母の愛情
愛情。とても良い響きの言葉である。
慈しむ心、誰かを慕う、愛情は特定の人に持つ感情と言えるだろう。
特に、親子関係などでは愛情は顕著に見られることが多い。
これは本能的なものなのか、動物の世界でも度々目撃される。
子供が怪我を負い、それを見捨てないと生きていけない状況であるにも関わらず、母親は子供と一緒に生きることを選択することがある。
本能的にも分かるはずだ。自分と傷ついた子供とで生きていくのは無理だと。
だが、それでも一緒にいようとする。その姿はまさに母の愛としか思えない。
母となるものには無自覚に子供を大切にするものなのか? 残念ながら、そうではない事例も多い。
悲しい事件はあるが、母の愛情を受けて育つことができる人が増えて欲しいと願いたい。
愛情を受けることなく生きた者が、人に愛情を与えるのは難しいと思うから。
一番身近な人から愛情を受けることが、子供にとって人に愛情を与えるようになれる一番の秘訣ではないだろうか。
ただ、必ずしも自分の生みの親からの愛情でなくても良いのかもしれない。友人、恋人も多くの愛情を与えてくれる。そこから学ぶこともできる。
愛情を受けたら、受けたことを覚え、別の人に愛情を送ろう。そうして不器用ながら育った男の話を今回はしよう。
・ ・ ・
5月下旬
祐は妊婦・乳幼児の専門店に来ていた。
ハッキリ言って今のところ、ここに来る必要性は皆無であった。
しかし、店に入ると興味が惹かれるのも多くある。
子供の遊び用品も昔のイメージしかなかったから、技術の進歩に感心していた。
「…祐さん…買わなくて良いんですか……?」
萌香の声で我に返った。
そもそも、ここに来たのは目的があって来たのだ。決して冷やかしに来るような場所ではない。
「ごめん、あまりのおもちゃの進化っぷりに夢中になってしまった。
ごめんね、付き合ってもらったのに待たせちゃって」
元からお子ちゃま趣味を引きずっているのは知っている。
だが、昔に経験できなかったことを、今こそ全力で取り組んでいる気もする。
「…マタニティウェア…こっちにありました……」
萌香に連れられて店内を進んで行くと、それらしき服が陳列されていた。
マタニティウェアのコーナーもなかなかに広い。
オシャレなのも多く、妊婦さんでも女性としてファッションを楽しみたいのだろう。
「…どんなものが…良いんですか……?」
服を見ながら悩んでいると、萌香が聞いてきた。
萌香に選んでもらうのも良いが、知らない相手になると俺のセンスで選んだ方が…。いや、女性の勘を信じよう。
「金髪の美人でスタイル抜群の女性が着ても良さそうな感……。何か赤い色とか似合いそうな感じかな」
最初に口にした言葉はいらなかったと思うが、後半の言葉で分かってもらえたのか、萌香は赤系の服を探し始めた。
何もしないのも悪いと思い。色々見てみるが美的センスのなさからか、これ! と言った物が見つからない。
「…祐さん…これなんてどうでしょう? …スタイルが良い方なら…少し大きめにしてみました……」
可愛らしいワンピースだ。想像してみる…多分、似合うだろう。色もローズと書いてあるし。好きそうだ。
「萌香ちゃん、ありがとう。これはピッタリだと思う。
やっぱり女の子のセンスに頼って良かった。変なの買ったら、なんて言われるか」
多分、けちょんけちょんに貶されることだけは、間違いない。
「…いえ…今日は仕事もなかったですし…書類整理も終わってましたから……」
要は仕事がなかったのだ。いや、ちょっと前まであったのが片付いたのだ。
他にも2着ほど買うことにした。1着では、あんまりだろう。
「…祐さん…聞いてもいいですか……?」
会計を済ませていると、萌香が話しかけてきた。
たぶん、これを買った意図が気になったのだろう。
「ああ…んん~、前に家に来たことあったよね?
