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死に至る催眠

 催眠。言葉から分かる通り、眠気を催すことをさす言葉である。

 元々は、眠り薬など指し示すものであった。


 現在では、催眠というと多くの者は催眠術を想像するだろう。

 それほど催眠術という言葉は認知されている。


 催眠術は意識を一時的に占拠し、幻覚や暗示を掛けることができる。

 この催眠術を利用した治療法などもあり、過去に経験したトラウマなどの克服に役立っている。


 ただ、催眠術は誰にでも掛かるものではない。それこそ催眠術に対して懐疑的な者には掛かりづらいと言われる。

 逆を言えば、催眠術を掛ける相手との信頼関係や受け入れ易い者については掛けやすいことになる。


 では、催眠術を掛ければ何でも言うことを聞くかというとそうではない。

 人間は無意識下においても4自己防衛の力が働くからだ。


 しかし、そんな自己防衛すらもすり抜けるような催眠術ができたら? 暗示を掛けた者をどれだけでも操れる。

 人間一度は妄想することがあるかもしれない、そんな都合の良い催眠術があるとしたら?


 そのような夢のような力を持った者はどのように使うのだろうか。今回はそんな話をしよう。


    ・   ・   ・ 


4月下旬

 祐は探偵業で依頼されていた案件もだいたい片付き、世で言うゴールデン・ウィークにすべり込んだ。


 特にこの世界では決まった休みもないので、依頼がなければ休みを満喫したいと思っている。

 が、しかし皆が休みということは、仕事から解放されて外に出たくなる人が多いことでもある。

 萌香も今日は友人と出かけるとのことで、休みを取っている。


 テレビを見れば、渋滞情報が流れる。

 車がぎゅうぎゅうに詰まって、ゆっくりとしか動けない様を見ると満員電車を思い浮かべる。


 仕事で毎日満員電車で苦しめられて、休みの日には車の渋滞に苦しめられると考えると、よく頑張れるなと思う。

 自分にとって渋滞は苦痛に感じる時間だ。渋滞を楽しめるような暗示でも掛けて欲しいくらいだ。


 携帯が鳴った。相変わらず初期設定から変えてない、安っぽいメロディーが流れている。

 携帯のディスプレイには、亀寿島 天の名前が出ていた。これはどこかに連れて行けということか?


