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姉と妹が国民的女優ですが、俺は機械をいじっていたい  作者: よんまるよん
第一部「機械をいじっていたい、それだけなのに」

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第2話「大学の実験室」

 翌日、昼過ぎ。

 遼は大学の実験室にいた。

 ここは工学部の電子制御工学科の一角。古い建物だが、設備はそれなりに揃っている。

 遼は作業台に向かい、オシロスコープの波形を見つめていた。

「……やっぱりノイズが乗るな」

 自律制御ドローンの制御基板だ。

 卒論のテーマである障害物回避アルゴリズムを実装しているが、センサーからの信号にノイズが混入する。

 遼はテスターを手に取り、グランドラインを確認する。

「ここか」

 配線パターンに問題があった。

 高周波ノイズが回り込んでいる。

 遼はCADソフトを開き、基板設計を修正し始めた。

「この配線を変えて……グランドプレーンをここに……」

 指が滑らかにマウスを動かす。

 慣れた手つきだ。

「これで……よし」

 修正完了。

 後は基板を作り直すだけだ。

 遼は設計データを保存し、伸びをした。


「相変わらず、黙々とやってるね」

 声がした。

 遼は振り返る。

 研究室の教授、田中が立っていた。

 五十代、温厚そうな顔立ち。専門は制御工学。

「教授」

「ああ、邪魔はしないよ。ちょっと見せてもらっただけ」

 田中は遼の作業台に近づき、ディスプレイを覗き込んだ。

 そして──

「……柊くん」

「はい」

「この基板設計、君が一から書いたの?」

「はい」

「独学で?」

「まあ、そうですね」

 田中は眉をひそめた。

 驚いているようだ。

「柊くん、これ……企業の設計レベルだよ」

「そうですか?」

「そうですかじゃない。特にこのグランドプレーンの処理。高周波ノイズ対策が完璧だ」

「ああ、そこは少し工夫しました」

「少し……」

 田中はため息をついた。

「君、本当に就職しないの?」

「今のところは」

「もったいない。君の技術なら、どこでも引く手あまただ」

「でも、面倒ですよ」

「面倒?」

「企業に入ったら、会議とか、報告書とか、色々あるじゃないですか」

「……まあ、そうだけど」

「それより、こうやって黙々と作業してる方が好きなんです」

 遼は淡々と答える。

 田中は苦笑した。

「君らしいな」

「はい」

「でも、一つだけ言わせてくれ」

「何ですか?」

「君の技術は、世の中の役に立つ。それを自分だけのものにしておくのは、もったいない」

「……そうですか」

 遼は特に興味なさそうに答えた。

 田中はため息をつき、諦めたように言った。

「まあ、卒論頑張ってくれ。期待してるよ」

「はい」

 田中は去っていく。

 遼は再び作業に戻った。


 その時、実験室のドアが開いた。

「遼ー!」

 明るい声。

 桜井詩織だ。

 遼の幼なじみで、文学部の学生。ショートカットの茶髪が似合う、活発そうな女性だ。

「あんた、またここ?」

「ああ」

「お昼は?」

「食べた」

「嘘。絶対カロリーメイトでしょ」

「……否定しない」

 詩織はため息をついた。

「はい、お弁当」

 詩織は手に持っていたタッパーを遼に差し出す。

 遼は少し驚いた。

「いいのか?」

「いいから食べなさい。あんた、また痩せたでしょ」

「そうか?」

「そうだよ。ちゃんと食べないと倒れるよ」

「…ありがとう」

 遼はタッパーを受け取り、蓋を開ける。

 卵焼き、唐揚げ、ブロッコリー、ご飯。

 彩りも良い。

「美味そうだな」

「でしょ? 今朝作ったの」

「手間かけさせて悪いな」

「いいのいいの。どうせ自分の分作るついでだから」

 詩織は笑顔で言う。

 遼は箸を取り、食べ始めた。

「……美味い」

「ありがと」

 詩織は嬉しそうに笑った。

 そして、遼の隣に座る。

「ねえ、卒論進んでる?」

「まあまあ」

「また曖昧な……」

「基板の設計は終わった。後は実装とテストだけ」

「へー。順調じゃん」

「まあな」

 遼は淡々と答える。

 詩織は遼の作業台を見た。

 ディスプレイには、複雑な回路図が表示されている。

「……あんた、これ全部自分で書いたの?」

「ああ」

「すごいね」

「普通だろ」

「普通じゃないって。教授も驚いてたよ」

「そうか?」

「そうだよ。もう、あんたは本当に……」

 詩織は言葉を切った。

 遼は気づかず、弁当を食べ続ける。

 詩織は小さくため息をついた。

「……ばか」

「何?」

「何でもない」


 昼休みが終わり、詩織は去っていった。

 遼は再び作業に戻る。

 基板の実装を始めた。

 部品を一つずつハンダ付けしていく。

 集中する。

 時間が過ぎる。

 そして──

 スマホが震えた。

 遼は手を止め、画面を見る。

 またメールだ。

 差出人は昨日と同じ企業。