シュタルクさんと会っただけだっけ? 俺の部屋まで案内してくれた人」
前に萌香がお見舞いに来てくれた時は、シュタルクに案内をしてもらったのだ。
「…はい…とても丁寧な方でした……」
シュタルクの所作は紳士的というか、すごく優雅な感じだ。
だから丁寧という表現になったのだろう。
「その事、誰かに話した?」
重要なことである。あまり人に知られていいことではない。
「…いえ、話していません。…言うことでもないかと……」
萌香のこういうところは良い所かもしれない。必要な時には必要な事を言う。
「じゃあ、俺の家に行こう。丁度、夕方だし。起きているかな」
萌香を車に乗せて、家に行くのは初めてである。
むしろ、家に自分から他人を連れて行ったことはない。ヴァンパイア以外は。
「とりあえず、家に着いたら挨拶ね。
シュタルクさんに聞いたかもしれないけど、あの屋敷は幽霊屋敷でさ。
手つかずのままだったから買い取ったんだ。
ただ、家が機嫌を損ねると、鍵閉めたりして大変なんだよ」
先ずは家のことを説明する。説明することが多いから、小出しに説明することにした。
家の鍵を開けて、ただいま、と言うと、萌香は、お邪魔します、と言った。
シャンデリアが少し揺れたので、歓迎しているようだ。
玄関ホールから食堂に案内しようと思ったら、食堂からシュタルクが出迎えに来てくれたようだ。
「祐さん、お帰りなさい。
…そちらの女性は確か、都 萌香さん、でしたよね? お久しぶりです。
そういえばあの時は自己紹介を忘れておりました。
シュタルクと申します。守屋さんのお屋敷にご厄介になっている者です」
そう言ってシュタルクはゆっくりと丁寧なお辞儀をした。
「…こちらこそ、お久しぶりです。…その節はお世話になりました……」
萌香もシュタルクのお辞儀につられたのか、深々と頭を下げている。
「おお? なんだよ、お前。いつから女を連れ込む甲斐性を持ったんだ?」
マゴロクがまだ眠そうな顔をして食堂から出てきた。片手には血液のパックを持っている。
「マゴロクさん、こちらは助手の都 萌香ちゃんです。前に話したでしょ」
血液パックからストローで血液を補充している、マゴロクに言う。
「…マゴロクさん…都 萌香です。…よろしくお願いいたします……」
「ああ、お前さんが助手か。こいつ、お前さんのことを結構買ってるぜ、まあ頑張れよ」
ぶっきらぼうにそう言うと、自分の部屋に帰って行った。
「都様、すいません。マゴロクは普段からあんな感じでして。
それでも悪い風に感じているようではないですよ」
シュタルクがすかさずフォローを入れてくれた。
確かにマゴロクにしては、珍しいかな。と思った。
「何じゃ、化け物人間よ。帰って来ておったのか。
頼んだ物は買ってきたか? む? 誰じゃ、その女子は?」
今回、俺を妊婦・乳幼児の専門店に送りこんだ張本人が、気怠そうに下りてきながら萌香を気にして言った。
「…都 萌香です。…よろしくお願いいたします……」
萌香の自己紹介を受け、リリエールは少し考えて、顔が明るくなった。
「化け物人間の助手か。ほお…化け物人間も隅に置けぬな。
家にわしという者がおりながら、女子を連れ込むとは」
意地悪そうな顔でこちらを見ている。あなたはただの居候です、とは言えなかった。
「仕方がない。罰として血をいただくとするか…たらふく貰うとしよう」
逃げようとする前に抱きつかれ、首筋に痛みが走ると同時に感じる多幸感。
しかも長い……お陰で倒れてしまった。
すぐに気が付くと、リリエールが楽しそうに笑っている。
「良い様よのぉ。女子を泣かせるような真似をするからじゃ」
「リリエールさん、なんで直接、血を吸うんですか? ちゃんとパックに入れて保存しているじゃないですか?」
その言葉にリリエールは不満げに横を向いた。
「新鮮な血の方が美味いのじゃ……。あと、お主の照れ顔が面白くてのぉ。初心な男よのぉ」
そりゃ、新鮮な方が美味しいだろう。
だいたいリリエールの様な妖艶な女性に近寄られたら、照れるに決まっている。
「…祐さん…この方々は……?」
「ヴァンパイアじゃ。こやつをよろしく頼むぞ。
バカな男だから大変であろうが見放さないでやってくれ」
事も無げに自分をヴァンパイアと言った。
おそらく会話の中で、萌香の話は何度も出てきているから信頼してくれているのか?
