↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉と妹が国民的女優ですが、俺は機械をいじっていたい  作者: よんまるよん
第一部「機械をいじっていたい、それだけなのに」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/278

第18.5話「就活ゼロ宣言」

 三月初旬。

 三年生の就活が本格化する時期だ。

 大学のカフェテリアには、リクルートスーツ姿の学生が目立ち始めていた。

 窓際の席に、詩織(しおり)が座っていた。

 リクルートスーツ姿。

 黒いジャケット、白いシャツ、膝丈のスカート。

 いつものナチュラルな雰囲気とは少し違う。

 詩織は革のトートバッグから文庫本を取り出した。

 今日は午前中に企業説明会が二つあった。

 どちらも興味深かったが、まだ実感が湧かない。

 就活。

 社会人になる。

 詩織はため息をついた。


 その時、カフェのドアが開いた。

 (りょう)が入ってきた。

 いつも通りのシャツとジーンズ。

 リラックスした表情。

 詩織は少し笑った。

 小学校からずっと一緒だ。

 遼は、いつも変わらない。

 詩織は手を振った。

「遼、こっち」

「おう」

 遼は詩織の向かいに座った。

 コーヒーを買ってくる。

「お疲れ」

「ありがとう」

 詩織はコーヒーを受け取った。

「今日も疲れた……」

「大変だな」

「うん。二社の説明会回ったけど、どっちもすごく魅力的で迷う」

「そうか」

 詩織はコーヒーを一口飲んだ。

 それから、何気なく聞いた。

「ねえ遼、エントリーシート何社出した?」

 遼はコーヒーを一口飲んだ。

「出してない」

「……え?」

「一社も」

「はあああああ!?」

 詩織の声が、カフェテリアに響いた。

 周りの学生が一斉に振り返る。

 詩織は慌てて口を押さえた。

 でも、止まらない。

「もう三月だよ!?みんなエントリー始めてるよ!?」

「うん」

「うんじゃない!」

 詩織は前のめりになった。

「遼、就活してないの!?」

「してない」

「なんで!?」

「面倒だから」

「面倒って……」

 詩織は頭を抱えた。


 遼は淡々とコーヒーを飲んでいる。

 まったく焦っていない。

 詩織は、その姿を見て少し脱力した。

 そうだ。

 遼は昔からこうだった。

 小学校の時も、中学校の時も、高校の時も。

 周りが騒いでいても、遼だけは自分のペースだった。

 でも——

 就活は別だ。

「将来どうするの?」

「まあ、なんとかなる」

「ならない!」

 詩織は声を上げた。

 また周りが振り返る。

 詩織は声を落とした。

「遼……ちゃんと考えてる?」

「考えてる」

「本当に?」

「……まあ」

 遼は曖昧に答えた。

 詩織は、遼の顔をじっと見た。

 穏やかな表情。

 何も焦っていない。

 でも——

 詩織には分かった。

 遼は、怖がっている。


 詩織は少し黙った。

 それから、静かに聞いた。

「……遼、怖いんじゃないの?」

 遼の手が、少し止まった。

「怖い?」

「うん」

 詩織は真っすぐ遼を見た。

「本気で就職したら、今の生活が全部変わっちゃうのが怖いんでしょ?」

「……」

「遼、能力あるじゃん。ロボコンで全国優勝したし、大学でも教授に褒められてるし」

 遼は黙っていた。

「本気で企業に入ったら、すごいことになる。今みたいに機械いじってる時間もなくなるし、会議とか書類とか、そういうのばっかりになるって分かってるんでしょ?」

「……そんなことない」

「ある」

 詩織はきっぱり言った。

「私、小学校からずっと見てきたもん。遼がどれだけすごいか」

「……普通だって」

「普通じゃない」

 詩織は少し声を上げた。

「遼はいつもそう言うけど、私は知ってる」

 遼は窓の外を見た。

 詩織は続けた。

