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「ごめん、無理」の意味

 わたしは笑いがこみ上げてきた。

「何、笑ってんだよ」

 成田君が怒り混じりに聞く。

「別に」

 ここで嬉しいなんて言ったら頭がおかしいと思われるだろう。

 あの日、成田君とは何もない。思い出に花が咲いて、咲きすぎて終わりが分からなくなって終電なくなって、うちに泊めただけ。成田君は家に着くなりわたしのベッドで寝てしまった。客用の布団もないし、古い戸建ては寒いので同じ布団で暖を取ったまでだ。

 母との会話を聞いて発した成田君の「ごめん、無理」という言葉は、これから先、二人の未来があるようにも受け取れた。同士として少しでも長い時間一緒にいたくて、わたしは家に連れ込んだけど、成田君は男女の仲になることも少しは考えてくれていたのかもしれない。母を子供だと勘違いしてるけど、もしもあの家に一人だったら、同じベッドで目を覚ました朝、わたしを、女として見てくれたのだろうか。

 あの時、違う繋がりを少しだけ期待してしまったから、母の失禁の始末をしている自分がとてつもなく惨めに思えた。母がずっと、ずっとわたしを縛る。この人がすべて悪いんだと思わずにいられなかった。

 だけど、成田君は最初から最後までわたしなんか相手にしていなかったんだ。思い出に咲いた花なんてない。無花果の花みたいに、わたしの中だけで満開になっただけ。

「ごめん、無理」の意味は全く逆だ。絶対に男女の関係になりそうにない気楽な対象だと思ってたのに、男の人の支えが欲しいシングルマザーに見えて逃げたくなったんだ。頼られたらどうしよう。関わりたくない。虐待疑惑もあって、相当面倒な存在だと瞬時に感じたんだろう。

 冬に再会した成田君と距離が縮まったと感じたのは、やっぱり成田君が少し変わったからだ。それは彩花の存在があったからだ。いつだって男女を意識させないように成田君が作っていた壁は、彼女を見つめる優しい眼差しによってガラスの壁に変えられてたんだ。極限まで近づけるけど、絶対にふれあわない壁。あまりにもキレイに磨かれて、そこにないように見えてわたしは近づこうとしてしまった。

 思いっきりぶつかって自分の心が割れた。けど、ただ恋に破れた可哀想な女には見られないだろう。寂しいおばさんになったとしても子育て中のシングルマザー。彼氏も仕事もない親の介護に縛られた独身女じゃない。同じ親と子供の関係でも、自分が親側にいる大変さの方が、本当のわたしにはない色気みたいなものを纏えてる気がする。なんだか自分でかっこいいと思ってしまう。犯罪者がかっこいいと勘違いする十代みたいに。

 笑いが止まらない。

「通報でもするのかよ」

「え?」

 敵意むき出しの成田君の反応に純粋に疑問を抱いてしまった。わたしを支配する感情は、悲劇のヒロインになりたい子供じみた発想なのだろうか。可哀想な自分、勘違いされた自分に浸っていたい。成田君を貶めようという気持ちはみじんも生まれなかった。四十歳の女って、もっと精神的に大人だと思ってた。ぜんぜん変わらない。

 でも、変わったように見せられる方法は沢山知っている。それが年齢を重ねた強さか。そもそも、成田君も被害者なんだよなと現実を冷静に整理する自分がいた。

 確かに、わたしが成田君一人を説得してどうにかなる問題じゃない。正義感を振りかざしてわたしが彩花の気持ちを話したところでなんの意味もない。二時間ドラマの推理オタクのおばさん探偵じゃない。もっと事務的な方法を提案して自分は無関係を装う。

 わたしは財布の中から弁護士の名刺を探した。

「いい弁護士知ってるよ」

「なんだよ、突然」

 勝手に自己完結して戦意喪失したようなわたしに、成田君は戸惑っている。でも、勘違いしたままにしておきたい。そして、闇を背負ったなんでも経験してきたいい女を演じさせて欲しい。

「虐待はしてないけど、いろいろあってさ。お世話になったんだ。すごくいい人だったから、相談してみなよ」

 わたしは名刺を握らせた。守秘義務があるから、成田君にわたしの家のことがバレることはないだろう。このまま誤解させておこう。そして、二度と成田君には会わない。

「無理やり契約させられたら間に合わなくなるよ。関係ないって事ハッキリさせなきゃ。彼女は成田君のこと信じてるから、わたしも信じてるから」

 成田君の知ってるわたし、本当のわたしはこんなキャラじゃない。こんなにテキパキとかっこいい人じゃない。だけど、このまま演じさせて。わたしは余裕に満ちた笑顔で成田君を見つめた。

「じゃ、行くね。あとで彩花ちゃん来るから、ここにいて」

 一方的に喋ったわたしに頭を下げる成田君が二十歳ぐらいの子に見えた。突然笑い出したわたしのことなんかどうでもいい。名刺を握らされた成田君は、一刻も早く彩花と奴らの縁をきらなければ、そういう顔をしていた。愛しい人を守ろうとする顔。見たことのない顔をしていた。

 彩花のことがすごく好きなんだと分かって、その顔を二度と見たくなくてわたしは店を出た。



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