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卑屈な令嬢の転落人生4 前編  

婚姻して3か月目にモール公爵夫妻がコメリ男爵領を訪問した。

シャーロットはレイモンドが植えてくれた苺の苗に水をあげて邸に戻る途中で、いるはずのない両親に目を丸くした。


「お父様?」


シャーロットの声にモール公爵夫妻が振り返った。


「シャーリー、元気そうで良かったよ」

「お父様、お母様、どうして?」

「ようやく片付いたのよ。もう王都に帰って大丈夫よ。第一王子殿下は王族位剥奪。あなたも無罪よ。迎えにきたのよ」


微笑む両親にシャーロットは困惑した。


「はい?」

「陛下がお怒りよ。貴方を呼び戻せって。婚姻も穏便に解消するわ」


笑顔の母親の言葉にシャーロットは息を飲んだ。震える手を握って泣かないように貴族の仮面を被った。


無罪でもお咎めを覚悟すべきとわかっていても、シャーロットは王都に帰りたくなかった。ここでの時間は幸せだった。王都での緊張感にあふれた生活とは比べ物にならなかった。


「帰りたくない」


ぼそりと零したシャーロットの言葉にモール公爵夫人が目を丸くした。


「え?」

「あ、いえ、申し訳ありません」

「シャーロット、正直に言ってみなさい」


優しく笑うモール公爵にシャーロットは貴族の仮面を外した。瞳を潤ませ、震えながらゆっくりと口を開けた。


「男爵様が許していただけるならこのままここにおいていただきたい。」


モール公爵夫妻は顔を見合わせた。娘の自己主張は二度目だった。


「旦那様、成長とは早いものですわね」

「子ウサギのようなシャーリーが。」

「貴方が望むなら考慮はするわ。でも二人次第かしらね」


シャーロットはこのままが良くても、レイモンドがどう思うかはわからなかった。シャーロットは男爵夫人としては役立たずだと思っていた。


「男爵様にご迷惑は」


しょんぼりするシャーロットにモール公爵夫人が楽しそうに笑い頭を撫でた。娘が恋するなんて想像もしていなかった。シャドウとヒノトとミズノ以外にシャーロットが傍にいたいと願うものは初めてだった。


「夫婦は支え合うものよ。お母様はシャーリーの味方よ。支援はしてあげるわ。久しぶりに二人で話しましょう。旦那様は男爵と男同士の話し合いがあるのよ。今日は泊まってもいいかしら?」

「はい。部屋の用意をします。それまでは私の離れに。ミズノ、案内して。ヒノトはお父様を」


モール公爵夫妻を連れてシャーロットが男爵邸の中に入ると使用人達が美しい夫妻に視線が釘付けになった。ミズノとヒノトが三人の前に立ち礼をした。


「頭をあげなさい。シャーリーをありがとう。」

「もったいないお言葉です。奥様、ご案内します」


ミズノが頭をあげてモール公爵夫人を離れに案内した。

モール公爵はヒノトが客室に案内をした。

シャーロットは侍女長に公爵夫妻の泊まる客室の用意を命じて、執務室に足を運んだ。ノックすると了承の声が聞こえ中に入った。

レイモンドは昼寝をしているはずのシャーロットが起きていたので驚いた。


「どうかした?」

「お仕事中に申し訳ありません。男爵様、お時間がある時に、父が面会を希望しているのでお時間をいただけますか。また本日は両親を泊めてもよろしいでしょうか?」


レイモンドは綺麗な礼をして微笑むシャーロットの言葉に固まった。いずれは挨拶するべきだった。先触れもない突然の訪問に心の準備ができていなかった。シャーロットの訪問も同じだったと思い出した。


「公爵夫妻が来ているのか・・。充分なもてなしができるか・・。すぐに会うよ。うちで良ければいつまでいてもらっても構わないよ。」


レイモンドには公爵の面会より重要な仕事はなかった。立ち上がり部屋を出て行くレイモンドの袖をシャーロットが掴んだ。


「シャーロット?」

「私は許されるならお傍においていただきたいです。でも男爵様の判断に従います。どうかお心のままに」


綺麗な笑みを浮かべて久々に貴族の顔をしているシャーロットの頭をレイモンドが撫でた。袖を放さない姿に笑って手を差し伸べた。シャーロットは差し伸べられた手に嬉しくなり、離れたくないと泣きたくなる気持ちを隠して微笑みながら重ねた。

