卑屈な令嬢の転落人生5 後編
コメリ男爵家にロレンスと同じ髪色と瞳を持つ青年が訪問した。
レイモンドは見知らぬ客人は丁重に扱うように命じていた。
執事に呼ばれたレイモンドはシャーロットと共に出迎えると青年は微笑んだ。
「シャーリー、髪型を変えたんだね。いつ見ても可愛いな」
「お久しぶりです。伯父様」
レイモンドは心の中で正解だと呟いた。
見知らぬ者はシャーロットの関係者と思うことにした。
シャーロットは久しぶりに会う王弟に頭を撫でられ嬉しそうに笑った。
「ロレンスのお迎えですか?」
「ああ。それに贈り物を」
王弟は懐から取り出した封筒を渡した。シャーロットは中の書類を見て頷いた。
「使わなくてもいいけど念の為。離縁しない覚悟があるなら使いなさい。婚儀はちゃんと呼ぶんだよ。妃殿下が婚約破棄しても母様って呼んでほしいって」
「不敬にならないかな・・。王妃様は怒ってますか?」
「心配してたけど怒ってないよ。手紙を書いてくれないか?届けるから」
「はい。ロレンスも呼んできます」
シャーロットが立ち去りレイモンドは困惑した。
目の前の相手が誰かわからなかった。
「礼儀は気にしないでいい。幼い頃から後宮で育ったシャーリーを娘のように思っている。君といると幸せそうだ。どうか大事にしてあげてくれ」
「精一杯努力します」
「シャーリーはコノバ家の血が流れているんだ。コノバは自覚したら離れないから覚悟してほしい。複雑だな・・・。何かあれば相談にのるよ。コクに頼めば私に手紙が届くから。」
「ありがとうございます。あのコノバ家とは?」
「コノバ家は恋心に忠実なんだ。家の利よりも心を選ぶ。あるお姫様は従者に恋をして躊躇いもなく王族位を捨てた。そんなのが多いんだよ。でもコノバに落ちると手放せなくなるからお互いさまか」
意味深に笑う王弟ををレイモンドは不思議そうに見ていた。
「離縁を許されない教皇に認められた婚姻をシャーリーが望んだらどうする?」
レイモンドは話についていけなかった。でも笑いながらも見極められるように見られているのはわかっていた。レイモンドにとって簡単な質問だったので答えるのは簡単だった。
上位貴族には正直に話すのが一番と思っていた。照れや遠回しの言い回しはシャーロットには伝わらないことが多かった。
「彼女が望むなら構いません。私には勿体ない妻ですが、許されるなら傍にいたいです。」
「もう手遅れか。可愛い娘の独り立ちに複雑だ。ミコトもそのうち会いにくるかな。子供が産まれたら王宮に来るんだよ。いや、呼び出してくれてもいいかな。シャーリーの花嫁姿見たら泣くな・・・。お金の心配はいらないよ。祝儀は弾むし、爵位もあげるよ」
レイモンドは語り出した王弟をどうすればいいかわからなかった。
扉が開きシャーロットとロレンスが入ってきた。
ロレンスは二人の様子を見て苦笑した。興奮している父は稀だが対応は慣れていた。複雑な環境で育ったロレンスは順応性が高かった。
「父上、落ち着いてください。男爵が驚いています」
「伯父様、お手紙書きました。王妃様にお願いします。」
「父上、帰りましょう。行きますよ。」
ロレンスは手紙を受け取り笑う王弟を回収することにした。
父親が迎えに来る予定はなかった。半年前から第一王子の側近候補の友人がロレンスの通う学園に転入してきた。顔見知りでも親しくなかった。嫌な予感はしていたが当たり障りなく過ごしていた。
突然養父のコノバ公爵が国王の使者として訪問した。第一王子の廃嫡の事情を聞いて帰国の準備を進めた。王都に帰れば忙しくなるため、幼馴染の顔を見に男爵領に寄った。
共に帰国したいと言う第一王子の友人達はコノバ公爵に頼んで別行動した。
第一王子から鞍替えした側近候補を側におくつもりはなかった。愚行を諫めず、放置し、甘い汁を貪る臣下はいらなかった。
アルナに手紙を送り学園での事情を知ってからは嫌悪を覚えた。シャーロットに王子の面倒の全てを押し付けて、断罪までさせた。気丈に振る舞うシャーロットが怯えている顔が想像できた。
気楽にコノバ公爵家で嫁を取り、のんびり過ごす予定が台無しだった。
王位からは逃げられないので叔父に頼ってばかりの国王を見習い、シャドウを頼りにするつもりだった。
唯一の救いはシャーロットが第一王子から解放され、幸せそうなことだった。
ロレンスの言葉に王弟はゆっくりと立ち上がった。
「ロレンス、久しぶりだな。身長が伸びたね。妃殿下がお母様と呼びなさいって」
「あの人は人に母親呼ばわりさせるの好きですよね。やはり息子の子育てに失敗したからですか?」
「否定はできない。慰めてやってよ。得意だろう?」