 「もしもし、天ちゃん。どうかした? ゴールデン・ウィークにどこかに行こうって誘いなら遠慮したいんだけど?」

 我ながら、酷い先手を打つものである。しかし、渋滞は本当に嫌いなのだ。


 「祐さん、最初の言葉がそれですか? 普通の子なら幻滅しますよ? ま、祐さんはドライブ好きですから、そこには期待してないです。

 私もサークルに入って、それなりに忙しいのでランチでもどうですか? 祐さん、1人ご飯は得意って言ってたじゃないですか?」

 あまり褒められたことではないが、特に断る理由もない。

 この間の怪異との遭遇もあったことだし、気晴らしになってくれれば良いかと思い了承した。


 今日が暇だというので、お気に入りのパスタ屋にしようと言って待ち合わせ場所を決めた。

 「幸ちゃん、ちょっと飯を食べてくる。何かあったら連絡して」

 いつも通りのグータラ状態の幸にお願いをしておく。


 「また、デートとはやりますねぇ。明日は槍が降るかもしれませんねぇ」

 どれだけ女の子と出かけることが珍しいと思っているのか。まぁ、珍しいか……。


 待ち合わせ場所には天が先に着いていた。まさか出遅れてしまうとは。


 「祐さん、相変わらずの時間前行動ですが、女の子を待たせるのはどうかと思いますよ」

 手厳しいことを笑顔で天は言ってきた。


 「いや、ごめん。返す言葉もないや。待たせてしまって申し訳ない」

 こう言うしかない。待たせたのは事実だし、その時間は返せない。


 「ほんと素直ですねぇ。ま、私も今来たとこなんですけど。待たせたことには変わりはないですからね」

 仰る通りで。まあ、女の子にご飯を食べてもらってチャラにしてもらうかと思い、店に案内する。


 店内はモダンで白と黒を基調とした清潔感を感じさせる作りをしている。


 女性には清潔感のある店が良いのだろう。

 男は多少汚なかろうが、味さえ良ければ文句は言わない。


 そこは男性と女性の感性の違いであろう。

 女性はその空間も食事を美味しくさせるスパイスのようなものなのかもしれない。


 「おお~。オシャレですね。こんな素敵なお店知ってたんですね。お昼前なのに席もかなり埋まってますし、人気店なんだぁ」

 事務所から離れていないのと、本日のパスタに惹かれて入った店である。人気店と知ったのはそれからかなり後であった。


 「そうそう。お昼になると待たないといけないから、少し早めにしたんだ。

 しっかし、ここに1人飯で来たときの周りからの視線は痛いものだったよ」

 それはそうだと言わんばかりに、天が笑い出した。自分も、そんな目に合うとは思っていなかった。


 席に通され、メニューを見る。男はバシッと決めるが、女性は悩むものだと聞く。

 やはり脳の作りが違うのだろう。色々良いものがあるからこそ悩んでいるのであれば、嬉しいことだ。


 店員もそれは承知しているのだろう。

 急かすようなことはせず、ホールで注文を待っている姿は、戦の前の静けさを彷彿とさせる。


 天が注文するメニューが決まったと言うので、店員を呼び注文する。

 俺は鉄板焼きのナポリタン、天はカルボナーラだ。


 「祐さん、ナポリタンなんてちょっとお子様な感じですよね。お菓子も好きだし。大人っぽいのは、ブラックのコーヒーぐらいですか?」

 ナポリタンをバカにしてもらっては困ると言いたかったが、天の言う通りだ。

 お子ちゃま舌なのは分かっている。小さい頃にそういう物を食べれなかったからだろう。


 そう言えば、天には俺の過去の話はしていない。

 彼女の過去は軽く聞いたことはあっても、自分の話をしたくなかったからか、踏み込んだ話はしていない。


 「天ちゃん、話さないのも何か卑怯な気がして……。

 俺って過去の話とかしてなかった…というか話したくなかった、てのが本音かな。聞き、」

 「聞いてみたいです! 確かに話したくないんだろうなぁ、って気はしてましたが。

 話してくれる気になってくれたのなら聞きたいです」

 思った以上の天の食いつきっぷりに少々驚いた。

 とりあえずご飯を食べてから喫茶店で話すことにしようと言って、一旦話しを切った。


 やはり、この店のナポリタンは絶品だった。天も満足したのか、笑顔で満ち溢れている。

 「やっぱり、最後のデザートは欠かせないよね。あれが有ると無いとじゃ、締めが違ってくるよ」

 天も笑顔で返してくるが、やはり気になっているのかも知れない。面白くはない話だがするとしよう。


 近くの喫茶店でホットコーヒーとアイスカフェオレを注文する。

 すぐにできるのか、ちょっと待たされて注文の品を受け取った。


 天には先に席に座っててと言ってあるので、天が押さえててくれた席に行き、座る。

 さて、何から話そうか……。やはり記憶の始まりから話そう。そう思って、重い口を開いた。


 父親がいない、母親に捨てられ孤児院にいた、小学生で精神病棟送り、そんな中での真理奈との出会い、光本家との家族の時間、真理奈の様に人を助け始めたこと……。

 とりあえず思いつく限りのことは言ったつもりだ。喋り終わると喉が渇いたので、冷めたコーヒーを流し込む。


 天は黙って聞いてくれていた。

 質問されても困る。細かく思い出したくない思い出も多いから。


 「それで、祐さんは処分屋を? それ以外の人生も送れたんじゃないんですか? なんで危険なことをするようになったんですか?」

 「それ、真理奈さんからも言われたよ。でも、真理奈さんが、力がある者は正しいことに使えって、よく言ってたからさ。俺に向けた言葉じゃないんだろうけど……。

 でも、そうしたかった。真理奈さんは弱い人や辛く苦しんでる人に優しくて、本当に強い人だったから。

 憧れみたいなものがあったのかもしれない。散々止められたけどね」

 俺の過去に興味をいただいて聞こうとした時の勢いのあった天が、今では静かにうつむいているだけだった。


 「でも…あんなに怖い目に会いながら、そのお仕事を続けたいと思えるんですか……?

 辛いことも多いんじゃないんですか?」

 うつむいたままの天は、あの時に遭遇した吸魂餓鬼のことを思いだしているのだろう。

 大人になりつつあっても、あんなものを見れば誰でも怖い。


 「まあ、怖い目に遭うのはまだあるね。辛いこともある。でも、救うこともできるんだ。

 そりゃ、皆は無理だけど、せめて自分の手の届く所の人は助けたい。

 救うのを諦めて悔やむよりも、救おうとして苦しむ方が俺は良いと思っている……。

 ある人から言われたよ、お前は他人を優先し過ぎる、ってさ。返す言葉もなかったよ……」

 そう言って、コーヒーを飲み干した。俺からも言っておかなければいけないことがある。


 少し顔を上げてきた天は曇った表情と言うのが的確な感じであった。

 追い打ちになるかもしれないが、言うしかない。


 「天ちゃん……。天ちゃんが俺にとって、とても嬉しい感情を抱いているのは知っているし、それについても俺もしっかり考える。

 でも、俺といるということは、前みたいな化け物に遭遇する機会があるかもしれない。それを知っても尚、今の感情を持てるかい?

 今なら大学という新しい穏やかな世界が君を迎えてくれている。俺の世界とは真逆だ……。そこは知っておいてほしい」

 言ってしまった。また変な心配をする悪い癖だ。熱くなったり、ネガティブになったり……。真理奈が聞いてたら、どんなに怒られることか……。


 それでも、大事な人を巻き込みたくない気持ちは理解してもらいたい。

 …いや、恐れているのは自分だ。言い訳作りの天才だな、と自嘲した。


 「守ってもらえますか……?」

 思いがけない天の言葉に驚いてしまった。俺を真剣な眼差しで見つめてくる。言葉通りの意味であろう。

 色々な言葉が巡る。でも思ったままの本心を伝えよう……。彼女の目をしっかりと見つめ返す。


 「守るよ、全力で」


    ・   ・   ・


 今日の天との会話はそこで終了したと言ってもいい。

 お互いに別れの挨拶をして、事務所に戻る。


 後先考えずに口にした言葉かもしれないが、本心である。

 嘘偽りから口にした言葉ではないのだから。


 気持ちが少し楽になったのか、事務所を昇る階段も軽快な気がする。

 やはり言いたくなかった、言えなかったことを口にするのは良いことなんだろう。

 そう思いながら、事務所のドアを開けた。


 「ただいま~。どうせ仕事の電話はなかっただろ?」

 幸に言ったつもりだったが、事務所に見知らぬ顔の女の子がいた。

 隣に萌香がいると言うことは、友達か?


