表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉と妹が国民的女優ですが、俺は機械をいじっていたい  作者: よんまるよん
第一部「機械をいじっていたい、それだけなのに」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/159

間幕「遼と田中教授の雑談②:異世界」

※この話を読まなくても本編は成立します。

 かといって読まないでくださいと言っているわけでもありません。


 六月の午前。

 田中教授の研究室に、また一枚のメモがあった。

 遼が実験室に向かう途中、廊下で声をかけられた。

(ひいらぎ)くん、少しいいか」

「はい」

「先月の公開授業の評判が良くてな」

「そうですか」

「来月も頼まれた」

「……お疲れ様です」

「また事前に質問を募ったんだが」

 田中教授はメモを差し出す。

 遼は受け取った。

 走り書きで、一行。

「異世界に行くにはどうしたらいいですか?」

 遼は少し止まる。

「……なるほど」

「どう答えるべきか、また考えている」

 遼は廊下に立ったまま、少し考えた。

「……教授室、借りていいですか」

「どうぞ」


 椅子に座って、遼はしばらく黙っていた。

 田中教授はコーヒーを二つ用意して、一つを遼の前に置く。

 遼は受け取ったが、飲まなかった。

「まず整理すると」

 遼は口を開く。

「異世界というのを物理的に定義すると、今いる宇宙とは物理法則が異なる空間、ということになります」

「うん」

「重力が違う、時間の流れが違う、空間の構造が違う。物理定数が違う宇宙、と言い換えてもいい」

「うん」

「その前提で行くと、現代物理で異世界に一番近い概念はワームホールです。一般相対性理論の解として数学的には出てくる。まだ観測はされていませんが、存在を禁止する理屈もない」

「うん」

「ただ、安定化するには負のエネルギー密度を持つ物質が必要です。エキゾチックマターです」

 田中教授は少し笑った。

「また出てきたな」

「先月も出てきました」

「タイムマシンと同じ素材不足か」

「同じ問題です」

 田中教授はコーヒーを飲む。

 そこで、ふと口を挟んだ。

「待てよ、柊くん」

「はい」

「しかし小学生が言う異世界って、剣と魔法の世界のことじゃないか」

 遼は少し止まった。

 田中教授を見た。

「……そうかもしれないです」

「君の話は物理定数が違う宇宙の話だが、子どもが聞きたいのはそっちじゃない気がする」

「確かに」

 遼は少し間を置いた。

「物理定数が違う宇宙の話をしても、小学生には伝わらないですね」

「そうだ」

「……ただ」

 遼は続ける。

「何ですか」

「物理定数が違う宇宙では、魔法に見える現象が起きる可能性はあります」

 田中教授は少し眉を上げた。

「どういうことだ」

「電磁気力の定数が今より強い宇宙では、人間が電磁場を直接操作できる体に進化しているかもしれない。傍から見れば、魔法です。重力定数が違えば、今の物理では不可能な飛行ができるかもしれない。それも魔法に見える」

「……それは詭弁か」

「詭弁ではないですが、都合のいい解釈ではあります」

 田中教授は少し黙った。

「でも」

「うん」

「物理定数が違う宇宙が存在するなら、そこには今の科学では説明できない現象がある。それを魔法と呼ぶかどうかは言葉の問題です」

 田中教授はコーヒーカップを置く。

「つまり、剣と魔法の世界は、物理定数が違う宇宙と定義できる、と」

「できます。少なくとも、完全に否定する根拠もない」

「なるほど」

「だとすると、そっちの異世界に行く方法を考えた方が、小学生には届くかもしれない」

 田中教授は少し笑った。

「では、どうやって行く」

 遼はコーヒーを一口飲んだ。

「チャンネルの話で考えます」

「うん」

「テレビのチャンネルを変えると、別の世界が映る。今いる宇宙と、魔法が使える宇宙は、隣のチャンネルみたいなものかもしれない」

「うん」

「チャンネルを変えるにはリモコンが必要です。今の科学には、そのリモコンがない」

「リモコンとは」

「宇宙と宇宙の間の壁を越えるエネルギーです。計算上、地球全体のエネルギーを使っても足りない」

「それを小学生に言うと」

「……リモコンを作るのに、地球くらいのエネルギーが必要なので、今は無理です、になります」

「また無理で終わるな」

「……はい」

 遼は少し考えた。

 田中教授も少し考えた。

 また二人同時に詰まった。

「……行けないなら、隣のチャンネルの音が聞こえるかもしれない、という方向はどうですか」

 遼が口を開いた。

「どういうことだ」

「チャンネルは変えられなくても、隣のチャンネルの音が少し混じることがある。ノイズです。量子力学では、粒子は壁をすり抜けることがある。量子トンネル効果です。原理的には、隣の宇宙からの影響が微かに届いている可能性がゼロではない」

「それを小学生に言うと」

「……今は行けない。でも、隣のチャンネルの音が混じることがあるかもしれない。それを探しているのが今の宇宙研究です」

「行けないまま、か」

「……はい。でも」

 遼は続ける。

「行けないことと、ないことは違います。リモコンがないだけで、魔法が使える世界が存在しない証拠もない」

 田中教授は少し間を置いた。

「それを小学生向けに一言で言うと」

 遼は一度コーヒーを飲んで考える。

 少し考えて、言葉を選んだ。

「……剣と魔法の世界は、隣のチャンネルにあるかもしれません。でも今はリモコンがないので行けない。リモコンを作るのが、これからの研究です。あなたが大きくなって、作ってくれると助かります」

 田中教授は少し間を置いた。

「最後の一文は」

「……また思ったより出てきました」

「いい意味でか」

「……たぶん」

 田中教授は頷いた。

「それでいい」

 遼は立ち上がった。

「あの、一つ聞いていいですか」

「何だ」

「今回も、最初から答えを知っていたんじゃないですか」

 田中教授は答えなかった。

 ただ、コーヒーを飲んだ。

 冷めたコーヒーを、静かに飲んだ。

「……失礼します」

 ドアが閉まった。

 田中教授は窓の外を見る。

 六月の空。

 雲ひとつない、青だった。

 なるほどと頷いた。

 そこまで答えは用意していなかった。

「……助かった」

 小さく、呟いた。

 誰にも聞こえない声で。

 それから少し間を置いて、部屋の中央に移動した。

 ……剣と魔法の世界か。

 悪くない。

 剣を振る真似をして、ふふっと笑った。

この話に登場する物理概念は、すべて実在する理論に基づいています。

量子トンネル効果は実在します。半導体の動作原理の一つです。

「剣と魔法の世界は、物理定数が違う宇宙と定義できる」という遼の発言は、否定する根拠もありません。

「あなたが大きくなって、リモコンを作ってくれると助かります」という遼の発言は、工学的に正しい仕事の振り方です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