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姉と妹が国民的女優ですが、俺は機械をいじっていたい  作者: よんまるよん
第一部「機械をいじっていたい、それだけなのに」

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第17話「理解」

 月曜日の朝。

 都内のホテル、スイートルーム。

 ロバートは鏡の前に立っていた。

 スーツを着ている。

 ネクタイを締める。

 今日は、ビジネスマンとしてのロバートだ。

 アニメオタクのロバートではない。

 世界的企業のCTOとして、柊遼と再び会う。

 ロバートは深呼吸をした。

「Alright. Let's do this.」(よし。やろう)

 時計を見た。

 午前九時。

 面談は午後二時。

 まだ時間はある。


 ロビーで、ケビンとエミリーが待っていた。

 二人もスーツ姿だ。

「Good morning, Robert.」(おはようございます、ロバート)

「Morning. Ready?」(おはよう。準備はいいか?)

「Ready for what? The meeting isn't until 2PM.」(何の準備ですか?面談は午後二時ですよ)

「We need to get a gift.」(手土産を買わないと)

「A gift?」(手土産?)

「Yes. It's Japanese custom, right? When you visit someone.」(ああ。日本の習慣だろ?誰かを訪ねる時の)

 エミリーが少し笑った。

「You're really nervous, aren't you?」(本当に緊張してるんですね)

「I'm not nervous. I'm... prepared.」(緊張してない。……準備万端なだけだ)

「Sure.」(そうですね)

 ケビンが笑った。

「So, where do we get a gift?」(で、どこで手土産を?)

「Tokyo Station. I heard there's a huge shopping area.」(東京駅だ。巨大なショッピングエリアがあると聞いた)

「Alright. Let's go.」(分かりました。行きましょう)


 午前十時。

 東京駅。

 三人は八重洲口の地下街に立っていた。

 目の前に広がるのは、無数の店。

 和菓子、洋菓子、弁当、雑貨、土産物。

 どこを見ても、何かが売っている。

「...This is overwhelming.」(……圧倒的だ)

 ロバートが呟いた。

「What kind of gift should we get?」(どんな手土産がいいんでしょう?)

 エミリーが聞いた。

「Something... traditional? But not too formal?」(何か……伝統的だけど、堅苦しすぎないもの?)

「That's vague.」(曖昧ですね)

 ケビンが笑った。

 三人は歩き始めた。

 和菓子の店に入る。

 羊羹、最中、どら焼き。

 綺麗に並んでいる。

「These look nice.」(これ、良さそうだ)

「But Hiiragi is a student. Is this too formal?」(でも柊は学生ですよ。これは堅苦しすぎでは?)

「...Good point.」(……その通りだ)

 次の店へ。

 洋菓子の店。

 クッキー、チョコレート、バウムクーヘン。

「How about this?」(これはどうですか?)

 エミリーがバウムクーヘンを指差した。

「What is it?」(何これ?)

「Baumkuchen. It's popular in Japan.」(バウムクーヘン。日本で人気らしいです)

「Looks good. Let's get it.」(良さそうだ。買おう)

 ロバートは店員に声をかけた。

「Excuse me, one Baumkuchen, please.」(すみません、バウムクーヘンを一つください)

「かしこまりました」

 店員が包装してくれる。

 綺麗な箱に入った。

 ロバートは受け取った。

「Perfect.」(完璧だ)


 午前十一時。

 三人はカフェで休憩していた。

 コーヒーを飲みながら、時間を潰す。

「Robert, you really care about this meeting, don't you?」(ロバート、本当にこの面談を大事にしてるんですね)

 ケビンが言った。

「Of course. Last time I met Hiiragi, he turned me down flat.」(もちろんだ。前に会った時、彼にあっさり断られたからな)

「That was a few weeks ago, right?」(あれは数週間前でしたね)

「Yes. I showed up at his university unannounced. He said he wasn't interested.」(ああ。予告なしで大学に現れた。興味ないって言われた)

 ロバートは少し苦笑した。

「But now he's agreed to talk. That's progress.」(でも今回は話すことに同意してくれた。前進だ)

「What changed?」(何が変わったんでしょう?)

