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姉と妹が国民的女優ですが、俺は機械をいじっていたい  作者: よんまるよん
第二部「世界が広がっている」

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SILENT AEGIS ──TechVision特殊部隊、東京作戦記録── 第九話(後編)「SUPPRESSION」

 午後四時三十八分。


 工業地帯の路地から倉庫まで、歩いて七分。


 ECHOは走らなかった。


 走れば目立つ。工業地帯にはまだ何人か作業員がいる。今は普通の人間として歩く——タクティカルベストを上着で隠して、銃を見えない位置に保持して、ただ歩く。


 エリックが先頭を歩いていた。さっきの路地での銃撃戦から十三分しか経っていない。脈拍は既に平常に戻っている。これがエリック・ソウザという人間だ——MARSOCで十年、体がそういう風にできあがっている。


 マルクスはその後ろを歩いた。少し表情が固い。路地で死んだ男のことを、まだどこかで引きずっている。でも足は止まらない。


 ジュリアは二人の後ろを歩きながら、IFAKポーチを確認した。路地で使った分の補充はできていない。コンパックガーゼが一つ足りない。次の突入には十分だ、と心の中で計算した。


 鮎川はもう別の廃ビルの屋上にいた。倉庫の正面を見下ろせる位置。


 二百七十九メートル。


 今日二度目の狙撃位置だ。スコープを倉庫の正面シャッターに向けながら、状況を無線に流した。


「SNIPER。倉庫、歩哨二名。正面と南側。動きなし。内部に複数の人影、赤外線で確認中。二十名前後」


 二十名。


 ヴィクターは歩きながら、その数字を頭の中で転がした。


 六人で二十名。普通なら無謀だ。ただし——条件がある。


 別動隊が出発したことで、倉庫の中の人間は「あとは待つだけ」になっている。警戒が緩んでいる。拉致が成功するのを待っている。それがECHOの唯一の、しかし決定的な優位だった。


   


 午後四時四十二分。


 ヴィクターが全員に言った。


「位置につけ」


 六人が散った。


   


 サラは車の中にいた。


 ラップトップを二台開いている。一台は倉庫周辺の通信を監視、もう一台は上空ドローンの映像を流している。


 ドローン映像で、倉庫の正面歩哨を確認した。一人が壁にもたれて立っている。もう一人が南側の角でタバコを吸っている。


 緊張していない。


 それがわかった瞬間、サラは少し息を吐いた。緊張していない相手は、奇襲に対して対応が遅れる。


 無線に言った。


「INTEL、ECHO。外部の歩哨二名、警戒レベル低。内部通信、今のところ異常なし。ゴーサインを待っています」


   


 マルクスはハイエースの運転席にいた。


 エンジンをかけたまま、倉庫前の路地入口から五十メートルの位置で止まっている。左手がステアリングを握っていて、右手はシフトノブの横に置いたSIG P226《※1》に触れている。


 ※1【SIG Sauer P226】スイス・ドイツ系SIG Sauer社製の9mm半自動拳銃。15発装填。優れた精度と耐久性でSEALs、FBI、各国特殊部隊に採用されてきた実績を持つ。マルクスのメインウェポン。


 前を見ていた。路地の突き当たり。


 五十メートル。ハイエースで四秒かからない。


 路地に詰まった後は車を出て、車体後部を遮蔽として使う。外に逃げようとした人間を押さえるのがマルクスの役割だ。


 頭の中で動線を三回なぞった。三回なぞれば体が覚える。


   


 エリックは倉庫の側面ドアの横、壁に背中を貼り付けていた。


 ドアと自分の距離、三十センチ。


 C2爆薬《※2》のブリーチングチャージはもう貼り付けてある——昨夜のうちに、ドアの上下の蝶番と錠前の三箇所に成形して置いてきた。今日の作業は起爆スイッチを押すだけだ。


 ※2【C2爆薬(Composition C-2)】プラスチック系軍用爆薬。粘土状で任意の形に成形でき、破壊したい箇所に直接貼り付けて使う精密ブリーチングに適している。破壊力を一点に集中させるため、周囲への影響を最小限に抑えられる。