幸せをくれたレイモンドのために身を引く覚悟をしないといけないのはわかっていた。


モール公爵はシャーロットをエスコートして現れたレイモンドを穏やかな笑みを浮かべて迎えた。コメリ男爵家については調べていた。

レイモンドは平凡な青年であり公爵家の娘が嫁ぐような家ではなかった。

レイモンドはモール公爵に緊張しながら礼をした。シャーロットとヒノトとミズノに見慣れたため美形のモール公爵に見惚れることはなかった。


「ご挨拶が遅れて申しわけありません。レイモンド・コメリと申します」


モール公爵は緊張しているレイモンドと不安そうなシャーロットに笑い、ゆっくりと声を掛けた。


「頭を上げなさい。シャーロット、男爵と二人で話がしたい。意地悪しないよ。行きなさい」

「わかりました。失礼します」


シャーロットは綺麗な笑みを浮かべて礼をして退室した。

ずっと温和な笑みを浮かべていたモール公爵の顔つきが真顔に変わり緊張した空気が流れた。


「かけなさい。情報制限されている中、娘を丁重に扱ってくれ礼を言う。手を出してはいないな?」

「はい。神に誓ってありません」

「そうか。まずはこれを。謝礼だ」


モール公爵は箱に入れた大量の金貨をレイモンドに差し出した。

レイモンドは目を見張り、首を横に振った。


「受け取ることはできません。」

「謝礼だよ。君がどんな決断をしても変わらない。受け取っておきなさい」


婚姻して妻をもらったのはレイモンドである。シャーロットとの時間をお金のためと思われるのも嫌だった。特別な事は何もしていなかった。


「いえ、私は有意義な時間をいただきました。」

「シャーロットは扱いづらいだろう。私なら穏便に離縁させられる。君の良縁も用意しよう。もちろん前の婚約者とは比べものにならない家を」


レイモンドはシャーロットの言葉の意味がわかった。男爵には公爵令嬢との縁談は過ぎた良縁である。

シャーロットと共に過ごして学んだのは向き合うことの大切さと言わないと伝わらないこと、公爵令嬢は予想の斜め上の思考を持つ存在ということだった。レイモンドの常識は通じない。腹の探り合いも敵わないのはわかっていた。

レイモンドは妻が貴族でなくてもよかった。


「私には良縁は必要ありません。シャーロット嬢はどうなるんでしょうか」

「嫁ぐ家には困らないよ」

「そうですか…。」


学園で見たシャーロットは非の打ち所がない公爵令嬢だった。

自分は相応しくないといつも落ち込むシャーロットより自分のほうが相応しくなかった。落ち込んでるのを慰め頭を撫でると顔をあげて笑う顔が好きだった。今更、自覚した気持ちにレイモンドは苦笑した。自覚しても傍にはいられない。どう足掻いても男爵が公爵令嬢と婚姻できるなんて夢のような話である。

下を向き優しく笑い、顔を暗くし首を横に振り、拳を握ったレイモンドの様子を公爵は静かに見ていた。娘の元婚約者とは正反対だった。ブラコンな娘が惹かれるのもわかった。

息子よりも善良そうだが雰囲気は似ていた。シャドウは妹に関してだけは優しく包容力の塊だった。


「君がもらってくれるなら、私はこのままでもいいがな」

「え!?」


レイモンドは顔をあげた。モール公爵は素直なレイモンドに温和な笑みを向けた。張りつめた空気は一切無くなった。


「娘に不誠実なことはしないかい?」

「しません。できません。俺達はこのままで、いいんでしょうか・・」

「シャーリーの頼みだ。あの子にとって頼れる存在は身内以外で初めてだから幸せにしてやってほしい。うちは二人の味方だ。祝福しよう。」

「精一杯努力します」

「頼むよ。これからはうちが後見につくから何かあればいつでも相談を。さて、迎えに行こうか」


レイモンドは共にいられることに顔が緩みそうで手で口元を覆っていた。余裕のない素直な反応を見せるレイモンドにモール公爵が笑った。腹に一物抱える貴族とばかり付き合っているモール公爵にとっては素直で誠実そうな義息子は好印象だった。貴族としてはシャーロットがいれば何も心配はいらないと思っていた。