「父上の無茶振りに慣れてますから。シャーリー、元気で。困ったら助けてあげるから連絡して」
「大丈夫だよ。気をつけてね」
そっくりの顔でそっくりな表情を浮かべる似た者親子をシャーロットは手を振って見送りレイモンドは礼をした。
二人が見えなくなりレイモンドはシャーロットに問いかけた。
「誰?」
「王弟殿下。昔から伯父様って呼びなさいって言われたの。時々父様って呼んでってふざけられたけど。身分の合わない方と恋をして子供を授かったけど亡くなってしまったの。それから妃を娶らないと公言されているわ。ただその亡くなった方が王妃様に似てるのかな・・。王妃様をとても優しい目で見られるのよ。陛下よりも伯父様が王妃様をエスコートしている姿が素敵に見えるのは内緒」
楽しそうに笑うシャーロットの横でレイモンドは茫然としていた。
温和な男性が王族とは知らなかった。まさか王族が男爵領に訪問するとは思わなかった。視察に来るのは大臣である。
「王族・・?」
「知らないの・・・?貴族名鑑に載ってるよ。5年に一度更新だからそろそろ届くかな。ロレンスは成人してないからのってないけど」
「うん。貴族名鑑はうちにないけど」
シャーロットは初めてレイモンドを凝視した。冗談ではなさそうだった。
成人貴族の名前と肖像画が載る貴族名鑑を覚えるのは常識だった。
王家と主要な家は社交デビュー前の子女も覚えている。覚えられないなら恐ろしくて社交デビューはさせられないのがシャーロットの常識である。
「え?男爵様、自分より家格の高い者は覚えないと」
「必要なかったから・・・・。そんなに記憶力ないし・・」
「隣で誰か教えてあげるよ。でも新しいのはちゃんと取り寄せないと。初めて男爵様のお役に立てそう」
嬉しそうに笑うシャーロットにレイモンドは視線を逸らして頬を掻いた。自分がいかに優秀かわかっていない妻がどうして自己評価が低いか不思議で堪らなかった。
「いつも役に立っているよ。優秀な妻を持てて感謝してるよ」
「男爵様は優しい」
「俺を優しいというのは君だけだよ。」
「私は幸せです。ウルマ様にお会いしたら追い返していい?」
コテンと首を傾げるシャーロットは可愛らしかった。見惚れたレイモンドの沈黙にシャーロットは不安になった。
「だめ・・?」
震え出したシャーロットの頭をレイモンドは撫でた。
「ごめん。いいけど、待って、来たの?」
「うん。ヒノトが送り返した。話すの忘れてごめんなさい。・・男爵様を愛しているって・・・」
「冗談にしても笑えない。どうせモール公爵家が後見についたから財産目当てだろう。」
嫌そうな顔をするレイモンドにシャーロットはほっとして笑った。
レイモンドがアリシアに取られないのは嬉しかった。
「お金渡したらもう来ない?」
「何度もお金をもらいに来ると思うよ」
「どうしたら男爵様を・・・。でも私は敵わない。悪役令嬢は私利私欲では動いては駄目・・。きっと男爵様の魅力に気付いたんだよね。殿下と比べたら仕方ない。でもやだ。可愛くないし、あんまり会えばイチコロ・・・。取り柄もない悪役令嬢、大きいお胸もないし、人を癒す才能も、」
レイモンドの手元に苺はなかった。隣でブツブツ言い出したシャーロットを勇気を出して抱きしめた。
「え?」
驚いたシャーロットにレイモンドは赤くなった顔を見られないため自身の胸に顔を押し付けた。
「何度会おうとも彼女には惹かれない。俺はシャーロットが・・。うん。一番可愛いし綺麗だと思う。それに、頭もいいし、仕事もできるし、領民に好かれているし・・。違う、嘘じゃないけど。俺はシャーロット以外を妻にしたくない。ずっと一緒にいてほしい。アリシア嬢に劣るところは何もないよ。ごめん。どう伝えたらいいか・・」
「男爵様は優しい・・」
うっとり呟くシャーロットに伝わっていないのがレイモンドにわかった。震えも止まり、卑下の嵐が止まったからいいかと笑った。自分の腕の中で静かにしているシャーロットを抱きしめながら顔の赤みをどうするべきか悩んでいた。レイモンドが視線をあげると侍女や執事に見られており、玄関にいることを思い出し慌てて離れた。一人で飛び出そうとしたが、シャーロットを見てやめた。アリシアの話を聞いて傍を離れるのは危いかと思い直した。シャーロットの手を引いて散歩しながら視察に行くことにした。
領内を手を繋いで歩き、カミラ夫妻のもとで昼食を取り、午後はシャーロットに上位貴族との付き合い方をレイモンドは教わっていた。執事長は使用人達を連れ見学させていた。
シャーロットはレイモンドが無知なのに驚きながら、執事長に頼まれ毎日朝食の後に30分だけ勉強会をすることになった。