「凛さんも華ちゃんも、芸能界入って生活変わった。毎日忙しくて、前みたいに家にいられなくなって」

「……」

「遼も同じように、今の生活が全部なくなっちゃうのが嫌なんでしょ?」

 遼は、少し間を置いた。

 それから、小さく言った。

「……家は静かでいいんだ」

「え?」

「凛も華も、帰ってきたら普通で」

 遼は窓の外を見た。

「それで十分だ」

「……」

「俺までどっか行ったら、あの家、空っぽになるだろ」

 詩織は、その言葉に少し胸が痛くなった。

 遼は——

 家族が遠くに行くのを、見送る側にいる。

 それが、遼の役割だと思っている。

 だから、自分は動かない。

 詩織は、それが分かった。


 しばらく、沈黙があった。

 カフェテリアの雑音だけが聞こえる。

 詩織は、少し考えた。

 それから、思い切って言った。

「……遼」

「何」

「私、就職先決めたら、このまま都内で働くつもりなんだ」

 遼が顔を上げた。

「引っ越しするかもしれないし、今みたいに毎日会えなくなるかもしれない」

「……そうなんだ」

「うん」

 詩織は視線を落とした。

「だから……遼がもし地方とか海外とか行っちゃったら、私……」

 言いかけて、詩織は口をつぐんだ。

 言えない。

 「会えなくなるのが嫌」なんて、言えない。

 遼は、少し考えた。

 それから、小さく言った。

「……俺、会社に入るイメージが湧かない」

「なんで?」

「誰かの決めた仕様で、誰かの決めた期限で、誰かの決めた方向に進むの、向いてない」

 遼はコーヒーを見つめた。

「俺、機械が好きなだけなんだよ」

「……」

「評価も、年収も、役職も、あんまり興味ない」

 詩織は、その言葉を黙って聞いた。

 遼らしい。

 昔から、遼はそうだった。

 壊れたラジカセを直して、「別に。壊れてただけだろ」と言った遼。

 理科室の実験器具を直して、「接触不良だった」とだけ言った遼。

 自転車のチェーンを直しながら、「壊れても、直せるから」と言った遼。

 遼は、機械が好きなだけだった。

 それ以外のことは、興味がない。


 詩織は、ゆっくりと言った。

「遼さ、就活しないのはいいよ」

「……うん」

「でも"逃げる"のはダメ」

 遼が顔を上げた。

「選ばないのと、逃げるのは違う」

 詩織は遼を真っすぐ見た。

「遼が本当に機械が好きで、会社に入りたくないなら、それでいい」

「……」

「でも、怖いから選ばないっていうのは、逃げてるだけ」

 遼は黙っていた。

 詩織は続けた。

「私、ずっと見てきたから分かる。遼は、ちゃんと選んでる? それとも、選ばないことで逃げてる?」

 遼は、少し考えた。

 それから、静かに言った。

「……逃げてたかもしれない」

「うん」

「でも」

 遼は詩織を見た。

「じゃあ、就活はしない」

「え」

「でも、逃げない」

 遼は静かに言った。

「自分で選ぶ」

 詩織は、その言葉に少し驚いた。

 遼が——

 初めて、自分で決めた。

「……うん」

 詩織は笑った。

「それでいい」

「……ありがとう」

「別に。言っただけだし」

 詩織は少し照れた。

 遼は少し笑った。


 カフェを出た後、二人は並んで歩いた。

 詩織はスーツのまま、遼はいつも通りのジーンズ。

 春の風が吹いている。

「遼、ちゃんと考えてね」

「分かってる」

「本当に?」

「本当に」

 遼は少し笑った。

「詩織、心配しすぎ」

「だって……」

 詩織は少し言いよどんだ。

 それから、小さく言った。

「……遼が、遠くに」

 詩織はその後、言葉を飲んだ。

 遼は少し止まった。

 それから、普通に歩き出した。

「そんな遠くには行かないよ」

「本当?」

「たぶん」

「たぶんって何!?」

 詩織が笑った。

 遼も笑った。

 二人は、昔と変わらない距離で歩いた。

 小学校からずっと、こうやって一緒に歩いてきた。

 近所の幼馴染として。

 これからも——

 ずっと、こうやって歩いていけたらいいのに。