「突然の訪問だから、晩餐までは家族で過ごすよ。案内はいらないから仕事に戻りなさい」

「ありがとうございます」


レイモンドは優しい雰囲気のモール公爵の言葉に甘えた。先程の張りつめた空気が嘘のようだった。シャーロットの顔を見たら赤面しそうだった。執務室に戻り机に伏せたレイモンドに執事長は笑った。時間を作って会いにいき、シャーロットが震えていれば仕事を投げ出し慰めに行く姿はわかりやすかった。

執事長はレイモンドを一人にするために部屋から出て落ち着くまで人払いをした。


****

シャーロットは厨房に晩餐の準備の指示をいくつか追加で出し離れに向かった。

離れでは公爵夫人がミズノとヒノトとお茶をしていた。シャーロットはソファではなく床に敷き詰めてあるクッションの上に座った。


「お母様、殿下は?」


ヒノトがシャーロットに近づき、犬の姿に戻った。シャーロットはヒノトを抱きしめた。絶対にヒノト達は王子に渡さないと決めていた。

モール公爵夫人はヒノトに顔を埋めているシャーロットに苦笑した。昔からシャーロットは不安になるといつもヒノト達を抱きしめていた。


「どこから話そうかしら。貴方がいなくなった学園は乱れたわ。学園の頂点にいた殿下とシャーリーの二人が去り統制を失った。殿下は卒業後に学園をまとめる後継を育てていなかったのね。まぁシャーリーがいたから必要ないと思っていたのかしら?あの伯爵令嬢が学園を統制しようとしたけど、ねえ?ふふふ。殿下の命令でもあの伯爵令嬢に従う令嬢はいなかったわ。学園さえ治められないのに王妃の資質はない。卒業パーティーに箝口令を敷いても無駄だったわ。お忍びの他国の王子もいたでしょ?」


シャーロットは詳細を調べず、のんびり男爵夫人になることしか頭になかった。触らぬ王子に祟りなし。去る者は追わない主義である。王子は王都に入らず関わらなければシャーロットを放っておくと思っていた。

モール公爵夫人の言葉に首を傾げた。お忍びで転入してきた他国の王子の情報を第一王子が知らないはずはなかった。王子の周りは側近候補で固められていた。シャーロットは必要最低限しか王子の近くにいなかったので現状は知らず、最近はエスコートも受けていなかったので伝えていなかった。代わりにエスコートしてくれる生徒がいたので気にしなかった。箝口令は無駄である。社交界からシャーロットが消えれば貴族も王家も調べる。第一王子の婚約者はそれなりに重要な立ち位置だった。


「箝口令…。殿下にしては詰めが甘くありませんか?」

「シャーリー、もう少し視野を広く持ちなさい。伯爵令嬢が殿下に近づけたのはどうして?」


王子に害があるなら側近達が近づけない。二人の逢瀬は協力者がいないと無理である。まず婚約者がいるのに他の令嬢と二人っきりなら側近が諌めるはずである。


「誰かがわざと脇を甘くしたんでしょうか。他の王位継承者・・・?殿下の次は・・」

「王位継承はうちには関係ないわ。ただ王族命令で強引に婚姻させ、長年の婚約者に冤罪をきせた殿下は支持を失ったわ。共に時代を担う世代の支持がないのは致命的よ。他国の宰相から話を聞いた陛下はお怒りよ。第一王子殿下を廃嫡にして、市井に降ろしたわ。シャーリーへの代わりの縁談の話は断ったわ。王家に頼らなくてもいくらでもあるもの。それに大衆の前で辱めを受けたのに、また王族の婚約者なんてごめんでしょう?」


