春を告げる鐘 台本 Part5
S-38 教室 朝 (6月)
朔、自席にいる。
茉莉が入ってくる。
葵と話しながら席に着く。
朔、その様子を見ている。
茉莉が笑う。
葵も笑いをこらえている。
朔、視線を外す。
ナレーション(朔)
「好きとかそういうんじゃない、と自分に言い聞かせていた。
でも、意識してしまう。
茉莉が教室に入ってくるとき。葵と笑っているとき。
ふとした瞬間に遠くを見るとき。
その目が、引っかかった」
S-39 廊下 放課後 (6月)
葵が職員室に呼ばれて、茉莉が一人で廊下の窓際に立っている。
外を見ている。
朔、廊下を歩いてくる。
通り過ぎようとして、足が止まる。
朔
「転校、大変だった?」
茉莉、振り返る。少し驚いた顔。
茉莉
「三浦くん、話しかけてくるの珍しいね」
朔
「……ほっとけばよかった?」
茉莉
「ほっとかなくていい」
茉莉、笑う。
茉莉
「大変っていうか、楽しいよ。学校って、こんな感じなんだなって」
朔
「こんな感じって?」
茉莉
「うるさくて、適当で、みんなが明日のことを考えてない感じ」
朔、その言い方に何かを感じる。
朔
「……桐島さんは考えてるの。明日のこと」
茉莉
「考えてるよ。でも葵ちゃんたちみたいには考えてない」
朔
「どう違うの」
茉莉
「みんなは明日が当然あると思って考えてる。私は……」
茉莉、少し止まる。
茉莉
「なんでもない。変なこと言った」
朔
「変じゃない」
茉莉、朔を見る。
茉莉
「三浦くんって、葵ちゃんと幼馴染なんだよね」
朔
「うん」
茉莉
「ずっと一緒にいたの?」
朔
「子供の頃から」
茉莉
「いいね。ずっと知ってる人がいるって」
朔
「……桐島さんには、そういう人いないの」
茉莉
「転校多かったから。長く一緒にいた人があまりいない」
朔
「そっか」
茉莉
「葵ちゃんのこと、ちゃんと見てあげてね」
朔
「……なんで」
茉莉
「これから色々あるから」
朔、返事をしない。
廊下の奥から葵が戻ってくる。
葵
「茉莉、待たせた。……朔、何してるの」
朔
「別に」
葵
「話してたの?」
茉莉
「ちょっとね」
葵、朔と茉莉を交互に見る。
朔
「じゃあな」
朔、歩き去る。
茉莉、その後ろ姿を少し見ている。
S-40 朔の部屋 夜
朔、机に向かっている。
教科書を開いているが、読んでいない。
ナレーション(朔)
「明日が当然あると思って考えてる。
私は違う。
茉莉はそう言いかけて、止めた。
違う、とはどういうことか。
考えた。答えが出なかった。
でも、嫌な予感だけがあった」
S-41 三浦家・リビング 夜 (同じ日)
柚、ソファで本を読んでいる。
朔、帰ってくる。鞄を置く。
柚
「遅かったね」
朔
「ちょっと寄り道した」
柚
「珍しい」
朔、冷蔵庫を開ける。麦茶を出す。
コップに注ぐ。
柚、本を閉じる。
柚
「何かあった?」
朔
「なんで」
柚
「顔に出てる」
朔
「出てない」
柚
「出てる」
朔、麦茶を飲む。
朔
「……クラスに転校生がいる」
柚
「葵ちゃんが仲良くしてる子?」
朔
「知ってるの」
柚
「葵ちゃんから聞いた。茉莉ちゃんって子でしょ」
朔
「葵から聞いたの」
柚
「最近葵ちゃんが楽しそうって、お母さんから聞いた。それで葵ちゃんに聞いたら茉莉ちゃんの話になった」
朔、ソファに座る。
朔
「……桐島さんのこと、なんか変だと思う」
柚
「変って」
朔
「急いでる感じがする。でも焦ってるんじゃなくて……丁寧に急いでる感じ」
柚、朔を見る。
柚
「よく見てるね」
朔
「気になったから」
柚
「茉莉ちゃんのこと、好きなの?」
朔
「……分からない」
柚
「分からないってことは、そういうこと」
朔、返事をしない。