「萌香ちゃん、ヴァンパイアってことは絶対に言っちゃだめだよ。というか、この人達の話は基本禁止ね」
「なんじゃ? わしのことを聞かれては困る女子でもおるのか? いつの間にか成長したのぉ」
あなた達を思って話しているのに、茶化すのはどうかと思い、リリエールに湿った視線を送った。
「お、そうじゃ。頼んでいた物を買ってきてくれたか?」
買ってきた洋服の袋を、無言でリリエールに突き出す。
「素直じゃない男じゃのぉ。ふむ…良い色をしておる。
形も悪くないのぉ。やるではないか化け物人間」
「それは萌香ちゃんが選んでくれたヤツです。お礼するなら、萌香ちゃんにしてください」
リリエールは服を気に行ったようで、鏡の前で自分に服を合わせている。
「なんじゃ、褒めて損したわ。
萌香とやら、助かったぞ。化け物人間より、よほど役に立つやもしれんな」
「…いえ…気に入ってくださって…嬉しいです……。
あと、皆さんのことは…誰にも言いません…絶対……」
リリエールが萌香を優しい顔で見つめている。萌香の思いが伝わったのだろう。
「化け物人間が言う通り、お主もなかなかに芯が強そうじゃなぁ。まあ、よろしく頼む」
そう言うと、リリエールは部屋に戻って行った。
萌香とシュタルクと3人でお茶を飲んだ。
少しだけ出会いの話をしたが、細かい事は伏せておいた。
お茶を飲んだら、萌香を送ると言って、家を出た。シャンデリアが少し寂しそうに揺れる。
「…祐さん…色んな方と仲が良いんですね……」
確かに怪異と仲が良いことになるのだろう。
「萌香ちゃんは人の友達を作りなよ。
凛ちゃんとも仲が良いんでしょ? 人との繋がりが増えると学ぶことも多いよ」
自分がそうだったように……。人から多くのものを貰い、学んだ。それを少しでも他の人に与えたい。
「あ…凛ちゃん…プレシャス・タイムで働くことになりました……」
事務所に来た時に気に入ったのか?
まあ、良い子そうではあるから良いかと思った。
円のシフトが減ったらどうしよう、という邪念は言わないでおこう。
・ ・ ・
数日後
都内、某所。有名ホテルのロビーで待ち合わせをしていた。
今日はとあるパーティーがある。というか会合に近いものだ。
「祐~、ごめんごめん。道、分かんなくてさぁ。いやぁ、地下鉄意味わかんなかったわ」
真理奈が大きな紙袋と普段着ない、パーティ用の黒のシックなドレスを着ていた。
「真理奈さん、相変わらず方向音痴ですね。もっと手前で合流しても良かったのに。強情なんだから」
度々、真理奈の方向音痴に振り回されたことがある。こうなることは想像するに難しくなかった。
「まあ、無事に着いたんだし、OK、OK。もう始まってんの? 面倒な人からは隠れるのよ!」
人を待たせてOKなのか……。しかし、面倒な人から隠れる…それは無理だろうと思った。
パーティーはすでに始まっていた。
遅れて入るため、隅のドアから入ることにした。
しかし、気配を殺しても、まあ真理奈は目に着く。
贔屓目で見ても美人である。目を引かない訳がない。
そこかしこから声を掛けられている。ある意味、有名人だからだ。