 「ありゃ、萌香ちゃんの友達かな? 初めまして、守屋 祐です。あ、下の名前で呼んで良いから。そっちの、」

 「…祐さん、お願いです。…この子の話しを…聞いてもらえないでしょうか……」

 いつにも増して真面目な表情をしている萌香の言葉に、こちらも真面目な顔にならざるを得なかった。


 「早乙女さおとめ りんと申します。萌香ちゃんとは同じ学部でゼミも同じなこともあり、仲良くなりました」

 彼女、早乙女 凛は簡単に萌香との関係を言ってきた。

 顔は…うん、これは可愛い。ロングの髪形も似合ってるし……。顔色の悪さが見て取れる。


 「萌香ちゃんから聞きました。守屋さん? が、その…不思議なことにお詳しいと……」

 萌香はお喋りになった訳ではないだろう。

 前々から人の顔色から色々察することができた。おそらく悩んでいた彼女の話を聞いたのだろう。


 「早乙女さん、下の名前の祐でいいよ。こっちも勝手に下の名前で呼ばせてもらうね。…さて、どんな話か聞かせてもらっていいかな?」


 彼女の話はこうだ。

 高校の時クラスの担任が放課後に課外授業を行っていた。

 課外授業が終わった後に、何名か帰らずに教室に残っていることに気付いた。


 皆、塾に行ったりするのに、なぜ残っているのか気になったため、後を付けてみると担任と数名の生徒が暗い一室で何かをしていた。

 それに気づかれてしまい逃げようと思ったが、担任が優しく言った。『これは心を安定させるおまじないさ』と。何故か、その言葉を信じてしまった。


 中で行われていたのは、黒魔術のようなことかと思いきや、皆で円になり手を繋ぐというもので恐怖を感じなかった。むしろ安心すら感じた。

 そうしていると心が穏やかになる。受験で敏感になっていた心が癒されていくように感じた。


 『皆なら大丈夫。受験も必ず成功する。皆が頑張っているのは僕が一番知っているから』

 そんな先生の優しい言葉が固まった心を溶かすようだった。


 そんなおまじないをしたお陰か、自分を含めて全員が希望した大学に進学することができた。

 しかし大学が始まって、少し経ったとき同級生が首を吊って自殺した。その後には、電車への飛び込み自殺。

 更にその後には、お風呂にドライヤーを入れての感電自殺。


 おまじないに参加していた人間が次々と自殺を遂げていった。

 残ったメンバーも恐怖し、皆で集まって担任の元へ行ったが学校を辞めていることが分かった。


 その帰り道にも、道路に飛び出して自殺する子まで現れてしまった。

 皆、せっかく大学に合格してこれからなのに、こんなことになって塞ぎこんでしまった。


 凛はそこまで、話すと疲れ切った顔をしていた。

 それはそうであろう。多くのクラスメイトが亡くなり、目の前でも死なれたのだ。

 それでもここまで来たのは彼女の強さだろう。


 しかし、おまじないか……。

 黒魔術や闇魔術、呪術などで生贄でも使わない限り、こう立て続けに死ぬなんてあり得ない。


 怪異の仕業であれば、彼女に何か残っているのかもしれない。

 時限爆弾のように、時が来たら自殺衝動に駆られるような……。


 「幸ちゃん、怪異の中で人を衝動的に自殺させるようなやつなんていたっけ?」

 「う~ん、さっきの話を聞きながら、色々と思い出しているんですけど……。

 何らかの怪異を呼び出して、そいつに願掛けをしてその代価として命を取るというものもありますが。

 しかし、その怪異は人を呪うとか人の生命力を奪うとかで、大学に合格したい、といった願いを叶えるかというと、微妙ですね。

 神に近いもの、祟り神のようなものであれば可能でしょうが。

 ただ、話しを聞く感じでは何らかの呪術などは使っていない。神を祀り上げる祭壇なども作っていないとなると……。怪異とは言いづらいですね」

 幸が話を聞きながら色々な可能性を探って、その中で思いつかないとなると新種の怪異か? 怪異も時と共に進化や変貌を遂げるものもいる。


 ただ、今回のような話は今まで聞いたこともない。

 多くの人間を死に追いやることができるような力を持つものだとすると、そう易々と生まれるものではない。


 進化は時を掛けて徐々に行われるように、怪異もまた少しずつ進化していく。

 突発的なものもあるが、時代のニーズに合わせるように進化するのだ。


 「…祐さん…今のままでは…分からないということですか……?」

 萌香が落ち込んでいる凛を気遣うような目をして聞いてきた。


 「萌香ちゃん、凛ちゃん、正直に言うよ。今の段階では分からない。しかし、まず重要なのは担任を探すことだ。

 それさえ押さえれば何を行ったのか、それが分かれば手の打ちようはあるはずだ。

 凛ちゃん、怖いのは分かる。ただ心を強く持つんだ。死にたくないと……」

 凛は気丈な子だった。俺の言葉を聞いて、顔を引き締めたのだから。普通なら怖さに押しつぶされてしまう。


 ここからは探偵の仕事になる。

 失踪した訳ではないので、住所などはすぐに分かるだろう。


 早速、担任の住所を調べ上げて、調査に行かねば。

 何にせよ、女の子の困った顔は見たくないものである。


 どうやら学校を辞めた担任は、転居などはしていないようだった。

 となれば、今の住所にいることは間違いないと思い、今、担任の家に到着したところだ。


 小奇麗なマンションの一室に1人暮らしとのことだ。

 オートロックのため、呼び出しをしてみたが反応がなかった。


