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姉と妹が国民的女優ですが、俺は機械をいじっていたい  作者: よんまるよん
第一部「機械をいじっていたい、それだけなのに」

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第19.5話「知らない人たち」

 華が携帯を忘れた。

 遼がそれに気づいたのは夜の九時過ぎ、食器を洗っていた時だった。

 テーブルの上に、画面が割れかけた華のスマホが置きっぱなしになっている。

 遼はそれを見て、マネージャーの田村に連絡した。

「届けに行く。場所を教えてくれ」

 田村から入り方を教えてもらい、上着を羽織った。

「行ってくる」

「ありがとう」と凛。

「気をつけてね」とまた凛。

「夜道は」とまたまた凛。

「分かった」と三回遼。


 テレビ局の裏手、関係者用出入り口。

 守衛に田村の名前を告げて身分証を見せると、あっさり通してもらえた。

 遼は構内に入った。

 廊下が長い。

 どこに行けばいいか分からない。

 田村に電話しようとスマホを出した。

 その時。

「あれ」

 声がした。

 遼は顔を上げた。

 廊下の向こうから、四人組が歩いてきた。

 全員、真っ黒な衣装。

 全員、眼の周りが墨で塗りつぶされている。

 先頭の男は金色に爆発した髪に眼帯。コートにスタッズが大量についている。

 その後ろ、赤黒ツートンに染めた、前髪で顔の半分が隠れている男。

 その隣、全身黒で目の周りだけ白く塗った、まったく表情が動かない男。

 一番後ろ、緑のモヒカンに耳へ五つのピアス。

 遼は四人を見た。

 四人も遼を見た。

 金髪眼帯の男の目が、ぱっと開いた。

「……あれ」

 一歩、近づいてきた。

 遼は後退した。

「柊じゃね?」

 二歩、近づいてきた。

 遼は後退した。

「柊遼!?」

 全速力で近づいてきた。

 遼は全速力で後退した。

「待って! 待って待って! 逃げないで!!」

「近づかないでください」

「待って! 俺だって!!」

「知らない人に俺だと言われても」

「知ってる人だから!!」

 金髪眼帯の男が、廊下の真ん中で両手を上げた。万歳の形で。

「武器持ってない! 見て! 素手!!」

「素手でも人は殴れます」

「殴らない!! 絶対殴らない!!」

 後ろの三人が笑い始めた。

「天野、逃げられてる」

「全力で後退してる」

「廊下でやるな」

「うるさい!!」

 金髪眼帯——天野が、遼から三メートルで止まった。

 遼も止まった。

 廊下に沈黙が落ちた。

「……遼、俺だよ。天野。高校の時同じクラスだった天野」

「天野」

「そう!」

「フォークソング同好会の」

「そう!! よかった、名前は覚えてた!!」

「名前は覚えている」

「じゃあ分かるじゃん!!」

「名前と目の前の人物が一致しない」

「なんで!!」

「見た目が変わりすぎている」

「メイクしてるから!! 顔は同じだから!!」

「同じには見えない」

「同じだって言ってる!!」


 どういうわけか、廊下の隅で五人が立ち話をすることになった。

 天野が後ろの三人を順番に示した。

「こっちが田中、こっちが熊谷、一番後ろが松本。全員高校の同級生かフォークソング同好会」

 遼は三人を順番に見た。

 赤黒ツートンで前髪が顔半分を隠している男。

 白塗りで彫像みたいに動かない男。

 緑のモヒカンに耳五つピアスの男。

「……」

「分からないよな」と天野。

「全員分からない」

「正直か」と赤黒ツートン。

「悪い」

「いや」

 赤黒ツートンはあっさりしていた。

 緑モヒカンが手を挙げた。

「俺は松本。ハーモニカやってた」

「ハーモニカは珍しいから覚えている」

「じゃあ俺だって分かるじゃん!」

「見た目が緑のモヒカンになっているとは思わなかった」

「俺もこうなるとは思ってなかった! でも俺だよ!!」

 赤黒ツートンが前髪をかき上げた。

「俺は田中。三年同じクラス。丸い顔してる」

 遼は確認した。

 確かに輪郭は丸かった。

「……田中か」

「そう!!」

 白塗りがぽつりと言った。

「俺は熊谷。ギター担当だった」

「熊谷……廊下で会うと会釈してた奴か」

「そう」

「白塗りにするとは思わなかった」

「俺もこうなるとは思ってなかった」

「そうか」

 田中が小声で「熊谷、もう少しリアクションしろ」と言った。

 熊谷が小声で「遼が相手だと消耗する」と言った。

 遼には聞こえていたが何も言わなかった。


 天野が「てかお前なんでここにいんの」と聞いた。

「用事がある」

「用事って?」

「局内の人間に届け物だ」

「知り合いいるの? 芸能関係者?」

「まあそういうことだ」

「誰?」

「まあそういうことだ」

「それしか言わないのか」

「そういうことだ」

 田中が笑い出した。

「遼って昔からこうだったな。聞いても煙に巻く」