呪文を詠唱せずに掌と指に呪文を彫って、霊力を流して発生させたい魔法に必要な呪文を繋いで、放つ。
それは霊力を糸の様に細くし、他の呪文に触れないように、正確に呪文を繋ぎ合わせるという、離れ業である。
魔法の知識も多く、これだけの力があるのに一般の退魔士の身でいたのだ。もっと金になる話も多かったはずだ。
それを本人は固辞した。自分の力は正しいことに使う、金儲けのために使う力ではない、と。
だからこそ、周りから良い意味でも悪い意味でも有名人なのだ。
このパーティー事態は大小様々な術士一派、魔法協会、霊能力者など様々な者が呼ばれている。
特に個人、誰とも繋がりがない者がメインとなる。
それなりに目を付けられた者にとってこの会合は、自分を売り出す絶好の機会なのである。
九条院家のようなデカい家もあれば、昔からの稼業のような細々とした家もある。
狙いは九条院家のような金になる場所だろう。
あとは魔法協会だ。多くの術士が在籍し、半官半民のような所である。
しかし、ここは利益を求めていないので、給料が労力に見合わない職場だ。
やはり狙いはデカい一家の一門に入ることであろう。
東北の九鬼、関西の獅堂寺、九州の水城。
だいたい大きな所はこれぐらい。ここの一門に媚を売る訳だ。
一門も使い物になるのか静かに試している所が多い。
ギリギリまで見えない霊力で何かを見せたりして測るものが多い。
使えない者を入れても足手まといになれば、即、命取りになることも多いからだ。
人を品定めしているようで、見ていて気持ちが良いものではない。
真理奈がほうほうの体で帰ってきた。
多くの人間に囲まれ愛想を振りまくのだ。疲れるのも分かる。
「真理奈さん、大丈夫ですか?
知ってはいましたが、真理奈さんの知り合いの多さにビックリですよ」
「あんたも行きなさいよ。一応、そっちの仕事してるんだから。まあ、嫌な視線は感じるけどね」
真理奈と違って霊能力者の伝手は多くはない。
人脈作りも必要だが……。それよりも嫌っている人が多いだろう。
禍ツ喰らいを持っているのもあるだろうが、それ以上に嫌われることがある。
それは真理奈と同じように、利益を追求せずに仕事をするからだ。
これは嫌われやすい。困った力を好きで貰った訳でもない人達も多い。
どうせなら金になる方が良いと考えるのが普通だ。
ただ、それでは駄目だと思って真理奈の真似事をしている。
真理奈の背中を見たからそうしたいと思った。
「ほお、このパーティーに嫌われ者のお前がに来るとはな……。どういう風の吹き回しだ?」
九条院家の当主、九条院 京が横から話しかけてきた。相変わらずの傲岸不遜さだ。
「さあ、気が向いたからじゃないか?
俺にお前から喋り掛けるなんて、皆からおべっか使われて気分が良いからかな?」
「ふっ…、土下座して頼み込んだ男の言葉とは思えんな。
いや、すまん…あの光景を思い出す度に笑いが出そうだ」
思い出したくない思い出を言ってくる。こういうところも九条院の嫌いなところだ。
「もう何年も前になるか。守銭奴が、とか言って掴みかかってきたのが懐かしいな。あれから少しは成長できたか?
