卑屈な令嬢の転落人生4 後編
モール公爵夫妻を見送ったシャーロットは意識を切り替え貴族の仮面を被りレイモンドに頭を下げる。
「突然の訪問、申しわけありませんでした」
レイモンドは温和なモール公爵と明るいモール公爵夫人と打ち解けていた。モール公爵夫妻にとって、レイモンドの緊張を解き、心地良い距離感を掴み扱うのは簡単だった。
レイモンドには娘の幸せを願う優しい夫妻に見えていた。
「頭をあげて。驚いたけど大丈夫。挨拶できてよかったよ。優しいご両親だね。厳格な方達と想像してたけど全然違った。」
シャーロットは両親は厳しいが人前では常に笑顔で温和な姿なので、レイモンドの前で見せることはないと思い誤解を解かずに、ゆっくりと顔をあげて微笑んだ。
「ありがとうございます。厄介事がおき、お騒がせしたら申しわけありません。きちんと対処するのでご安心を」
声のトーンが落ちて、貴族の顔のシャーロットにレイモンドが頭を掻いた。
モール公爵夫妻に婚姻を認められ、レイモンドは男爵としても男としても妻を守るつもりはあった。
「その癖、やめようか。頼りないかもしれないけど、俺は君の夫だ。妻に丸投げせず、全部把握したいんだよ」
「男爵様が頼りないなどありえませんわ。婚姻前の」
レイモンドは以前のようにシャーロットの綺麗な笑みに負けて、頷いて曖昧にするつもりはなかった。
「関係ないよ。離れに行こうか」
「視察の時間では」
「後でいいよ。急ぎじゃない」
レイモンドは強引にシャーロットの手を引いて離れに足を運び、いつも通り部屋の隅に並んで座る。レイモンドにとってシャーロットときちんと話をするのは離れが一番だった。レイモンドはいつもシャーロットが抱きしめている愛犬が見当たらずきょろきょろと辺りを見回す。
「今日はいないの?」
ミズノとヒノトはシャーロットにお使いを頼まれ外出していた。
「散歩に出かけてますがお昼には帰ってきます」
「そうか・・・。厄介事ってどういうこと?」
「男爵様、お気遣い不要です。お任せ下さい」
事情を話さないシャーロットにレイモンドは苦笑した。
「教えて。お願いだから」
シャーロットはレイモンドに見つめられ、内心は戸惑っていた。巻き込みたくなかったが、なぜかレイモンドの頼みは無視できなかった。
「第一王子殿下は陛下の怒りに触れて王族位を返上し市井に落とされました。きっとたくさんの人にフラれて最後には私に会いに来ます。陛下を説得するようにと。荒れている殿下の相手は大変です。私が追い返しますのでお任せください」
レイモンドは綺麗な笑みを浮かべるシャーロットにどこから突っ込むか悩む。レイモンドは第一王子を遠目で見ても、実際の関わりはない。荒れていると聞いて一人で対処させられない。婚約破棄して強引に婚姻させたシャーロットに会いに来れる精神も信じられず、まずはシャーロットの方針から聞くことにした。
「追い返す?」
「はい。陛下は一度決めたことを覆しません。殿下は昔から線引きがわかっていません。王妃様が取りなしても王族に戻れません。王族に戻れなくても責任を取れと言い出しますわ。あの人は力で黙らせられると思っていますから。私は言葉で殿下に負けません」
王子とシャーロットの並ぶ姿を思い浮かべサラリと言われた言葉にレイモンドが息を飲む。
「シャーロット、力でって・・。」
「幼い頃ですわ。今は近衛騎士が止めてくれます。王妃様に怒られてもすぐ手が出る癖は治りません。最近は壁を殴るので成長しましたわ」
レイモンドにとって否定してほしい言葉が肯定された。
止めなければ殴られると言う意味だった。しみじみと語られる言葉にレイモンドの王家の像が崩れていく。深夜に妻が送られ、書類2枚で片付けられた自分達の婚姻を思い出し横暴なのはよくわかった。
「王族位のない殿下より私のほうが身分が高いので門前払いもできますわ。お父様も全面的に協力してくださいます。」
レイモンドはシャーロットの話は友人からよく聞いていたが第一王子とシャーロットの不仲の話は知らない。
不敵に笑うシャーロットの第一王子への敵意を感じていた。学園でも公正さを保ち貴族の争いに静かに仲裁するが敵意を見せた話はなく負の感情とは無縁の人間だと思っていた。
レイモンドの知る貴族の顔をするシャーロットは素とは正反対だった。