 仕方がないと思い、百足を透過させて内部に入ったところで、一部だけ具現化した。

 それに反応して自動ドアが開いた。

 我ながら悪いことをするものだと思うが、仕方がないと割り切るしかない。


 元担任の部屋の前に来たが、明かりは点いていない。

 しかし、電気メーターが勢いよく回っている。これで中に居ないとは思いづらい。


 インターフォンを鳴らしても反応がないことを確かめて、また百足を使い、鍵を開ける。

 ドアを開けると震えるような冷気が飛び出してきた。どういうことなのか、部屋が異常に寒い……。


 1つずつ電気を点けていく。リビングに入り、その光景を見て理解した……。

 真空圧縮袋に男が膝を抱えるように入っている。その腐敗を防ぐためか、冷房が全開に設定されていたのである。


 警察に通報すると同時に、神尾にも連絡を入れる。話を通しやすくするためだ。

 現場を荒らさない程度に、しっかりと見ておく。


 しかし、真空圧縮袋に自分で入ることは可能かもしれないが、掃除機はどうしたのだろうか。

 この状態で外せないこともないかもしれない。たしかに、掃除機はすぐ近くに置かれてはいるが……。


 自殺ではなく他殺かもしれないと思ったが、特に拘束された様子もない。

 真空圧縮袋ぐらいなら全力を出せば破けるだろう。


 しかし、担任の男は足を抱えるように、黙って死を待っていたように見える。

 あとは警察の鑑識や解剖などを待つしかない。


    ・   ・   ・


数日後

 神尾から連絡を貰った。外傷もなく、抵抗をしたことによる傷も見られないため、自殺であると判定されたと。


 しかし、死亡時期については冷房の中にいたため、腐敗の進行が遅くなっていることから数か月以上前ではないだろうかということだった。

 神尾に発見時から結果報告までお世話になりっぱなしで、そのことをキチンとお礼をした。今度、飯でもおごらせてもらおう。


 そうなると、おかしいのが凛の言っていた担任は何者なのかだ。

 聞いた名前など調査した通り、担任はこの人物で間違いないはずだ。

 なのに死亡推定時期が数か月前とはどういうことなのだろうか。


 その事実を説明するために、萌香にお願いして凛に来てもらうことにした。

 それと確認の為に持ってきて欲しいものも頼んだ。


 しっかりとした面持ちで凛は事務所に入ってきた。

 あれから自殺者は出てないからか、少し落ち着いたのかもしれない。


 「凛ちゃん、結果から言うと、君の担任の先生は死んでいた。自殺のようだ。それも、数か月以上前に……。

 そして凛ちゃんに見てもらいたい写真がある。これは君の担任の先生の写真だ……」

 その写真には色黒で、いかにも体育会系の熱血教師と言う感じの男が写っている。


 「誰ですか、この人? 私の担任の先生はこの人です」

 凛が持ってきてくれた、卒業アルバムには似ても似つかぬ、むしろ真逆と言っていいような男が担任の欄に写っていた。


 調べた情報では、自殺した男こそが担任のはずである。

 しかし、凛にはこの美形の色白で黒髪に白のメッシュが入った男が担任という。


 いや、おそらくは凛だけではない。

 学校の誰もがこの色白な男を先生だと信じていた。いや信じているのだ。

 そんなことが可能なのか? 怪異が人間に化けたのか?


 でも、それならあの儀式のようなものは何だったのか? 自殺させる為のものなのか……?

 何の為に、誰が、何故、何の目的があってこんなことをするのか。これで何を得ることができるのか。


 「いや、すでに担任が死亡した時から事件は始まっている。

 そして、君たち学校の人間、もしくはそれ以上の人間を君の担任だと思い込ませた。

 荒唐無稽な話しではあるけど、凛ちゃんが担任を違うと言ったように、他の人たちも何の疑惑も持っていないと思う。

 そんな力を俺は聞いたこともない。怪異であれば、霊感の強い人だと人間でないことに気付くかも知れない。

 ただ、誰も変わったことに気付かなかった。

 ほら、ここにも君の知らない人が載っているだろう。でも一緒に写っているクラスメイトは分かるはずだ。

 知らない人もいないこともないかもしれないが、楽しそうに一緒に写ってる。凛ちゃんもその中にいるんだよ。」

 こんな力は怪異でも聞いたことがない。

 大量の人間を騙せるような怪異であれば、今の話で幸が何か言うかもと思ったが、何も言わない。


 「じゃあ、私達は先生だと思っていた人が変わったことに気付かず、そのまま信じ込んでいた……。なんでそんなことに気付かずに……」

 凛は信じられない顔をしていた。しかし、担任が変わったことに気付かなったのは間違いない。


 そして、その力の強大さ…その力がこの事件を……。

 何かの関連性があるはずだ。人が死ぬ。一気にではなく、1人ずつ。

 何か覚えてはいないのか、凛の記憶の中にヒントはないのか……。


 「凛ちゃん、怖いかも知れないけど、思い出して欲しい。

 おまじないの中で何かなかった。変わったこととか、何かを言われたとか?

 その中にヒントがあるかもしれない。皆が一気に死んでしまった訳じゃないんだ。

 何か仕掛けがあるはずだ。それが何か分からないと自殺の連鎖が止まらない」

 この言葉に凛はまた頭を抱えている。彼

 女の記憶でもダメなら、後はおまじないに参加した人を保護する……。だが止められるのか?