 詩織は、そう思った。


 その夜、柊家のリビング。

 遼が帰宅すると、(りん)(はな)がテレビを見ていた。

 「気ままに放浪酒」という番組で、意外に人気が高い。

 題名の通り、酒好きのおじさんが一人で自由に酒屋を巡る番組だ。

 それを見ていた凛が顔を上げた。

「おかえり」

「ただいま」

「遼、就活どうするの?」

 凛が聞いた。

 華もこっちを向く。

「しない」

「え!?ヒモになるの!?」

 華が叫んだ。

「ならない」

「じゃあ何になるの?」

 凛が聞いた。

「まだ決めてない」

 凛と華は、同時にため息をついた。

「うちの兄上、このテレビのおじさんより自由人なんだけど」

 華が呆れたように言った。

 遼はキッチンへ向かった。

「プリンある?」

「ない」

 凛が即答した。

「そうか」

 遼は冷蔵庫を開けた。

 麦茶を取り出す。

 凛と華は、遼の背中を見ていた。

「お姉ちゃん、遼、大丈夫かな」

 華が小さく言った。

「……分からない」

 凛は静かに答えた。

「でも、あの子は何とかするんじゃない?」

「根拠は?」

「ない」

 二人は顔を見合わせた。

 それから、笑った。

「まあ、遼だしね」

「そうだね」


 遼の部屋。

 遼はベッドに横になっていた。

 天井を見ている。

 詩織の言葉を思い返す。

「選ばないのと、逃げるのは違う」

 そうだ。

 遼は、逃げていた。

 選ぶことから。

 変わることから。

 遠くに行くことから。

 でも——

 それでいいのか。

 遼は少し考えた。

 詩織は、小学校からずっと隣にいた。

 壊れたラジカセを直した時も。

 理科室の実験器具を直した時も。

 自転車のチェーンを直した時も。

 いつも、詩織は見ていた。

 遼のことを。

 そして今日も、詩織は言ってくれた。

「逃げるな」と。

 遼は、その言葉に救われた気がした。

 ちゃんと選ぼう。

 自分で。

 逃げずに。

 遼は、そう心に決めた。


 翌朝、木曜日。

 遼は大学へ向かう電車の中にいた。

 窓の外を見ている。

 春の景色。

 桜が、もうすぐ咲く。

 新しい季節が来る。

 自分も、何かを選ばないといけない。

 でも——

 まだ、何を選ぶかは分からない。

 遼はスマホを取り出した。

 詩織にLINEを打った。

「昨日はありがとう」

 すぐに既読がついた。

「別に。当たり前のこと言っただけだし」

「それでも」

「ちゃんと考えてね」

「分かってる」

 遼は少し笑った。

 詩織は、いつも心配してくれる。

 小学校の時から、ずっと。

 それが——

 嬉しかった。

 遼は窓の外を見た。

 まだ答えは出ていない。

 でも——

 逃げることはやめた。

 ちゃんと、選ぶ。

 遼は、そう決めていた。


 同じ頃、詩織の部屋。

 詩織はベッドで、昨日の会話を思い返していた。

 遼が——

 初めて、ちゃんと自分の気持ちを話した。

 家族のこと。

 怖いこと。

 詩織は少し笑った。

 遼、やっぱり普通じゃない。

 でも、それがいい。

 詩織はスマホを見た。

 遼からのLINE。

「昨日はありがとう」

 詩織は少し照れた。

 返信を打つ。

「別に。当たり前のこと言っただけだし」

 送信。

 それから、もう一言。

「ちゃんと考えてね」

「分かってる」

 遼の返信を見て、詩織は笑った。

 遼が、ちゃんと選んでくれるなら。

 詩織も、一緒にいられる。

 どこへ行っても。

 詩織は、そう信じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
遼は「万壊れ物修理します」でよいのでは? 所〇×ージのそ◇▽所ので出てくる家電修理人のごとく。それこそ酒を求め酒場を求めて彷徨う、じゃなかった、機械いじりを求め修理を求めて彷徨えば。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。