 右手に起爆スイッチ。左手にM84スタングレネード《※3》——安全ピンはまだ抜いていない。


 ※3【M84スタングレネード(閃光手榴弾)】爆発時に数百万カンデラの閃光と約百七十デシベルの轟音を発生させる。視覚・聴覚・平衡感覚を三から五秒間無効化する。密閉空間で使用すると効果が増大する。


 起爆スイッチのワイヤーを一度だけ目で確認した。ドアの蝶番まで正しく繋がっている。問題ない。複数の人間。笑っている声も混じっている。


 笑っている。


 エリックは目を閉じた。一秒だけ。


 脈拍を確認した。七十二。


   


 ジュリアは倉庫の東側の角に身を寄せていた。


 MP5SDを胸の前で構えている。


 東側の壁に非常口がある。ここから逃げようとした人間を押さえるのがジュリアの役割だ。エリックとマルクスが一階を制圧する間、ジュリアは右翼を担当しながら、味方が負傷したらその場でIFAKを使う。


 二つの仕事を同時にやる。


 NZSAS時代から、戦場の衛生兵とはそういうものだとジュリアは思っている。一つのことしかできない人間は現場では生きられない。


   


 鮎川のスコープが、倉庫の正面シャッターを映している。


 歩哨の一人が動いた——壁から離れて、路地の方向を見た。


 何かに気づいたか、と鮎川は思った。


 違った。男は伸びをして、また壁にもたれた。


 飽きているのだ。


 鮎川はスコープから目を離さずに、ヴィクターに無線を入れた。


「SNIPER、ECHO。歩哨二名、現在位置変わらず。内部の人影、動きなし。ゴーのタイミング、任意です」


 ヴィクターは路地の角の陰にいた。


 一秒間、目を閉じた。


 全員の位置を頭の中で確認した。エリック、マルクス、ジュリア、サラ、鮎川——全員が揃っている。


 目を開いた。


「ECHO、ゴー」


   


 マルクスがブレーキを離した。


 ハイエースが動き出した瞬間から、全部が始まった。


 五十メートルを四秒で走り抜けて、路地の入口でハンドルを右に切る。車体が横向きになる。左のサイドミラーが壁に当たってバキンと折れた——かまわない。ブレーキ。ドン、という鈍い音とともに車体が止まった。倉庫前の路地出口、完全に封鎖。


 ドアを蹴って出た。SIG P226を構えながら車体後部に身を寄せる。


 正面シャッターの前にいた歩哨が振り向いた。何が起きたか理解しようとしている——その一秒の空白が全てだ。


   


 同じ瞬間、側面ドア。


 エリックが起爆スイッチを押した。


 Crack——


 C2の精密爆破は音が小さい。でも蝶番と錠前は正確に吹き飛んだ。ドアが内側に倒れ込んで、煙と埃が吹き出した。


 エリックは安全ピンを抜いた。開口部に腕を伸ばしてスタングレネードを投げた。壁の裏に体を戻す。


 BANG——


 閃光が開口部から白く溢れた。百七十デシベルの轟音が工業地帯に反響した。


 三秒ある。突入はその間に終わらせる。


「Go!」


   


 エリックが最初に入った。


 低い姿勢で開口部を抜けて、左に展開する。SIG P320《※4》を前に向けたまま動く。


 ※4【SIG Sauer P320】SIG Sauer社製の9mm半自動拳銃。米軍の次期制式拳銃M17/M18の基になったモデル。エリックのメインウェポン。17+1発装填。