追い返していいなら、シャーロットがする必要はなく、武力行使という話を聞けば尚更任せられない。斬りかかられてもレイモンドなら防げるが小柄で力のないシャーロットなら怪我をするのが目に見え、危ない相手に絶対に近づけたくなかった。
「それなら俺が対応するよ。危ないよ」
「いえ、男爵様に厄介事を。それに不快な思いをするだけですわ」
レイモンドは貴族の顔でずっと話すシャーロットの手を握る。
「お、俺は大事な子が嫌な思いをするのを見過ごすような男じゃないけど」
ほのかに頬を染め歯切れの悪いレイモンドにシャーロットは微笑む。優しいレイモンドに無理をさせるつもりはなかった。
「私には免疫があります。それに慣れてます。男爵様にこれ以上ご迷惑を」
「迷惑じゃないよ。俺は君と共にいられて嬉しいんだよ。公爵閣下が訪問した時に離縁させられなくて安心した。何も持っていない俺は君の夫に相応しくない。殿下と並んだら見劣りするだろう」
「男爵様が劣るところなどありませんよ。剣や乗馬の腕はわかりません。でも相乗りはきっと男爵様のほうがお上手です。私は殿下の馬に乗るなら騎士に乗せていただきます。殿下の長所は稀に物凄くズル賢くなるだけですわ。あとは何もありません。優しさも、誠実さも何も持っておりません。男爵様でなく殿下を選んだウルマ様の趣味の悪さに言葉も出ませんわ」
情けないレイモンドの言葉にシャーロットは首を横に振った。そして王子へのシャーロットの非難の言葉が止まらない。黙っていても王子への恨みは積もっていた。
「まさか殺したいほど憎まれていたのは予想外でしたがお互い様ですわ。あの人にとっては私は駒ですから。人を愛する感情があったのに驚いてますわ」
レイモンドにとってシャーロットの返答は予想外だったが王子を好いていないことにほっとしていた。
「シャーロットにとって嫌な相手なら尚更俺が相手をするよ。嫌なら押し付けていいんだよ。君に手を出されると知って任せられるわけないだろう」
「優しさに甘えたら立てなくなります。それに嫌な思いをして欲しくないのは、私も同じです。しかも私の負債であり自己責任です」
「どう考えても殿下達の所為だろう?一人で対応はやめて」
「善処します」
シャーロットの綺麗な笑顔を見て、レイモンドは当分は傍から離さないことを決めた。シャーロットは時々頑固で一人にすると突拍子のない行動をした。
レイモンドが知ったシャーロットの特技は陰で全てを終わらせることだった。個人資産で倉庫を増築をして、予備物資を買いこんでいたのも、貴重な薬草を育て売っていることも知らなかった。
税収が増え、調べると新たな事業も展開されていた。シャーロットの指示でヒノトが動いていた。
レイモンドが聞くと話すが、気づかないと教えてくれない。シャーロットにとっては子供の遊び程度の資金の動きのため報告する必要性がなかった。国と公爵家の多大な事業計画を見慣れたシャーロットには気にするレイモンドが不思議だった。
****
第一王子よりも先に動いたのはウルマ伯爵家だった。
レイモンドには婚約破棄に伴い多額の賠償金の請求書が送られていた。レイモンドの執務室にはシャーロット用の執務机をもう一つ用意されていた。
レイモンドの眉間に皺のある顔に首を傾げて、シャーロットはそっと覗き込んで頷いた。
「男爵様、私に任せてください。王家の命令での婚約破棄なので賠償は王家に求めるのが筋です。私の名前で出します。得意分野です。もし異議申し立てがあれば、私がお話します」
シャーロットは笑みを浮かべて、レイモンドから書類を受け取った。
コメリ男爵家の後見を引き受けた父に一筆書いてもらった手紙を同封しシャーロット・コメリの名前でウルマ伯爵に返送した。
「シャーロット、義父上に頼んだのか?」
「はい。家格ではウルマ伯爵家が上ですので。それにコメリ男爵家はモール公爵家が後見です。上位の家と慎重なやり取りをするなら、必要なことですよ。上位貴族は下位の家の後見を名乗るならフォローするのは当然ですよ。そのための後見です」
レイモンドは後見とは名ばかりと思っていた。常識の違いに困惑しながらもシャーロットの言葉に頷いた。目の前の仕事を片付けるのは精一杯のレイモンドは返信もなくウルマ伯爵が押しかけても来ないので、賠償金のことは頭から消えた。レイモンドにとって迷惑な印象しかないウルマ伯爵家とは必要以上に関わりたくなかった。