S-42 教室 昼休み (7月)
朔、一人で弁当を食べている。
茉莉が教室に入ってくる。一人だ。
鞄を机に置く。何かを探している。
鞄から薬の瓶が落ちる。
朔、見ていた。
朔
「落としたよ」
茉莉
「あ、ありがとう。大丈夫、頭痛薬」
茉莉、すぐに拾う。
朔
「そっか」
朔、視線を弁当に戻す。
でも目の端で、茉莉が薬を鞄にしまうのを見ていた。
ラベルに、見慣れないカタカナが並んでいた。
朔、何も言わない。
茉莉、葵を探しに教室を出ていく。
朔、弁当を見る。
箸が止まっている。
ラベルに、カタカナの薬品名が見えた。
長い名前だった。全部は読めなかった。
S-43-2 朔の部屋 夜
朔、スマホを見ている。
検索画面。
断片的なカタカナを入力している。何度か変えて、また入力する。
検索結果が出る。
朔、画面を見る。
しばらく動かない。
スマホを伏せる。
S-43 廊下 放課後
朔、一人で帰ろうとしている。
葵に声をかけられる。
葵
「朔、桐島さんと何話したの。先週の廊下」
朔
「大したことじゃない」
葵
「なんか桐島さんが朔のこと気にしてた。朔って観察眼あるよねって」
朔、少し黙る。
朔
「……葵、桐島さんのこと、どこまで知ってる?」
葵
「どこまでって」
朔
「病院とか、薬とか」
葵
「頭痛持ちなのは聞いてる。病院も行ってるって」
朔、葵の顔を見る。
本当に知らないのが分かる。
朔
「……そっか」
葵
「何か知ってるの?」
朔
「知らない」
葵
「朔」
朔
「知らないって言ってる」
葵、朔を見る。
朔、視線を逸らす。
葵
「……分かった」
二人、しばらく黙って歩く。
葵
「でも何かあったら言って」
朔
「うん」
S-44 三浦家・リビング 夜
柚、台所で洗い物をしている。
朔、リビングに入ってくる。
朔
「姉ちゃん」
柚
「何」
朔
「桐島さんの鞄から薬が落ちた。病院の処方薬だった。頭痛薬じゃなかった」
柚、手を止める。
振り返る。
柚
「……それだけ?」
朔
「それだけって」
柚
「他に何か見た? 聞いた?」
朔
「ない。でも……前に桐島さんが言ってた。明日が当然あると思って考えてる人たちとは違う、って」
柚、タオルで手を拭く。
ソファに来て、座る。
柚
「朔は、葵ちゃんに話すべきか迷ってるの?」
朔
「うん。でも……桐島さんが話していないのに、俺が言うのは違う気もする」
柚
「じゃあ答え出てるじゃない」
朔
「でも葵が知らないまま、突然のことで傷ついたら」
柚
「それは葵ちゃんが受け取ることだよ。朔が先に防ごうとしても、防げないこともある」
朔
「でも知ってたら、何かできることがあるかもしれない」
柚
「あるかもしれない。でも茉莉ちゃんが話していないのには、理由がある」
朔
「その理由が、葵のためだったとしたら?」
柚、少し黙る。
柚
「そうだとしたら、なおさら、今は見守るしかない」
朔
「見守るだけでいいの」
柚
「よくないかもしれない。でも茉莉ちゃんが選んでいることを、勝手に壊す権利は私たちにはない」
朔、返事をしない。
柚
「朔が茉莉ちゃんのそばにいることは、できる。それだけで十分なこともある」
朔
「……姉ちゃんは、そういうことがあったの」
柚、少し間を置く。
柚
「ある」
それ以上は言わなかった。
朔も聞かなかった。
S-45 朔の部屋 深夜
朔、窓の外を見ている。
ナレーション(朔)
「茉莉のことが好きだったのかもしれない。
でもそれより先に、心配していた。
葵のことも、心配していた。
自分にできることが何もない、という感覚が、
その夜ずっと続いた。
柚が言った。そばにいることはできる。
それだけで十分なこともある。
分かった。
でも、十分じゃない気がした。
暗転。




