け物人間も流石じゃのお」

 布団を敷いているところを見て、リリエールが楽しそうに言ってきた。


 「リリエールさんも子供さんが生まれてくるんですから、俺より先に勉強してみませんか?」

 「断る。わしは夜型であろう? 昼に動かれてはかなわん。眠る時ぐらいはゆっくり眠らせてもらいたいものじゃのぉ」

 言っていることも一理ある。確かに、夜に活動するヴァンパイアと昼に活動をする座敷童子は合わないかもしれない。

 でも確か、夜に悪戯をするとも言うが、それも座敷童子でそれぞれ違うのかもしれない。


 眠そうに眼をしょぼしょぼとしている座敷童子に声を掛け、布団をめくりあげて座敷童子を布団の中に招く。

 座敷童子は嬉しそうな顔をして布団の中に潜りこんで、しばらくゴロゴロしたり、布団から顔を出しては中に入るなど、それなりに楽しんでいるようだった、


 食堂兼キッチンでシュタルクの作る料理を食べ終わり、食後のティータイムとなった。

 「祐さん、すいません。家主のあなたの部屋に座敷童子を置いていただいて。本来であれば私共の、」

 「シュタルク、気にする出ない。化け物人間もこれで幸せになるやもしれんからのぉ。女子遊びも増えるやもしれんぞ?」

 流石はシュタルク、と思ったがリリエールの言葉で台無しだ。そもそもこれ以上、女性と遊ぶつもりはない。


 「シュタルクさんもマゴロクさんも、お昼に寝ているとはいえ、それなりに気を張って寝ているでしょ?

