春を告げる鐘 台本 Part2
S-9 教室 朝 (4月下旬)
葵、窓際の席に座っている。
茉莉、入ってくる。葵の隣に座る。
茉莉
「おはよう」
葵
「うん、おはよう」
茉莉、鞄から教科書を出す。
窓の外を一度見る。曇っている。
茉莉
「今日、雨降るかな」
葵
「降らないと思う」
茉莉
「なんで分かるの」
葵
「なんとなく」
茉莉
「根拠ない感じ、好き」
葵、返事をしない。
チャイムが鳴る。
S-10 廊下 昼休み
茉莉、葵の腕を引っ張って歩いている。
葵
「どこ行くの」
茉莉
「屋上」
葵
「鍵かかってる」
茉莉
「非常階段の踊り場」
葵
「……なんで」
茉莉
「外で食べたい。教室は音がうるさい」
非常階段の踊り場。
二人、弁当を開ける。
下の方から体育の声が聞こえる。
茉莉
「ここ、知ってた?」
葵
「知らなかった」
茉莉
「私、転校してから一週間で見つけた」
葵
「なんで探すの」
茉莉
「逃げ場を作っておきたいから」
葵
「……クラス、しんどい?」
茉莉
「しんどくはない。ただ、一人になれる場所があると落ち着く」
間。
葵
「ここ、教えてくれたじゃん」
茉莉
「葵ちゃんには教えたかった」
葵、何も言わない。
茉莉、弁当の続きを食べる。
葵も食べる。
風が来る。
S-11 放課後・商店街 (別の日)
葵と茉莉、歩いている。
茉莉、古本屋の前で足を止める。
茉莉
「入っていい?」
葵
「いいけど」
二人、入る。
茉莉、棚を眺める。文庫本を一冊抜く。パラパラとめくる。戻す。また別の一冊。
葵
「買わないの」
茉莉
「買わない。見るだけ」
葵
「なんで」
茉莉
「持ち物を増やしたくないから」
葵
「本じゃなくてもそう?」
茉莉
「うん。なんでも」
葵
「……ミニマリスト?」
茉莉
「そういうわけじゃない。ただ、増やしても持って行けないから」
葵
「どこに」
茉莉
「さあ」
茉莉、最後の一冊を戻す。
茉莉
「行こう」
S-12 放課後・帰り道
葵と茉莉、歩いている。
茉莉
「葵ちゃんって、何か集めてるものある?」
葵
「特にない」
茉莉
「写真とか、スタンプラリーとか」
葵
「ない」
茉莉
「じゃあ記念日とか覚えてる? 誰かの誕生日とか」
葵
「……親のは覚えてる」
茉莉
「私の誕生日、教えようか」
葵
「いつ」
茉莉
「3月3日」
葵
「ひな祭り」
茉莉
「そう。毎年ちらし寿司。おかげで誕生日感がない」
葵、少し笑う。
茉莉
「笑った」
葵
「笑ってない」
茉莉
「笑った。口の端が動いた」
葵
「気のせい」
茉莉
「葵ちゃん、笑うと顔変わるね」
葵
「……普通に失礼じゃない、それ」
茉莉
「褒めてる」
S-13 廊下 放課後
朔、廊下を歩いている。
葵と茉莉が向こうから来る。
茉莉、笑っている。
葵、笑いをこらえている。
二人、朔に気づかず通り過ぎる。
朔、その場で立ち止まる。
二人の後ろ姿を見る。
S-14 廊下 翌日・昼休み
葵、一人で歩いている。
朔、後ろから来る。
朔
「茉莉と仲良くなったんだな」
葵
「そう? まあ」
朔
「葵が誰かと毎日帰るの、珍しいから」
葵
「朔って茉莉のこと気になってるの」
朔
「別に」
葵
「顔に出てる」
朔
「出てない」
葵
「出てる。昨日、廊下で見てたでしょ」
朔、黙る。
葵
「話しかければいいじゃん」
朔
「……いい」
葵
「なんで」
朔
「なんとなく」
葵、朔を見る。
葵
「根拠ない感じ、好きじゃないから」
朔、返事をしない。
葵、歩き続ける。
S-15 教室 朝 (5月)
茉莉、少し遅刻してくる。
目の下に隈がある。
席に座る。教科書を出す。いつも通り。
葵、横目で見る。何も言わない。
授業が始まる。
茉莉、板書を写している。
ペンを持つ手が、一瞬止まる。
また動く。
S-16 教室 昼休み
葵と茉莉、弁当を食べている。
茉莉
「昨日、頭が痛くて」
葵
「病院行った?」
茉莉
「うん。よくあるから」
葵
「その『よくある』って、どのくらいよくある?」
茉莉
「月に何回か」
葵
「……それ、よくある?」
茉莉
「私にとってはよくある」
間。
葵
「無理しないでよ」
茉莉
「してない。してたら学校来てない」
葵
「……そっか」
茉莉、弁当の続きを食べる。
葵も食べる。
茉莉
「心配してくれてるの?」
葵
「……まあ」
茉莉
「ありがとう。でも大丈夫」
葵、返事をしない。
大丈夫、という言葉を、そのままにしておいた。
S-17 放課後・帰り道
葵と茉莉、並んで歩いている。
茉莉
「疲れたら言うよ。無理しないから」
葵、何も言わない。
間。
茉莉
「葵ちゃんって、怒らないね」
葵
「何に?」
茉莉
「急に帰るとか、理由言わないとか」
葵
「怒る理由がない」
茉莉
「普通、気になるじゃない」
葵
「気にならないわけじゃない。ただ、聞いても教えてくれないだろうなって」
茉莉、少し葵を見る。
茉莉
「……なんで分かるの」
葵
「なんとなく」
茉莉
「根拠ない感じ、好き」
葵、返事をしない。
S-18 分かれ道 夕方
茉莉
「葵ちゃんといると、時間が早い」
葵
「私もそう思う」
茉莉、笑う。
手を振って、歩き始める。
葵、見送る。
茉莉の後ろ姿が小さくなる。
葵、その場に立ったまま、しばらく見ている。
S-19 葵の部屋 夜
葵、机に向かっている。
ノートを開いているが、書いていない。
ナレーション(葵)
「茉莉のルールに、気づいた頃には、もう慣れていた。
急に帰る。理由は言わない。将来の話をしない。持ち物を増やさない。
増やしても持って行けないから、と言った。
どこに、と聞いた。
さあ、と笑った。
その答えの意味を、私はまだ考えていた」
葵、ペンを持つ。
ノートに何か書き始める。
暗転。