 内部は広い。吹き抜けの大空間。金属棚が四列、倉庫の奥まで続いている。


 スタングレネードを喰らった人間が、あちこちで崩れている。六人、いや七人——床に倒れている。立っている人間が三人見えた。まだ目が回っている。壁に手をついている。


 エリックは最も近い一人に向かった。


 男の手にグロックがある。銃口がエリックを向こうとしている——定まらない。


 エリックが先に撃った。右腕。男が崩れてグロックが落ちた。次の男へ。


 「Down! Don't move!」


 壁にもたれていた男が両手を上げた。ボディチェック、グロック取り上げる、フレックスカフ《※5》、次。


 ※5【フレックスカフ(Flex Cuffs)】使い捨てプラスチック製手錠。軽量で複数携帯できる。


 棚の陰から銃声がした。


 Bang——


 弾が棚の金属を叩いた。エリックは転がりながら棚の端に身を滑らせた。


 棚の向こう——M4カービン《※6》を持った男が、まだ立っていた。スタングレネードに当たらなかった位置にいたらしい。目が据わっている。


 ※6【M4カービン】アメリカ軍の主力突撃銃を短縮したモデル。5.56mm弾、30発マガジン。世界中で密輸され犯罪組織にも広く流通する。


 男がM4を向けてくる。


 エリックは棚の端から体を出して二発撃った。


 一発目が外れた。二発目が男の胸に入った。


 男が倒れた。


 エリックは一秒だけその場に止まった——立った。次へ。


   


 マルクスが続いて入った。エリックの一秒後。右に展開する。


 内部の右翼——棚の列の右側を担当する。


 倉庫の奥、コンクリートの柱が二本立っている。事前偵察で確認した死角だ。そこに二人が隠れているのが見えた。


 一人がグロックでこちらを狙っていた。


 Bang Bang——


 弾が床に叩きつけられた。マルクスの三十センチ横だ。


 マルクスは走りながら右の棚に飛び込んだ。棚の端から体を出して、柱の前の男に向かって撃った。男の肩に入った。男が崩れた。


 もう一人が柱の裏に回り込んだ。


 マルクスは正面から行かなかった。


 左に大きく回り込んで、柱の横から出る角度を作った。男がマルクスの動きを追おうとした瞬間、マルクスが先に引き金を引いていた。


 Bang。


 男が倒れた。


 マルクスは止まらなかった。


   


 東側からジュリアが入った。


 右翼の壁沿い——東壁際に四名固まっていた。二名はスタングレネードで動けない。一名が立ち上がろうとしていた。一名がこちらを向いてグロックを取り出した。


 ジュリアはMP5SDを構えたまま前に踏み込んだ。


 男のグロックを持つ手首を左手で掴んで、上に押し上げながら体ごとぶつかる——グロックが男の手から離れた。床に叩きつけた。男を押し倒す。フレックスカフ。


 立ち上がろうとしていたもう一人に向けた。


「Don't.」


 男は動かなくなった。


 銃声が倉庫の中に響いた。一発、二発、また一発。


 ジュリアは音の方向を確認しながら、倒れている二名をチェックした。一名は意識があるが動けない。もう一名——


 動いていない。


 ジュリアは腰をかがめて首に触れた。


 脈がない。


 スタングレネードで倒れたとき、頭を打ったらしい。床はコンクリートだ。角度が悪かった。


 ジュリアは立ち上がった。次へ動いた。


   


 倉庫の中が動いていた。


 エリックが棚の列を制圧しながら前進している。マルクスが右翼を押さえている。ジュリアが東壁際を固めている。


 至るところで声が上がっていた。英語、タガログ語、マレー語——怒号と悲鳴と、床を叩く音と、金属が倒れる音。


 戦闘要員でない人間たちは、既に床に伏せていた。スタングレネードで倒れたか、あるいは最初から戦う意思がなかったか。後方支援の要員——荷物の管理や連絡係をしていた人間たちだ。今は床に顔を押しつけて、動かない。


 エリックが彼らをフレックスカフで次々に拘束していった。


 問題は、まだ動いている人間がいることだ。


 倉庫の奥——積み上げられた資材の陰に、三名が立てこもっていた。M4を二丁持っている。


 彼らが断続的に撃ってきた。


 Bang Bang Bang——


 弾が棚に当たって火花を散らした。エリックが棚の陰に飛び込んだ。マルクスも棚の端に張り付いた。


 膠着した。


 エリックは無線に言った。


「ECHO、エリック。奥に三名、立てこもり。M4二丁。前進できない」


「鮎川、二階の窓から角度は取れるか」


「SNIPER、ECHO。倉庫の天窓から奥の位置を確認できます。角度は取れます」


「頼む」


   