「煙に巻いているつもりはない」

「結果的にそうなってるんだよ!!」

 しばらく話した。

 フォークソング同好会がどういう経緯でUNDER FANGというパンクバンドになったか。

 メジャーデビューするまでの話。

 遼は「へえ」「そうか」「なるほど」と相槌を打ちながら聞いた。

 天野が「もう少し驚いてくれ」と言った。

 遼が「驚いている」と言った。

 天野が「顔に出てないんだよ!」と言った。

 そうこうしているうちに、遼のスマホが鳴った。

 田村からだった。

「柊さん、今どのあたりですか? 華ちゃん、もうすぐ上がります」

「廊下にいる。今行く」

 遼はスマホをしまった。

「じゃあ用事があるから」

「おう、またな」と天野。

「連絡先、交換しとくか」

「そうしよう」

 五人でさっと交換した。

 遼は頭を下げて、廊下を歩き始めた。

 UNDER FANGの四人は、その背中を見送った。


 天野が言った。

「……なんか遼と再会した」

「したな」と田中。

「高校以来だな」と松本。

「うん」と熊谷。

 四人で顔を見合わせた。

「てかさ」

 田中が首を傾けた。

「あいつ、なんでここにいたんだ」

「局内の人間に届け物、って言ってたな」と松本。

「芸能関係者の知り合いって雰囲気だったけど」と天野。

「誰だろうな」と熊谷。

「遼に芸能関係者の知り合いなんているのか」と田中。

「なんかイメージと合わない」と松本。

「まあ遼だしな」と天野。

 四人でぼんやりしかけた、その時だった。

 廊下の向こうから、声がした。

「遼! ありがとー!! ほんとに助かった!!」

 四人が振り返った。

 廊下の先で、遼がスマホを渡しているのが見えた。

 渡された相手——小柄な、茶髪の女の子が、スマホを胸に抱えてにこにこしている。

 天野が目を細めた。

「……あれ」

 田中が目を細めた。

「……あれって」

 松本が目を細めた。

「……もしかして」

 熊谷だけが目を細めず、静かに言った。

「知ってる顔だ」

 四人の視線が、廊下の先に集中した。

 女の子が遼と何か話している。

 遼が「スマホを抱きしめるな」と言っている。

 女の子が「再会を喜んでるんだよ」と言っている。

 その笑い方。

 その声。

 天野の口が、ゆっくり開いた。

「……柊華じゃね」

 田中がごくりと唾を飲んだ。

「……柊華だ」

 松本が小声で言った。

「でも、なんで遼と」

 熊谷が静かに言った。

「苗字が同じだ」

 四人が固まった。

 天野がゆっくり言った。

「……待って」

「待ってる」と田中。

「柊遼と、柊華が」

「同じ苗字だ」と熊谷。

「廊下で普通に話してる」

「仲良さそうだ」と熊谷。

「まさか」

「まさかな」と田中。

「いや、でも」

「でも、な」と松本。

 四人でじりじりと廊下を進んだ。

 そのタイミングで、ちょうどマネージャーの田村が廊下を横切った。

 天野が咄嗟に声をかけた。

「あの、すみません!」

 田村が振り返った。

「はい?」

「今、あちらで話してる方って……もしかして」

「華ちゃんですよ。あれ?さっき楽屋にお邪魔させていただきましたよね?」田村がにこにこ答えた。

「そして今、話をしているのがお兄さん」

 田村はそのままにこにこ廊下を歩いていった。

 四人が、止まった。

 十秒止まった。

「……兄妹」天野が言った。

「兄妹」田中が繰り返した。

「柊遼と、柊華が」松本が言った。

「兄妹だった」熊谷が静かに言った。

 また五秒止まった。

「あいつ」天野がゆっくり言った。

「高校の時」田中が続けた。

「妹の話なんて一度も言わなかった」松本が言った。

「一回も言わなかった」天野が言った。

 熊谷が静かに言った。

「わざわざ言う必要もなかったんだろう」

「遼らしいっちゃ遼らしい!!」四人が同時に言った。


 天野が深呼吸した。

「……どうする」

「どうするって何を」と田中。

「柊華のところに行くかどうか」

 全員が顔を見合わせた。

「楽屋では挨拶できたけど」と松本。

「そうだな。俺たちのキャラ上、口数は少なくしなきゃだったし」と天野。

「でも今は遼の妹だって知ってる」

「それはそれで気まずくないか」と田中。

「でも」と天野。

「でも?」と松本。

「ファンなんだが俺たち」

 四人が静止した。

「……行くか」と田中。

「行こう」と松本。

「行く」と熊谷。

 四人は廊下を歩いた。


 遼のところに近づいた。

「遼」

 遼が振り返った。

「何だ」

「妹ちゃんって、柊華さんだよな」

 遼が少し間を置いた。

「そうだ」

「そういうことか」天野がため息をついた。「なんで言わなかったんだ」

「聞かれなかったから」

「妹がデビューしたとか言わなかったじゃないか」

「わざわざ言う必要もなかった」

「必要、めちゃくちゃあるから!!」

 華が天野たちを見た。

「あれ? さっき楽屋でご挨拶した方々ですよね」