いや、できていないから、あんな羽目になったんだろうな……。相変わらず度し難いやつだ。
…だから面白くもあるのだがな。余程こちらに愛想を振りまくやつよりマシだ」
そうだ。結局、こいつが嫌いなのは自分の感情だ。
あれから成長できていない。理解したくないが、する努力もしていないのは確かだった。
九条院が去ると、その陰から藤原 桐恵が柔らかい表情でこちらに近づいてきた。
「禍ツ喰らいの坊や、それに光本 真理奈さん。どちらも家にとっては厄介な存在だったねぇ。
まあ、今は引退してくれて坊やだけだからやり易いけどね。
ああ、坊やが預けたあの娘、順調に修行しているよ。辛いことにもめげないから、助かるねぇ。
このままいけば良い術士になるよ」
冷たい目をして、藤原は怖い笑顔をしている。
「そうか…そりゃ良かったな。ちゃんと優しくしてくれよ。当主との約束だからな」
「それはしっかりしてるさ。なんせ、坊やが土下座までしたんだからねぇ」
その姿を見ていない藤原が、その光景を見たかのように笑っている。
笑みを浮かべながら去っていく藤原を見て、九条院家が更に嫌いになった。
「あんた…よく知らないけど色々あったんだね。大変だったんだね、えらいえらい」
真理奈は心配そうな顔をしたが、すぐに優しい顔になり俺の髪をくしゃくしゃにするように撫でてきた。
「真理奈さん、それはちょっと恥ずかしいですよ。一応、人前なんだし」
「親が子供を褒めるのが悪い訳ないじゃない。もっと甘えなって、強情なやつめ」
心が温まる言葉だ。本当にこの人に出会えて良かった。
でも人前でヘッドロックは勘弁してもらいたい。
・ ・ ・
真理奈のヘッドロックから解放されると、こちらに向かってくる人がいた。
「真理奈さん、お久しぶりです。そちらが守屋くんですかな?
初めまして、大石 宗高と言います」
老人とは言えないが、60歳ぐらいか? 少し小太りでしわが多いからか、優しい感じに見える。
そんなことを考えてる場合じゃないと、すぐに自己紹介をした。
「大石さん、お久しぶりです。できれば直接伺ってお願いすべき事だったのですが……」
真理奈は珍しく、しおらしい顔で頭を下げていた。
「真理奈さん、頭を上げてください。私も救っていただいたこともあるのですから。
お互い様ですよ。今回のご依頼の為の物をお持ちになられましたか?」
大石の言葉に真理奈は頷くと、大きな袋からランドセルを取り出した。
大石は、ランドセルを手に持つと目を閉じている。眉間にしわが入ってて汗もかいている。
「祐、大石さんのあれはリーディング。それもかなりのレベルのね。
あくまで物が見たものから、その記憶を読み取るんだけど人が見えないものも見えるわ」
リーディング……。よく聞く超能力の一種である。
確かに存在は知っていたが、修行して取得できるものでもないので、直に見るのは初めてだった。
大石が目を開けると、大きく呼吸をした。
もしかしたら見ている間、集中していて呼吸もままならないのかもしれない。
「大石さん、すいません。かなりお疲れになられたでしょう? 外の椅子に座りに行きましょう」
真理奈が大石を促すようにパーティー会場から外に出て行った。
ここにいる理由もないので着いて行くことにした。
「やはり、歳ですかな……。見る時の集中力も、見えるものも、どちらの精度も落ちてしまいました。
しかし、真理奈さん…あなたの推察の通りでしたよ」
リーディングはかなりの力を消費するのだろう。終わった後の表情からも分かるほどに。
だけど、なぜ真理奈はランドセル何かを……。
「大石さん、ありがとうございます。やはりそうでしたか…。面倒なことになりましたね……」
真理奈が真剣に悩んでいるということは、かなりやりにくい相手か、そのままにしておくと災厄に繋がりかねないものの時だ……。
「真理奈さん、何があったんですか?
