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姉と妹が国民的女優ですが、俺は機械をいじっていたい  作者: よんまるよん
第二部「世界が広がっている」

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SILENT AEGIS ──TechVision特殊部隊、東京作戦記録──第十一話「DEBRIEF」

 翌日。

 午前十時。


 TGSアドバイザリー四階。ECHOの事務所。


 ヴィクター・ライは、ラップトップの前に座っていた。


 報告書を書いている。


 報告書というのは、書く人間の性格が出る。長く書く人間は、自分が動いたことを残したがっている。短く書く人間は、読む側のことを考えている。


 ヴィクターの報告書は、いつも短い。


 今日の文書は七行だ。


 「対象:Ouroboros関連実行部隊、計三十一名。無害化完了。倉庫内二十一名中、死者四名。別動隊十名中、死者二名。ECHO全員無事。民間人への影響:ゼロ。警察との接触:現在調整中。処理班、対応済み」


 七行。これで全部だ。


 ヴィクターは一度読み返して、誤りがないことを確認した。送信した。


   


 ロバートからの着信は、送信の三分後に来た。


 シンガポール時間の午前九時。ロバートはもう仕事をしている。


"Victor."

(ヴィクター)

"Robert."

(ロバート)

"I read the report."

(報告書、読みました)

"Yes."

(はい)


 少しの間があった。ロバートが何かを確認しているか、あるいは言葉を選んでいるか。


"How are Eric and the others?"

(エリックたちは)

"All good."

(全員元気です)

"Any injuries?"

(怪我は)

"Marcus. One scratch."

(マルクスが擦り傷、一か所)


 また間があった。


"......Is he okay?"

(……彼は平気なのか)

"He says it's nothing."

(本人いわく、かすり傷、だそうです)


 ロバートが小さく息を吐いた。


"The clean-up team?"

(処理班は)

"They moved. I don't know the details."

(動きました。詳細は私も知りません)

"That's fine."

(それでいい)


 ヴィクターはラップトップのモニターを見た。報告書の画面が開いたままになっている。七行。


"Victor."

(ヴィクター)

"Yes."

(はい)


 ロバートが言った。


"Thank you, Victor."

(ありがとう、ヴィクター)


 ヴィクターは少し間を置いた。


 この仕事で「ありがとう」と言われることは少ない。少ないというより、ほとんどない。仕事が終わった。問題はなかった。以上——それが通常の流れだ。ありがとうという言葉は、その流れの中に出てくる言葉ではない。


 だから——言われたとき、少しだけ、何かが動く。


"......You're welcome, Robert."

(……どういたしまして、ロバートさん)


 電話が切れた。


   


 ヴィクターはラップトップを閉じた。


 事務所の窓際に置いてある盆栽を見た。


 十七鉢。それぞれが違う形をしていて、それぞれが違う速度で育っている。一番古いものは、東京に来た四年前から育てている。


 昨日は水をやれなかった。


 今朝も、報告書を書き始める前に確認はしたが、まだやっていない。


 立ち上がって、窓際に行った。じょうろを取り上げた。


 一鉢ずつ、順番にやっていく。根元の土の状態を確認して、必要な量だけ水をやる。やりすぎると根が腐る。足りなければ枯れる。必要な量というのは、毎日少し違う。昨日の天気、今日の湿度、室温——全部が関係している。


 盆栽は正直だ。正しくやれば育つ。間違えれば枯れる。


 ヴィクターはそれが好きだった。


   


 ドアが開いた。


 エリックが入ってきた。コーヒーを二つ持っている。


「おはようございます」


「おはよう」


 エリックがヴィクターの机にコーヒーを置いて、自分のデスクに着いた。


 しばらく無言だった。エリックがラップトップを開いて何かを確認している音だけが聞こえた。


 ヴィクターは十七鉢目の水やりを終えて、じょうろを置いた。


「コンビニに寄ってきましたか」


「はい。ジュリアのチョコレート、買ってきました」


「よかった」


「マルクスの分も買いました。ジュリアに渡しておきます」


 ヴィクターは自分のデスクに戻った。コーヒーを一口飲んだ。


「昨日のことで、何かあるか」


「マルクスのことです」


 エリックが少し間を置いてから言った。


「路地で、人を撃ちました。死にました。マルクスは今朝、普通にしていますが——」


「わかっています」


「ヴィクター、声をかけてあげてください。私からより、あなたからの方がいい」


 ヴィクターはコーヒーカップを持ったまま、少し考えた。


「そうします」


「ありがとうございます」


 またしばらく無言になった。エリックのキーボードの音が続いた。


 ヴィクターは窓の外を見た。東京の朝。空は薄曇りで、ビルの輪郭が白く滲んでいる。


 昨日死んだ人間のことを、ヴィクターは考えていた。敵だった人間だ。それは変わらない。でも——人間だったことも変わらない。


 この仕事を続ける限り、その二つは両方、持ち続けなければならない。


 どちらかを捨てれば楽になる。でも、どちらかを捨てた人間がどうなるか、ヴィクターは知っている。


「エリック」


「はい」


「昨日のこと、お疲れ様でした」


 エリックがキーボードから手を離して、ヴィクターを見た。


 少し間があって、エリックが言った。


「……ありがとうございます」


 二人はそのままコーヒーを飲んだ。


 十時十五分。


 東京の朝が続いていた。




次回、最終話「WHAT THEY DON'T KNOW」――それぞれの、その後。

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