 頭を抱えた凛が顔を上げた。何か思い出したのか? それが何か、教えてくれるのを待つ。


 「おまじないの順番……。最初に大学に受かりたいっていう言葉を口にした順に死んでいった……。次は…あたし……?」

 まさか! いや、規則性があるとしたら凛の記憶通りなのかもしれない。


 ただ、今までの自殺者よりも自殺するまでの時間の感覚が空いている。

 なぜか? 考えていると、凛の様子がおかしいことに気付いた。目が虚ろになっている。これは、もしや!?


 「凛ちゃん! 気をしっかり持つんだ! 君は死なない! 死なないと強く願うんだ!」

 凛が自殺しないように取り押さえようと肩を掴んだとき、腹部に激痛が走った。


 下を見ると、どこから取り出したのか分からない包丁が見えた。凛は更に、包丁を引き抜き何度も刺す。

 肌を裂き、内臓を傷つける痛みは防げない。何度も歯を食いしばりながら耐える。


 「うっ…! ぐっ…うっ……いっ……!」

 口から苦痛を訴える声にもならない声を上げる。


 しかし、もし、これが彼女に掛けられた何かなら、それが終わるまで耐えるしかない。


    ・   ・   ・


 何度刺された事だろうか、足元の血だまりがどんどん広がっていく。


 内臓を傷つけられた所為か、口からも血を吐いてしまった。

 やはり内臓系への痛みは嫌だと改めて思った。


 包丁が引き抜かれると、凛の手が止まった。

 目も焦点が戻ったように思える。凛が包丁を落とす音が事務所に響いた。


 「祐さん! 祐さん…! 大丈夫ですか……?」

 萌香が凛の包丁が落ちた音で、光景に目を奪われていたことから目覚めたようだ。

 不死の体と知っても、これだけ血まみれになれば心配してくれたのだろう。


 「萌香ちゃん、大丈夫……。大丈夫だから……。いや、痛かったけどね。凛ちゃんは?」

 萌香と二人で凛をを見ると、かなり動揺しているのか震えている。

 人を刺した経験なんてないだろうから、動揺するのも無理はない。…俺もないしな。


 まさしく悪夢から目が覚めたといった表現が合う顔を凛はしていた。

 次は泣き出しそうになった。もう感情の制御ができないのだろう。


 「萌香ちゃん、凛ちゃんと一緒にいてあげて。ちょっと着替えと、掃除をするから」

 最後は明るめに言ったが、この場にふさわしいかどうかは分からない。

 ただ、凛にとって取り替えしのつかない事態でないことを伝えたかった。


 服を着替え、血を雑巾で拭く。

 さすがにあれだけ刺されれば、これだけ血が出るのかと変に感心してしまった。


 どうやら凛は落ち着いたようだ。気丈と思っていた通りだった。

 恐怖や動揺等の感情が入り混じっているだろうが、それを堪えているようだ。


 「あの…祐さん、大丈夫…なんですか? 私があんなに刺して……」

 「ああ、問題なし。体が頑丈なもんでね。あれぐらいで倒れるような軟な男じゃないよ。

 ってのは冗談で、何があっても良いように防刃ベストを着ていたのさ。

 でもちょっと血が出ちゃったみたいだね。まあ、消毒と絆創膏を貼ってれば大丈夫」

 流石に萌香も不死の体は伝えていないだろう。

 それなら、凛が心配しないような言葉を掛けるのが一番だろうと思った。


 「祐さん、私…思い出したんです。

 担任の先生だと思っていた人が、『受験が終わって大学に受かったら自分にご褒美を与えないとね』って。

 そして1人1人にどんなことをするのが良いのか、って聞いていました。

 『首を吊ってみる? 電車に飛び込んでみたら?』、って感じで。

 でも私は怖くて、すべての問いかけに対して嫌と言い続けました。

 そうしたら、『じゃあ、誰かをメッタ刺しにしよう。それなら君は大丈夫だよね』って言われました。

 私は何故か、それならと思ってしまいました。

 恐ろしいことなのに、むしろそうしたくなるような甘い気持ちになりました……」

 言葉で人を殺すことができる? そんなことができるのか……? 怪異ではなく、そんな力を持つ人間……?


 「…祐さん…これは催眠術ですか…? 人を操作できるような……?」

 「いや、催眠術ではそこまでできないよ。基本的には心の中の自己防衛が働くため、自殺を促すようなことを言っても応じないはずなんだ」

 あくまで催眠術は意思を占拠することはできるが、無茶なことはできないはずだ。


 それに集団に自分を別人に思い込ませたりすることも通常はできない。

 昔のテレビのように、不特定多数で催眠を受け入れやすい人間が多いなら分かるが、学校まるごととなると話は別だ。催眠に懐疑的な者もいるはずだ。


 そうなると誰かは異常に感じるだろう。だが、それはなかった。

 完全に他人に成り済まし、更には自発的に自殺や殺人を起こすようなことができる……。


 しまった! まだ、被害者なりうる者がいるはずだ。凛以外にもあと何人残っているのか?