「His professor pushed him. And... maybe he's curious now.」(教授が押した。それと……たぶん彼も今は好奇心があるんだろう)

 ロバートはコーヒーを一口飲んだ。

「I want to understand him better this time. What drives him. What he dreams of.」(今回は彼をもっと理解したい。何が彼を動かすのか。何を夢見ているのか)

「And then?」(それから?)

「Then... we'll see.」(それから……まあ、その時考える)

 ロバートは苦笑いした。


 午後零時三十分。

 三人はカフェを出た。

 さあ、大学へ向かおう。

 ロバートは地図アプリを開く。

「We need to get to the Marunouchi exit.」(丸の内口に出ないと)

「Okay. This way?」(こっちですか?)

 エミリーが指差した。

「I think so.」(たぶん)

 三人は歩き始めた。

 地下通路を進む。

 案内板が見える。

「Yaesu North Exit... that's not it.」(八重洲北口……違うな)

「Let's go back.」(戻りましょう)

 引き返す。

 別の通路へ。

 また案内板。

「Yaesu Central Exit... still not it.」(八重洲中央口……まだ違う)

 ケビンが地図を見た。

「Wait, we're going in circles.」(待って、ぐるぐる回ってますよ)

「What?」(何?)

「Look. We passed this shop five minutes ago.」(見て。この店、五分前に通りました)

 エミリーが指差した。

 確かに、同じ和菓子の店だ。

「...Oh no.」(……まずい)

 ロバートは時計を見た。

 午後零時四十五分。

 まだ時間はある。

 でも、焦り始めていた。

「Let's ask someone.」(誰かに聞こう)


 ロバートは駅員に英語で聞いた。

「Excuse me, how do we get to Marunouchi exit?」(すみません、丸の内口はどう行けば?)

 駅員は少し困った顔をした。

 それから、片言の英語で答えた。

「Marunouchi... uh... that way. Straight. Then left.」(丸の内……えっと……あっち。まっすぐ。それから左)

「Thank you!」(ありがとう!)

 三人は指示された方向へ走った。

 まっすぐ。

 それから左。

 また案内板。

「Yaesu South Exit...」(八重洲南口……)

「WHAT!?」(なんで!?)

 ケビンが叫んだ。

「This station is a maze!」(この駅、迷路だ!)

 エミリーが言った。

「We have one hour. We can make it.」(あと一時間ある。間に合う)

 ロバートは深呼吸した。

「Okay. Let's try the escalator.」(よし。エスカレーターを使おう)


 午後一時十分。

 三人はようやく地上に出た。

 丸の内口ではなく、八重洲口だった。

 でも、もういい。

 タクシーを拾おう。

「Taxi!」

 ロバートが手を挙げた。

 タクシーが止まった。

 三人は乗り込んだ。

「University, please. Engineering department.」(大学までお願いします。工学部)

 運転手は英語が分からないようだった。

 ロバートはスマホで住所を見せた。

「Ah, okay.」

 タクシーが発進した。

 ロバートは時計を見た。

 午後一時十五分。

 面談まで四十五分。

 ギリギリだが、間に合う。

「We're cutting it close.」(ギリギリだ)

「But we'll make it.」(でも間に合いますよ)

 エミリーが言った。

 ロバートは窓の外を見た。

 東京の街が流れていく。

 もうすぐだ。

 柊遼に、もう一度会える。


 午後一時五十分。

 大学、工学部の会議室前。

 ロバートは深呼吸をした。

 手には、バウムクーヘンの箱。

 ケビンとエミリーは少し離れたところで待っている。

 田中教授が出てきた。

「Mr. Chen, welcome back.」(チェンさん、またようこそ)

「Thank you, Professor Tanaka.」(ありがとうございます、田中教授)

「He's inside. This time, he's ready to listen.」(中にいます。今回は、彼も話を聞く準備ができています)

「I appreciate you arranging this.」(セッティングありがとうございます)

 ロバートは会議室のドアを開けた。


 中には、一人の青年が座っていた。

 柊遼。

 二十二歳。

 黒髪、穏やかな表情。

 スーツではなく、シンプルなシャツとジーンズ。

 前回、廊下で会った時と同じ、落ち着いた雰囲気。

 遼は立ち上がった。

「Mr. Chen. It's been a while.」(チェンさん。お久しぶりです)