 今までの長い生活の癖も抜けてないでしょうから、できるだけ寝て欲しいです。

 それに私は今も幸せですよ? 皆さんと暮らせて、とても充実しています」

 そうなのだ。ヴァンパイアハンターから狙われるということは、昼に狙われる可能性が高い。


 寝ていてもすぐに動けるようにしておかないと、自分の身すら守れない。

 そんなことを考えていると、3人とも思い思いの笑い声をあげていた。


 「私も祐さんと出会えて幸せですよ。安心して暮らせることが、どれほど良いものか。改めて実感してます」

 「まあ、退屈な日々じゃあるがな。茶も飲めて酒も飲める、あとは剣を振り回せれば最高なんだが……。悪くない生活だ」

 「化け物人間の血を吸いたい放題だしのぉ。ゆっくり眠れて、血を飲めて、紅茶を楽しむ…優雅な生活じゃ。化け物人間がお人好しなお陰じゃな」

 そう言って、また3人は笑い出した。そんな風に思ってくれていると思うと俺も笑ってしまった。これも1つの幸せだと思った。


 もう、夜もいい時間になって来たので、寝る支度をすると言って食堂を後にした。

 これからは彼らの時間でもある。思い思いの時間を過ごしてもらおう。


 外の空気を吸い、夜風に当たる人。月明かりの中、自分の研鑽を続ける人たち。

 それぞれの楽しい時間が今から始まるのだ。それに合わせるように俺は眠りにつく。

 そうか、座敷童子がいるから部屋に入る時に注意が必要だ。


 どうやら夜は眠る座敷童子らしい。少し安心して、布団の中に入る。

 前日は天と一緒に寝た。横に暖かな温もりがあったことを思い出すと、少し寂しい気がした。

 そんな素敵な思い出に浸っていると、横の布団から座敷童子が出たような音がした。


 遊びに行くのか? 声を掛けるのもはばかられたので。黙ったまま寝たふりをした。

 すると、俺の布団の中に座敷童子が潜り込んできた。俺の横で丸くなる座敷童子。

 1人は寂しいのかもしれない。1人の寂しさを知っている俺には、座敷童子を追い出すことができなかった。


     ・   ・   ・


翌日

 朝、起きると寝る前に俺の分の食事をシュタルクが用意してくれるので、早速食べに行く。


 そう言えば、座敷童子は布団の中にいたかと疑問に思った。

 食堂に行くと俺の食事分と小さな器がいくつかあり、それにも食事が用意されていた。


 「シュタルクさん、おはようございます。いつもありがとうございます。あの…この小さい器なんですか?」

 「祐さん、おはようございます。祐さんの分と座敷童子の分です。ほら、そこで一生懸命に椅子に座ろうとしているでしょう?」

 なんと、ご飯まで食べるのか…まあ、ヴァンパイアも食べてるから、食べれないこともないのだろう。

 つくづく人間に近い怪異だと思い、座敷童子を脇から持ち上げて椅子に座らせた。


 「シュタルクさん、和食上手になりましたね、とても美味しいです。ああ、座敷童子。熱いから、冷まして食べないと」

 「ありがとうございます。マゴロクも時々、和食を食べたくなるみたいですので、そちらも勉強いたしました。しかし、祐さんはお父さんのようですね」

 ヴァンパイアは基本的に血があればことは足りる。

 しかし人間のときの名残りがあり、食事をすると血を吸うのとは、また違う感覚を味わえるらしい。おそらく満足感のようなものか。


 だが、子供を持ったこともないのにお父さんとは、嬉しいのやら悲しいのやら。苦笑いしかできなかった。

 仕事に行く為に外に出ようとすると、座敷童子が付いて来た。

 外に出した方が良いのかと思ったが、とりあえず家にいるように、と言うと黙って家に戻って行った。

 

 事務所に着いて鍵を開けると、幸はまだお休み中のようだ。

 ヴァンパイアと違って惰眠を貪っているので、容赦なく電気を点けて、ブラインドカーテンを開ける。


 「う~、祐さんは~、鬼か、悪魔か、妖怪か、怪異ですねぇ~。人の楽しみを奪うなんてぇ」

 「人間の活動時間なんだから、起きなさい。人のことをボロクソに言う元気があるんだから、しゃんとして。先ずは顔、洗ってきたら?」

 幸はあくびまじりで返事をしながら、給湯室に向かう。


 あくまでも事務所なのに、家として使える技術には感心するが、あくまで事務所だ。


 顔を洗ってきて、人が買ったチョコバーを食べながら仕事部屋に戻ってきた。

 「幸ちゃん、言うまでもないかもしれないけど、それ俺んだかんね? っと、忘れてた。幸ちゃんに聞きたいことがあるんだけど、今いい?」

 幸はチョコバーを咀嚼しながら、右手を前に突き出した。ちょっと待てということか。俺のチョコバーを食べ終わるまで……。


 「祐さん、失礼しましたぁ。どうぞ、ご質問くださ~い。デートの行き場所とかは尋ねられても困りますよぉ?」

 「幸ちゃん、そこら辺は聞くことないから安心して。幸ちゃんの専門、怪異の話だよ。しかもメジャーな…座敷童子についてなんだ。

 実は今、家に現れちゃってさぁ。どうしたら良いと思う?」

 幸の目が丸くなり、それが輝き始めた。楽しいことなのかとも思うが、違う気もしてきた。


 「祐さん、最高じゃないですか! 座敷童子ですよ?