 「凛ちゃん! 他に、おまじないに出た人がいるよね!? 急いで止めないと!」

 2人を引きずるように事務所を飛び出し、凛と萌香を連れて車に乗る。おそらく言われたことを実行する。

 実行してしまえば、それは解除される。なら一時的にでも実行させれば……。


 「祐さん! ごめんなさい。残りの人は2人なんですが、1人しか連絡が取れなくって。どうしましょう?」

 凛は困惑しながら言ってきた。ならば今連絡が着いた人の所に行くべきだ。凛に住所を教えてもらい、車を走らせる。


 「連絡が取れた子は、最後の子になります。もしかしたら……」

 その前の子は……考えたくない。それよりも連絡が着いた子を優先するしかない。


    ・   ・   ・


 タイヤがスリップ音を上げるように、道路を猛スピードで駆けまわる。


 「連絡が繋がった子とできるだけ話しをして!

 おそらくだけど心は反対しているけど、それに負けるようなことがあると掛けられた催眠術のようなものが発動する。

 できるだけ気分が明るくなるような話しを続けて!」

 凛が俺をメッタ刺しにしたのは、自分が次の犠牲者と思ってしまって動揺してしまった。

 それにより心がその力に負けてしまった。


 あえて順番を決めた理由は分からないが、凛が気丈であったことが、次の犠牲者となる予定の子に執行猶予が与えられていたのだ。


 しかし、今はやり遂げてしまった……。

 そうなると、あとの2人にどれほどのメンタルがあるのか。

 死の恐怖に捕らわれていれば、長くは持たないかもしれない……。


 「林さん!? 林さん!? 返事をして! ダメ! 頑張って!」

 凛の会話から、おそらく次の人の催眠術が発動してしまって、最後の林という子に順番が回ってきたのだ。


 「凛ちゃん、その人の家は分かる。あと、何をするか分かるなら教えてくれ! 間に合わない事態になりたくない!」

 「確か、『飛び降りて開放感を味わったら』、だったと思います…。電話したときは家にいるって」

 「家はマンション? それとも戸建!?」

 その内容だと飛び降り自殺をさせるということになる。

 戸建なら、近くのマンションかビル。マンションやアパートなら、そこから落ちるはずだ。


 「家は戸建だったと思います。どうなるんでしょう? 電話も返事してくれないし……」

 答えることができない。近くの高い所から飛び降りるだろう。それがすぐに特定できるなら……。

 その子の家の近くに行かないと分からない。


 林いう女の子の家の近くに来た。どこかに高い建物はないか……あった!

 気持ちは逸るが、空は飛べない。できるだけ早く向かうしかない。


 「もし、あのマンションに人影が見えたら教えて!近くで階数が多い建物はあのマンションしかない。

 最上階のはずだ! 屋上は入れない所も多いから、おそらく最上階だ」

 安全を考えて通常は屋上に昇れないようになっていることが多い。


 あのマンションがそうであれば、電灯の光もあるから人影も分かるだろう。

 もし屋上だったら、飛び降りる場所が分からない。助けることができる可能性が激減する。


 「…あそこ! …階段を上っている人がいませんか……?」

 「あれ! 林さんです!」

 萌香が見つけた所を凛が確認した。

 萌香の指さした先を見ると、最上階までもう少しの所にまで差し掛かっていた。


 もう少しの所まで来たのに、林が手すりに手を掛けているのが見えた。このままじゃ……。

 「祐さん! もう飛び降りようとしています!」

 凛の言葉と林の状況から心を決めた。


 「2人共、衝撃に備えろ! 突っ込む!」

 車のターボを全開に効かせ、マンションの駐車場に突入する。

 あとは窓から手を出して林が落下…した! くそっ!


 「群青百足!」

 首筋から飛び出した百足が窓ガラスをぶち破って、落下する林を捕まえた。


 それを確認すると同時に急ブレーキを掛けるが、加速がついた車を静止することはできなかった。

 駐車場の奥のコンクリートにど真ん前からぶつかった。エアバックの衝撃の強さにビックリした……。それよりも林は?

