第4話「授賞式」
土曜日の午後。
柊家のリビングは、いつもより華やかだった。
華がソファに座り、スマホを見ながら緊張している。
「お姉ちゃん、どうしよう……」
「大丈夫だよ、華」
凛が優しく声をかける。
「でも……もし、名前呼ばれなかったら……」
「呼ばれるよ。華の演技、すごかったもん」
「でも、他の人もすごかったし……」
華は落ち着かない様子だ。
今日は日本映画批評家大賞の授賞式。
華は助演女優賞にノミネートされている。
凛は華の肩を抱いた。
「華なら大丈夫」
「お姉ちゃん……」
「信じてるよ」
「ありがとう」
華は少し落ち着いた。
その時、遼がリビングに入ってきた。
「遼!」
華が声をかける。
「何?」
「今日、授賞式なんだけど」
「ああ、そうだったな」
「見てくれる?」
「いつから?」
「午後7時から」
遼は少し考えた。
「まあ、多分」
「多分って……」
「用事がなければ見る」
「用事って?」
「実験室」
「もう!」
華はクッションを投げた。
遼はそれを受け止めた。
「でも、受賞したら教えてくれ。おめでとうって言うから」
「……ありがと」
華は少し嬉しそうに笑った。
その日の午後3時。
遼は大学の実験室にいた。
ドローンの最終調整をしている。
卒論提出まで、あと二週間。
そろそろ追い込みの時期だ。
「よし、これで……」
遼はプログラムを保存し、伸びをした。
その時、実験室のドアが開いた。
「遼、いた!」
詩織だ。
「どうした?」
「どうしたじゃないよ! 今日、華ちゃんの授賞式でしょ!?」
「ああ」
「見るの?」
「多分」
「多分って……」
詩織はため息をついた。
「あんた、本当に……」
「悪かったな」
「謝ればいいってもんじゃない」
詩織は遼の隣に座った。
「ねえ、華ちゃんがどれだけすごいか、分かってる?」
「まあ、女優だろ」
「女優って……」
詩織は頭を抱えた。
「華ちゃん、二十歳で助演女優賞ノミネートだよ? 普通じゃないんだよ?」
「へえ」
「へえ、じゃない!」
詩織は少しイライラしてきた。
「あんた、本当に自覚ないの?」
「何の?」
「あんたの姉妹が、どれだけすごいか!」
「まあ、頑張ってるんだろうな」
「頑張ってるレベルじゃないの!」
詩織は立ち上がった。
「凛ちゃんは国民的女優! 華ちゃんは次世代のエース! 二人とも、日本のトップなんだよ!?」
「そうなのか」
「そうだよ!」
「じゃあ、すごいな」
「……もう、あんたって……」
詩織は諦めたようにため息をついた。
そして、遼の肩を叩いた。
「とにかく、今日は見てあげなさい」
「分かった」
「本当?」
「ああ」
「嘘じゃない?」
「多分本当」
「多分って……」
詩織はもう一度ため息をついた。
その日の午後7時。
授賞式が始まった。
会場は東京の高級ホテル。
レッドカーペットに、スーツやドレスを着た俳優たちが並ぶ。
華もその中にいた。
水色のドレスを着て、少し緊張した表情。
カメラのフラッシュが光る。
「柊さん! こちらお願いします!」
「今日の意気込みは!?」
記者たちが声をかける。
華は笑顔で手を振った。
「頑張ります!」
明るい声。
だが、内心は緊張していた。
同じ頃、柊家のリビング。
凛がテレビの前に座っていた。
画面には、授賞式の生中継が映っている。
「華、可愛い……」
凛は画面を見つめながら呟いた。
そして、チラリと時計を見る。
遼はまだ帰ってきていない。
「……遼、間に合うかな」
凛は小さくため息をついた。
その頃、遼は実験室を出て、大学の門を歩いていた。
スマホを取り出し、時計を見る。
午後7時15分。
「……間に合わないな」
遼は少し考えた。
そして、足を速めた。
午後7時30分。
授賞式は進行していた。
新人賞、脚本賞、撮影賞……
各賞が次々と発表される。
そして──
「次は、助演女優賞の発表です」
司会者の声。
会場に緊張が走る。
華は深呼吸をした。
「ノミネートされているのは……」
司会者が名前を読み上げる。
五人の女優の名前。
華の名前も呼ばれた。
「柊華さん、『春の約束』」
画面に華の映像が映る。
映画のワンシーン。
華が涙を流しながら、台詞を言っている。
会場から拍手が起きる。
「それでは、発表です」
司会者が封筒を開ける。
会場が静まり返る。
華は目を閉じた。
「助演女優賞は……」
数秒の沈黙。
そして──
「柊華さん!」
会場が沸いた。
拍手が鳴り響く。
華は目を見開いた。
「え……」
隣の俳優が華の肩を叩いた。
「おめでとう!」
「あ、ありがとうございます……」
華は立ち上がり、ステージに向かう。
足が震えている。
だが、笑顔を作る。
ステージに上がり、トロフィーを受け取った。