 旅館とかで出たら死ぬ気で出て行かないようにご機嫌とりするぐらい、幸運をもたらしてくれる怪異です。

 もし事務所にきたら、依頼人がひっきりなしにくるかもしれませんよ?」

 それはそれで面倒だ。1件の案件で結構こちらも手一杯になる。そんなに増えたら対応できない。


 「幸ちゃん、それって良いことなのかなぁ? 俺は現状で十分に幸せなんだけど。それに幸運をもたらすって、存在自体がってこと?」

 「まあ、祐さんは欲が少ない方ですからねぇ。

 しかし、世の中には欲が少ない人の方が少ないと思いますよ。不幸せの人だけでなく、幸せでもそれ以上を求めます。

 それに自分の力で手にする訳ではなく、怪異の力ですからね。何の努力もなしに幸運がもらえれば、これほど楽な幸せはないと思います。

 あと、座敷童子自体が幸運を無尽蔵に出している訳ではないと思われます」

 幸の言う通りなのだろう。


 自分の力でなく他人の力。それが自分のものとして手に入る。正しく棚からぼたもちだろう。

 しかも、怪異が見えない人には、尚更ありがたみなんて感じない。


 「無尽蔵ではないってことは、やっぱり力を消費しているっていうこと?」

 「祐さん、座敷童子も怪異なんですよ? 力を使えば、それを補充します。

 しかし、容易なものではありません。何故なら皆から求められる力の方が多いからです。

 座敷童子は無垢な子供などの正の感情が集まって出来た怪異です。その力が人を幸運にさせます。

 しかし、皮肉なことに座敷童子を求める人は負の感情を持った人が多いんです」

 幸の言葉に少し唸って、考えさせられた。


 正の感情の集まり……。普通の怪異とはまったく逆だ。

 恨みや妬みなどの負の感情は溜まりに溜まって爆発するように外に放出しやすい。


 しかし、正の感情はその場限りの小さなものや、内なるものとして心の中に秘められてしまうから流出しづらい。

 負の感情の方が世の中に蔓延しやすいのだ。


 「てことは、幸ちゃんさぁ。正の感情の補充も難しくて、負の感情を持つ人が座敷童子にお願いをし続けたら?」

 「まあ、祐さんも想像していると思いますが、消えます。座敷童子はあまり断ることができない。

 いえ、そういう風に思うことができない怪異なのかもしれません。

 幸運を与えてくれる存在に負の力が殺到したら、最悪祟り神になりかねないみたいですね。何にしても結局はどこかに去って行きます。

 その先はどうなるか分かりませんが……。祐さんの所に来たのなら、それはそれで色々お願いしてみるのも良いかもですね」

 断ることを知らず、いずれは消えていく……。


 人を幸せにしたいという感情は分かる。

 だが、人から乞われて幸せにするのは違うと思う。自分の意思でないものを優先させることはできない。


 「ああ、祐さん。言い忘れてました。座敷童子は気にいった人に対しては勝手に幸せにするから、気を付けてください。いえ、喜んでくださいというべきでしょうか?」

 それはそれで力を使うのではないだろうか。それなら、そんな幸せなんて必要ないと思った。


     ・   ・   ・


 幸にちょっと下に行くと言って、プレシャス・タイムに行った。


 「いらっしゃいませ。まあ、お1人やろな」

 「いらっしゃいませ。あ、祐さん、こんにちは」

 相変わらずの三善と凛の言葉がこれほど違うとは。まあ、いつものことながら面白い。


 「三善、俺にだって1人じゃないこともあるだろ? 凛ちゃん、仕事には慣れた?」

 俺も萌香や天と来るし、決して1人ではない。


 萌香の友人の凛も、ここでバイトしてそこそこ経っている。

 もう1人で動けるようになったのだろう。

 気安く話せる人が増えたのは嬉しい事だ。


 「なんや、祐。今度は凛ちゃん狙いかいな? こいつは人の店の子ばぁっか目を付けるから、凛ちゃんも気ぃつけとかなあかんで?」

 「おい、三善。それは聞きずてならんぞ。

 俺はたまたま円ちゃんにハートを射抜かれただけであって、お前の店は関係ないし手当たり次第ではない!」

 誓って言う、本当にたまたまなのだ。


 近場にいる子だから好きになるなんてことがあれば、上にいるグータラ娘を好きになることになるだろうが。

 そんなくだらない話しをしていると、ドアの開く音に合わせてベルの音がなった。


 「いらっしゃいませ。円ちゃん、どしたん? 今日は学校やろ? まぁ、凛ちゃんも学校なのに出てくれとるけどな」

 「私は今日受ける講義は少なかったですし、萌香ちゃんがノートを取っているから大丈夫です。彼女のノートは凄いんですよ」

 何故か萌香のノートを凛が自慢げに話しているが、萌香は勉強が得意だから、何となく想像がつく。