 見ると、百足が咥えたまま宙にいるのが見えた。


 彼女に掛けられた催眠術のようなものはこれで解除されたはずだ……。

 最悪でも2人助けることができた。成果としては悪くないはずだ……。

 1人救えなかったのは…悔やんでも仕方がない……。そう思うしかない。


 駐車場まで下ろした林に凛が声を掛けている。

 とりあえず無事そうなのでレッカー車を呼ぶ。

 車の見た目は割と大丈夫そうだが、乗るのは問題があろう。


 「林さん! 林さん! 目を覚まして! 起きて!」

 何度目だろう、凛の声に林が反応した。凛が俺をメッタ刺しにしたときのように、目がしっかりしてきている。


 「早乙女さん? 私は? 飛び降りた!? 飛び降りたんだよね!? でも、なんで?」

 「あそこの人が助けてくれたの。良かった、生きてて…良かった……」

 凛が俺を指さした後、泣き出してしまった。まあ、安堵による涙だ。悪い涙ではない。

 俺は違う意味で涙が出そうなのは隠しておこう。


    ・   ・   ・


数日後

 事務所の机の上で駐車場のコンクリートを破損させた分と、車の修理費用を見て頭を抱えていた。


 「いやぁ、祐さん、流石ですねぇ。できる子だと思ってましたよぉ。まぁ、その出費も良いことをした証ですよぉ」

 珍しく幸から労いの言葉を貰った。しかし、やはりお金が羽ばたいて行くのを喜んで見ることはできない。


 凛と林からはお礼を言われた。謝礼をという話になったが、それは構わないと言って固辞した。

 まあ、可愛い助手の頼みを聞き、2人の女の子の笑顔を見れたことでチャラにしよう。……そう考えよう。


 気分を変えたくて、外に行くと幸に言って事務所を出た。

 平日の昼過ぎのオフィス街だ。人通りはそれなりだが多くない。

 これで現実が変わる訳ではないけど、あの請求書が発する負のオーラから逃げたかった。


 街を歩いていると、視線を感じた気がした。その方角に目を向けてみた。


 その先には信じられない男が喫茶店のテラス席に座り、微笑みながらこちらを見ていた。

 美形で黒髪に白色のメッシュを入れている。格好は白のワイシャツに黒のパンツ、まさに白と黒で統一されている。

 あの事件を引き起こした人物が今、こちらを見ている。


 話さなければならない。あの男からは聞かなければならないことが山ほどある。

 おそらく敵意をむき出しにして向かって行っただろう。


 それでも尚、あの男はこちらを見たまま、微笑んでいた。

 喫茶店に入り、ウェイトレスを無視して男の前に座る。

 ウェイトレスが追いかけるように注文を取りに来た。


 「色々話したいこともあるだろうけど、先ずはお茶でも飲まないかい? ここの紅茶はなかなかイケるよ?」

 やつから目を放さず、ウェイトレスにホットコーヒーを注文する。


 「つれないねぇ、美味しいのに。ま、好みは人それぞれだからね。

 真っ黒いスーツを着ている君にはお似合いの飲み物かもね」

 この男の声……。凛が言った通り、人を落ち着かせるような、酔わせるような声に聞こえる。

 ウェイトレスがホットコーヒーを置いて行った。


 「さて、何から話そうか? とりあえず、自己紹介からかな?

 僕は『伏黒ふしぐろ 真白ましろ』。君のことは知っているよ、守屋 祐くん」

 年齢自体は自分とあまり変わりはなさそうだ。こいつのこの落ち着きようはなんだ。

 俺のことを知っている? 何を知っている?


 「お前は何者だ? 怪異なのか? 人なのか? 学校で何故あんなことをした? 何人、死んだと思っているんだ!?」

 「怒鳴らなくても質問には答えるよ、安心して。先ず、僕は人間だ。

 嘘じゃないよ。もし君の百足に攻撃されればひとたまりもない」

 表情は相変わらずの微笑みから変わっていない。百足を知っている…なぜ禍ツ喰らいの力を……。


 「驚くところはそこかい? 先ずは僕の話しを聞いてもらいたいかな。君のことはその後に話すからさ」

 また人の心の中に入ってきそうな声で話してくる。こいつは敵なんだ。

 間違いなく、敵なんだと思わなければ……。


 「じゃあ、続きを話そうか。学校でのことだね。

 先ずは先生を殺した…というより自殺してもらったのは、教師と教え子という関係に興味があったから。

 次は…あの集まりのことかな? あれは受験で心が追い詰められた子に対するケアみたいなものかな。

 実際、僕が安心させた子は勉強に集中できた。希望大学に入ることができたんだよ。

 ああ、その後の自分へのご褒美は、単純に天国と地獄を見てみたかったからかな? 順番はなんとな、」

 最後の言葉に反応して、思わず立ち上がった。殴ろうともしたが、伏黒は顔色を変えず言った。


 「僕がもし、君から危害を加えられたら自殺するよう店の人達に言い聞かせていたら、君はどうする?

 殴るのも良いけど、そういう可能性もあることを考えた方が良いよ」

 苦々しい思いとはこの事だ。歯を食いしばって、椅子に座った。伏黒は……本当の悪だ。


 「最後の話はまだ途中なんだ。

 できれば彼女達の意識を保たせたまま実行させようと思ったんだけど、拒まれたのか、強く効かせすぎたのか……。

 まあ、どちらにせよ、意識を奪ってしまうような形での自殺になってしまった。

 彼女達が自我を持って死ぬ様子が見れなかったのは残念かな。

 さてと、ここまで話したから大体の見当はついているかな?

 僕は相手に強烈な暗示を掛けることができる。自殺を実行させることすらできるほどの……ね」

 やはりと言うか、そう思うしかない。しかし、どのような方法でできるのか?

 防ぐことができるのか? それは知る必要がある……。


 「良い顔になって来たね。怒りと興味が入り混じっている。

 何にしても、僕に興味を抱いてもらえるのは嬉しいね。こちらも、もっと話したくなる。

 多分、こう思っているかな? 暗示を掛ける方法、それに対する防御策ってところかな?

 どうだい? 当たっていると良いんだけど?

 …その顔からすると当たっているようだね。素直な人なんだね。

 暗示を掛けるにはもってこいだけど、もう君は僕の暗示には掛からない、残念ながら……ね」

 心の中も読めるのかと、動揺してしまった。こんな男の前で……。

 だが、もう暗示に掛からないとは?


    ・   ・   ・


 伏黒は本当に楽しそうな笑顔を見せ、軽く笑い声を上げた。


 「ごめんね。あまりにも分かりやすくてね。

 いや、良い意味だよ。感情が豊かなのかな? 僕とは正反対だよ。

 さあ、種明かしの時間だね。僕の声、そして顔から何かを感じないかい? 大抵の人は僕に対して心を開くんだ。

 多少は抵抗できる人もいるけど、僕の声はそんな心を優しく溶かす。

 そして、心を開いた人は僕の言葉を受け入れるようになる。

 ただ例外もいるんだ。今回の早乙女さんのように、表面的には操れても深層までは完全に支配できなかった。

 結局は僕の言った通りに動いたけど……。彼女の心の強さが僕の言葉に奥底では抵抗していたんだ。

 だから、他の子より長く自分を維持できた。

 で、これで最後になるかな。君に掛からないと言ったのは、僕に対して強い警戒心、敵対心を持っているからだ。

 こうなると僕の声でも君の心を開くことはできない」

 ある程度は思っていた通りだ。しかしこれは……。こんな力は…考えたくないが……。

 

 「伏黒、お前は、悪魔の力を与えられた人間なのか?