想定以上なことが起こっていた。廃嫡するほどとは思っていなかった。シャーロットは婚約破棄はありがたい。ただ王子の罪は重たすぎる気がした。婚約破棄以上に何かやらかしていそうな王子に頭が痛くなった。


「もともと妃なんて向いてないもの。殿下を臣下ではなく市井に・・・。嫌な予感が」

「奇遇ね。お母様もよ。国王陛下のお気に入りに取りなしてもらうように動いているようだけど、無理よね・・。」


シャーロットは震え出した。伊達に第一王子とは長い付き合いである。


「取りなせない。あれ?でも市井ってことは私の身分の方が上だから門前払いしても大丈夫?」

「ええ。もちろん王家とウルマ伯爵家にはしっかり賠償金を請求したわ。」


シャーロットは首を傾げ、事態を飲み込みさらに震えが強くなった。


「お母様、嫌な予感しかしない。」

「旦那様と乗り越えなさい。王家の厄介事より楽よ。それに一緒にいたいんでしょ?」

「私ばかり迷惑を・・・・。男爵様に申しわけが」

「貴族の仮面を被ればいいのよ。社交なら殿下に負けないでしょ?貴方は殿下に負けないようにずっと頑張ったでしょ?ミズノとヒノトとの時間を得るために。そして獣人に人民権の獲得と差別の禁止を形にするために。それはシャドウが引き継ぐわ」


シャーロットはヒノトを強く抱きしめ、ミズノを見つめて頷いた。シャーロットにとって第一王子は隙を見せてはいけない敵である。選民意識が強く、獣人族への偏見も強い。

授業中に、獣人族の存在を知り、捕えて実験し、自分達が魔法を手に入れる方法を見つけたいと目を輝かせた王子の話を聞いた時に分かり合うことを放棄した。想像での実験話を聞き吐き気がした。試しに愛犬を貸せと言われた時は、初めて王子の命令に背いた。頬を叩かれても泣かずに耐えた。

すぐに騒ぎを聞きつけた王妃が仲裁して王子を叱りつけた。愛犬には手出しはさせないと約束してくれた。王子に愛犬と眠っていることを話され、王妃に嗜められ、二匹と眠れなくなった。

第一王子は王族以外を人として認識しているかも怪しい。

自身の手駒にフラれて、プライドを傷つけられ、シャーロットに取りなせと言いにくる光景が想像できた。


「お母様、ウルマ伯爵令嬢は?」

「伯爵が金策に回っているけどそろそろ爵位を売るしかないかしら。貴族令嬢を敵に回したもの。修道院はいつでも送れるわ。このままどうするか様子見よ。」

「嫌な予感しかしません」


シャーロットが震えているとモール公爵が現れた。


「シャーリー、婚姻祝いだ。受け取りなさい」


モール公爵はレイモンドに断られた金貨と封筒を渡した。

封筒の中には男爵位から伯爵位に上げる書類が入っていた。


「お父様?」

「必要なら使いなさい。もし覚悟を決めたなら、うちから増援を送るよ。名門伯爵家となるように支援しよう。金貨も受け取らない彼はこれも拒むだろう。謀はシャーリーが手伝ってあげなさい」

「ありがとうございます。」


シャーロットは父の話に嫌な予感しかしなかった。でもこれからもレイモンドと過ごせるのは嬉しかった。迷惑をかけるのは謝り元婚約者の始末は自分でつけると決めた。ヒノトを抱きしめながら久しぶりに仮面を被り動き出す準備を始めた。

王都への行動制限も消えたのでシャーロットは知人に手紙を書き、情報収集を始めた。またミズノとヒノトにもいくつかお願いをした。シャーロットの休みはそろそろ終わりだった。

晩餐の時間にはレイモンドは落ち着きを取り戻した。

和やかな晩餐を終えて、レイモンドに挨拶をして、離れに移りシャーロットは上機嫌なモール公爵夫人に夜遅くまで男爵領での生活を尋問されていた。モール公爵は二人の話に静かに耳を傾けていた。この時間だけは愛娘の幸せだけ考え祝福することにした。


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