第5話:鋼の魂、異世界の産声
ルシアンとの手合わせから、数日後。
土方は詰所の片隅で、己の拳をじっと見つめていた。 ホブゴブリンとの死闘、そしてルシアンの障壁を力ずくで砕いた一撃。その代償として、安物の包丁は刃こぼれして使い物にならなくなり、自作の木刀は無残にひび割れている。
「……これでは、一度の戦で命を預けるにゃ足りん」
そんな土方の前に、再びルシアンが姿を現した。 彼は前回の敗北を微塵も引きずっておらず、むしろ土方の「武」を支える道具の貧弱さを、我が事のように憂慮していたのだ。
「アレン、君の技術に見合う『牙』が必要だ。……この街で最も偏屈だが、最高の腕を持つ男のところへ案内しよう」
連れて行かれたのは、街の外れの火山の麓に佇む、煤けた工房だった。 そこにいたのは、酒瓶を片手に、出来損ないの直剣を床へ無造作に放り投げている、筋骨隆々の老ドワーフ――バルカスだった。
「領主の小僧か。……隣のガキはなんだ。剣も持てねぇような細腕を連れてきて、俺に何をさせる気だ」
土方はバルカスの足元に転がっている直剣を、つま先で軽く転がした。
「……鉄の棒だな。叩き切ることしか能のない、鈍らだ」
工房の空気が、一瞬で凍りついた。 バルカスの目が、獣のような鋭さで土方を射抜く。
「……なんだと?」
「重心が先に行き過ぎている。突きにゃ良かろうが、引き斬るにゃ向かん。何より、この『反り』のなさが、鋼の粘りを殺している」
土方は傍らにあった炭を拾い上げると、工房の石床に一本の曲線を迷いなく描いた。 それは彼が前世で愛用し、魂を共にした愛刀――和泉守兼定の、流れるような美しい反りだった。
「刃は、ただ硬ければいいというもんじゃねえ。芯は粘り、表は硬く。そしてこの曲線こそが、骨を断ち、肉を効率よく削ぐための理だ。……あんた、これだけの魔力伝導率を持つ鉱石を使いながら、ただの棒切れしか打てねえのか?」
バルカスは、土方が床に描いた図面を凝視した。 最初は怒りに震えていたドワーフの目が、次第に驚愕へと変わり、やがて狂気にも似た情熱がその瞳に宿り始める。
「……外を硬くし、内に軟らかい芯を仕込むだと!? 鋼を折り重ね、何度も叩き出して不純物を抜く……。この『反り』の曲線、計算じゃねえ……実戦の果てに行き着いた至高の形か!」
バルカスは持っていた酒瓶を床に叩きつけた。
「……面白い。小僧、名前は」
「……アレンだ。だが、打ってもらう刀には、刻んでほしい名がある」
土方の脳裏に、かつて共に硝煙の戦場を駆け抜けた、あの誇り高き銘が浮かぶ。
「魔力を込める必要はねえ。ただ、俺の命を預けられる、折れず曲がらずの業物を打て。……報酬は、この『鋼の練り』の全てをあんたに教えることだ」
バルカスは不敵に笑い、巨大な槌をひっつかんで振り上げた。
「商談成立だ。おい、小僧! 火を絶やすなよ! 異世界一の『牙』を仕上げてやる!」
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数日間にわたる、鉄と火花の饗宴が始まった。 土方は少年の体でありながら、かつての記憶を頼りに、作刀の全工程をバルカスに指示した。温度のわずかな変化、焼き入れの瞬間の水音、鋼が上げる悲鳴のような微かな音に、土方は全神経を集中させる。
やがて。 暗い工房の中に、一筋の銀光が走った。
バルカスの手によって差し出されたのは、美しい反りを持ち、刃文が波のようにきらめく一本の打刀。 土方はその柄を握り、ゆっくりと引き抜いた。
「……和泉守兼定。異世界でも、よろしく頼むぜ」
一閃。 空中に投げられたルシアンの魔法の硬質化プレートが、音もなく二つに分かれた。 切断された面は鏡のように滑らかで、魔法の残滓さえも両断されている。
「素晴らしい……。魔力を流していないのに、私の魔法を物理的に切り裂いたのか」
ルシアンが戦慄と感嘆の声を漏らす。 土方は、完成したばかりの刀をパチンと鞘に収め、バルカスに向かって短く言った。
「……悪くねえ。あんた、いい腕だ」
その言葉は、かつての副長が部下を労うときのような、重厚で確かな信頼を湛えていた。
異世界の鋼に宿った、幕末の魂。 鬼の副長は、最強の「牙」を手に、次なる戦場を見据えていた。