 鮎川は既に動いていた。


 廃ビルの屋上——倉庫の正面とは別の位置に回り込んでいた。倉庫の天窓、老朽化したスチール製の明かり取り窓が数枚ある。その一枚からなら、倉庫の奥の角度が取れる。


 スコープで覗いた。


 天窓越しに、資材の陰に三名の姿が見えた。二人がM4を構えてエリックたちの方向を向いている。一人が通信機を取り出そうとしていた——外に連絡しようとしているのかもしれない。


 距離、二百二十メートル。天窓のガラスを抜いてから弾道が変わる。その計算を頭でやった。ガラスの角度、厚さ、弾道変化量——


 三秒で計算した。


 引き金を引いた。


 ガラスが割れた。弾が通信機を持っていた男の肩に入った。男が崩れた。


 残りの二人が動揺した——その一瞬の隙に、エリックが棚の陰から走り出た。


   


 エリックが資材の山に向かって走りながら撃った。


 二人が資材の陰に飛び込んだ。


 マルクスが逆側から回り込んだ。


 二人が挟まれた。


 一人が立ち上がってM4を向けた——マルクスの方向へ。


 マルクスは身を滑らせながら撃った。一発。男の胸に入った。


 もう一人が両手を上げた。


「Don't shoot! Don't shoot!」


 エリックが近づいた。M4を蹴り飛ばした。フレックスカフ。


 倉庫の中が静かになった。


 まだ三十秒経っていなかった。


   


 エリックが無線に言った。


「ECHO、エリック。一階制圧。北東の階段、未確認」


 その声と同時に、鮎川が入った。


「SNIPER、ECHO。二階に人影。動いている。一名——急いでいる。窓の方向へ」


 エリックは階段を見た。北東の角、鉄製の階段が二階へ続いている。


 その足元を、一人の男が走っていた。


 フェルナンド・クルスだ。


 体格のいい男。スタングレネードを喰らわなかった位置にいたらしく、目が据わっている。右手にグロック。階段に足をかけた。


 エリックが追いかけた。鉄の階段が二人の足音を響かせた。


 踊り場でクルスが振り返った。グロックを向けた。エリックは手すりの外側に跳んだ——


 Bang——


 弾が手すりの金属に当たって火花が散った。


 エリックが踊り場のコンクリートに着地した。左膝に衝撃が走った。かまわない。クルスが二階に消えた。追いかけた。


   


 二階——事務所スペースの残骸。金属デスクが二つ、椅子が散乱している。窓が一つ、倉庫の正面方向を向いている。


 クルスがその窓に向かって走っていた。外に出れば非常梯子を使って逃げられる。


 エリックは距離を計算した。届かない。


「SNIPER——クルスが二階窓、今!」


   


 廃ビルの屋上。


 鮎川のスコープは既にその窓を向いていた。


 人影が窓に近づいている。速い。


 息を半分吐いて止める。心拍と心拍の間を待つ——


 クルスが窓の取っ手に手をかけた瞬間に、鮎川は引いた。


 窓ガラスが割れた。弾がクルスの右足ふくらはぎを掠めた。クルスが崩れ落ちた。


「SNIPER。クルス転倒確認」


   


 エリックが走った。クルスは床に手をついていた。足から血が出ている。立てない。


 グロックがまだ右手にあった。


 エリックの右足がその手首を踏んだ。「Drop it.」グロックが落ちた。床に伏せさせた。フレックスカフ、二重。


 膝をついて足の傷を確認した。掠り傷だ。骨には当たっていない。


「ジュリア、二階へ来い」


「今行く」


 エリックは立ち上がって、割れた窓の穴から外を見た。二百七十九メートル先の廃ビル。そこに鮎川がいる。この距離からは何も見えないが、確かにそこにいた。


 エリックは少し息を吐いた。


   