 流暢な英語だった。

「Ryo. Good to see you again. Thank you for agreeing to meet.」(遼。また会えて嬉しい。会ってくれてありがとう)

 ロバートは笑った。

「Last time I showed up unannounced. Sorry about that.」(前回は予告なしで押しかけた。あれは申し訳なかった)

「It's okay. I was just... busy with my thesis.」(大丈夫です。ただ……卒論で忙しかっただけなので)

 二人は握手をした。

 ロバートは、その手の感触を確かめた。

 機械をいじる手だ。

 少し硬い。

 でも、温かい。

「Please, sit.」(どうぞ、座ってください)

 二人は向かい合って座った。

 ロバートはバウムクーヘンを差し出す。

「A small gift. I hope you like it.」(ささやかな手土産です。気に入っていただければ)

「Thank you. You didn't have to.」(ありがとうございます。そんな、気を使わなくても)

 遼は箱を受け取った。

 丁寧に、机の脇に置いた。


 しばらく、沈黙があった。

 ロバートは遼を見た。

 遼も、ロバートを見ていた。

 お互いに、相手を測っている。

「So.」(では)

 ロバートが口を開いた。

「You finished your thesis?」(卒論は終わりましたか?)

「Yes. Submitted it on Friday.」(はい。金曜に提出しました)

「How did it go?」(どうでしたか?)

「...Normal, I think.」(……普通だと思います)

 ロバートは少し笑った。

「I heard from your professors. They said it's exceptional. Beyond undergraduate level.」(教授たちから聞きました。非凡だ、学部生のレベルを超えていると)

「...They're too kind.」(……買いかぶりです)

「They want to submit it to a conference, right?」(学会に出したがっているそうですね)

「Yes. But I declined.」(はい。でも断りました)

「Why?」(なぜ?)

 遼は少し考えた。

「...Embarrassing. Standing in front of people, presenting... I don't like that.」(……恥ずかしいから。人前に立って発表するのは……好きじゃないです)

 ロバートは少し驚いた。

 それから、笑った。

「I understand. But your work deserves to be seen.」(分かります。でも君の仕事は見られるべきです)

「...Maybe.」(……かもしれません)

 遼は曖昧に答えた。


 ロバートは姿勢を正した。

「Ryo, last time we met, you said you weren't interested in our offer.」(遼、前回会った時、君は我々のオファーに興味がないと言った)

「...Yes.」(……はい)

「Has that changed?」(それは変わりましたか?)

 遼は少し間を置いた。

「I don't know yet.」(まだ分かりません)

「That's honest. I appreciate that.」(正直だ。それはありがたい)

 ロバートは前のめりになった。

「Can I ask you something?」(一つ聞いてもいいですか?)

「Yes.」(はい)

「What do you want to do? Not what others expect. Not what's practical. What do YOU want?」(あなたは何をしたいですか?他人が期待することでなく。実用的かどうかでなく。あなた自身が何を望むか)

 遼は窓の外を見た。

 少し考えた。

 それから、ロバートを見た。

「I want to work on machines.」(機械をいじっていたい)

「Machines?」(機械を?)

「Yes. Building them. Fixing them. Making them better.」(はい。作って、直して、より良くする)

「That's it?」(それだけ?)

「...That's it.」(……それだけです)

 ロバートは静かに頷いた。

「No desire for money? Fame? Recognition?」(お金も、名声も、評価も欲しくない?)

「Not really.」(あまり)

「Then why did you agree to meet me this time?」(では、なぜ今回は私に会うことに同意したんですか?)

 遼は少し笑った。

「Professor insisted. And... I was curious.」(教授が強く勧めたので。それと……好奇心です)

「Curious about what?」(何に対する好奇心?)

「What kind of person would keep pursuing someone who already said no.」(すでに断った人間を追い続ける人がどんな人か)

 ロバートは笑った。

「Fair enough. I can be persistent.」(もっともだ。私はしつこいからな)


 ロバートは少し間を置いた。

 それから、真剣な顔で言った。

「Ryo, I'm not here to convince you to take the job.」(遼、私は君に仕事を受けさせるために来たんじゃない)

「...No?」(……違うんですか?)

「No. I'm here to understand you better.」(違う。君をもっと理解するために来た)

 遼は少し驚いた顔をした。

「Understand me?」(僕を理解する?)