 もし、その力を持っているとしても、力を使った痕跡は残らないはずだ?

 この世にその力が影響を及ぼし過ぎないように……。

 なのに、その力は未だに効果を持っている。学校の誰もがお前を先生だと思っている。どういうことだ!?」

 伏黒は今までの微笑みから、真面目な顔、いや氷つきそうな目と冷たい顔になった。これが本当の顔なんだろう。


 「悪魔か…そうだね。この力は悪魔の力らしい。

 君はどう思う、この力を? 良いと思う? 嫌だと思う?

 多分、君は嫌うだろうけど、一般的な人は欲しがる。でも、この力を生まれた時から持っていたら?

 自分の両親でさえ、自分の言うことをすべて受け入れる……。褒めろと言えば褒める。怒れと言えば怒る。

 それは僕のことを自分の子供と思っていないのと同じだよ。

 僕は子供だった…だからこそ親が欲しかったのに……。結局は僕の操り人形さ。

 だから死んでもらったよ。必要ないだろ? 他人と同じなんだから。そこで僕は思ったよ。僕は孤独だということが……ね」

 両親を殺した……。いや、自分の傀儡かいらいとなった者は親ではない…。

 伏黒が本当に欲しかったのは、ごく普通の人生だ。


 「それからは、色々なことを試したよ。

 兄弟がいる家庭に入ったり、シングルマザーの子供になったり…ああ、そうそう危ない人の子供になったりもしたなぁ。

 で、どれも面白くなくなったら死んでもらったよ。さっき君が話した通りさ。痕跡が残る。

 いつまでも僕の親のつもりでいられたら面倒だからね。だからかな…力の痕跡が残っても良いと思われたのかも。

 結局、楽しいことがなくなってきて気付いたんだ。人が多い方が警戒心を持つ人が多くいることがね。

 だから人が多く集まる所でこの力を使った。

 警戒心を解くのが難しい人もいるけど、それを解くのが楽しかったし、学校の件みたいに自殺に導くのも楽しかった。

 早乙女さんみたいに頑張る人は特に好きだったよ」

 また微笑みを取り戻した顔をして、自分の半生を語ってくる。

 普通の人とは違う価値観の中で生きている。悪だと思っていたが、そもそも善悪の区別がないのだ。


 「まあ、話せるのはこのぐらいかな。…ああ、あと君のことを知っているのは、髑髏顔の男から聞いたからさ。

 彼は僕の声に興味を示したが、その力は効かなかった。

 警戒心でも敵対心でもない……。ちっぽけなものを見るような感じかな。

 まるで虫を見るような感じ…虫の言葉は届かないよね。そんな彼が君を面白いと言ったんだ。

 どういうところがと思ったけど、話してみて分かったよ。

 血の呪いもあるけど、それ以上に君は他人を守ることに縛られている……。

 僕とはまた違った呪いみたいだね。……好きに生きてみるのも悪くないよ?

 さて、君と話せてとても有意義な時間が過ごせたよ。

 特に、僕のことを君は覚えていてくれるから、悪い方でだけど。でも嬉しいことだよ、孤独じゃなくなるから……ね」

 『スカルフェイス』が興味を示すのも分かる。ここまで人を支配する力を持つ男だ。ヤツが放っておくはずがない……。


 「伏黒、もし俺の周りの人にその力を、」

 「使わないよ。それに、もうここからは離れるつもりだからね。もし使ったら、君に殺されるだろうし。

 せっかくの命だ。好きなだけ楽しみを探して遊び尽くすよ。

 それじゃ、僕のことを覚えておいてくれよ、守屋 祐くん……。さようなら」

 伏黒は言い終わると席を立ち、去って行った。


 呪われた力……。その力も良いことにも使えるだろう。

 ただ、善悪を知らない伏黒にとっては、その力は自分を満足させる以外に使い道が見いだせない力なのだ……。


    ・   ・   ・


 伏黒のことを考えながら、事務所に帰ってきた。


 「おかえりなさ~い。おやぁ、いつにも増して陰気なオーラが出てますよぉ? 嫌なことでもありましたぁ?」

 陰気か…確かに真っ白な人間に見える中に、ドス黒いものが隠されている人間と話せばそうもなるか……。


 「いや、悪いことばかりではなかったよ。とりあえずはね……。幸ちゃんはさぁ、自分の好きなように生きてる?」

 「たぶん、そうでしょうねぇ。好きなことに没頭できているから、そうなんじゃないでしょうかぁ」

 確かに幸は本を読むのが楽しいのだ。あと人のお菓子を勝手に食べるのも……。


 「俺は自分がよく分からなくなった気がするよ。他人を守ることに縛られている、って言われてね……」

 「いいじゃないですかぁ。祐さん、好きなんでしょお? 人を守れることがぁ。まあ、ドMとも言えないこともありませんが……」

 そうか……。自分の力は呪いだが、それで人を救っている。それを嬉しく思う。それも自分の好きな生き方の1つだ。


 「幸ちゃん、俺はドMではないと思うよ……」

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