教えてください。俺も力になりますから。…いや、俺を頼ってください」
「いっちょまえの口を叩くようになったね。
…秋斗の学校でね。原因不明の高熱に悩まされる子が急激に増えたの。
医者は悪い風邪が流行ったんだろうって言ってたけど……。
私は怪異が絡んでいると思ったの。ただ、確証もないし、私の右手はこれだから。
ミイラ取りがミイラになるのは避けたくてね……。
それで今回、霊能力者の集うパーティーに大石さんも来られるって聞いて、リーディングをお願いしたの」
なるほど。怪異が絡んでいると、それが強力なものであるなら、今の真理奈には荷が重すぎる。
「それなら俺を頼って下さいよ! 真理奈さんを守れるぐらい強くなっているはずです」
そうだ。真理奈の背中を追って、禍ツ喰らいの力も使えるようになった。
むしろ俺に依頼して欲しいぐらいだった。
「あんたを頼るのも考えたよ……。
でも、何かあったら…それが頭に浮かんでさ……。ごめんね、祐……」
いつもの明るい真理奈からは全く想像できない、悲しい顔を見せた。
心配してくれて言えなかったことぐらい分からなかった、自分の馬鹿さ加減に怒りを覚えた。
「真理奈さん、リーディングで読み取った感じでは、凶悪な怪異ではなさそうです。
守屋くんと一緒にやれば退治できると思います。
あと、この怪異は子供に卵を張り付けているようです。
子供の力を利用して、自分の子供を増やしているのかもしれません」
子供を増やす怪異か……。あとで幸に聞いてみるか。
問題は真理奈が俺を連れて行ってくれるかどうか…。いや、それ以上に心配していることがある。
「真理奈さん……。俺は、もし秋斗が怪異に襲われる可能性があるなら全力で戦います。
俺も家族を守りたい。…だから、真理奈さんも救いたいんです」
秋斗は俺の弟だ。何かがあれば全力で戦う覚悟がある。
それに真理奈は俺のお母さんだ……。息子として守りたい。
「あんたは……。もう、仕方ないね。連れて行ってやるから、付いてきなさい。ただし、私のアシスタントだからね?」
腹をくくってくれた真理奈の顔は、俺の大好きな笑顔だった。
アシスタントだろうが何だろうが構わない。必ず守ると己に誓った。
・ ・ ・
生徒も先生もいない学校を暗闇が包んでいた。そんな中を人目を気にしながら進んで行く。
「まさか、今日行くことになるとは思ってなかったですよ。事前の準備とかいらなかったんですか?」
思い立ったが吉日の行動をする真理奈らしいと思えばそうだが、パーティドレスのまま学校に忍びこむことになるとは。
「だいじょぶ、だいじょぶ。なんかがあったら助けてくれるんでしょ? ほら早く鍵を開けて」
明るい真理奈を見れて嬉しいが、本当に大丈夫か一抹の不安を覚える。
学校の中はもちろん明かりもない。月明かりだけが頼りだ。
祝福の手で照らそうかと言ったが、バレて逃げられたらダメと却下された。
「祐…感じる? 何かがいるのは分かるけど?」
全盛期の真理奈であれば、すぐに分かるだろうが、勘が鈍っているのかもしれない。真理奈は確信が持てない言い方をした。
「ええ、いますよ……。おそらく、この廊下の先を曲がった所に……。
飛び出すのは俺じゃなくて良いんですか?」
やはりこちらが覚悟していても、あちらも察知していることがあるかもしれない。
「あんた、あたしの左手を舐めているでしょ? こっちは健在なのよ?」
真理奈は左手を上下に振りながら言った。確かにそっちが健在なら……。
目で合図して、廊下の曲がり角から飛び出る。
やはりと言っていいのか、怪異は口から何かを出そうとしている。
「まあ、予想通りっちゃあ、予想通りね……。けど、これは破れないでしょ」
怪異は口から緑色をした液体のようなものを吐き出した。
しかし、真理奈の左手からは眩い光の魔法陣が浮かび上がっていた。
その光の魔法陣に遮られて、怪異の放った攻撃は真理奈に全く届かなかった。
怪異が自分の放った攻撃を認識する前に、真理奈は右手に霊力を込めていた。
「残念。当たらなかったね、っと!」