 件名:【最終確認】We Would Like to Discuss an Opportunity

 遼は数秒見つめた。

 そして──

 画面を閉じた。

「……後でいいか」

 遼はそう呟き、再び作業に戻った。


 夕方、実験室。

 遼は基板の実装を終え、動作テストを始めていた。

 ドローンの制御プログラムを起動し、センサーからの入力を確認する。

 オシロスコープの波形を見る。

「……ノイズが消えた」

 完璧だ。

 設計通りに動いている。

 遼は小さく頷いた。

 その時、田中教授が再び現れた。

「柊くん、まだいたのか」

「はい。動作テスト中です」

「そうか。どう?」

「問題ないです」

 田中は作業台に近づき、オシロスコープを見た。

 そして──

「……完璧だな」

「まあ、設計通りですから」

「設計通りって……君、これ本当に一人で?」

「はい」

 田中は言葉を失った。

 数秒の沈黙。

 そして、田中は決意したように言った。

「柊くん、一つ提案がある」

「何ですか?」

「この研究を、学会で発表しないか?」

「学会……ですか」

「ああ。君の技術は、業界でも注目されるはずだ」

「いえ、遠慮します」

「なぜ?」

「恥ずかしいんで」

「恥ずかしい……」

 田中は頭を抱えた。

「柊くん、君は自分の技術の価値を分かっていない」

「そうですか?」

「そうだよ。君のこの設計、企業なら数百万円の価値がある」

「へえ」

「へえ、じゃない!」

 田中は珍しく声を荒げた。

 遼は少し驚いた。

「……すみません」

「いや、こっちこそ悪かった」

 田中はため息をついた。

「でも、柊くん。君の技術は、もっと評価されるべきだ」

「別に、評価されなくてもいいです」

「なぜ?」

「自分が満足できればそれでいいんです」

 遼は淡々と答える。

 田中は言葉を失った。

 そして、諦めたように笑った。

「……君は、本当に変わり者だな」

「よく言われます」

「でも、才能はある。それだけは覚えておいてくれ」

「はい」

 田中は去っていく。

 遼は再び作業に戻った。


 その夜、柊家のリビング。

 遼が帰宅すると、凛と華がソファでテレビを見ていた。

「おかえり」

「ああ」

「遅かったね」

「実験室にいた」

「またぁ? あんた、毎日そればっかりじゃん」

 華が頬を膨らませる。

 遼は靴を脱ぎながら答えた。

「卒論があるから」

「そっか。大変だね」

「まあな」

 遼はリビングに入る。

 テレビでは、映画のニュースが流れていた。

 華の次回作の特集だ。

「あ! 私のやつだ!」

 華が嬉しそうに画面を指す。

 遼は少し見た。

 画面には、華が監督と話している様子が映っている。

「期待の新星、柊華さん。次回作では初の単独主演を務めます」

 ナレーションが流れる。

「へえ、主演なんだ」

「そうなの! すごいでしょ!」

「まあ、頑張れ」

「もう、それだけ!?」

「他に何を言えと」

「お祝いとか!」

「おめでとう」

「棒読み!」

 華はクッションを投げる。

 遼はそれを受け止め、ソファに座った。

「遼、お腹空いてない?」

 凛が聞いた。

「まあまあ」

「じゃあ、何か作ろうか?」

「いや、カップ麺でいい」

「またぁ? ちゃんとしたもの食べなよ」

「面倒だから」

「もう……」

 凛はため息をついた。

 そして立ち上がり、キッチンに向かう。

「何作る?」

「だからカップ麺でいいって」

「却下。卵雑炊でいい?」

「……ありがとう」

 遼は素直に頭を下げた。

 凛は微笑んだ。


 その夜、遼の部屋。

 遼は机に向かい、パソコンを開いていた。

 卒論の論文を書いている。

 淡々と文字を打ち込む。

 そして──

 スマホが震えた。

 遼は手を止め、画面を見る。

 またメールだ。

 今度は件名が違う。

 件名:【緊急】Direct Message from CTO

 CTO。最高技術責任者。

 遼は数秒見つめた。

 そして──

 画面を閉じた。

「……明日でいいか」

 遼はそう呟き、再び論文執筆に戻った。

 彼は知らない。

 そのメールの差出人が、世界トップクラスの電子機器メーカーのCTOであることを。

 そして、彼の技術論文が業界で「今年最高の発見」と評価されていることを。

 遼は、ただ静かに、論文を書き続けた。


 その頃、実験室では。

 田中教授が、遼の設計データを見つめていた。

「……この子は、本当に天才だな」

 田中は小さく呟いた。

 そして、あるメールアドレスに連絡を取り始めた。

 大手電子機器メーカーの人事部。

 田中の古い友人がいる。

「柊遼という学生がいる。彼の技術を見てほしい」

 田中はそうメールに書いた。

 遼は知らない。

 教授が、彼の未来を動かそうとしていることを。

 そして──

 それが、大きな波紋を呼ぶことになることを。

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