「そうです!」天野が反射的に切り替わった。「改めまして、天野です。実は遼と高校の同級生で」

「えっ! 遼の!?」

 華が遼を見た。

「高校の同級生だったらしい」

「らしいって」

「さっき判明した」

「さっきまで分からなかったの!?」

「メイクで変わっていた」

「廊下で逃げてましたよ」と松本。

「逃げた?」華が目を丸くした。

「七割くらい逃げた」

「七割!!!」

 華が盛大に吹き出した。

「遼が逃げた!! 見たかった!!!」

「見せなくてよかった」

「見たかったってば!!!」


 笑いが落ち着いたところで、天野が咳払いをした。

 UNDER FANGの四人が、一列に並んだ。

 天野が代表して深く頭を下げた。

「柊華さん」

「は、はい」

「サインをいただけますか」

 四人全員が深く頭を下げた。

 華が少し固まった。

「え、あ、はい! もちろん! でもさっきまで普通に話してたのに急にどうしたんですか」

「さっきは遼の知り合いとして話していました。楽屋ではUNDER FANGを演じてました」天野が頭を上げた。「今はファンとしてお願いしています」

「ファン!?」

「華さんの映画、全部観てます」

 田中が続けた。

「俺も全部観てます」

 松本が続けた。

「俺も」

 熊谷が静かに言った。

「俺も全部観た。最後の作品は三回観た」

 華がぱちぱちと瞬きした。

 それからにこっと笑った。

「ありがとうございます! すごく嬉しい!!」

 華がバッグからマーカーを取り出した。

「何に書きますか?」

「スマホケースでいいですか!」と天野。

「もちろんです!」

 四人が順番にスマホケースを差し出した。

 華が一人一人に丁寧にサインを書いた。

 天野が自分のスマホケースを眺めてにこにこしていた。

 田中が「本物だ……」と小声で言っていた。

 松本が「筆圧がすごい」と感嘆していた。

 熊谷が静かに手元を眺めて「そうか」と言っていた。

 遼はその様子を少し離れたところから見ていた。

 華が遼を見た。

「遼はいいの?」

「いらない」

「なんで!」

「むしろなんで欲しいんだよ」

「……まあそれはそうか」

 天野が「いや待って今の会話おかしくない?」と言った。

 田中が「柊家ってこんな感じなの?」と言った。


 解散際。

 天野が遼に言った。

「また飯でも行こうぜ。五人で」

「まあいいか」

「まあって何だよ」

「行ってもいいということだ」

「……行こうよもっと嬉しそうに」

「嬉しい」

「顔に出てないんだよ!」

 熊谷が遼に言った。

「また会おう」

「ああ」

 四人が廊下を歩いていった。

 天野が歩きながらスマホケースを眺めていた。

 田中が「今日来てよかった」と言っていた。

 松本が「ほんとに」と言っていた。

 熊谷だけが、振り返って遼を一度見た。

 遼は軽く頷いた。

 熊谷も軽く頷いた。


 田村の車の中。

 助手席の田村が「まさか遼くんの同級生がUNDER FANGだったとは」と笑っていた。

 後部座席で、遼と華が並んで座っていた。

 華がCDのジャケットを眺めながら言った。

「遼、なんで言わなかったの。私が妹だって」

「わざわざ言う必要もなかった」

「遼が高校三年の時でしょ?私がデビューしたのは」

「聞かれなかったから」

「そうかなあ」

「そうだ」

「でも向こう、すごいびっくりしてたよ」

「そうらしい」

 華はジャケットを膝の上に置いた。

「高校の時ってさ、あの人たちのこと意識してた?」

 遼は少し考えた。

「隣の部室から毎日ギターの音がしていた、とは認識していた」

「それだけ?」

「それだけだ」

「……遼らしいね」

「そうか」

「でもちゃんと覚えてたんでしょ、名前」

「名前は覚えていた」

「それで十分な気もするね、遼は」

 遼は窓の外を見た。

 夜の東京が流れていく。

 高校の廊下が、うっすら思い出された。

 隣の部室から、毎日ギターの音がしていた。

 うるさかったが、嫌いじゃなかった。

 まあ、悪くなかった。


 その夜、遼の部屋。

 天野からメッセージが来た。

「まじで今日びっくりした。妹が柊華ってなんで言わなかったんだ」

「わざわざ言う必要もなかった」

「今も信じられない」

「そうか」

「もっと共感してくれ」

「……びっくりさせた。悪かった」

「謝るのも早い!!」

 しばらくして熊谷からも来た。

「今日は遼に会えてよかった」

「俺も。最初に逃げた。悪かった」

「別にいい。遼らしかった」

「そうか」

「また会おう」

「ああ」

 遼はスマホを置いた。

 枕元にCDが一枚ある。

 ジャケットには四人が写っていた。

 全員メイクをしている。

 遼はじっと見た。

 五秒見た。

 やはり誰が誰か分からなかった。

 まあ、直接会えば分かる。

 遼は電気を消した。

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