左手の魔法陣が消えて、右手を怪異に向ける。その指先から目に悪い光を放ち、怪異に攻撃をした。
『追雷針』。威力事態はちょっとしたものだが、特定の魔法に追尾する効果が付与される。
これが決まると怪異の逃げ場はなくなる。
怪異は急な反撃に怯んだのか天井から剥がれ、こちらを向いた状態で下に落ちてきた。
その顔は能面のように見えるが、悲しみにくれたような顔をしている。
手足が4本、上半身に当たるところは細いが、下半身にあたる箇所は炎のように赤く膨れている。
冷静に分析していると、真理奈の攻撃は次の段階に入っていた。廊下の至る所に水の鏡が浮いている。
『明鏡水面』を使ったのだ。
また懲りずに怪異は緑色の液体を飛ばしてくるが、真理奈の左手の防御陣により遮断される。
現役を退いても尚、この反応速度。すでに右手にも霊力は集中されており、魔法の色が見えている。
「多分、これで終わりかな。子供たちの為に、消えてもらうよ!」
放たれた複数の雷『散弾電光』が怪異に当たると拡散する。
拡散した電撃が『明鏡水面』に当たり四方八方から電撃を浴びせる。
さながら電撃の檻のようだ。
引退したとは思えない鮮やかさだ。
高等魔法は使えなくても、十分に戦える力をまだ持っていることを認識させられた。
怪異は電撃を受け続けたためか、体中から湯気が上がっている。
怪異がこちらを向いたまま、後ずさりを始めた。
しかし、もう力は残っていないのだろう。引きずるようにしか動けていない。
「…やりにくいねぇ……。でも、このままって訳にはいかないのよね!」
もう一度放たれた『散弾電光』によって、再度、電撃の檻に閉じ込められた。
これで終わりだろう。
そう思っていた。しかし、まだ後ずさりする。
真理奈の攻撃は十分な威力だ。ここまで耐えきれる程の怪異とは思えない。
「…そう。あんたの気持ち、分かるよ。でも、こっちも守るものがあるから…消えなさい」
真理奈の指に霊力が集まった。それはただ霊力を込めた風の弾丸を放ったものだった。
『追雷針』の力か、怪異の頭を貫いた。
動きが止まった……。怪異は退治されたのだ。
退治されたとはいえ滅却する必要がある。そのままでは他の怪異の餌になりかねない。
真理奈が近づいて行ったので、おそらく滅却を行うのだろう。
一応、群青百足も出しておくかと思い、その名を呟いた。
「…祐、こっちに来てみな……」
滅却ができないのか? 百足に喰わせれば滅却完了なので、真理奈の所に駆け寄る。
「真理奈さん、どうしました? もう、怪異は死んでますよね? 滅却するんじゃないんですか?」
真理奈が寂しい顔で指をさした。その先には怪異の下半身に当たる赤く膨れた腹がある。
理解ができず、真理奈を見返した。
「祐…、あれはこの怪異の子供達が入っているんだ。よく見てごらん、卵が見えるだろ……」
もう一度、目を怪異の腹に向ける。確かに赤い中にうごめいている丸いものが見える。
「…あの怪異は一回も後ろを見せなかった。
足の形状から逃げるなら後ろを向くべきなのに、前しか向いていなかった……」
何を言っているのだろうか? 真理奈の言っている意味が分からなかった。
多分、その表情が見えたのだろう、真理奈が問いかけてきた。
「祐、もし強大な怪異に襲われたときに、後ろに楓と秋斗がいたら…あんただったらどうする?」
「そりゃ、守りますよ。後ろに2人がいるんなら、死んでも守りたいです」
その言葉を聞いてか、真理奈が少しだけ笑顔を見せた。
「この怪異も守りたかったのさ……。自分の子供を……。愛情なのか本能なのか……。
それは分からないけど、子供を守る為に必死に戦ったのさ……」
真理奈の言葉に頭を殴られたような気がした。
あの必死に立ち上がる姿、もし自分の大事な人が後ろにいれば自分だって立ち上がる。勝ち目がなくとも……。
「…すいません、真理奈さん。滅却はお願いして良いですか? ちょっと俺、頭冷やしてきます……」
怪異は人間の感情を良くも悪くも理解している。それなのに怪異にその感情を再認識させられるなんて、情けなかった……。