「ありがとうございます……」
華の声が震える。
「えっと……本当に、信じられなくて……」
会場から笑い声。
華は少し落ち着いた。
「この作品に関わってくださった全ての方に、感謝しています」
「監督、共演者の皆さん、スタッフの皆さん……」
「そして、いつも応援してくれる家族に……」
華は少し涙ぐんだ。
「お姉ちゃん、見てる? ありがとう」
「そして……多分見てないと思うけど……お兄ちゃんにも、ありがとう」
会場から笑い声と拍手。
華は笑顔で頭を下げた。
同じ頃、柊家のリビング。
凛は涙を流していた。
「華……おめでとう……」
画面の中の華が、笑顔でトロフィーを掲げている。
凛は拍手をした。
その時、玄関のドアが開いた。
「ただいま」
遼だ。
「遼! 華が! 華が受賞したよ!」
凛が駆け寄ってくる。
「そうか、良かったな」
「見て見て! 今スピーチしてる!」
凛は遼の手を引き、リビングに連れて行く。
画面には、華が笑顔で手を振っている様子が映っていた。
「……頑張ったんだな」
「うん! すごいよね!」
「ああ」
遼は淡々と答える。
凛は少し不満そうだった。
「もうちょっと喜んでよ」
「喜んでるよ」
「嘘」
「本当だ。心の中で」
「……もう」
凛はため息をついた。
だが、すぐに笑顔に戻る。
「でも、遼が帰ってきてくれて良かった」
「ああ」
遼はソファに座り、画面を見た。
華が笑顔でステージを去っていく。
「……似合ってるな」
「え?」
「トロフィー。華に似合ってる」
凛は少し驚いた。
そして、嬉しそうに笑った。
「そうだね」
授賞式が終わり、午後9時。
華が帰宅した。
「ただいまー!」
華やかな声。
手にはトロフィーを持っている。
「おかえり!」
凛が駆け寄る。
「お姉ちゃん!」
二人は抱き合った。
「おめでとう、華!」
「ありがとう!」
華は涙ぐんでいる。
「見てくれた?」
「見たよ! すごかった!」
「えへへ」
華は照れくさそうに笑った。
そして、遼を見た。
「遼も見てくれた?」
「ああ。途中からだけど」
「ほんと!?」
「ああ」
華は嬉しそうに笑った。
「ありがとう!」
「おめでとう」
「えへへ」
華はトロフィーを遼に見せた。
「見て! 私、受賞したんだよ!」
「ああ、見た」
「すごいでしょ!?」
「まあ、頑張ったんだろうな」
「もう、それだけ!?」
「他に何を?」
「もうちょっと褒めてよ!」
「褒めてるだろ」
「全然!」
華は頬を膨らませた。
凛が笑った。
「まあまあ、遼はああだから」
「そうだけど……」
華は少し不満そうだった。
だが、すぐに笑顔に戻る。
「でも、嬉しいな。二人とも見ててくれて」
「当然だよ」
「うん!」
華は嬉しそうにトロフィーを抱きしめた。
その夜、遼の部屋。
遼は机に向かい、卒論を書いていた。
だが、ふと手を止めた。
華のスピーチを思い出す。
「多分見てないと思うけど……お兄ちゃんにも、ありがとう」
遼は小さく笑った。
「……ばれてたか」
そして、スマホを取り出す。
華にLINEを送った。
「受賞おめでとう。すごいな」
短いメッセージ。
数秒後、華から返信が来た。
「ありがとう! 遼が見ててくれて嬉しかった!」
「これからも頑張れ」
「うん! 遼も卒論頑張ってね!」
「ああ」
遼はスマホをしまった。
そして、再び論文執筆に戻る。
その時──
スマホが震えた。
遼は画面を見る。
またメールだ。
差出人は同じ企業。
件名:【最終通知】We Will Visit Japan Next Week
遼は数秒見つめた。
そして──
画面を閉じた。
「……後で読むか」
遼はそう呟き、再び論文執筆に戻った。
その頃、SNSでは。
華の受賞が話題になっていた。
「柊華、助演女優賞受賞おめでとう!」
「二十歳で受賞とかすごすぎる」
「スピーチで泣いた」
「お兄ちゃんにありがとうって言ってたの可愛かった」
そして、あるツイートが注目を集めていた。
「柊姉妹すごすぎる。姉は国民的女優、妹は映画賞受賞。この家族、どうなってるの?」
多くの人がリツイートし、話題になる。
だが、遼は知らない。
自分の姉妹が、どれだけ注目されているかを。
そして──
自分もまた、別の世界で注目されていることを。
その頃、世界のどこかで。
とある企業の幹部が、飛行機のチケットを予約していた。
行き先は、日本。
目的は、一人の学生に会うこと。
「柊遼……ついに会えるな」
男は小さく呟いた。
そして、モニターに映る遼の論文を見つめた。
「この技術者が欲しい。何としてでも」
世界的企業が、動き出す。
だが、遼は知らない。
自分の未来が、大きく動こうとしていることを。