「Yes. Because people like you are rare.」(そう。君のような人間は稀だから)

「I'm not special.」(僕は特別じゃないです)

「You are. You just don't see it.」(君は特別だ。自分で気づいていないだけだ)

 ロバートは前のめりになった。

「You have a gift. Not just technical skill. But the way you think. The way you solve problems.」(君には才能がある。技術的なスキルだけじゃない。考え方、問題解決の仕方)

「...」

「Your professors see it. I see it. The industry sees it.」(教授たちも、私も、業界も見ている)

 遼は黙っている。

 ロバートは続けた。

「But you don't care about that, do you?」(でも君はそんなこと気にしていない、違う?)

「...Not really.」(……あまり)

「That's what makes you special.」(それが君を特別にしている)


 しばらくの沈黙。

 遼は少し考えていた。

 ロバートは待っていた。

「Mr. Chen.」(チェンさん)

「Yes?」(はい?)

「If I join your company... can I still work on what I want?」(もし御社に入ったら……自分のやりたいことに取り組めますか?)

「Absolutely.」(もちろんです)

「No mandatory projects?」(必須のプロジェクトはない?)

「You'd have freedom. Complete freedom. We'd provide resources, and you'd work on what interests you.」(自由がある。完全な自由だ。私たちはリソースを提供し、君は興味のあることに取り組む)

「Why would you do that?」(なぜそんなことを?)

「Because the best work comes from passion. Not obligation.」(最高の仕事は情熱から生まれる。義務からではなく)

 遼は少し笑う。

「You're... different from what I expected.」(あなたは……思っていたのと違います)

「Different from the guy who ambushed you in the hallway?」(廊下で待ち伏せした男とは違う?)

「Yes. Back then, you seemed... more pushy.」(はい。あの時は、もっと……押しが強かった)

「I was desperate. I'd flown all the way to Japan, and you wouldn't even talk to me.」(必死だった。日本まで飛んできたのに、君は話すことすら拒んだ)

 ロバートは苦笑いで遼に言う。

「But I learned. You can't rush someone like you.」(でも学んだ。君のような人間を急かすことはできない)


 面談は一時間続いた。

 技術の話。

 研究の話。

 時々、雑談も混じった。

 遼の好きな機械。

 ロバートが最初に設計したもの。

 二人は、エンジニア同士として話していた。

 上司と部下ではなく。

 企業と学生でもなく。

 ただ、機械が好きな人間同士として。


 午後三時。

 面談が終わった。

 二人は立ち上がった。

「Thank you for your time, Ryo.」(時間をありがとう、遼)

「Thank you for coming. And for being patient.」(来ていただいてありがとうございます。それと、待っていただいて)

「Think about it. No rush.」(考えてください。急がなくていい)

「I will.」(そうします)

 二人は再び握手をした。

 ロバートは会議室を出た。


 廊下で、ケビンとエミリーが待っていた。

「How was it?」(どうでした?)

 ロバートは少し笑った。

「...Better than last time. Much better.」(……前回よりいい。ずっといい)

「He didn't shut the door in your face this time?」(今回はドアを閉められなかったんですね)

 エミリーが冗談っぽく言った。

「No. He actually listened. We had a real conversation.」(ああ。実際に聞いてくれた。本当の会話ができた)