廊下の曲がり角を通って、来た廊下の途中まで歩いた。
母親だから分かる気持ちだったのか。怪異に感情移入は禁物だが、あの必死な姿にはどうしても心が揺さぶられる。
「祐、終わったよ。さぁ、帰ろっか。我が家に」
明るく振る舞っているであろう真理奈が先に行く。
でも、今どうしても口にしたい言葉があった。照れくさくて、あまり言わなかったけど……。
「…おかあ……おかあさ………」
ちゃんと言え。今、言わなくてどうする。俺の思いを伝えなくて……。
「…お母さん! 俺のこと、ずっと守ってくれてありがとう……。お母さんも! お父さんも! 大好きです!」
言ってる途中から涙が出ていた。
言い終わると子供のように泣きじゃくってしまった……。伝えたかったけど、恥ずかしくて言えなかった思い。
そっと温かい温もりに包まれた。きっと真理奈が抱きしめてくれているのだろう。
「祐…お母さんもね。あんたのこと大好きだよ。優しい子に育ってくれてありがとう……」
夜の学校には俺の泣き声だけが響いていた。真理奈の温もりの中で、母に包まれて……。
・ ・ ・
涙も止まり、心も落ち着いてきたところで、我が家に到着した。
「お母さん、お兄ちゃん、お帰り! お兄ちゃん目が真っ赤だよ? 目薬持ってくるね」
「うおりゃあ、祐兄ちゃん覚悟~おぉぉぉ?」
楓に泣きはらした目を心配されて、相変わらず突撃してくる秋斗を放り返した。
真理奈もその光景に笑みを浮かべている。
「もう遅い時間なのに、2人とも何起きてるの? 明日が休みだからって、夜更かしはダメ!」
「お母さん、お兄ちゃん、晩御飯食べた? 食べてないなら何か作るよ?」
真理奈の言葉を無視するように楓は聞いてきた。でもこれも楓の思いやりであろう。
2人とも、お茶漬けで、と言いリビングに行った。
「祐兄ちゃん、泊まっていくんだろ? 明日も遊べるよな?」
秋斗と会うのも、結局墓参り以来だから話したいことも、遊びたいこともあるだろうと思い。ちょっとだけいることにした。我が家に。
「お兄ちゃんが泊まるなら、お母さん明日は良いご飯作らないとね」
「楓ちゃん、いいよ。普通のご飯で。逆にそれが食べたいんだ」
ちょっと分からない感じの顔をしたが、笑顔で頷いてくれた。
こりゃ変な虫が付く前に、要教育だと思った。
「2人とも寝ちゃいましたね……。お母さん」
まだ照れはあるが、すごく言い易くなった。できれば素直に言える今だから言っておきたい。
「明日はうるさくなるねぇ。覚悟しときなさいよ」
笑顔の真理奈はやはり好きだ。
何で好きだったのか今なら分かる、お母さんの笑顔だからだ。
「俺はお兄ちゃんですからね。2人の面倒をキッチリ見ますよ」
「よろしくね、お兄ちゃん。2人ともあんたが大好きなんだから」
その言葉が少し恥ずかしかった。でも、俺も大好きなんだ。
「俺も2人のこと…いえ、お父さんもお母さんも、楓も秋斗も皆大好きですよ。…それじゃあ、先に寝ますね、お母さん」
そう言って恥ずかしさもあってか、早々に客間に逃げ込むように行き、布団に潜りこんだ
・ ・ ・
2日間の滞在を終え、光本家を去ることにした。
楓と秋斗が学校に行く前に、挨拶をしていった。渋る2人に、また来るからと伝えて。
やはり離れるのが少し辛いと思う。でも、俺も大事な人が待っている。
無料通話・メールアプリのコネクトに天から遊びの誘いが来ている。
仕事もあるし、その予定を確認してから行ける日を考えよう。
事務所に帰ってきた。何かすごく久しぶりな感じがした。
思い切ってドアを開ける。萌香は学校だからおらず、幸は寝ているようだった。
何時まで寝てんだ、と言いたい気持ちを我慢して薄暗い中、自分の椅子に座る。
薄暗い学校の中で、怪異は何を思っていたのか…終わったことだ。そういうものもいる。
でも、その姿は忘れない。もし自分が同じ立場になったら、必ず立ち上がる。そう胸に刻んだ。
「あれぇ、祐さん? いつの間に帰って来たんですかぁ?」
「何時まで寝てんのさ!早く事務所あけるよ!」