シャーロットはウルマ伯爵があてが外れ、さらにモール公爵家の怒りを買い賠償金があがり震えても貴族社会は自己責任と冷笑を浮かべた。シャーロットは弱気で卑屈なのは自身のことだけである。報復は再起不能までするように王妃と王弟と兄に教え込まれていた。意地悪はできなくても報復は第一王子のおかげで得意だった。10年以上王宮で戦っていたシャーロットには田舎の伯爵の相手など簡単だった。
レイモンドは王家関係はよく分からないのでシャーロットに頼っていた。ただシャーロットは余計なことは話さないためレイモンドはウルマ伯爵家の現状は知らなかった。
****
ウルマ伯爵にモール公爵家の怒りを鎮めるようにコメリ男爵家の説得をアリシアは命じられた。
ウルマ伯爵家はさらに多額の賠償金を請求されていた。愛娘の嫁いだモール公爵家の後見のコメリ男爵家への賠償金請求を訴え返された。
アリシアは第一王子が廃嫡されたので新しい婿を探さないといけなかったが学園ではアリシアの相手をする令息はいなかった。
公爵家の後見を受けたレイモンドは懐が温かくこの際、平凡な男の愛人でもいいかと思い始めた。
見目麗しい第一王子と贅沢三昧の生活を送る予定が狂い、ウルマ伯爵家は賠償金の支払いで食事の質さえ下がっていた。ウルマ伯爵の意図はアリシアの頭からは抜けていた。
先触れもなくアリシアはコメリ男爵邸を訪問した。使用人達はアリシアに冷たい視線を向けながらレイモンドが留守のためシャーロットに確認に走った。
侍女からアリシアの訪問を聞いたシャーロットは一瞬悩み、貴族の仮面を被って話を聞くために面会を了承した。
「ウルマ様、ごきげんよう。どのようなご用件でしょうか?」
「レイモンド様にお会いさせてください。私がお慕いしているのはレイモンド様だけです」
愛らしい笑顔を浮かべるアリシアにシャーロットが首を傾げる。
「あら、国母になると意気込んでいた方がどうされました?殿下と愛を語っていましたよね?」
シャーロットは知人達に頼んでアリシアと第一王子の情報を集めていた。久々の敬愛するシャーロットからの手紙に令嬢達は張り切り情報を送った。あまりの量と内容に引いてレイモンドには見せられなかった。
「それは、殿下に求められれば答えるしかなかったのよ!!貴方が悪いのよ。貴方の所為で」
甲高い声で睨むアリシアにシャーロットは笑みを返す。
耳がキーンとしたのは貴族の顔で我慢し、表情には出さない。悪役令嬢たるもの感情を素直に表してはいけない。どんなときにも優雅さを忘れてはいけないものである。
「私は殿下と長い付き合いですわ。殿下は来るものを拒まない方ですが自身から追いかける方ではありません。追いかけるなどプライドが許しませんわ。私がお心を繋ぎ止められなかったことは謝罪します」
「私が嘘をついていると言うの!!」
シャーロットが苦手な大きい声には領民のおかげで免疫がついていた。貴族の仮面をつけたシャーロットは簡単には仮面を外さない。さらに声を荒げるアリシアにシャーロットは微笑んだ。アリシアが事実を否定し第一王子に罪を全て押し付けるならきちんと相手をすることにした。
「何を信じるかはそれぞれですわ。私はコメリ男爵夫人ですし関与しないなら捨ておこうとしてました。レイモンド様という婚約者がいながら殿下への不貞は侮辱ですわ。殿下に肌を触れさせ、二人っきりの逢瀬を繰り返し婚約者への裏切り行為をしたのはウルマ伯爵令嬢です。モールはコメリ男爵家の後見です。家格は低くともお相手しますわ。モール公爵令嬢の夫への名誉を傷つける行為しっかりと責任を取っていただきます。お覚悟を」
「酷い!!やっと殿下から逃げられたのに。私はレイモンド様にお会いして、お慰めして差し上げたいのに。王家によって引き裂かれた私達は」
「ウルマ伯爵家に抗議させていただきます。妻の前で夫を誘惑しようなど許されませんわ。夫婦愛を絶対とする神への冒涜ですわ。多忙な旦那様に会わせるつもりはありません。お引き取りください」
「酷い。私はレイモンド様だけを。レイモンド様も私を…」