 「今日は講義の予定だったんですけど、たまたま休講が重なって。それで凛ちゃんとバイト変われればと思って来てみたんです」

 それは偉い。普通ならラッキーと思って自分の時間を楽しむだろうに、円は凛の為を思って戻って来たなんて。やっぱ天使パネェ。


 「円さん、ありがとうございます。もう講義も終わってますから、このままバイトに入ります」

 「すまんなぁ、凛ちゃん。この時間は別ん子がいっつも入ってくれよったんやけど、今日はダメやったんや。円ちゃんの好意に対して、飲みたいもの出すわ」

 「ありがとうございます、店長。じゃあ、キャラメル・マキアートでお願いします。祐さん、隣に座って良いですか?」

 んっ!? 今までにない事態に混乱することしかできない。

 円が横に座るとか、今までなかったことに……。鼓動が高鳴っていくのが分かった……。


 「店長、やっぱり美味しいですねぇ。凛ちゃんには悪いけど、お店に来てラッキーでした」

 俺の横でキャラメル・マキアートを飲む円が、三善と凛に話しかけている。

 その状況に全く入れない。いや、入ったらダメだ…絶対に横の円を見るからだ。


 「…さん、祐さん。どうかしました? 何か真剣に悩んでいるようでしたけど?」

 おうふ! 思わず、変な声を上げるところであった。円の顔が近い。目線をずらしながら、ごまかす。


 「いや、ちょっと考え事をね。なかなか難しい問題があってねぇ。どうしたもんかと三善に相談しに来た訳さ。な、三善」

 三善が急に話題を振られて驚いた後、呆れた顔をされた。すまん、と目で謝りながら、何とか距離を取ろう。


 「ま、まぁ、祐も~、色々あるからなぁ。あんまり話せられへん内容もあんのや。普段アホな祐もちゃんと真剣な時があるぅちゅうことや」

 ナイスアシストだ三善。これなら、きっと話を別の方向に持って行けるはずだ。


 「店長、そんなことはないですよぉ。よく真剣な祐さんをお店の中から見てましたよ。何かこう…キリッとしてますよね。ね、祐さん」

 話が戻ってきたぁ! もう三善はあてにしては不味かろう。

 ここは普通に返すのが無難だろう、と思った時にグラスが倒れる音がした。


 「あぁ、ごめんなさい。店長、テーブル用のダスターを借りても良いですか? すいません、全部こぼしてしまって床にまで……」

 円の倒した水が、テーブルをつたってスカートの上にまで滴っていたので、慌ててハンカチを出す。


 「円ちゃん、スカートにまで水が掛かっているから、こっちを使いなよ。しっかり乾いてるからさ」

 「祐さん、ありがとうございます、お借りします。祐さんは気が利くし、本当に良い人ですねぇ」

 円はハンカチを借りて、簡単にスカートの水を拭った。他にも濡れた場所があったのだろうか、頭を下げるようにして、拭き始めた……。


 おうふ! おうふ! また変な声を上げそうになった。

 円のTシャツの首元の隙間からブラが…見てはいかん。


     ・   ・   ・


 しばらくして円は帰って行った。凛も桔梗と交代して帰って行った。

 いったいなんだこの幸運は……心臓に悪すぎる。逆に不幸に思ってしまう。


 「よかったなぁ、祐。円ちゃんと楽しゅうお喋りできたやろ? めったにない機会やで? 十分楽しめたか?」

 とりあえず、三善に俺の苦悩を伝える為に、今日あったことを話す。桔梗がこちらにいない時に……。


 「なんや、このドスケベが。そら良かったやないか。一生もんの宝として、目に焼き付けとけ。ええ思い出がでけたやないか」

 「いや、これはもしかしたら…いや、確実に座敷童子の所為だ。

 たまたま講義が休講になって、たまたま凛ちゃんがシフトに入ってて、それと交代する為に店を訪れた。

 だけど、たまたま凛ちゃんの講義がもう終わってて、偶然に俺がプレシャス・タイムに来ていた。

 その横に円ちゃんが座り、たまた…まあ、あんなことがあったわけだ」

 思い出すだけで赤面しそうになりながら言った。


 思いつく限りの偶然を並べてみた。三善も悩んでいる。確かに人生は偶然の連続だ。

 しかし、俺の愛する円が横に来て、それであんな物まで見てしまって……。


 「確かに、すこし出来過ぎた話やなぁ。

 円ちゃんがお前を嫌うとる訳やないから、隣に座んのも分かるが……。ブラの覗き見は祐にとっては毒やで」

 「お陰様で、心がどえらいことになりましたよ。でも、出来過ぎと思うだろ? こんなことが続いてたら、俺は死ぬかもしれんぞ。色んな意味で」

 ショック死だけならば良いが、他の人から何か言われて心を殺しに掛かられる気がしてならない。


 「まあ、あとは座敷童子本人に聞いてみるこっちゃな。お前としては、そういうんは嫌なんやろ?