 ロバートは窓の外を見る。

 大学の中庭。

 学生たちが歩いている。

 柊遼も、あの中の一人だ。

 普通の学生に見える。

 でも、違う。

 あの青年は、何か特別なものを持っている。

 それが何なのか、まだ完全には分からない。

 でも——

 もっと知りたい、とロバートは思った。


 同じ頃、大学の教授室。

 田中教授は、他の教授三人と向かい合っていた。

 佐藤教授、山本教授、伊藤教授。

 先週の卒論発表会で、遼の研究に驚いた面々だ。

「田中先生」

 佐藤教授が口を開いた。

「柊くんの卒論、やはり学会に出すべきです」

「私もそう思います」

 山本教授が頷いた。

「あのレベルの研究を埋もれさせるのは、もったいない」

「本人が拒否しているんだ」

 田中教授は静かに答えた。

「恥ずかしいから、だそうだ」

「恥ずかしい……」

 伊藤教授が呆れたように言った。

「あれだけの内容で、恥ずかしいとは」

「彼はそういう性格なんだ」

 田中教授は少し笑った。

「自分の研究を、本当に『普通』だと思っている」

「困った学生ですね」

 佐藤教授が苦笑した。

「でも、天才なのは間違いない」

「そうだな」

 田中教授は窓の外を見た。

 中庭を歩く学生たち。

 遼もあの中の一人だ。

「それで、企業の件はどうなったんですか?」

 山本教授が聞いた。

「TechVision Systemsの」

「今日、CTOと面談した」

「CTOが!?」

 三人が驚いた。

「直接ですか?」

「ああ。わざわざ日本まで来て、柊くんと話した」

「……それは本気ですね」

 伊藤教授が呟いた。

「CTOが動くなんて、普通じゃない」

「彼らも、柊くんの価値を分かっているんだろう」

 田中教授は静かに言った。

「論文だけじゃない。現場での問題解決能力も含めて」

「現場?」

「撮影スタジオでの音響トラブルとか、映像データの復旧とか」

 田中教授が説明すると、他の教授たちは顔を見合わせた。

「多才ですね……」

「ああ」

 しばらく、沈黙があった。

 それから、佐藤教授が言った。

「田中先生、やはり学会に出すべきです」

「本人が——」

「分かっています。でも、あの研究を世に出さないのは、学問への冒涜です」

 佐藤教授は真剣な顔だった。

「彼が企業に行くにしても、行かないにしても。あの研究は評価されるべきです」

「……そうだな」

 田中教授は少し考えた。

「もう一度、説得してみる」

「お願いします」

 山本教授が頷いた。

「ただし」

 田中教授が続けた。

「無理強いはしない。最終的には、柊くん自身が決めることだ」

「もちろんです」

 四人の教授は、それぞれの思いを胸に、窓の外を見た。

 柊遼という学生。

 天才的な才能を持ちながら、それを自覚していない青年。

 彼の未来は、どこへ向かうのか。

 誰にも、まだ分からなかった。


 その夜、柊家のリビング。

 遼が帰宅すると、凛と華が待っていた。

「おかえり! どうだった!?」

 華が飛びついてきた。

「普通」

「普通って!」

 凛が笑った。

「どんな人だった?」

「……前よりは話しやすかった」

「前?」

「前回、廊下で待ち伏せされた時より」

 遼は少し笑った。

「あの時は卒論で忙しかったから、すぐ断ったんだけど」

「待ち伏せ!?」

 華が目を丸くした。

「そこまでして遼が欲しかったの?」

「らしい」

「で、今日はどうだった?」

 凛が聞いた。

「……ちゃんと話ができた。技術の話とか」

「どうするの? その会社」

「……まだ分からない」

「考え中?」

「ああ」

 遼はソファに座った。

 ロバート・チェン。

 前回よりずっと、好感が持てた。

 話していて、楽しかった。

 でも、それと「入社する」は別の話だ。

 遼はまだ、答えを出せていなかった。


 その頃、ホテルのスイートルーム。

 ロバートはベッドに横になっていた。

 今日の面談を思い返す。

 柊遼。

 穏やかで、正直で、欲がない。

 でも、その目は——

 機械の話をする時、輝いていた。

 ああいう目を持つエンジニアは、本当に稀だ。

 前回、廊下で無理やり話しかけた時は、完全に失敗だった。

 彼は興味なさそうに「I'm not interested」と言って、実験室に入っていった。

 あの時は焦っていた。

 でも今日は違った。

 ゆっくり話せた。

 理解し合えた気がする。

 ロバートはスマホを取り出した。

 本社へメールを書いた。

Met with Hiiragi again today.

Much better than our first encounter.

He's genuine. Passionate. Uninterested in money or fame.

Exactly what we need.


Will wait for his decision. Don't push.


R.

(本日、柊と再度面談。

初回の接触よりずっと良かった。

彼は誠実。情熱的。金や名声には興味なし。

我々が必要としているのはまさにこういう人材。

彼の決断を待つ。急かすな。

R.)

 送信。

 ロバートは目を閉じた。

 もし彼が来てくれたら——

 何ができるだろう。

 どんな未来が開けるだろう。

 ロバートは、その可能性を静かに夢見た。

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