 午後四時五十一分。


 ヴィクター・ライが倉庫の正面ドアから入ってきた。


 歩き方は変わらない。


 内部を見渡した。


 床に伏せた人間が、あちこちに散らばっている。拘束されている者、意識を失っている者、動けなくなっている者。角に二名が倒れたまま動いていない——死者だ。


 ヴィクターはひと渡り見て、それから前を向いた。


 エリックが一階に降りてきて言った。「二十一名。制圧完了。死者四名。ECHOに被弾なし」


 ヴィクターは頷いた。


 それから、まだ意識のある人間たちの中を、ゆっくりと歩いた。一人ずつ確認した。顔、武器の排除、拘束の状態。


 最後の一人の前で止まった。


 男は床に伏せていた。背中で手を縛られている。顔をこちらに向けて、ヴィクターを見上げていた。恐怖と、諦めと、それから——何か別のものが混じっていた。


 ヴィクターは一秒、その男を見下ろした。


 「Done.」


 踵を返した。


   


 倉庫の外に出ると、工業地帯の夕方の空気だった。


 オレンジの光がビルの間に差し込んでいる。どこかで鳥が鳴いた。工業地帯に鳥がいることを、ヴィクターは少し意外に思った。


 スマートフォンを出して、ロバートに送った。


"It's done. All clear. No casualties on our side."

(終わった。全員無事。こちらに被害なし)


 数秒後、ロバートから返信が来た。


"...Thank you."


 ヴィクターはスマートフォンをポケットに戻して、別の番号に電話した。コールが三回。男の声が出た。何も言わない。


「準備を」


   


 二十分後。


 白いバンが来た。ナンバープレートはない。六名が降りた。黒い作業着、目出し帽。顔が見えない。


 ヴィクターは彼らを見なかった。


 エリックが横に立った。


「……誰ですか」


「知らない。デイビッドが動かしている人間だ。俺は顔を知らなくていい」


 男たちが倉庫に入っていった。しばらくして、重いものを引きずる音がした。


 エリックは視線を前に戻した。ヴィクターも振り返らなかった。


   


 倉庫の中——


 処理班のリーダーが、床に伏せた男の前にしゃがんだ。男は意識があった。目を上げてリーダーを見た。


 リーダーは何も言わなかった。立ち上がった。


 男が何か言った。どの言語か分からない。


 リーダーはコンテナの扉に手をかけながら、振り返らずに言った。


「Ainda vivo. Vai se arrepender.」

(生きてたのか。後悔することになるな)


 扉を閉めた。


   


 午後五時二十分。白いバンが走り去った。


 倉庫の中は空になっていた。


 二十一名が消えた。クルスだけは別のルートで動いた——処理班の別の車両が東側から出るのをジュリアが見た。クルスがどこへ向かったか、誰も知らない。


 「全員、戻る」


 六人が車に向かった。工業地帯の夕暮れの中を歩きながら、エリックがヴィクターの横に並んだ。


「突入から制圧まで——体感で何秒でしたか」


「計っていない」


「私の感覚では三十秒以内でした」


 ヴィクターは少し間を置いた。


「チームがよかった」


「そうです」


 エリックがもう一言加えた。


「ジュリアのために、チョコレートを買っておきましょうか」


「明日でいい」


「明日の朝、コンビニに寄ります」


「そうしろ」


 車に乗り込んだ。ヴィクターはウィンドウを開けた。夕方の空気が入ってきた——油の匂いと、火薬の残り香と、夕暮れの湿気。


 どこかで、柊凛と柊華が今日の仕事を終えようとしている。二人は何も知らない。知らないまま今夜眠る。


 それでいい。それがこの仕事の意味だ。


 ヴィクターはウィンドウを閉めた。


 盆栽に水をやる。今日はまだやっていなかった。




次回、第十話「THE LOOSE THREAD」――河野誠、最後の仕事。

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