 やるんなら、自分でやる男や。……円ちゃんには結局、何もでけへんかったけどな」

 大きなお世話だ。俺には俺で天使がいるから構わん……。

 でも天使が多いのも構わないか、と思った邪念を洗い流すようにコーヒーを飲み干した。


     ・   ・   ・


 特に仕事の依頼もなく、幸と事務所の中でくつろいでいた。


 「幸ちゃんさぁ、どうやら完全に座敷童子に力を使わせてしまったみたいなんだよ」

 ソファベッドでくつろぎながら本を読む幸に言った。


 「早いですねぇ。よほど気にいられたのかもしれませんねぇ。となると、これから幸運がドンドン舞い込んできますよぉ」

 「ドンドン舞い込んできたらさぁ、座敷童子はどうなるの?」

 幸は本を読むのを止めてこちらを向いた。


 「いずれは消えるでしょう。祐さんが幸運を望まぬとも、座敷童子には気に入った人に幸運を送り続けます。それしか知らないんです」

 それしか知らない……。そんなの悲しすぎるじゃないか。

 自分の幸せはなく消えていく。普通の怪異ですら、自分の楽しみの為に存在しているやつが多いのに。


 「座敷童子を追い出すとか、成仏させるとか無理かな?」

 「追い払うのは簡単だと思いますよ。祐さんが願えば良いです。成仏については……。

 結局、正の感情が集まった怪異ですから喰らう以外に方法はないでしょうね」

 怪異か…怪異なのだ。


 それは、もともと人間がベースではなく、人の正の感情。子供の無垢な明るい感情、優しさ、楽しさ。

 そのようなものが集まり、分け与える怪異なのだ。


 もう夕方になっていた。幸に帰ると言って電話番を頼んだ。

 考えるのはやはり座敷童子のことだ。どうしたものかと考えている。


 このまま消えていくのを容認することはできない。しかし、他の所に行っても結末は一緒だ。

 答えが出ないまま、家に着いてしまった。玄関の重々しいドアを開けて、家に挨拶をする。


 「おい、化け物人間。こやつ、またわしの部屋に入って来おったぞ。家は鍵を開けるし、こやつのことを気に入り過ぎてはおらぬか?」

 「またリリエールさんの所に入ったんですか? 俺の部屋に遊べそうなものもあると思うんですがねぇ……」

 リリエールが下に降りてきて、ぶら下げていた座敷童子を床に下ろした。


 その時に少し違和感があった。

 前は着物から少しだけ手が出ていたが、今はもう見えない。


 「おい! 座敷童子! お前、今日俺に幸運を使っただろ!? だからお前、小さくなったんじゃないのか!?」

 座敷童子は首を傾げている。本人にも自覚がないのだ。だから、不味いのだ。

 幸福になりたくない人間はいない。でも、人から押し付けられるのは幸福ではない。


 「座敷童子、聞いてくれ。お前はもうあまり力が残っていないんじゃないか? だから体も小さくなったんじゃないのか……?