シャーロットは瞳を潤ませるアリシアを見てレイモンドが自分にするように頭を撫でるのは嫌だと思った。アリシアを追い出すのは私情かもしれないとシャーロットに迷いが出た。
レイモンドはシャーロットで良かったと言っていた。王子に見初められたため引き裂かれた悲劇の熱弁をするアリシアと考え込むシャーロットという異様な光景が広がっていた。
使用人達は自分達の不満を代弁してくれたシャーロットに感謝し、横暴なウルマ伯爵令嬢に凛として向き合うシャーロットに熱い視線を送っていた。
レイモンドが帰ると使用人達が熱い視線を送る中、アリシアとシャーロットが向かい合っていた。
レイモンドを見つけて甘える声で名前を呼び、駆け寄り腕に抱きつくアリシアと拳を握っているシャーロットに驚いて目を丸くする。
「レイモンド様、ずっとお会いしたくて」
レイモンドは聞いたことのない甘えた声で腕に胸を押しあてられ、潤んだ瞳で見上げられ気持ちが悪かった。
「婚約は解消された。俺には会う理由はないよ」
「私は愛人でも構いません。私には貴方だけです」
シャーロットは王子のように腕を抱かれてほのかに頬を染めるレイモンドを見たくなかった。でも間に入り止めるのはエゴである。アリシアの言う通りシャーロットが強引に婚姻したのは事実である。宗教では認められなくても現実は違う。もしもレイモンドが愛人を作るなら止める権利はない。女遊びは男の嗜みという考えも知っている。胸がツンと痛んで、泣きたくなった理由はわからなかった。それでもレイモンドが相手をするならシャーロットは邪魔とわかっていたので二人に視線を向けずに静かに踵を返して離れに戻った。
使用人達の戸惑う視線は気にしなかった。
「いい加減にしろ。君は俺に興味もなかっただろうが。他の男に捨てられて俺のところにくるのも迷惑だよ。それに愛人は持たない」
レイモンドは必死に腕を引き抜こうとしていたがアリシアの力が強く解けなかった。
「レイモンド様、私は貴方を愛してます。望んでいない婚姻を押し付けられ、素直なお気持ちを」
アリシアはうるんだ瞳で甘く微笑みかけ、強引にレイモンドの手を自分の豊満な胸に押し付けた。
「俺はシャーロットを大事に想っている。それに妻には誠実であると決めている。お互いに興味もなかっただろうが。男遊びは他にしろ。俺は君と婚姻せずにすんで感謝しているよ。うちとは関係ないから一切足を踏み入れないでほしい。顔も見たくない。帰らせろ」
レイモンドの命で執事達がアリシアを取り押さえて丁重に送り出した。
アリシアのレイモンドを呼ぶ声には振り向かずいつの間にかいなくなったシャーロットを探しに離れに行くと、部屋の隅でヒノトを抱いて丸くなっていた。
「シャーロット」
シャーロットはレイモンドの声に顔を上げない。
離れに帰ったシャーロットはヒノトを抱いて自己嫌悪に襲われ、自分が我儘なことを責めていた。
そしてわかっていた。
レイモンドの手が自分の物だといいと願う権利のないことも。
一夫一妻でも、たった一人になりたいと望めないことも。法で縛られても心は縛れない。王宮では隠れて不倫している者も多く特に男がそういう生き物だとよく知っていた。
シャーロットは悪役令嬢で、末路はいつも同じだった。どんなに愛しても捨てられる。悪役令嬢は幸せにはなれない。皆、主人公の可愛い女の子を選ぶことも。
どれだけ読んでも悪役令嬢が誰かと結ばれて幸せになれるお話はなかった。
「怒らないよ」
必死に零したシャーロットの小さい声をレイモンドは拾った。
「だってみんな主人公が好きだもん。悪役を」
レイモンドは拗ねているシャーロットに笑う。
「私は弱くて、可愛くなくて」
ヒノトに顔を埋めて泣いているシャーロットをレイモンドは抱き上げてそっと抱きしめた。
「え?」
「俺は君が好きだよ。物語にしがない男爵の俺の出番はないよ。それにシャーロットは悪役令嬢は卒業だろう?」
シャーロットはレイモンドの胸に顔を埋められ困惑していた。ゆっくりと頭を撫でる手が嬉しくて涙がさらに溢れる。
「悪役令嬢のフリしないと貴族の顔できない」
レイモンドはシャーロットが悪役令嬢に見えなかった。悪役令嬢の登場する小説を侍女に借りて読んでも全くわからなかった。アリシアのほうがよっぽど似合っていた。