 俺はいらない……お前が消えてなくなるような幸福はいらない! 自分が幸せになってくれ……。方法が分からないなら一緒に探せばいい。

 人に幸福を与え続けることがお前の生まれた理由だったとしても……。

 お前の温もりは本物だった! 怪異にだって生き方は色々ある! から…だから……これ以上、使わないでくれ……」

 座敷童子の肩を掴んで絞るように出した言葉は、最後には涙声が混じったものになってしまった。

 大粒の涙が頬を伝った。本当に泣きやすくなったものだと思った。


 顔に優しい何かが触れてきた。座敷童子が涙を拭ってくれたのだ。相変わらず笑顔のまま。

 分かって欲しくて何とか言おうとするが、言葉が出ない。

 そんな俺を見てか、座敷童子は大きく頷いた。


 その時、座敷童子は全身から綺麗な白い光を発し、微粒子のように光が散らばっていく。

 「待て! 座敷童子、消えるな! 俺にはお前がいた方が幸せなんだ! だから消えるな!」

 座敷童子の最後に見た顔はいつもの笑顔とは違う、温かな微笑みのような感じがした。

 光の粒が家中に広がり消えて行った。


 シュタルクもマゴロクも会話を聞いていたのだろう。何も言わずに部屋に戻って行った。

 残ったのはリリエールと、うな垂れている俺だ……。


 「あの小僧もお主に、自分のことを思って言ってくれたことが嬉しかったのであろう。

 最後に消える時の微笑みはそういうことやもしれん……。

 もし…わし等が死ぬ時があっても、お主が悲しんでくれるのならば、少しは嬉しく思って死んでいけるであろうよ……」

 そう言い残して、リリエールも部屋に戻って行った。


 1人残された俺は誰も入っていない布団を見て、誰かいないか確かめるように自分の布団の中に入った。

 そこは冷たい空間だった。


     ・   ・   ・


 朝日が差し込んで来ていた。あのまま寝てしまったのか。


 寝ながら、少し涙したことまでは覚えているが。

 やはり1人の布団には、1人分の暖かさしかない。

 シュタルクが朝食を用意しているであろう、食堂に行った。


 そう言えば昨日は夕食を食べていなかった。

 食堂のドアを開けるとシュタルクが朝食の準備をしていた。


 「シュタルクさん、おはようございます。2日続けて和食とは珍しいですね。いつもは日替わりで色んな国の朝食に挑戦していたのに」

 「ああ、それは彼が好きかと思いまして。今日も和食にしてみました」

 彼? テーブルを見ると、俺の食器一式分と小さな食器が置かれている。

 屈んでみると、そこには座敷童子の姿があった。


 俺を見て手を横に大きく広げる。椅子に乗せて欲しいということだろう。

 持ち上げて椅子に座らせる。前に見た笑顔のままだ。シュタルクが2人の朝食をよそってくれる。


 「座敷童子、ちゃんと冷まして食べるんだぞ。熱いと食べるのが大変だからな」

 座敷童子に食べる時の注意点を言うと大きく頷いた。シュタルクが楽しそうに微笑んでいる。


 食事を終え、座敷童子に俺の部屋で遊んでいいものを教えて、仕事に行く為に玄関ホールに出る。


 「おお、化け物人間。調子はどうじゃ? ん? 小僧がおるではないか? どこぞの隠し子か?」

 「違いますよ。……多分、俺が祈ったからでしょうね。色々な生き方を探したくなったんでしょう。

 もう幸せを与えるだけの怪異じゃない。自分の幸せを探せる怪異になった……。そう、思います」

 座敷童子を見ながら嬉しさを込めて言った。その言葉の所為か、リリエールが少し微笑んだ気がした。


 「では、お主の気分も良くなったところで、更に気分を良くしてやろう。ほれ、首を出せ。昨日は吸えんかったからのぉ。覚悟せい」

 笑いながらリリエールはそう言うと、相変わらず抱きついて首筋から血を吸う。

 気持ち良いのは変わらないが、それとは別の気持ち良さがあった。


 プレシャス・タイムに行きコーヒーを頼む。

 仕事はないが、夏になれば盛った方々が増えるから仕事も増えるだろうと考えていた。


 「祐、良かったやんか。座敷童子、残ってくれたんやろ? これでハッピーが続くんやないか?」

 「三善…幸運は終わり、続かねぇよ。そういう風になってくれたんだと思っている。可愛い子供の同居人が増えたってことさ」

 「なんや、つまらん。またお前のムッツリスケベな話を期待しとったんに。まあ、ええわ。お前らしゅうて」

 何だかんだ、三善とのやり取りは落ち着く。まあ、ムッツリスケベであることは認めよう。心の中でだけ……。


 「祐さん、コーヒーお待たせいたしま~あぁぁぁ…ごめんなさい! 祐さん、大丈夫ですか!?」

 頭からコーヒーを被った。熱いのもあるが、これは座敷童子が幸運を使わなくなった証拠であることの方が嬉しかった。

 ハンカチで適当に拭き。円には気にするな、と言った。


 「ほらな。幸運から見放されただろ? コーヒーを頭から被るなんて、どう見ても幸運ではないな」

 「いや、ドMな祐のことやから円ちゃんからコーヒーをぶっかけられるのも、ご褒美なんやないん、」

 「ドMじゃねよ!」


 怪異は人々の思いを元に生まれ、その思いを糧に生きている。

 座敷童子には負の感情ではなく、正の感情を与えていこう。

 そして、あの子自身が喜べる何かを見つける手伝いをしたいと思った。

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