自分の腕で泣いている姿に不謹慎でも笑っていた。公爵家の社交は助けられなくても男爵家の社交ならいくらでも助けてあげられた。レイモンドも同世代の下位貴族の中では揉まれていた。
「しなくていい。隣で震えてたら俺が慰めるよ。それに今の君もアリシア嬢と比べ物にならないくらい可愛いよ」
レイモンドはアリシアの潤んだ瞳に感じたのは不快感だけだった。
「私は我儘で欲張りで」
「愛犬との暮らしと苺しか望まない君が欲張りには思えないけど。出来る範囲で叶えてあげるから言ってみなよ」
シャーロットのお願いは愛犬のことだけだった。他は男爵領関係で個人でのお願いはされたことがなかった。
「他の人の頭を撫でないでって思った。最低」
無自覚で妬いているシャーロットにレイモンドの顔が緩んでいた。レイモンドは自覚した所為かシャーロットが可愛くてたまらなかった。
「シャーロット以外にこんなことしないよ。そんな願いならいくらでも叶えてあげるよ。アリシア嬢は追い返したよ。俺は愛人を持たない。君以外を愛する予定もないよ」
「え・・・?」
シャーロットはレイモンドの顔を見た。愛人の話をされると思っていた。
「成人までは手を出すつもりはないよ。成人したらたまにでいいから俺の所に引っ越してきてよ」
「へ?」
不思議そうな顔をするシャーロットの頬を濡らす涙をレイモンドは指でそっと拭う。
「それは追々でいいよ。もうアリシア嬢は来ないだろう。俺は君以外を妻に迎え入れるつもりはないよ」
シャーロットはレイモンドがアリシアを選ばなかったのが嬉しくて笑った。ずっと痛かった胸の棘がとれた気がした。
「物好き」
レイモンドはようやく泣きやみ笑ったシャーロットに笑い返す。
「世間では俺の方が相応しくないって言われてるよ。節操のない婚約者を押し付けられた同情の目を向けられてたのに羨望の目に変わった。どんな善行をつめばシャーロットを妻に出来るんだって」
強引に押し付けられた罪人との婚姻でも相手が学園生徒の憧れのシャーロットなら同情ではなく羨望の嵐だった。
楽しそうに話すレイモンドをシャーロットが気の毒そうに見つめた。
「私は偽物だもの。他のご令嬢みたいに」
レイモンドは自己評価の低いシャーロットの頭を撫でる。一緒に仕事をすればシャーロットの優秀さはわかった。最近は執事長は邸のことはレイモンドよりもシャーロットに指示を仰いでいた。
「貴族の顔ができるのは特技だよ。素のシャーロットでもいいけど、可愛いから見せたくない。でも初めてのお披露目は俺が見立てるよ」
この可愛い妻が自分の物だと全力で牽制するつもりだった。違う意味で素のシャーロットの魅力はまずかった。確実にファンが増えるだろう。男爵領にはシャーロットのファンだらけで献上品が増えていた。
「もうドレスいらない」
公爵令嬢なのに倹約家なシャーロットを自分好みに着飾るのをレイモンドは気に入っていた。どんな服も着こなすシャーロットが悪いと笑う。
「公爵家のドレスには劣るけど贈らせてよ。殿下のように毎回は贈れないけど」
「殿下から贈り物はない。いつも王妃様と王弟殿下から」
「は?一度も?」
「うん。殿下の名前で贈られても、選んだのは違う。殿下の名前の贈り物はいつも私が選んでいたもの。選んでおけって言われたリストに自分の名前もあった時は驚いた。ご令嬢に捨てられてどうするのかな・・・。あのプライドの高い殿下が自分を捨てた令嬢を生かすのが不思議・・・」
レイモンドは自分達よりもひどい婚約者同士がいたとは思っていなかった。
婚約者として全く大事にされていなかったシャーロットをきちんと大事にしようと決めた。
自身では欲しい物は言わないのに、苺の苗を贈り植えるのを手伝うと感動して、花を渡すと満面の笑みで部屋に飾り、高価すぎない物を贈れば素直に喜ぶシャーロットは贈り甲斐があった。
装飾品はたくさんあるのでいらないと言われ、男爵邸の宝物庫にいざという時に換金してと寄贈されていた。
それでもレイモンドが贈れば小さく笑って身に付ける姿を見ると贈るのをやめられなかった。いつも自分の贈り物を身に着けるシャーロットにレイモンドが喜んでいるのに気付かないのはシャーロットだけ。
男爵邸の資産管理はシャーロットがしているが、レイモンドの個人資産で贈っているので家が傾くことはなかった。




